Neetel Inside 文芸新都
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 人の声が聞こえた。


 部屋の中が、ざわついているようだ。
 シエラは、部屋に入った。

 入り際に、倒れている扉を見ると、外から、何かをぶつけた後があった。セピアが、強行して入ったのか。
 中に入ると、すぐに十数人の女と、初老の男、セピアとペイルが目に入った。
 大きめの部屋で、さらに奥に扉がいくつもあった。大きな窓があり、内装は華やかと言っていいのだろう。敷物や、飾りがいくつもある。
 部屋の真ん中には、大きめの机があり、料理が並んでいるようだ。
 女達は、皆若く、質の良さそうな服を着ていた。
 部屋にいる全員が、困惑そうな顔をしている。

「さらわれたのだろう?」
 セピアが言っている。
 女達に言っているようだが、女達は、何も言わない。数人が固まって、身を寄せ合っていた。
「いや……だからな」
 歯切れが悪そうにペイルが言う。

「おやおや、どうしたのかな、これは」
 一瞬、ぎょっとした。
 声がしたので、入り口の方を見ると、モウブが立っていた。
 相変わらず、穏やかそうな顔をしている。

「あ、えっと」
 ペイルが焦って言う。
「モウブ殿! あなたが、少女達をさらっている証拠を確認したぞ。もう、言い逃れはできない。大人しく、牢に入るんだな」
 セピアが、猛々しく言った。
 モウブは、少し驚いた顔をした後、考えるような顔になった。
「ふむ……ということは君達は、グラシアさんの差し金だったということか」
 モウブは、あまり表情を変えず、淡々と話している。
「認めるということだな」
 セピアが言うと、モウブは少し俯き、息を吐いた。
「致し方ありませんな……」
「待って下さい!」
 モウブが言い終わる前に、女の声が割って入る。
 部屋にいた女性だ。

「私たちは、モウブ様に助けてもらったのです。さらわれたのではありません!」
 セピアが、目を見開いて、しゃべった女性を見た。
「助けてもらった?」
 意を決したように、しゃべっていた女性が一歩前に出た。

「私たちは、遠くの村や町から、家が貧しくて売りに出されて来た者ばかりです。幼くて右も左も分からない。不安で怖くてどうしようもない。そんな時に、モウブ様に助けてもらえたのです」
「どういうことだ?」
 セピアが、呟くように言う。
「旦那様は、年端も行かない少女が、身を売らざるを得ない状況を哀れんで、匿う事をしていたのです。幼い少女が働いている、あるいは売りに出されていることを聞くと、すぐにお金を出し、身柄を買い取り匿っておりました。故郷に戻りたい者は、ほとぼりが冷めたら送り届けるということをおやりになろうとしていたのです」
 初老の男が言った。
 セピアが、唖然としている。シエラも驚いた。
 セピアが、ペイルの方を向く。
「そういうことなんだ……」
 ペイルが頷いて言った。
「ですので、なにとぞ、衛視や街にはご内密にしてはいただけないでしょうか……?」
 初老の男が続けて言った。
 セピアは、考え込むように黙った。

「そういうわけにもいかない」
 突然、新しい声が加わる。
 全員が、再び入り口の方に注目した。
 モウブの後ろから、グラシアとボルドーが現れた。
「あっ」
 誰ともなく声がする。

「どうも、申し訳ありません。勝手にお邪魔してしまって。それに、不躾ながら、間者のようなことをしたことも先に謝っておきましょう」
 グラシアがモウブに言った。
 モウブは、グラシアを見て、驚いた顔をしている。
 グラシアの表情は、険しいといったほどではない。
「あなたの志には、正直に敬意を覚えます。幼い少女を助けようと言う気持ちは分からなくはない。だけど、この街でそれをやるのということは、今いる遊女達への侮辱でしかないのですよ。この街には、覚悟を持って来る子も大勢いるのです」
「いや、私は……」
 モウブが言う。
「今すぐ、止めていただこうか」
 モウブと、女達の顔色が変わった。
 グラシアの後ろから、衛視と名乗っていた女達が数人現れる。マゼンタもいた。
 彼女達は、部屋にいた女達を部屋の外へと誘導する。
「しかし、覚悟を持てない子もいるのも事実でしょう?」
 モウブが、焦るように言う。
 グラシアは反応しない。

