Neetel Inside 文芸新都
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少女は英雄を知る
ウッド編

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 集団の中にいた。


 オリーブの街を出発してから、六日が経っていた。

 起伏が大きい道が続いた。国境に近づくと、ずっと見えていた大山の周りに多くの小さい山々があるのが分かった。大山だけが異様に大きい。
 国境に向かう道のはずだが、人通りが少なくないのが意外だった。
 大きな荷物を抱えている者や、荷車を引いている者、剣をぶら下げて、そういう人たちの周りでいる者などがいた。
 ほとんどが商人と、その護衛らしい。
 自然と集団ができてきて、そういう中で同道することになっていた。
 当然というか、セピアと自分は、珍しそうな目で見られていた。

「まあ、国境を通るなら、ここが一番いいですよ。ルモグラフ将軍は、検査は厳しいですが、賄賂を要求したりしませんからね」
「他の所は、それだけで儲けが飛んじまうからなあ」
「まあ、関所の人間と結託したい商人なら、ここには来れませんな」
「なるほど」
 ボルドーは、商人達と話している。

 シエラは、人が何故多いのかと、セピアに話してみた。
「冬になると、この一体は雪に閉ざされる。そうなると、国境を越えるのが難しくなるからね。今の内に国境を移動して、できることをやっておこうっていうのが商人の考えみたいだ」
「できること?」
「詳しくは知らないんだ。買い付けとかかな」

 それから、数時間進んだ後、一団の中から声が挙がった。
「見えてきた見えてきた」
 シエラは、前方に目を凝らす。
 小さい山々の間に、建物らしきものがあるのが見えた。さらに先の方、高い所にも、小さく人工物らしきものが見える。
「手前がウッドで、奥が山城と呼ばれる所だ」
 セピアが言った。

 日が落ちたものの、あと少しでウッドに着くということで、一団はそのまま進んだ。
「夜になると、関所は通過できませんけど、そういう人達の為に、軽く宿泊できる所があるのですよ」
「まあ雑魚寝ですが、野宿よりはいいでしょう」
 商人達が話していた。

 さらに小一時間歩き、ようやくウッドにたどり着いた。
 遠くから見ていて想像していたよりも、巨大な建物だった。
 暗くて、全体までは分からないが、石造りだろう。篝火が、至る所で灯っている。入り口らしい所は、門形に石を組み立てたのか、綺麗な半円だった。これも大きく、扉はなかった。その前に三人、兵士が直立しているのが見える。
 もし扉をつけるなら、開閉が大変だろうと、何気なく思った。

 一団が近づいていくと、さらに中から、五人ほど兵士が出てくる。
 一団の先頭から順に、兵士に話していた。終わった者から、門の中に入っていってくようだ。
 兵達は、きびきびと動いていた。少し、フーカーズの軍を思い出した。

「門兵に、何て言いましょうか?」
 ペイルが、ボルドーに聞く。
「見学に来た、では駄目だろうか?」
「ええっ! そりゃ、駄目ですよ! すげえ怪しいじゃないですか」
「そうか」
 ボルドーは、軽く笑みを浮かべていた。
「多分、大丈夫です。このまま行きましょう」
 静かな声で、セピアが言った。
「なんで、お前がそんなこと分かるんだよ?」
「来たことがあるので」
「本当か?」

 列の前にいた商人が、中に入っていった。ペイルが、前に進むのに躊躇していたが、セピアが躊躇わずに進んでいった。
「カーマインさんを訪ねてきたのですが」
 セピアが、門兵の一人に言った。
「カーマイン? カーマイン副将か?」
「ええ、そうです。セピアが来たと言って貰えば、分かると思うのですが……」
「分かった。では、中で待っていてくれ」

 門の中に入ると、石造りの通路が少し続いていた。
 それを抜けると、視界が広がった。
 まず、夜空が見えた。星が見えるが、前方の空は見えない。おそらく、山で隠されているのだろう。
 通ってきた道は、そのまま真っ直ぐ続いている。先にある、大きな建物に続いていた。両側は、遠くに壁があるように見える。おそらく城壁というものだろう。その近くにも、大きな建物が、それぞれ一つずつあった。小さい建物は、大きな建物の周りに点々とある。
 商人達は、疲れた様子で、右手にある建物に向かっていた。
「ここの副将と知り合いなのか?」
「ええ、まあ」
「本当に?」
 ペイルは、ずっと同じ調子だった。心配そうに、ボルドーを見る。
「まあ、セピアに任せてみよう」
 ボルドーは、腕を組んで言った。

