Neetel Inside 文芸新都
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 冷えた風が当たった。


 早朝、ボルドーは、山城の北側にペイルを呼んだ。
「何ですか?」
「まあ、こっちへ来い」
 ボルドーは、ペイルを横に立たせた。

「わしとシエラは、これから国境を越えて、北に向かうことになった」
「え?」
 ペイルの目が見開いた。
「どうしてですか? 東に向かうと、昨日まで言ってたじゃないですか」
「事情が変わった」
「事情?」

 少しの間。
「教えてはもらえませんか……」
「いや」
 ボルドーは、ペイルと目を合わせる。
「お前には、そろそろ話してもいいだろう。わしとシエラが旅をしている本来の目的をな。それを聞いた上で、お前は、どうするかを決めてほしい。着いて来るも来ないも、お前の自由だ」
 ペイルが緊張をしたように、背筋を伸ばした。

 昨日、ボルドーは迷っていた。このまま東へ行ってもいいものか、それとも北に向かうべきか。
 結局、決めきることができず、日が沈みそうになった。
 カーマインの厚意もあり、狭い部屋ながら、山城に泊めてもらうことになったのだった。異例中の異例だろう。

 そして、深夜にボルドーは、シエラに叩き起こされた。
 シエラは、泣きながら思い出したと言った。
 どうやら、カラトとシエラが国境を越えたのは間違いないようだ。
 しかも話を聞く限り、冬にだ。カラトは、冬の山越えを、シエラを背負ってやってのけたということになる。
 信じられない、という思いと同時に、あのカラトなら、という思いもあった。
 あの男の行動は、昔から、常軌を逸している。
 そして、北に向かうことを決めたのだった。

 話が終わる。ペイルは、難しい顔をして黙った。
「そうだったんですか……」
 大まかに全体を話した。とりあえず、言い忘れたことはないはずだ。
「話を聞く限り、俺が何かの役に立つってことはなさそうですよね……。そんな俺が着いていってもいいんでしょうか?」
「構わん。シエラも、いいと言っていたしな」
 ペイルが頭を下げる。
「俺は、まだまだ勉強させてもらいたいことが山ほどあるんです。迷惑でなければ、引き続きよろしくお願いします」
 それで、決まりだった。

 すぐに最後の準備を済まし、カーマインに、御礼と別れを告げた。
「では、行こうか」

 三人は、北に向かって、歩き始めた。















 みずぼらしい格好の男達が、岩陰などから姿を現し、行く手を遮った。

 十数人といったところか。
 全員、質の善し悪しがあれど、何かしらの武器を持っていた。
 気味の悪い笑みを浮かべている者もいれば、目を見開いて、緊張しているような顔をしている者もいた。異様な臭いも鼻を刺した。

「持ってるもの、全部置いて行け」
 その中の一人が言った。

 少し発音が変だと、シエラは思った。
 これが、賊というものだろう。
 山越えに入って、数日が経った、昼だった。岩が重なり合うようにして山になっている場所だった。
 数分前から、人の気配は感じていた。ただ、出てくるまで無視をしようとボルドーが言ったので放置していたのだ。

「死にたくなかったら言うとおりにしろ」
「あと、そこの娘は着いてきてもらおうか」
 男達が、口々に叫んだ。

「この道を通る商人を食い物にしているのかな」
 ボルドーが言う。
「俺たちに手を出そうなんて、百年早いってやつですね」
 ペイルが、軽い笑みを浮かべながら、剣を取り出す。

 あっという間に、決着はついた。
 シエラとペイルは、鞘を被せたままの剣をつかって、数人を叩き伏せた。十人ほどを倒すと、残りは慌てて逃げていった。

「ちょろいちょろい」
「せっかくだから、町の場所を聞いておくか」
 言うと、ボルドーは、倒れている男の一人の服を掴んで、引っ張り起こした。
 男は悲鳴に似た声を上げる。
「ウエットという町を知っているだろ? どこにある?」
「あ、こ、ここから、三日ぐらいの所にある……」
「ウエット?」
 ペイルが聞いた。
「山脈を越えて、すぐにある町だそうだ。思ったよりも、まだあるな」
 ボルドーは、再び男を見る。
「随分、遠出をしてきているな。商人が通らなければ、町を襲うしかないだろう」
 何気なし、という風に言った。
「あ、あそこは駄目だ」
 男が言う。
「駄目?」
「俺たちは、ずっと前から、あの辺りにいたが、急に変な男が現れて、仲間が、何人も殺られちまった」
 三人が顔を見合わす。
「と、とにかく恐ろしく、つええ。あいつがいる限り、あの町には近づけねえ」
 男は、荒く呼吸をしながら言っている。
「用心棒か何かですかね?」
 ペイルが言う。
「さあな。まあ、わしらには関係がないだろう」
 ボルドーは、男を放した。

「ちなみに、その男とは、どんな奴だ?」
「あ、頭が禿げてる。あと、目が怖え。何考えてるか分からねえ目をしてる。そんで、仲間をあっという間に斬り殺していくんだ」





「あの人たちは、これからどうなるのですか?」
 シエラは、思いついたことを口にした。
 賊に襲われた場所から、数時間ほど進んだ所だった。
「言わずとも分かるだろう」
 ボルドーが言った。

 襲う商人がいない、町も襲えない。賊がそうなれば……。
 彼らの先を想像しかけたが、すぐに止めた。
 確かに、自分は何を聞きたかったのだろうかと思う。
 あの人達を助けてやりたいと思ったのか?
 ……それとも、先に悲観しかない者だから、殺してやればよかったと?
 頭に、他人の声のような言葉が響いた。
 シエラは思わず、頭を振った。

