Neetel Inside 文芸新都
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 活気のある所だった。


 料理の味は、今までの街と比べると、格段に良い。
 店員は、確認しているところ、皆女性で、威勢が良かった。

 シエラが、そういう雰囲気を眺めていると、さっきの女と、ボルドーが食堂に姿を見せた。
 セピアと、シエラが食事をしている食卓の横に女は立った。
「やあ」
 にこりと笑って、女が言った。
「どうも」
 セピアが言う。
 ふうん、と言って、女は顎に手をやり、二人を交互に見比べる。
「あの……?」
「やっぱり、二人とも、器量がいいね。そんな、くたびれた服を着させておくのは勿体ないなあ」
「はあ?」
「ああ、ごめんごめん、自己紹介がまだだったね。私は、グラシア。ここの店を仕切ってる。ボルドーさんの、昔の女だよ」
「え?」
「おい」
 すぐに、グラシアの後ろに立っていた、ボルドーの声が割って入った。
「ははは、冗談だよ。まあ、旧知ってところかな。で、二人は?」
「セピアです」
 セピアが、こちらを見る。
「シエラです」
 シエラは、グラシアを見て言った。
「そうかそうか。で、さっきの話なんだけど、ちょっと場所を変えて話をしない?」
「え、と……」
 セピアが、困った風に、ボルドーを見た。
「好きにすればいい」
 ボルドーが言った。










「間者、ですか?」
「そう。二人に頼みたいんだ」
 グラシアが言った。

 一階の奥にあった扉の中には厨房があり、その、さらに奥の扉の中には椅子が数脚と机がある、小部屋だった。
 グラシアと机を挟んだ対面にシエラとセピアが座っている。ボルドーは、入り口の近くの壁にもたれて、腕を組んで軽く俯いていた。
「街の外れに大きな屋敷があるんだけど、そこの主がモウブっていう男なんだ。いろんな所での仕事の斡旋を生業にしている。こいつが、この妓楼街に来るはずだった子を、密かに横取りしてるんじゃないかって疑惑があってね」
「横取り?」
 セピアが言う。
「この妓楼街が、遠くからでも女を受け入れるのは広く知られてる。モウブは、勝手に妓楼街の仲介を名乗って、自分の所に女の子が来るよう仕向けているんじゃないかっていう疑いがあるんだ」
「……」
「ただ、こいつが周到な男みたいでね。なかなか尻尾を掴ませてくれないから、疑惑の域を出ないんだ。証拠さえあれば、手が出せるんだけどねえ」
「……役人か軍に訴えても駄目ですか」
 弱い口調で、セピアが言う。
「この街の、この妓楼街っていわれている界隈はね、治外法権、ってほどでもないけど、独自の規則で成り立っている。この街の人が、この街で商売するための暗黙の規則だ。できれば、役人とか軍とかに立ち入れさせたくないんだ。だからこその衛視さ」
 話は続く。
「無理矢理、館に突入して、中を調べるっていう手もあるけど、それだと、この妓楼街の規則に反する。悪事の証拠を見つけるためとはいえ、私たちが破っちゃ、元も子もないからね。おまけに、何の証拠も見つからなかったとなると、目も当てられないことになる」
 グラシアは、苦々しいといった顔をする。

「そこでだ、遊女に扮した二人に、屋敷に入って調査をしてほしい」
 改めて向き直り、グラシアが言った。
「間者は、規則に反しないのですか?」
「そこは当然、内緒で」
 グラシアは、人差し指を立てて、口に当てた。
「あっ、実際に客をとれって言ってるんじゃないからね。そこは安心して」
「あの……一応の話は分かりましたが、何故、私達なのですか?」
 セピアが言う。
「ああ、モウブが少女趣味だからさ」

 一瞬、沈黙。
「グラシア」
 ボルドーが、低い声で言った。
「あれ? 何か、言い方間違えた?」
 ボルドーが溜息をつく。
「まあ、ともあれ、そういうことだ。戦闘力があって美人な女の子なんて、そうそういない。この時期に、この街に二人が来てくれたのは、もう僥倖としか言えない。二人にしか、できないことだと思うんだ。でも勿論、危険は少なからずあるわけだから断ってくれても構わない。ただ、二人の実力なら、ほぼ問題ないと思うんだけどな」
 セピアが、少し目を伏せて黙った。

 今までのセピアなら、すぐに受けそうな話だとシエラは思った。しかし、最近のことで、自分の判断基準に自信がなくなってしまっているのだろうと思う。
 シエラは、今までのセピアの姿勢が嫌いではなかった。ペイルが言っていたように、人としての美徳だ。あまり、卑屈になってほしくなかった。
 自分に、言い聞かせているのかもしれない。

「やろうよ」
 シエラが言う。
 セピアが、こちらを向いた。










「うん! いいねえ。やっぱり、二人とも器量がいいから、似合うなあ」
 グラシアが声を上げる。

 シエラは、店の従業員に手伝ってもらい、服を着替えていた。
 長い薄金色の髪は、頭の後ろで二つに纏め、髪留めをつけて流している。
 着たことのない上等そうな絹の、細かい刺繍が入った服。
 感触は確かにいいが、何とも着心地が悪かった。
 シエラは、隣にいるセピアを見た。
 長い赤い髪を、頭の後ろで纏めているのは、いつも通りだが、こちらも上等そうな服に着替えている。
 自分は分からないが、セピアは確かに似合っていると思った。

「ああ、かわいい。たまんない」
 グラシアは嬉しそうだ。
「この格好では、武器を持ち込めないのでは?」
 セピアが言う。
「こっちで、仕込み剣を用意するよ。多少、小さいけど、まあ問題ないでしょ」
 着替えが終わり、更衣の部屋から出る。
「馬車の用意ができています」
 先ほど見た、長身の女性が現れて言った。
「馬車?」
「一応、二人は高者ってことにしたからね。馬車で送り迎えするのは当たり前だよ。二人とも、お淑やかに、色っぽくね」
「色っぽく……と言われても」
「言葉使いの練習もやっとくか。掴みだけでいいから」

 少し話をしてから、店を出る。
 外には、二頭の馬が繋がれた馬車が止まっていた。
 何事か、というふうに、少し人集りができている。

「じゃ、よろしくね」
 グラシアが言った。

 頷いて、二人は馬車に乗り込んだ。




       

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