 青い顔をしていた女達は、衛視達と共に、部屋からいなくなった。
 それから、グラシアがモウブを見た。
「覚悟は、持たなくてはならない」
「だから、それは」
 モウブが言うと、グラシアが、少し口角を上げた。
「前提の話ですよ。どうしても、覚悟が持てない子がいるということは、私も重々承知しているつもりです」
 グラシアの口調が、少し緩くなる。モウブが意外そうな顔をした。
「そういう子への対応も、一応作ってはいるんですけどね」
 言葉を続ける。
「だけど、それは最後の手段でね。最初から、それがあると分かってしまっては、持てる覚悟も持てなくなる。故に、彼女たちに聞かせたくなかったので、外に連れ出しただけです」
 モウブは、同じ顔のままだ。
「あの子達には、無理強いはしません。ただ、ここの規則に従って働いてもらいます。そうですね、とりあえず飲食店で働いてもらいましょうかね」
 モウブが息を吐いた。
「なんてことだ。私が思っていたよりも、いろいろ考えていた人だったんですね、あなたは」
 グラシアの口角が、少し上がる。
「失礼な言葉にもとれますよ、それは」
「あ、いや。すいません。……そうですか、私がやっていたことは無意味だったということなんですね」
 モウブが、再び息を吐く。
「しかし、グラシアさん。故郷に戻りたいと言ってた子もいるのです。そういう子は、どうにかなりませんか?」
「故郷に戻れれば、全員が全員幸せかと聞かれれば、そうではないのです」
 グラシアが言う。
「売りに出せれるぐらい貧しい家なら、再び売りに出される可能性が高い。あるいは、養う力がないから出す家もある。そういう所に戻っても、今まで通りの生活に戻れるはずがないのです」
「しかし……それでも、家族に会いたいという子もいるはずです」
「確かに。ただ、そこからは、我々の範疇を越えるというものです。そこからの軽はずみな干渉は、無責任というものでしょう」
 モウブが、少し俯いた。
「……確かに、そうなのかもしれません」
 モウブが言うと、グラシアが、にこりと笑った。
「というわけで、あなたに是非協力していただきたい。まだまだ、この街は未完成です。あたなのような、志がある御仁に協力してもらえるなら、軽はずみなどではない干渉ができるようになるかもしれない。私は、そうでありたいと思っています」
 モウブの目を見開く。
「実は、これを言いたいが為に、一芝居打ったのですよ」
 グラシアが言うと、モウブが、低く笑った。
「なるほど。その歳で、妓楼街を仕切れるわけだ」
 言って、真顔になる。
「私で良ければ、是非協力させて下さい」
 再び、グラシアが、にこりと笑った。





「いやあ、ごめんごめん」
 グラシアが、前で手を合わせて言った。
 セピアは、複雑な表情をしている。

「初めから、おおかたの見当はついていたということですか。だったら、私達に間者をやらせる意味はなかったんじゃないんですか?」
「いやいや、そんなことはない。確信を持っていたわけではないからね、実際に確かめる必要はあったんだ」
「入ってくるのが、やけに早かったのは?」
「外から、窓越しに中を見ててね。ちょうど、見える所で良かったよ」
「……」
 セピアは、怒りきれないといった様子だった。

 騙された思いはあるものの、その後の話を聞くと、この人が悪人でもないことがわかる。複雑なのは、シエラも同じだった。
「お前の場合、ただ単に、二人のその格好を見たかっただけだろう」
 ボルドーが、グラシアに言った。
「えっ? そんなわけないじゃん。やだなあ、ボルドーさん。ははは」

 ペイルが、居場所がなさそうに立っている。
「そういえば、あなた達は、何故ここにいたのだ?」
 セピアが、ペイルに言った。
「あ、ええと、コバルトに連れられてだな……。義侠の厚い人が護衛を捜してるらしいって。実際、話を聞いた時は、いいことをしてるなって思ったんだよ。そりゃ協力するよ」
「見返りは、なしでかい?」
 グラシアが言う。
「え? ええと、何も聞いてなかったな。あっ、そういえばコバルトは?」
「ああ、さっき廊下で死んでたな」
「へっ?」

