Neetel Inside 文芸新都
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 窓の外の光が減った。


 いつの間にか、日が傾きかけていた。
 山間の村なので、日が落ちるのが早いということか。
 グレイは、机をはさんでボルドーと向かい合って座っていた。

「三年前、雨の日。夜も更けてきた頃、この家の玄関の戸が叩かれた。出てみると、この村の男と、ずぶ濡れの女の子がいた。女の子は無論、シエラだ。男は、シエラを私の家に案内してきたそうだ。シエラは始め、医者はどこかと聞いたらしい。この村で医術の心得があるのはワシだけだ。それで男は連れて来たのだろう。シエラはとにかく、カラトを助けてくれ、の一点張りで、すぐに力尽きて倒れてしまった。なんとなく場所も言っていたので、シエラは村の者に任せてワシはそこに向かった。ワシもこの時は、カラトという者が、あのカラトだとは思わず、どこかの旅人が森で怪我でもしたのだろうと思っていた。シエラが言っていた場所に着くと、血を引きずったような跡があった。それを辿っていくと一本の木の下に、かなりの血溜まりがあった。しかし、誰もいなかった。それを見てワシは焦った。もし、これが一人の人間の血なら命に関わるからだ。さらに、その血溜まりから別の方向に血の引きずった跡が伸びていたので、それを辿っていったが、それは途中で消えてしまっていた。とにかく、人を探さんといかんから、ワシはその辺りを探した。そうしたら、森の中に木がない開けた場所があった……」
 そこで、ボルドーは一つ息をついた。

「……そこは、辺り一面滅茶苦茶だった。周りの木々はグシャグシャになり、所々、地面が抉られていた。そして、あるのは、おびただしいほど大量の潰れた武器や血の染みた衣服の残骸だけだった」

 グレイは、その光景を想像して、息を呑んだ。
「えっと、死体とかがなかったっていうこと?」
「ああ。細かく調べたわけではないが、一見して、人の形をするものは何もなかった」
「何それ……」
「おそらく、そこで戦闘が行われていたのだろう。あの残骸が、すべてカラトの敵のものだとすると……、すさまじい戦闘が行われていたに違いない」
「敵って……、カラトは誰と戦っていたの?」
「分からない。シエラも分からないそうだ」
「分からないって……」
「彼女は、カラトと出会う前は、ドライという町で、サーモンという老女と一緒に住んでいたそうだ。物心ついた頃には、すでに両親はおらず、ずっと二人で暮らしていたらしい。話を聞く限り、楽な生活ではなかったようだ。ある時、そのサーモンという人が、風邪をこじらせて亡くなってしまったらしい。そして、その数日後に突然、見ず知らずの男たちに襲われたということだ。その時、助かったのは偶然だったと本人は言っていた。あと、襲われる心当たりがまったくないとも。何がなんだか分からず、数日逃げ回ることになって、その時にカラトに会ったそうだ」
「行き当たりばったりで助けたってことか」
「それは分からない。しかし、シエラからしてみると、怪しいこと、この上ない。だが、カラトが必死に自分の無害をシエラに説明する様などを見て、感覚的に、この人は悪い人ではないのだろうと思ったそうだ。その後は、カラトに連れられて、旅をしたらしいが、何かに追われている空気はずっとあったそうだ。ただ、そのことをカラトに聞いても、何も教えてくれなかったらしいが……」
「何かの、いざこざに首を突っ込んだってこと?」
「そうだ。ただ、考えてくれ。あのカラトが、逃げるという選択をとったこと。そして、少なくとも行動不能になるほどの傷を負わされたという話だ。いくら相手が大人数であろうと、そんなことができる者、あるいは集団は限られているとは思わんか?」
「うん……」
「そして、ワシの推測だ。ワシは、おそらく軍か政府の関連があったと思う。どういう理由があったかは分からんが。そして、さっきした死体がなかったという話。死体は回収したのだろうと思った。これは情報隠蔽のためにやることだ。そんなことを行う集団といえば……」

「暗部……?」
 ボルドーが、ゆっくり頷く。

「ワシは、そう考え、カラトと別れた所に行きたがっていたシエラを説得して、ここから、西に行った所にある山小屋でシエラを匿うことにした。軍か政府が関係していて、カラトのことも、ばれているのなら、当然ワシの所にも手が伸びてくるだろうと思ったからだ。しかし、三年何もなかった。それで、誰かと連絡を取ろうと思ったのだ」
「……」
「連絡が遅くなってすまなかった。実は、まず真っ先にカラトの昔の仲間を疑ったのだ」
「えっ?」
「個人で、カラトとまともに戦えるのは、お前達しか思い浮かばない」
「……フッ、私じゃあ十秒と持たないわね」
「三年前、カラトが何をしていたか分からないか?」
「全然……」
「三年前、どこかの軍が動いた話などは?」
「ごめん、まったく……」
「そうか……」

 沈黙。

「だけど、今の話を聞く限り、カラトは死んでない可能性もあるよね?」
「ああ。さっきは覚悟を持ってもらおうと思って最初に話したが、死体を確認したわけではない」
「私は、カラトがそう簡単に死ぬとは思えない」
「ワシもだよ」
 言って腕を組むボルドー。
「三年間、何もなかった。それに、武器や衣服はそのままで、死体だけ回収するというのも、妙な話だ。軍か政府が関係していると思ったのは、ワシの思い過ごしかもしれないな……」
「シエラって子の話だけだもの。本当かどうかも分からないんじゃない?」
「三年、ほぼ一緒に過ごした。あの子は、誠実な子だと思う。それに、カラトが、あの首飾りを託したのだ。それは、カラトの、あの子に対する意志を感じるのだ」
「私も、それ見たいんだけど」
「ああ、確認してほしい。だが、シエラが肌身離さず持っているから見せてくれるかどうか」





 二人で家の前に立った。
 日は山に隠れていて、赤い光だけが空を照らしている。
「そういえば、山からは出したんだね」
「ああ。一年ほど前からな。さすがに、あそこに居続けるのは不憫だからな」
「で、孫?」
「うぬ。できるだけ怪しまれないようにしようと思ったのだが……逆におかしかったかな」
「いやぁ、いいと思うよ。全然似てないけど。でも、弟子は取らないって言ってなかったっけ?」
「ん?」
「あの子、鍛えてんでしょ」
「ああ……分かったか?」
「なんとなく」
「強くなりたがっていたからな……何かの縁と思って。そして、才能もある」
「へぇ。あの鉄血のボルドーのお眼鏡に適ったのか」
「もしかしたら、お前より強くなるかもしれないぞ」
「ほー」

 話していると、シエラがこちらに向かって歩いてきた。
「やあ。シエラ」
「こんにちは」
 やはり、淡々とした話し方だ。
「あの、カラトの首飾り見せてもらっていい?」
 グレイが言うと、シエラは首に掛けてある首飾りを持って、差し出してきた。
 そのまま、グレイはそれを見る。
 手の平に収まる大きさで、丸く、平べったい。くすんだ銅色の金属。細かい紋様が彫られている。
 本物だ。
 こんなもの、他にあるはずが無い。
 これが、いったい何で、何故大事にしているか、カラトに教えてもらうことはできなかったが……。
 間違いない。
 グレイは、ボルドーを見る。
 ボルドーは一度頷いた。
「グレイ。今日は泊まっていけ」




       

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