「シエラちゃんが気にすることはないよ。ああいうのは自業自得っていうんだよ。山賊なんかやってるから」
「自業自得か」
 ボルドーが呟く。
「賊になろうと思った者だけが、賊になるわけではないがな」
「え?」
「まあいい」
 それで、話は終わりだった。

 そこから三日ほど進むと、平地が見渡せる高台に行き着いた。
 どうやら、山脈といわれるのは、ここまでのようだ。
「おお、越えましたね。思ってたよりも、あっさりだったな」
 ペイルが言う。
「まあ、我々は心気の使い手だけだからな。こんなものだろう」
 シエラは、また一つ疑問が浮かんだ。
「南には城塞があったのに、こっちには何もないんですね」
「ふむ」
 ボルドーが、こちらを向いた。
「スクレイの北にある国、つまりはここだな、ここはクロスという国なのだ。この辺りは、クロスの最西端になるのだが、いくつかの隣国と接しているこの辺りは頻繁に支配国が変わる場所でもあるのだ。最近は、変わっていないらしいが」
「へえ」
 相づちのペイル。
「つまりクロスが、戦略的に、ここから南に向ける軍事的対応に、労力を割く余裕はない、という考えなのだろう。というより、クロスの人口の大半は東に集中している。クロス自体、この辺りをあまり重視していないようなのだ。だからこそ、こんな簡単に入国できるのだろうが」
「あれ? ということは、南にも同じことが言えるんじゃないんですか? ここから、南に向けられる驚異はほとんどない、ということじゃないですか」
「ウッドは、古いからな。何十年も昔は、また勢力図が違ったようだ」
「あ、なるほど」

 それから少し進む。
 遠くに町並みが見えた。










 ウエットの町に、三人は入った。

 地理的な関係上、そんなに発展している町ではなかったのだが、最近は山脈を往復する商人達が通過するので、多少は宿場が整っているらしい。
 それに、外来の人間に対しての、無条件な敵対心もないらしい。

 大通りの、飲食店に入った。
「お客さん、大丈夫だった? 南から来る道には、今、追い剥ぎがいるのに」
 料理を運んできた、四十代ぐらいに見える女性が言った。
「まあ、なんとか」
 ボルドーが答える。店内は、商人らしき集団が何人か見えた。

「そういえば、この町には用心棒がいるそうですね。なんでも、かなり腕が立つとか」
「ああ……」
 女性は、思い出すように目線を上げた。
「そうだったんだけどね、今いないのよ」
「というと?」
「実はね、その人、行き倒れていた人なのよ。道端に倒れていたのを、私が助けて介抱してやって。町の人なんかは、追い剥ぎの仲間じゃないかって疑ってたんだけどね、なんとなく私は違うと思ったのよ。目が覚めて話したら、受け答えも虚ろでね、どうやら記憶がないみたいだったのよ」
「ほう」
「無愛想で無口なんだけど、店の手伝いとかしてくれるし、ここに住まわせてたの。で、ある日、追い剥ぎ連中がこの町に来た時に、剣一本であっという間に追っ払ったってわけ。それで、町のみんなにも受け入れられたわけ。この町で、ずっといてくれると思ったんだけどね、何日か前に、ふらっといなくなっちまって」
「ふむ」

「お客さん、商人じゃないよね」
 女性が、興味のありそうな顔をして言う。
「組み合わせが珍しいし、大きな荷物を持っていないもの」
「まあ、そうですね」
 ボルドーが言った。
「こんな辺鄙な所を旅ですか? 物好きな人もいたもんだ。ちなみにどこへ?」
「ドライという町なのですが」
「へ?」
 女性が、目を丸くした。
「……お客さん、知らないんですか。あそこは、もう人がいませんよ」
「えっ?」
 ペイルが声を上げた。
「いない?」
「ええ、もう二年ぐらいになるのかなあ」
「ちなみに、どういう理由でかは知っていますか?」
 ボルドーが聞いた。
「詳しくは知らないんだけど、いろいろ不幸が続いたみたいだからね。災害やら、疫病やら……」
 シエラも、驚いたような顔をしていた。

 実は、ボルドーは、ルモグラフからその話は聞いていた。ただ、彼も詳しくは知らなかったが。

 食事を済ませる。代金は、スクレイの貨幣でも通用すると聞いていたので、それを払った。

「あの、もし見かけたら、帰ってくるように言ってくれないかい。頭に毛がない、三十代ぐらいの男の人なの。見かけたらすぐに分かると思うけど」
 女性が、別れ際に言った。





 三人は、さらに北に向かった。
 見晴らしのいい平野で、右手には川が流れていた。

「なんだか、外国って感じがしませんね。言葉も通じるし、お金も使えるなんて」
 ペイルが言った。
「ここらは、そうしないと、やっていけないからだろう」
 シエラは、ずっと言葉を発していない。もともと無口ではあるが。

「あれ?」
 先頭を歩いていた、ボルドーの背に、ペイルの声が当たった。
 振り向くと、ペイルも後ろを向いていた。
「シエラちゃんが」
 見ると、五十歩ほど後ろで、道を外れて立っているシエラがいた。
 二人は引き返す。

「どうした? シエラ」
 ボルドーが言っても、反応がない。ずっと、川の方を見ていた。
 やがて、こちらに顔を向ける。
 また、泣きそうな顔をしていた。

「何か、思い出したのだな?」
 シエラは、一つ頷いた。
「こ、ここの川、知っている……もっと水が多かった……よく、水を汲みに来ていた……」
 シエラが言うと、ペイルが興奮気味な顔で、こちらを向いた。
「間違いないってことじゃないですか」

 ボルドーは、もう一度振り返って、道の先に目を凝らした。


 ずっと先に、町らしきものが見える。








       

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