Neetel Inside 文芸新都
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 闇の道を歩いていた。


 ボルドーは、イエローの町に戻って来ていた。

 そして、歩きながら、先ほどまでの、フーカーズとの一連のやり取りを思い出していた。

 結局、白か黒かは分からなかった。ただ、あの程度のやり取りで答えが分かるとは、始めから考えていなかったが。
 それよりも、フーカーズの変化に、実は驚いていた。

 よく喋るようになっていたのだ。

 少なくとも、冗談のようなことを言ったり、自分を卑下するようなことを言って笑ったりすることなど、昔なら絶対になかったはずだ。
 それを、いい変化だとはボルドーは思わなかった。どちらかと言えば、悪い開き直りをしてしまっているように見えた。

 心労が限界なのかもしれない。

 昔と違って、本心を相談できる人間もいないのだろう。そう考えると、別れ際のフーカーズの言葉が、胸に刺さった。
 しかし、何もしてやれない。軍に残ることを選んだのはフーカーズ自身だ。
 自分に、同情をする資格はないが、同情するしかない。

 ボルドーは、宿の前に辿り着いた。
 扉を叩く。数分後に、中から錠が外される音が聞こえて、扉が開かれる。
「すいませんね」
 扉を開けてくれた女性にそう言って、ボルドーは、借りた部屋に向かった。
 部屋に入ったが、誰も居ず、すぐに隣の女性陣の部屋も覗いたが無人だった。
 少し考えてから、もう一度、宿の女性に断りを入れて、宿を出て、向かいの飲食店に向かった。

 そこにも、三人の姿はなかった。

 ……。
 店の外で、ボルドーは腕を組んだ。
 おいおい、あいつら……。
 何も根拠はないが、何故か、ボルドーの中に悪い予感が過ぎった。
 何か、問題が起こったのか。
 ボルドーは、眉間を押さえた。
 当然、あいつらに任せた自分にも責任はある。しかし、いくらなんでも二町続けて騒動が起こるなど、思いもよらなかったのだ。
 勿論、早計の可能性もある。だが、こういう場合は、最悪を考えて動いた方がいいはずだ。

 ボルドーは、町の奥に入っていこうと足を踏み出そうとする。
 しかし、すぐに足を止める。

 少し考えてから、ボルドーは、振り返って歩き始めた。










「待ちやがれ!」
「逃げんじゃねえよ!」
 そういった叫び声を上げながら、四人の男が子供を追っていた。
 子供の足も、子供にしては、かなり速いが、あと数十秒で追いつかれそうだ。
 だが、その前に自分が男達に追いつけると、セピアは思った。
 男達は前方に夢中で、こちらに気付きそうな気配もない。
 セピアは、取り出した棒を握り締めた。

 子供が、路地に飛び込む。続けて、男達、すぐにセピアも続いた。
 路地に入ってすぐに、少し広い空間があり、そこを男達が通り過ぎる時、男達の中の一番後ろの男が、振り向いた。
 その瞬間、セピアの突きがその男の腹部に入った。
「ごぼっ」
 腹から息を漏らしながら、男が仰向けにひっくり返る。それに気付いた、前の三人も振り返った。
「私が相手だ! 悪党どもがっ」
 セピアは、足を止めて大喝した。
 目を丸くして、前の三人も足を止めた。
「なんだぁ!?」
 セピアは横目で、子供が路地から抜けていったのを確認した。
 と同時に、シエラが追いついてきて、セピアに並んだ。
「お前ら! 子供相手に、大の男四人掛かりで襲うなど、恥ずかしくないのか!?」
 セピアは、男達に棒を突きつけて言った。
「誰だ、お前ら。パウダーの所の人間か!?」
 三人の男の中の一人が言った。
「パウダー?」

 すると、路地の外の方から、大人数が動いている足音や声が聞こえた。灯りの光が、建物の隙間から見える。
「あっ、しまった!」
 男の一人が振り向いて言う。
 ぞろぞろと、複数の男が路地に入ってくる。ほぼ、統一された服装をしていて、武器であろう棒を持っている。この町の治安兵だろうか。ということは、この四人を捕らえに来たのだろうと、セピアは判断した。

「やばいっ、ずらかろう」
「待てっ、逃がすわけがないだろう」
 セピアが再び、男達に棒を突きつける。
 男の一人が、倒れていた男の肩を担ぎ、セピアを睨む。
「ちっ、こいつがやられた分は、今回だけは無しにしてやる」
「何?」
「お前らも、逃げたほうがいいぜ」
 一瞬どういう意味かを考えてしまって、男達が走り出すことに対する反応が、少し遅れてしまう。
「待っ」
 追いかけようと思ったセピアの両肩に、いきなり後ろ向きの力が加わる。何だと考える間もなく、セピアは、うつ伏せに地面に押し倒された。
 兵と思われる男が、セピアを押さえつけていた。
「何を」
 セピアは、すぐに、それを払いのけようと力を入れる。
「おおっ! すごい力だぞ、こいつ! 誰か手伝ってくれ!」
 男が言うと、すぐに、近くにいた数人が、セピアを押さえるのに加わった。それで、身動きがとれなくなった。
 さらに、シエラも同じように押さえつけられているのが見えた。
「何の真似だ!? 子供を襲っていたのは、今逃げた男達だぞ」
 いくらセピアでも、数人の男達に上から押さえつけられれば、抗いようもなかった。シエラも、同じようだ。
「見たことがない顔だな。部外者かな」
「運のない奴らだ」
 セピアを無視して、男達が話している。
 まったく理解ができない状況に、考えがまとまらない。
 その中、兵の中の一人を見て、セピアは、さらに思考が止まった。
 兵の一人が、両手を縄で拘束されて、ぐったりとした子供を引き摺っていた。
 先ほどまで、逃げていた男の子だ。

「何故だっ、どういうことだ? 子供を助けにきたのではないのか」
「あ? 何で、物乞いを助けなきゃいけないんだ?」
 物乞い?

