夕日が輝いていた。
四人で、イエローの町に入った。
町の規模や、時間帯から考えて、やけに道で見かける人が少ないとシエラは思った。
これが、感じた違和感だろうか。
「今日は、もう宿をとって、用事は明日にしようか」
言って、ボルドーが先行して歩き始める。
迷うことなく、ボルドーは路地に入っていった。
「来たことがあるのですか? ボルドー殿」
「ああ」
数分歩いて、二階建ての木造の家の前に着いた。
ボルドーが、その家の扉を叩く。
少ししてから、疲れた顔をした、痩せた中年の女性が、内側から少しだけ扉を開けて、こちらを覗いてきた。少し、怪訝な表情をしている。
「主人を呼んでくれないか」
ボルドーが、女性に言った。
「……死んだよ」
「何?」
「何年か前に、死んだよ」
驚いた顔をする、ボルドー。
それから、少し黙る。
「失礼ですが、あなたは?」
ボルドーが、女性に聞く。
「ここで、雇われていたんだよ」
もう一度、考える表情をする、ボルドー。
「今も、宿はやっていますか?」
言うと、女性は何も言わず、扉を開いた。
「なんだか、気味の悪い人だったな」
借りた部屋に入った後、荷物を降ろして、セピアが言った。
男女に分かれて、二部屋借りることになった。
部屋には、寝台が二つあり、木製の窓がある。
「本当に大丈夫か? この宿」
セピアが、寝台に腰を下ろして言った。
「いいか?」
部屋の扉が叩かれて、ボルドーが入ってくる。
「この、宿の向かいに飲食店がある。そこで、三人で食事を済ませてくれ」
「ボルドー殿は?」
「少々、町を回ってこようと思ってな」
「あ、それなら私も行きたいです」
「いや、ちょっと昔の知り合いに会ってくるだけだ」
部屋を出て行こうとしたボルドーが、振り返る。
「一応、三人の主導権はペイルに任せてあるからな」
セピアが、あからさまに顔を歪める。
ボルドーが少し笑って出て行った。
イエローの町から丘を一つ越えた所に、平地があった。
向こう側には、森がある。
その手前で、兵団が野営をしていた。
こんな所で野営しているのは、町に兵舎がないのか、あるいは入り切らない分か。
ボルドーは、丘の上から、それを眺めた。兵一人一人の顔が識別できないほどの距離はある。
五百人はいるだろうか。
夕餉の支度だろう。あちらこちらから、煙が上がっている。
ただ、兵の動きが、少しだれていると、ボルドーは感じた。
聞いた話では、この兵達は、ここに来て一ヶ月ぐらいだろう。ここでの野営に慣れ始めるころだ。怠惰を防げていないのは、兵や指揮官の能力の高が知れる。
ボルドーは、その野営の隣に目を向けた。
別の軍が、野営をしている。こちらは、百人ぐらいだろう。
別の軍だと、一目で分かるぐらい動きが違った。同じ夕餉の支度でも、兵一人一人が、自分の役割をよく理解している。
指揮をしていて、気持ちのいい兵だ。
そちらを、ボルドーは、眺めていた。
少ししてから、その野営から、ニ騎がこちらに向かって来るのが見えた。
ボルドーは、それが来るのを待った。
「失礼。我らが隊長が、あなたをお連れしろとの仰せなので、ご同行願えますか」
手間が省けた、とボルドーは思った。
ボルドーは、一つの幕舎に案内された。
「少々、ここでお待ち下さい」
そう言って、案内した兵は、出て行った。
ボルドーは、腕を組んだ。
さて……どういう言い回しをするか。
ボルドーは、考えていた。
「お久しぶりですね、ボルドーさん」
言って、一人の男が幕舎に入ってくる。
黒い短髪に、切れ長の目。中肉中背で、他の兵とは違い、指揮官の軍服を着ていて、背筋が伸びている。そして何より、鋭気が満ち満ちているのが一目で分かる。
確か、歳は三十をいくつか越えたぐらいか。
変わっていない。
「ああ、フーカーズ」
ボルドーが言った。
「どうぞ、お掛け下さい」
言われて、ボルドーは、一つの椅子に腰掛ける。
そして、対面にフーカーズが座った。
「それで、何の御用ですか?」
「呼んだのは、お前だろう」
「あのような所に立っておられると、呼びにこいと、言われているようなものです」
苦笑をする、ボルドー。
「軍に復帰なさりたいというのなら、私としては大歓迎です。ただ、中央に口添えできるほどの権限は、私にはありませんけどね」
