Neetel Inside 文芸新都
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 町は静かだった。


 先ほどまで、あれだけ騒いでいたのに、住人は一人も見なかった。
 男に先導されて、シエラ達は走っていた。

 路地を進んでいると思えば、建物の中に入り、階段を降りて、地下に入ったと思えば、すぐに上がり。腰を曲げないと、入れないような通路にも何度か通った。
 先導している男は、何の迷いもなく素早く進み、ある程度シエラ達と間隔が開くと止まっている、ということの繰り返しだった。
 他に、人は見かけなかった。

「あと少しだ」
 前の男が言った。
「そういえば、理由を聞いてなかったな。どうして俺達を助けてくれるんだ?」
 ペイルが、前の男に聞いた。
「なに、あんたらがあいつらに捕まりそうだったからさ。それだけのことだよ」
「あの男達は、何者なんだ?」
「この町の治安兵。だが実際は、パウダーの私兵だ」
「パウダーって誰だよ?」
「自称この町の領主。正確には、金でこの町を支配しているクソ野郎だ」
「支配?」
 後ろを走っていたセピアが言った。
「ああ。なんでも、国のお偉いさんに顔が利くらしい。二年くらい前に突然この町にやってきて、好き勝手始めやがったんだ。だけど、役人も軍も、まったくあの野郎を取り締まろうとしねえ。中央の役人とつるんでるって話だ」
「好き勝手とは、どういうことだ?」
 怪訝な表情をしてセピアが聞く。
「言葉通りさ、お嬢さん」
「分かるように話せ!」
「……例えば、さっきの子供がいただろ」
 セピアの顔色が少し変わった。
「あの子は、浮浪者だ。多分、流民だろう。この町の路地裏には、ああいう浮浪者が沢山いる。当然、流民だけじゃなく、この町の人間も少なからずいる」
 そこで、男は少し間を置いた。

「これだけじゃ、別に珍しい話でも何でもないだろ。治安が悪くなっちゃあ困るけど、犯罪を犯した奴は役人が取り締まる。何もしていない浮浪者を無理矢理追い出すことは、さすがに役人はやらなかった。そんなこんなで、今までやってきたんだ」
 再び、間。

「だけど、いきなりパウダーが、浮浪者を全員始末するよう命令をだしたんだ」
「何故?」
「有名な将軍が町の近くに来てるらしい。確か、フーカーズって言ったかな。そいつに、自分の町に浮浪者がうろうろしてるのを見られたくないんだってよ。つまり、自分の見栄ってことだ」
「馬鹿な! それだけの理由で、人を大勢殺すのか!?」
「それが、パウダーって男だ。自分の私腹を肥やすことばかり考えていて、ちょっとでも気に入らないことがあれば、平気で人を殺す。それを二年も繰り返してきたんだよ」
 いつの間にか、走る速度が落ちていて、四人とも止まりそうだった。
「おかげで、この町も随分暗くなっちまった。昔はこうじゃなかったのに」
「何故、もっと上の役人に訴えない? あるいは、中央に。あきらかに背任行為だろう」
「だから、ここいらに良心的な統治者なんか一人もいねえんだよ。中央なんて、一町人の言うことなんて見向きもするわけがねえ。それに、もし密告がバレでもしたら、一族全員皆殺しだ。あるいは一生地下牢か、だな」
「おかしいだろっ。告発が、そんな重い罪のわけがない」
「おいおい。裁量を決めるのは、その統治者だぜ。自分の都合のいいようにするに決まっているだろう。真面目に裁量を決める役人なんか聞いたことねえぜ。軽い罪でも、一度牢に入れたら、もう忘れられて一生そのままだって話も聞いたことがあるくらいだ」
「そんな……」
 セピアが、目を見開いて俯いた。
「なんだか、さっきから嬢ちゃんだけ、この世界を初めて知ったような口振りだよな。役人が腐っているなんて、どこでも今に始まったことじゃないだろ? それとも、もしかして本物のお嬢様なのかい」
 セピアの足が止まった。それによって、シエラ達も足を止める。
 セピアは俯いて黙っている。

