Neetel Inside 文芸新都
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 山で育った。


 十八年だった。

 スクレイの北にある、山脈の中。そこに、ある武術の達人がいた。
 男は、さらに自分を磨く修行のために、残りの人生を一人で山に籠もると決め、山に入った。
 しかし、予想外のことが一つ起こった。
 山中で、捨てられた赤子を見つけたのだ。
 男は、何の気まぐれか、赤子を育てることにした。
 男は、赤子にダークという名をつけたらしい。

 それが、自分だという。ここまでは、あくまでも聞いた話だ。その時から、髪は白かったようだ。
 ダークは、物心がついたころには、男の身の回りの世話を主な仕事としていた。たまに武術の稽古をしたが、男は、その時は容赦がなかった。
 あまり、その男にいい印象はない。
 武術を何のために使うんだと質問したことがある。一人で極めるのが、真の武術だと男は言った。
 ダークには、それが理解できなかった。

 歳が十をいくつか越えた辺りから、男に黙って山を降りて、近くの村に行くようになった。何もかもが新鮮だった。そこで、いろいろな世俗を知ることになる。
 暇を見つけては、書物を読むようになったのも、このころだ。世情知らずになりたくなかったし、歴史や兵法を知るのは面白かった。

 ダークが十七歳の時に、男が病にかかった。もう助かりそうもない重病だった。
 男はダークに、このまま山に籠もり、武芸を磨く修行を継いでくれと言った。しかし、ダークにはその気がなかった。
 そもそもダーク自身、十五のころには、男よりも強くなったと自覚している。男は知らないだろう。

 やがて、男は死んだ。
 ダークは翌日、山を下りた。
 せっかく鍛えた武術の腕を、何にも使わず終わらせる気はなかった。
 そのころ、戦争が起こっていることを知った。
 丁度いいと思った。自分の力を見せつけるには、絶好の機会だ。ダークには自信があった。自分に勝てる人間など、そうはいないだろう。何より、一度誰かと本気で戦ってみたい。

 特に考えもなくスクレイの軍に入った。かなりの劣勢のようだったが、そちらの方が自分に活躍の場が回ってくるだろうと思った。
 しかし、予想以上に軍は酷かった。それに、どいつもこいつも弱そうだった。
 この軍にいても、まともに戦える場が巡ってくるとは思えない。
 ダークは、目標を変えた。有名な達人を狙おうと思った。そちらの方が手っ取り早い。戦時中などとは、自分には関係がない。

 ただ、ある男に出会うことにより、予定が変わる。










 ダークとカラト、そして兵達は、二日かけて何とか味方の防衛線に辿り着くことができた。
 カラトは、連れていた兵達を、さっさとその場の指揮官に渡していた。勝手に部隊を指揮したことは、不問になったようだが、なんとも勿体ないような気がする。
「そのまま、使えばよかっただろう」
 ダークが言うと、カラトは何事もないかのような顔をした。
「個々で散発的に戦っても、あまり意味がないからね。やるなら、準備をして一斉にだ」
 よく意味が分からない。
 ダークは、二日前から思っていたことを言おうと思った。
「何だかんだと言っているが、お前は、将軍でも何でもないんだろ。一兵士に過ぎないだろうが。戦略を語ったところで虚しいだけだぞ」
 言うと、カラトは笑う。
「まあ一応、当てはあるんだけどね」
「当て?」
「その内、存分に働いてもらうよ」

 もう一つ、言いたいことがあった。
「おい」
「ん?」
「協力はしてやるが、見返りはもらうぞ」
 カラトが、こちらを見る。
「あ、そうだね。ごめん、聞いてなかった。何がほしい? といっても、用意できるものも限度があるんだけど……」
「お前と戦いたい」
 ダークは言った。
「かなり使えるのが一目で分かった。今まで見てきた中でも一番だ。貴様となら、いい勝負ができそうだ」
 言うと、カラトは口元を綻ばせた。
「いいよ。ただし、全部が終わった後でだ。それなら、心おきなくやりあえるしね」
「いいだろう、忘れるなよ」
 随分と軽い調子の男だ。何故、こんな男が高い能力を持っているのか不思議だった。
「じゃあダーク、会わせたい人がいるから、着いてきてよ」
 さっきの指揮官が、お前達は、どこそこの部隊に入れとか言っていたような気がするが、この男はまったく聞く気がないようだ。