卑屈っぽく、フーカーズが笑う。
少し黙ってから、話を切り出した。
「カラトが死んだ」
ボルドーは、真っ直ぐにフーカーズを見た。
「何者かに殺された」
余計な、回りくどい言いまわしより、簡潔に言ったほうがいいと思った。
ボルドーは、フーカーズの反応を見逃さないように、直視していた。
フーカーズも、ボルドーを見ていた。
沈黙。
「もし、それが本当なら」
フーカーズが口を開けた。
「その犯人……どこの誰だか知りませんが、随分思い切ったことをしましたね」
「お前が、殺したのではないのか?」
ボルドーは、さらに踏み込んだ。
フーカーズの片眉が、少しだけ動いた。
「まさか」
フーカーズの表情は、ほとんど変わらない。
「お前が指揮をする、お前の部隊の精鋭百人。それならばカラトを、あるいは倒せるかもと、わしは一番最初に思った」
「私なら、絶対に試みませんね」
フーカーズが、少し笑った。
「一体、部下が何人犠牲になるか、検討もつきませんからね。しかも、こちらが全滅する可能性も低くない。そのような博打は、やろうとも思いません」
「博打か」
「私を試しに来ましたか」
「そうだ」
ボルドーは、隠そうとも思わなかった。
「なるほど。では私が、今ここで何を言っても、容疑が完全に晴れることはないということですね」
「そうだな」
「相変わらず恐い人だ。もし私が犯人なら、どうなさるお積もりだったのですか」
「その時は、その時だ」
ボルドーは、言い切った。
「だから、あなたは恐い」
しかし、と言葉を続けて。
「そうですか、カラトが死にましたか」
フーカーズが、目を瞑って言った。
正確には、死亡は確認していない。それを、ボルドーは黙っていた。
「詳しい状況を、お聞きしてもいいですか?」
「ああ……」
ボルドーは、三年前の森の様子を説明した。
ただ、シエラのことは省いた。
「フーカーズ。三年前、何をしていた?」
「そのころには、もう国境に貼り付けになっていましたね」
「お前なら、犯人をどう予想する?」
「さて……『協定』のことも考えると、まるで分かりませんね」
沈黙。
「任務中に悪かったな、フーカーズ」
「いえ」
「軍に残って後悔はしていないのか?」
少し、意地が悪い質問だと意識しつつ、ボルドーは聞いた。
「私の居場所は、ここしかありませんよ」
「国境で、中央にいいように利用されててもか」
「私には国境は、むしろ居心地がいい。中央で、政争に巻き込まれるのは、まっぴら御免ですからね」
「そうか」
ボルドーは立ち上がった。
「悪かったな」
「いえ、私も久しぶりに、人とまともな会話ができて良かったです」
フーカーズが、少し笑った。
「シエラは、日々どんな訓練をしているのだ?」
食事中、セピアはシエラに質問攻めだった。
シエラは、できるだけ答えた。
ただ、自分の過去に関しては黙っていた。
三人で店を出た。
すでに、夜の闇が辺りを包んでいた。
「どうも活気の感じられない町だな。さっきの店も人が少なかったし、窓から見える灯りも、やけに少ないし」
セピアが言っていると、少し遠くの方から男の怒号のような声が聞こえた。
続けて、複数の走る足音が近づいてくる。
すると、シエラ達から五十歩ほどの距離の突き当たりにある道で、数人の人間が横切っていくのが見えた。
先頭が小さい子供で、その後ろに大人の男が四人いた。
男達が、子供を追いかけている。
「大変じゃないか」
セピアが言った。
「シエラ、追いかけよう」
「待った待った!」
慌てて、ペイルが止める。
「子供が危ないんだぞ」
「それは分かるけど、変に事件に関わるのは不味い。お前らに、何かあったらボルドーさんに顔向けできない」
「何があるというのだ? あの程度の男達、私一人でも相手にならない」
「何が起きるか分からないって言ってるんだ! 特に、この町はっ」
「そんな抽象的な説明があるかっ」
言って、セピアがペイルを振り切って、走り出した。
シエラも、セピアに着いて走る。
「おいっ、シエラちゃん!」
シエラも、子供を助けようと考えるセピアの気持ちには肯定だった。
「ああっ、もう!」
後ろから、そういうペイルの声と、走ってくる音が聞こえた。