「あれ?」
 男が、困った顔をして頭を掻く。
「なあ、あんた達一体何者なんだ?」
「ん?」
 ペイルが男に言った。
「話を聞く限り、パウダーって奴に逆らうことは、この町じゃ、絶対に厳禁だ。だけど、あんた達は反抗をやってるみたいじゃないか。さっきも、子供を助けようとしてたんだろ?」
「ああ……まあな」
 男が、少し肩を竦めるような動作をする。
「とりあえず、もう目的地なんだ。そこまで行って、話をしようぜ」
 そう言って、男が歩き出す。

 シエラは、セピアの背中に手を添えた。
 ゆっくりだが、セピアは進んだ。
 そこから、少し路地を進んだ所に、小さい扉があり、四人でそこに入る。

 中は、真っ暗だった。
「お、来たな」
 人の気配がして、シエラは一瞬身構えたが、聞き覚えのある声だった。
 部屋の隅の燭台に火が灯っているが、申し訳程度の明るさしかないので正確にはわからないが、大きな木箱や、荷物が何重にも積み重ねられている倉庫のようだ。
 部屋には、人が二人立っていた。先ほどの、四人組の二人なようだ。もう一人は、低い荷物の上で横になっている。

「とにかく、朝になるまで、ここにいれば安全だろう」
「とりあえず礼を言うよ。それにしても、ずいぶんと手慣れているようだな」
 ペイルが言う。
「繰り返しになるが、あんた達一体何者だ?」
「ああ、先にこっちが聞いていいか。不思議な組み合わせの三人組で、おまけに腕も立つ。お前達こそ何者なんだ?」
「旅の同行者だ」
「ちなみに目的は?」
「うーん、なんというか、いろいろだ。話せば長くなっちまう」
「そうか、まあいいか。俺達は、この町の人間だ。パウダーの野郎の暴挙をできるだけ防ごうと集った仲間だな」
「大丈夫なのかよ? 公然と反抗をして」
「捕まったら終わりさ。ただ、逃げ道だけはいつも確保してある。それに、変装もいつもやっているしな。今も、多少だがやっている」
「へえ」
「それに、反抗といっても、高が知れてるけどな。精々、私兵達の足止めをしたり、危なそうな奴に忠告にいったり……。しかも、うまくいかないことばっかりさ。子供には逃げられちまうし。あの子は、どうやら近づく大人全員に警戒してたみたいだ。声をかけた途端、走り出しちまった」
 男達が、黙った。
「だけど、指をくわえて見てるだけっていうのは絶対に我慢ができねえんだ。微力でも、俺らにできることをやろうって俺らは集まったんだ。パウダーも許せねえが、見て見ぬ振りをするだけの町の連中……ああいうのになりたくねえって思ったんだ」
「どこでも一般の人間って、そういうもんだけどな」
「俺達が、無駄な足掻きをしてるって言いたいのかい」
「いや、正直すごいと思うよ。えらいと思う。俺も、ここに近いような状況の所をいくつか見たことがあるけれど、おまえ達みたいなのは初めて見たよ」
「まあ俺達も、自分達だけじゃ、こういう決断を下せなかったと思うけどな」
「ん?」
「あの子供は、どうなってしまうんだ?」
 セピアが、呟くように言った。

 男達が顔をしかめて、それから押し黙った。
「なんとか、助けられないのか?」
「俺達だって、助けられるものなら助けたいさ。だけど、どっかで割り切らないと、こういうことは続けられないんだ」

 沈黙。

「はあ」
 溜息が聞こえた。しかし、少し高い位置から聞こえたと思い、シエラは顔を上げた。
 積み重なった荷台の上から、足がぶら下がっているのが見えた。今まで気付かなかった。
 誰かが、荷台の上に寝そべっている。

