Neetel Inside 文芸新都
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少女は英雄を知る
イエロー編

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 叫び声が上がった。


「うわぁ! 何だ、こいつらは!」
 セピアが、持っていた棒を振り回す。
「どうした、どうした?」
 薪を集めに行っていた、ペイルとボルドーが戻ってくる。
「おのれっ!」
 さらにセピアが、棒を振り回す。
「何やってんだ?」
 ペイルが、呆れた顔で言う。
 セピアの周りに、数十匹の羽虫が飛び交っていた。
 セピアは、それを必死で振り払おうとしていた。
「羽虫が嫌だなんて、どんだけ、お嬢様なんだよ」

 ローズの町から、日暮れまで北へ進んだ。
 北へ進むと、再び草木が現れ始めた。
 小川を見つけて、その近くで野宿することになった。
 日が暮れてから、四人で焚き火を囲んで座った。
 セピアは、集まってくる虫を、ずっと気にしているようだった。

「いい加減、慣れろよ。ていうか、旅に出ようと思うなら、このぐらい覚悟してろよな」
「煩いな」
 セピアが、シエラを見る。
「シエラは、なんともないのか?」
 シエラは頷く。
「な、何故だ? 何か秘訣があるのか?」
「だからぁ、普通の人は羽虫ぐらい、いちいち気にしないって」
「あんたは黙っていてくれ」
「なんだと」
「まぁ、少しずつ慣れていけばいい」
 ボルドーの言葉が割って入る。

 ペイルが溜息をついた。
「ボルドーさん、ちょっと甘やかしすぎじゃないですか? こいつ、旅の知識も何も知らないんですよ。まったく役に立ちやしない。そもそも、同行すること事態、納得できないですよ」
「まぁ、そう言うな。誰でも最初は何も知らないものさ。お前だって、そうだったろ?」
「俺は、ほとんど自力で覚えましたよ」
 二人が話していると、セピアがボルドーを見る。
「あの、ボルドー殿」
「ん?」
「もしかして、あなたは、十傑のボルドー将軍なのでは……?」
 シエラは顔を上げた。
 ボルドーが苦笑したような顔をする。
「一見しただけで手練だと分かります。思慮も深い。それに、お歳も、私が聞いた話と、ほぼ合っていると思います」
 ペイルもボルドーを見る。
「最近、よく言われるな」
 火に薪を足しながら、ボルドーが言う。
「では、違うのですか?」
「ああ」
「そうですか……。失礼しました」
 違う人間から、同じ勘違いをされることなどあるものなのか。しかし、本物なら、否定する理由があるのか。
 シエラも、聞いてみたい誘惑が湧いてきたが、我慢した。

「十傑といえば、確か、この先にある町では、今、フーカーズ将軍が来ているらしいぞ、シエラ」
 セピアが、シエラを見て言った。
「嘘っ!?」
 ペイルが、勢いよく立ち上がる。
「ローズの兵舎では、その話で持ちきりだった。獣の大群の討伐に、わざわざ国境から呼び寄せられたらしい」
「すげぇ! 会ってみてー!」
 ペイルが、目を輝かせる。
「十傑の中で、間違いなく存在するのが分かっている唯一の人だからなぁ、フーカーズ将軍は。どんな人なんだろう!?」
 さらにペイルが興奮する。
「ああ、見てみてぇなー」
「あなたが、将軍に会うなど失礼だ」
 ペイルの動きが止まる。
「あのなぁ、お前はどうして、そう俺を目の敵にするんだよ」
「……私はな、強くなりたいという目的はいいと思う」
 セピアがペイルを睨んで言う。
「だが、それなら一度ちゃんと罪は償うべきだ」
 ペイルの表情が変わる。
「ちゃんと自首をして刑期を全うして、それから、自分の目的に向かうべきだ。それが、道義というものだろう。それをしないのは、自分の罪から逃げているだけだ」
「……」
 何か、言葉が詰まったような顔をするペイル。
 それから、少し悲しそうな顔をしてから、振り向いて森の中へ、ゆっくりと歩いて行った。

「ふん、言い返せないのは図星だからだな」
 シエラは、追って行こうか迷い、ボルドーの方を見た。
 ボルドーは、目を閉じ、少し俯いている。
「難しいな」
 ぼそりと、ボルドーが言う。
 セピアが、ボルドーを見る。
「難しくとも何ともないでしょう。集団の生活には、当然、規則がある。それを破れば罰がある。それを全うするのが、人として当たり前のことでしょう」
「そうだな」
「何が難しいのですか」
「当たり前のことが、当たり前に行われることが……」
 セピアは、眉をひそめて、首を傾げる。
「それは、あの男が、自首という当たり前のことをしないということですか」
 ボルドーが、苦笑いのような顔をする。
「まあ、そうあまり言ってやるな。あいつが一番悩んでいるのだ」
「きっと、ボルドー殿がそうだから、あの男が増長するのです。何故、ボルドー殿ほどの方が、きちんと言ってやらないのです」
「まいったな」

 二人が話していた。
 シエラは気になったので、もう一度、森の方を見た。
「心配いらん」
 ボルドーが言った。
「こういう批判があることは、あいつは当然分かっていたはずだ。自覚しているからこそ、ああいう反応をするのだろう」
 そう言って、シエラを見るボルドー。
「まあ、明日まで待ってみよう」
 シエラは頷いた。










 日が昇るころに、ペイルが合流してきた。
 ただ、セピアとは、目も合わせなかった。

 街道を、さらに北へ進んだ。
 ごつごつした岩の山が多く見られるようになった。
 他の旅人や、馬車などと、何度もすれ違った。

 出発してから、三日目の夕方ごろに、ようやく町が見えてきた。
 丘に囲まれた、建物が密集した町だ。ローズの町より大きい印象だった。
 ここが、イエローなのだろう。
 丘の上から、町を見下ろす場所に立った。
 そこでシエラは、町にどこか不思議な違和感を感じた。
 ただ、それが具体的に何かは、分からない。

「ボルドーさん……」
 ペイルが呟く。
 シエラは、ペイルを見た。
 ペイルは、顔をしかめながら町を見ていた。
「この町、嫌な匂いがします……」
 匂い?
 特に気になる匂いは感じないと、シエラは思った。
「分かるのか?」
 ボルドーが言った。
「以前、同じ匂いをしていた町に行ったことがあります……。人を人とは思わない。そういう町の匂いだ」
「ふむ」
 セピアが、片眉をひそめている。
 自分と同じく、意味が分からないのだろう。
「だが、北に向かうには、ここで物資を揃えておきたい。入らざるをえんだろう。なに、こちらが何もしなければ、何も起こらないさ」

 シエラは、もう一度、町を見た。


 やはり、違和感が何か分からなかった。




       

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