 程なくして、正面の道から、誰かが早足で歩いてくる。
 顔が識別できるほど近づくと、その男は驚いたように、目と口を開いた。
 歳は三十ぐらいだろうか。頭の両側の毛が短く、頭頂は癖のある毛で栗色だ。彫りの深い顔立ちで、他の兵とは服装が違った。おそらく、位が上なのだろう。
「これは……いや……本当にお懐かしゅうございます。見違えるほどに、ご立派になられた」
 男が感慨深げに言うと、セピアが男に近づいた。
「お久しぶりです、カーマインさん。いろいろ、御心配をかけてしまってすみませんでした」
「いえいえいえいえ」
 カーマインと言われた男は、両手を顔の横に上げて、顔を左右に振った。
「副将になられたのですね」
「はっ、いや、お陰様で。私のような若輩者ですが、将軍に取り立てていただいて」
「そんな、謙虚すぎますよ。昔から実力はあったのですから」
「は、いや、恐縮です」
 言って、カーマインは姿勢を正した。
「その、将軍ですが、今は生憎山城の方に視察に行っておりまして、戻ってくるのは明日になりますが」
「ええ、待たせて貰ってもいいですか?」
「それは、勿論ですよ。本塔の客間に御案内しましょう」
「こちらの三人も一緒なのですが?」
「ええと、この方々は?」
「私の恩人です」
 セピアが、静かな声のまま言った。
「ほう」
 カーマインは、一端言葉を切り、三人を見る。
「セピア様の御恩人とあらば、勿論、招待したいのも山々ですが、何分ここは軍事の要塞。将軍の許可なく部外者を本塔に入れるわけには……」
「我々は、商人達と同じ所でも構わんぞ」
 ボルドーが言う。
「でしたら、私もそちらに行きます」
 セピアが言った。
「えっ?」
「やはり、この城塞の責任者の許可を得ずに本塔に入るのは不味いでしょう」
「いえ、しかしセピア様は……」
「私は、あくまで来訪者なので。少なくとも、今は」
 セピアが言うと、カーマインは少し頭を下げた。
「……分かりました」










 四人は、カーマインに案内されて、正面右側にあった建物に入った。一階は、先に入った商人達でごった返していた。
 それらを横目で見ながら、シエラ達は、入り口にすぐ脇にあった階段を上がり、二階に入った。ここには、商人達は入れないようだ。
 二階には、いくつか部屋があるようで、通路を挟んで扉がいくつかある。
「宿泊用の部屋ではないのですが、下よりはいいと思います。どの部屋をお使いになっても結構です。後で、簡易の寝台を用意させます。何か申しつけがありましたら、すぐにお呼び下さい。あ、何名か世話人をつけましょうか?」
 セピアが少し苦笑する。
「カーマインさん」
「は、申し訳ありません。ついつい昔の癖が……」
 それでは、と言ってカーマインは出て行った。

 全員がセピアに注目する。
「お前、一体何者だよ?」
 ペイルが、恐る恐るという風に口を開いた。
「すみません。秘密にするつもりはなかったのですが……」
 言葉を区切る。
「ここの責任者というのは、私の父親なのです」
「ルモグラフ将軍の娘だったのか……」
 セピアが頷いた。
 ペイルは目を丸くしている。ボルドーは、平然な顔をしていた。
「なんで、ルモグラフ将軍の娘が、ローズにいたんだ? ってか、なんで旅人紛いなことしてたんだよ? あ、いや、してたのですか」
「口調は変えないでほしい。権威があるのは、あくまでも父であって、私ではないのだから」
 そう言って、一つ間を置く。
「旅の目的は父に会いに来るため。ローズにいたのは、その……母上の故郷だからだ。昔、母上に付き添って、私もローズに住むことになったので」
「ふうん。えっと、じゃあ、あの街に、お前のかあちゃんがいたのか」
「……ええ、まあ」

 セピアが、少し顔を横に向ける。
 それから、首を横に振った。
「いや……みんなには聞いておいてもらった方がいいのかな」
 そう言うと、目線を真っ直ぐ向けてくる。

「少し話をしてもいいですか?」




       

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