 一同で廊下に出ると、コバルトが胡座をかいて座っていた。片方の手は、頬をさすっている。
「グラシア! てめえ、殺す気か!?」
 こちらを見るなり、コバルトが言った。
「あ、うん」
「えぇっ」
「調子乗りすぎなのよ、あんたは。シエラちゃん虐めて、そんなに楽しかった?」
「だからって……」
 言って、コバルトの顔が青くなる。
「あ、旦那。冗談ですよ冗談。虐めてたなんて、はは」
「謝んな」
「悪かった」
 コバルトが、頭を下げて言った。

 話を聞く限り、あの矢はグラシアの仕業だということだろうか。
「あの、どこからか見てたのですか? それに、あの矢……」
 シエラが聞く。
「こんなことできるの、そこの姉ちゃんしかいねえよ」
 コバルトが、持っていた棒に刺さった矢を、指さして言った。
 思わず、シエラは窓から外を見た。相変わらず、真っ暗で何も見えない。
 どこからか、狙ったのか。

「そういえばコバルト。見返りも求めないで、護衛を引き受けたそうじゃない。随分と偉いわねえ」
 コバルトの顔の動きが止まる。
「まあな」
「何もいらないんだよね」
「……うん」
「だそうだよ、モウブ殿」
 グラシアが言うと、モウブが一同の後ろから顔を出した。
「え? しかしコバルト殿。報酬は妓楼を一店貸し切りという約束だったのでは……」
 言い終わらないうちに、コバルトが立ち上がり走っていった。

 一同が見送る。
「シエラ。あいつに今度会ったら、もう一発殴ってやんな」
 グラシアが言った。











 二日後。六人は、オリーブの街の北側にいた。

 グラシアとマゼンタ以外の四人は、いつもの服装に、一枚上着を着込んでいるという格好だった。
「もっと、ゆっくりしていけばいいのに」
 グラシアが言う。
「そういうわけにもいかん。お前も、何かと忙しそうだしな」
「人に気を使うなんて、らしくないなあ」
「お前の中で、わしは一体どういう印象なのだ?」

 シエラは、辺りを見回した。
「あの、コバルトさんは?」
「ああ、あいつは、ここまでだ」
 ボルドーが言う。
「えっ、それって、あの一件のせいでってことですか?」
 ペイルが言った。
「いやいや、違う違う。元々、そういう話だったのだ」
「そういえば、この二日、見かけませんでしたね」
 セピアが言った。
「逃げ回っているんでしょ、きっと。見つけたら懲らしめといてやるわ」
 言った後グラシアは、マゼンタから、小包を受け取り、差し出してくる。
「これ餞別ね。道中で食べて」
 シエラが受け取った。
「もし、旅が終わって、働き先が欲しくなったら、ここにおいでね。二人だったら大歓迎するから」
 言って、グラシアが笑う。
 セピアが、微妙な表情をしていた。

「では、行こうか」
 ボルドーが言って、四人が歩き始めた。
 グラシアは、見えなくなるまで、ずっと手を振っていた。

「ボルドーさん。もしかして、このまま北に行くんですか?」
 ペイルが、怖ず怖ずといった様子で聞く。
「そうだ」
「ということは、ウッドに行くってことですか?」
「ああ。どうした? 何か心配事でもあるのか?」
「あ、いや。その……ウッドっていったら、あの有名なルモグラフ将軍がいる所じゃないですか。かなり厳格で、小さな不正も許さない将軍だって聞いたことがあります。その、俺大丈夫かなって……」
「お前が小悪党していた場所から、どれだけ離れていると思っている。手配など回っておらんし、そんなことに気を回せるほど暇でもあるまい」
「はあ。まあ、そりゃそうですけど」
「いざとなったら、わしが庇ってやるさ」
「えっ! 本当ですか!? そりゃ、すげえ心強いですよ!」
「まあ、今のわしが庇った所で、影響があるかどうかは分からんがな」
「いやあ、ありますって」
「あの、もう街はないって言っていませんでした?」
 シエラは、疑問を口にする。
「ああ、街ではなく軍事要塞だ。国境の防衛施設だな」
 ボルドーが言う。
「スクレイの、北の要の一つだよ。前の戦争で、北の国境で唯一破られなかった所ですよね」
 ペイルが言った。
「そうだったな」

 シエラは、前方に目をやった。
 相変わらず、頂上付近が白い山々が並んでいるのが見えた。




       

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