Neetel Inside 文芸新都
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 燭台の灯りを頼りに進んだ。


 思ったよりも、あっさりと事が運んだ。

 初老の男が食堂から出て行って、少ししてから二人で、厠に行きたいと、モウブに告げた。
 あっさりと許可がおり、初めて見る女性の使用人が、案内役を指示されていた。
 食堂を出てから、場所をある程度聞きながら進み、女性の使用人に、あとは自分達で行けると言うと、すんなりと引き下がっていった。
 それにも首を傾げたくなったが、二人はすぐに動いた。

 離れすぎるのは、まずいと考えたので、二人は、ある程度の距離を維持したまま、初老の男の姿を探した。
 すぐに、ある通路の途中で、台車を押している男を見つけた。
 ゆっくりと歩いている。おそらく、台車に乗っているのは食事だろう。
 後ろなどにも、気を配りながら、慎重に後をつけた。

 ある通路の角を、男が曲がった。
 二人は、慎重に角から顔を覗かせた。
 幅の広い通路が、三十歩ほどの距離まで続いていて、左手の壁には扉が続いている。右手の壁には、透明な硝子が等間隔にはめ込まれているようだ。突き当たりに大きめの扉があり、その手前で男が三人いる。
 何やら話している声が聞こえるが、内容は分からない。
 シエラは、驚いた。
 一人は、初老の男だが、あとの二人は見知った顔だったからだ。
 セピアも、小さく声を漏らしていた。
 初老の男が、扉の中に入っていくと、セピアが通路に飛び出していった。
 シエラも後に続く。
 向こうも、こちらに気付いたようで、目を見開いて、口を開けた。

「ええっ」
「何をしている、こんな所で」
 セピアが、二人の前で立ち止まって言う。
「お前等、何してんだ?」
 男の一人、ペイルが言った。
「それは、こっちの台詞だ」
 ペイルは、ずっと驚いた顔をしているが、隣のコバルトは、少し笑みを浮かべていた。
「へえ、こりゃまた、随分とめかし込んじゃって」
 コバルトが言うと、セピアの表情が厳しくなる。
「どういうつもりかと聞いている!」
「どうって……」
 ペイルは、不安そうな顔で、コバルトを見た。
 コバルトは、笑みを浮かべたまま、考えるような仕草をしている。
「まさか、お前達、ここの主人の手下に成り下がったのか。ここの主人が何をしているのかわかっているのか!?」
 二人とも、変わらない表情で黙っている。
「その扉の先には何があるのだ?」
 セピアが言うと、ペイルが焦って、扉の前に立った。
「待て待て、ここは駄目だ」
「何故だ」
「そ、それは……」
 再び、ペイルはコバルトを見た。
 セピアは、二人を睨みつける。
「お前達、やはり片棒を担いでいるのか! 見損なったぞ! いろいろあったが、肝心な所は、筋が通っている男だと思っていたのに」
「いやいや、待てって。落ち着け」
「話しにならない」
 セピアは、背中に隠していた、仕込み剣を引っ張り出した。
「おい、止めろって」
「いいぜ、相手になってやるよ」
 コバルトが言った。
「コバルト」
 ペイルが、驚いて言う。
「おめえらとは、一度やってみたいと思ってたんだよね。それにな……」
 コバルトが、持っていた棒を前に出す。
「男には、絶対に引けない時があるんだよ!」
 高らかと言い切った。
「ああ、くそ! しょうがねえ」
 ペイルも、棒を構える。
 シエラも、仕込み剣を取り出した。

「シエラ、すまないが、あちらを相手してくれないか」
 セピアは、コバルトの方を指さして言う。
「私とシエラでは、シエラの方が実力は上だ。向こうは、あちらの方が上だろう。こちらは、すぐに終わらせて加勢に行くから、それまで耐えていてくれ」
「おい、聞き捨てならねえぞ」
 ペイルが言った。
「俺だって、ずっと鍛えてんだよ。そう簡単にいかせてたまるか」
「ふん。私に負けて、べそをかいていたのに、よく言う」
「かいてねえよっ!」
 二人の打ち合いが始まった。

 シエラも剣を構えて、相手を見た。
 コバルトが、悠然と立っている。
「殺す気で掛かってこいよ、嬢ちゃん。でないと俺が、勢い余って嬢ちゃんを殺しかねないぜ」
 言って、にやりと笑う。
 相変わらず、得体が知れない。
 しかし、試してみたい相手でもあった。強いだろうが、手も足も出ないほどではないはずだ。
 シエラは、飛び込んだ。