「この二人どうするんですか?」
「とりあえず捕まえておこう。物乞いと違って、いろいろ使い道がありそうだ」
 とにかく、セピアは、今の状況が不味いということは理解したが、それ以上、何も考えられなかった。
 そして、少しずつ、恐怖心が湧いてきた。

 どうすれば……。
 分からなかった。

 声が聞こえる。
 風が起こったと思った瞬間、セピアの意識が覚醒した。
 セピアを押さえていた男達の内の数人が、弾き飛ばされた。
「起き上がれ!」
 セピアは、すぐに上に残った男の脇腹辺りに、手刀をぶつけた。男が怯むことで、体を捻ることができ、さらに男の顔面に、拳を叩き込んだ。男が後ろ向きに倒れる。
 近くに落ちていた、自分の棒を拾うやいなや、周りにいた兵達を、手当たり次第に、弾き飛ばした。

 そこまでいって、少し冷静になる。
 シエラの方を見ると、拘束が解かれ、立ち上がっている。
 その近くにペイルがいた。
 ペイルが助けてくれたということか。
「逃げるぞ!」
 言って、ペイルが走り出す。
 シエラも走ったので、思わずセピアも着いて走る。
「追え! 逃がすな」
 背後から集団が迫ってくるが、それほど速くはない。
 そこで、セピアは思い出した。
「男の子は!?」
「考えるな! 今は、逃げるんだよ」
「しかし」
「頼む! ここは、俺の言う通りにしてくれ! 捕まっちまったら、どうしようもないんだ」
 前を走っていたペイルが、真剣な顔をして、振り向きながら言った。
 こういう顔ができるのかと、セピアは少し意外な気持ちになった。

 ペイルに先導されて走った。ただ、勘で道を選んでいるようだ。
 いくらか走っていると、建物の陰から、誰かが手を挙げているのが見えた。
「こっちへ来い」
「お前は」
 思わず、セピアは声を上げた。
 先ほどまで、子供を追いかけていた男達の中の一人だ。

「お前らを、逃がしてやるよ。着いてこい」
「何を馬鹿なことを」
 セピアが言った。
「いいか? この町は広い上に、路地が複雑に入り組んでいる。いくら、お前らの足が速くても、いつかバテてきて、いつの間にか取り囲まれちまうのがオチだ」
「だからといって、お前などに着いていけるか。今度は、お前の仲間に取り囲まれてしまうだろう」
「俺たちは、何か悪さをしようっていうんじゃねえよ。お嬢ちゃんの早とちりだ」
「悪人は決まってそういうことを言う」
「あのな。どっちにしたって、勘で逃げるか、俺に着いてくるか、二つに一つだろ。助かる可能性が高そうな方を選ぶしかねえんじゃねえのかい? 俺も捕まりたくねえんだよ。着いてこないんなら、もう俺は行くぜ」
「着いていこう」
 今まで黙っていたペイルが言った。
「おいっ」
「この男の言う通りだと思う。どこかで、何か賭けにでなけりゃ、この状況は打破できない。一番危険が少ないのは、この男に着いていくことだと俺は思う」
「よし、着いてきな。早くしてくれよ。もう、かなり接近されちまってる」
 言って、男が路地の闇の中に入っていく。
「よし、行くぞ」
 ペイルが言って、走りだそうとする。
「待て、私は納得いっていない」
 セピアが言った。
「お前」
「二つに一つだと? ふざけるな。何故、逃げることが前提なんだ? そうやって、失敗を前提に物事を考えるから、あんたはきっと、負け犬思考にしかなれないんだ」
 ペイルが睨みつけてくる。
「シエラ。こんな男は放っておいて、私達は」
 言葉が途中で切れる。突然視界がぶれた。
 殴られたのだとすぐに分かった。ペイルが殴ったのだと思った。
 しかし、殴ったのはシエラだった。
「シエラ」
「セピア」
 シエラに名を呼ばれた。それだけなのに、何故か萎縮するような気持ちにセピアはなった。
「セピアは、ペイルさんの言うことを無条件に反発しようとしている。それだと、まともな判断はできない」
「私は」
「じゃあ、私が決める。私の判断に従う。今は、それでいこう」
 そう言って、シエラは、男が進んだ道に向かう。
「あの人に着いていく」
 シエラが言った。ペイルが、目を丸くして立っている。
「さあ、早くいこう。二人とも」
 言って、シエラが走った。すぐ後にペイルも続く。
 慌てて、セピアも後を追った。

 もう、その前の、やり取りのことは忘れていた。




       

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