「そんなこと、子供に話すことじゃないぜ……」
 再び、上から聞こえる。
 今度は、全員が気付いたようで、驚いたように顔を上げる。
「あ、兄貴! 居たんですか」
 男の一人が言った。

 すると、荷台の上から身軽に男が飛び降り、前に立った。
 かなりの上背だった。ボルドーよりも高い。暗くて色は分からないが、少し逆立った短髪だ。歳は、二十代の後半辺りだろうか。
 そして、不思議な雰囲気を全身から感じた。シエラはいつも、初対面の人間は、まず、どれほどの実力を持っているか計るようにしているが、この男は、よく分からなかった。
 兄貴と呼んでいたから、男の兄弟だろうか。しかし、顔は似ていない。

「よう」
「兄貴、すいません。子供が奴らに捕まっちまった。それに、浮浪者が何人か」
「仕方がないさ」
「これから、どうしましょう?」
 すると長身の男は、腰に手を当て、顔を斜め上に向ける。

「うぅん……」
「兄貴?」
「飽きちまったな」
「えっ?」
 長身の男が、他の男達に向き直った。
「そろそろ、俺はこの町から出て行こうと思うんだけど」

 一瞬沈黙。その後、男達が声を上げた。
「ええ!?」
「うそでしょ、兄貴」
「まあ、なんと言うか。この町での活動も、もうできることはなくなってきたし。俺の顔もバレてきたし。そろそろ、潮時かなって」
「そんな」
「お前等、今までよく頑張ってくれたな。だけど、もう止めといたほうがいい。いつまでも、続けられることじゃない」
 男達が押し黙る。

「これからは、自分と近くの人間だけを守ることに力を注げ」
 その後、長身の男と男達で、少し話をし、渋々といった様子で、男達は部屋から出て行った。

「何なんだ?」
 ペイルが、そう呟いただけで、三人は黙って成り行きを見ていた。
 部屋に、長身の男とシエラ達だけになった。

「さて」
 言って、長身の男が、こちらを向く。
「おめえら、随分使えるみたいじゃねえか。それに、義侠心も持っているようだし。どうだい? ちょっと手伝ってくれないかい」
「手伝う? 急に出てきて、お前誰だよ」
 ペイルが言った。
「あぁ。はは、そりゃ悪かった。俺は……まあ、余所者なんだけどよ。あいつらの、指導者みたいなもんかな」
「それは、さっきの話を聞いていて、なんとなく分かってる。目的は?」
 男が口角を上げる。

「単純に嫌いなんだよ。偉そうな奴が」
 ペイルの口から息が漏れた。
「おかしいか?」
「いや、分かり易い」
「はは、だろ?」
「で、手伝うって何をだよ?」
「パウダーの野郎を、ぶっ飛ばすのをさ」
 男が言った。
 一瞬、ペイルの動きが止まった。

「町を去る前に、奴に一発でもぶち込んでやらねえと気が済まねえ。だが、俺一人じゃ、ちょいと難しいと思ってな。そこで、あんたらの力を借りたいと思ったわけよ」
「あの四人は使わないのか?」
「ああ。あいつらに手を借りちまったら、成功しても失敗してもお尋ね者になっちまう可能性が高い。あいつらの身内にまで被害が及ぶからな」
「俺達はいいのかよ」
「まあ当然、覚悟はしてもらう。だけど、旅人ならどうにか誤魔化せるだろ」
「いや、さすがに……」
「協力したい」
 セピアが言った。

「また、お前は」
 ペイルが言う。
「あの子供を助けられるんだろ?」
「ああ、パウダーの屋敷に捕らえられている奴はできるだけ解放するつもりだ」
「ならば、協力させてくれ」
「分かって言ってるのか? 相手は公権力なんだぞ」
 ペイルが言う。
 シエラも一歩前に出た。
「シエラちゃん?」
「私も、協力します」
「ええっ!?」

「どうやら、お二人さんはやる気みたいだな」
 男が、にやりと笑った。


「俺の名はコバルトだ。ま、よろしく」




       

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