 コバルトは、一歩、片足を前に出し、少し上体を低くして構えた。
 そして、長い腕と棒を巧みに利用して、シエラの攻撃を悉くはねのけた。
 右、左と、工夫しているつもりだが、まったく効果がない。
 何十合か、打ったあと、一旦下がった。
 コバルトは、元いた場所から、まったく動いていない。

「どうしたよ? もう終わりか?」
 コバルトは、まだ笑みを浮かべている。
 強い。想像していたよりも遙かに強い。
 シエラは、ボルドーとの稽古が、頭を過ぎった。
 それぐらいの力の差がある。

「来ないんなら、こっちから行くぜ。……集中しろよ」
 コバルトが、一歩踏み出す。
 と思った瞬間、もう近くにいた。
 シエラは、横に飛んだ。
 しかし、コバルトが目の前にいたままだった。
 なぎ払いが来る。
 シエラは、咄嗟に剣で受けたが、体が吹き飛ばされる。
 壁に、横からぶつかる。
 痛みが体を走ったが、すぐに、コバルトの方を見た。
 すぐ目の前に、黒点が飛んできていた。
 必死にかわす。
 棒の勢いが余っている。壁に刺さるかと思ったが、壁と接する直前で、方向転換して、こちらに向かってきた。
 咄嗟に、先端を片手で掴んだ。
 セピアとの戦いが、頭を過ぎる。これなら、棒を封じたのではと思ったが、視界が下に動いた。
 片手で、持ち上げられた。コバルトが、下に見える。手を離す機会を失った。今離せば、空中に放り出されて、格好の的だ。
 シエラは、横の壁を蹴りながら手を離した。しかし、それも読んでいたのか、コバルトが棒を振りかぶる。
 空中で、棒撃を受け止めた。
 一気に、視界が飛んでいく。
 床に、ぶつかり転がった。
 痛い……。
 ……。

 シエラは、顔を上げた。
 扉から、二十歩ほどの距離に自分がいる。
 コバルトは、ゆっくりと、こちらに歩いてきていた。
 体を起こさないと……。
 体が、思うように動かない。全身が痛い。
 コバルトの顔は、もう笑っていない。
 シエラは、恐怖が湧いてきた。
 自分は、コバルトは自分を殺す気など本当はないと思っていたのだろうか。先ほどの発言は冗談だと思っていた。
 しかし、今、あの男には殺気があった。
 冗談などではないのか。

 シエラは、力を振り絞り、ようやく立ち上がった。
 足下が覚束ない。落ちていた剣を拾い正面に構えるが、腕の力が頼りない。
 コバルトが、近づくにつれて、シエラも後退りする。

 不意に、コバルトの口から息が漏れた。
「なさけねえ」
 頭に血が昇るのを感じた。
 シエラは飛び込んだ。
 コバルト目がけて、渾身の力で剣を振るう。
 コバルトが、少し笑って、棒を構えていた。
 突如、コバルトが、顔を左に向けた。
 何かが、音と同時にコバルトにぶつかった。
 コバルトが、完全に体勢を崩している。
 シエラの攻撃が、そのままコバルトの頬に直撃した。
 シエラは勢い余って、コバルトを飛び越えて、床に落ちた。
 振り返って、コバルトを見る。

 コバルトは仰向けに倒れていた。全く動かない。辺りには、硝子片が散乱しているのに気が付いた。
 落ちていた棒を見ると、矢らしき物が刺さっている。
 ……何があった?

 さっきの音は、硝子が割れる音だったような気がする。
 外に視線を移しても、真っ暗で何も見えない。遠くの方に、街の灯りらしき光りが、ぽつぽつと見えるだけだ。
 少しして、シエラは気が付いた。
 剣で斬った。
 殺してしまった……。
 しかし、剣を見ると、血が付いていない。コバルトを見ても、斬痕らしきものはなかった。顔の半分に痣があるだけだ。
 夢中だったので、剣の側面で叩いていたのが気が付かなかったということなのか。

 シエラは、振り向いて、扉の方を見た。
 扉が壊されて、奥の方に倒れている。二人の姿は見えない。

 シエラは、そちらに向かった。




       

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