 カラトに連れられて、防衛線の拠点になっている町に入った。
 兵士の姿ばかりが目に入る。行き交う人間は、皆忙しそうに動き回っている。至る所には、何かの荷物が積みあがっていた。
 その荷物の前で、何人かに、大声で指示を出している男がいた。
 茶色の短い髪に、男にしては白い肌をしている。どう見ても軍人には見えなかった。
 男がこちらに気づく。
「カラトさん」
 男が軽く手を挙げると、カラトも手を挙げて、男に近づいた。
「紹介するよ、彼はダーク。俺の新しい仲間だ」
 カラトは、振り返る。
「で、彼はフォーン。実質、今この防衛線の物資を取り仕切っているのは彼だ」
「ほう」
 ダークはもう一度、男を見た。
「じゃあ、お偉いさんってことだ」
「いえ、そんなことはありませんよ。私も、つい最近まで、中央で小さな仕事を任されていた、一役人に過ぎません」
「そんな人間が、随分な大役だな」
「元々の担当者が、殉職なされたり、棄権したりしましたからね。その後、志願者がいなかったようですから、私が手をあげたのです」
「貧乏くじだと、誰もが思ってるだろうからな」
 フォーンは笑う。
「確かに、その通りです」
「どうして受けたんだ?」
「それは勿論、カラトさんのお手伝いをするためですよ」
「手伝い?」
 ダークはカラトを見た。カラトは、軽く笑っている。
「フォーンさん。あんたは、この男の仲間なのか?」
「そうですよ」
「この男の、とんでもない夢想は知った上でか?」
「もちろん。それを目指す協力をするために、この仕事を志願したのですから」
 フォーンは、当然のように話した。
「呆れたな……」
「あなたは違うのですか?」
「俺は、こいつと戦いたいから、しばらく同行してやるだけだ。本気で戦争に勝てるとは思っていない」
「成る程……」
 フォーンは、カラトを見た。カラトは肩を竦めるような仕草をした。
 微妙に、癇に障る。

「それで、フォーン。何人ぐらい集まりそう?」
 カラトが言う。
「だいたい三十人といったところですかね。ですが、形勢が動き始めたら、この三倍は期待してもいいと思います」
「十分だな」
「何の話だ?」
 溜まらず、ダークは聞いた。
「フォーンを中心に、役人の中から、俺に協力してくれる内政官を集めているんだ。そういう人達なしでは、戦争なんかできないだろ? 俺は、そっちの分野には疎いし」
 役人と聞いて、はて、と思う。
「役人に協力を求めたら、結局、元通りになってしまうんじゃないのか? お前は、国の機構を変えたいんだろ?」
「だから、変革志向の人達を集めるのさ。昨今の国の状態を招いたのは、確かに役人も責任の一端はあるけど、役人の中には、現状を憂いて、変えたいと思っている人もいる。そういう人達にフォーンが声をかけてもらっているんだよ」
「ほう……役人といえば腐ったような奴しかいないと思っていたが、中には、気概がある奴もいるということか」
「まあ、耳が痛いですけどね。同じ役人なのだから、言い逃れする気はありません」
 言うとフォーンは、少し小声になる。
「それで、例の件のことですけど」
 カラトが、フォーンの近くに寄っていった。
「ここで話してもいいですか?」
「構わないよ。ダークは大丈夫。俺の直感がそう言ってるしね」
 苦笑してから、フォーンは話し始めた。
「調べたところ、あまり認知されてない血縁者が一人、まだ国内にいるみたいです。問題は、証拠が揃っているかどうかなんですけど」
「王宮を調べるしかないな」
「どうにか、やってみます」
 カラトが頷いた。
「何の話だ、と聞いていいのかな?」
 ダークが言うと、カラトが振り返る。
「王族の血縁者を探しているんだよ」
「王族?」
 カラトは頷いた。
「今、スクレイには王がいない。後継の候補達も、取り巻きと一緒に、いち早く逃げ出したから、王家の血を持つ者は、今スクレイには一人もいないとされている。そのせいで、今のスクレイの内情は、政治も軍もまとまりがなく、それぞれが勝手に動いている状況だ。俺たちが実権を持ち、国中を纏めるためには、その中心となる権威が必要になると思っている。それで、遠縁でも王族の血を持った人を擁立しようと考えたんだ」
「傀儡にしようということだな」
「まあ、悪く言うと、そういうことになるな」
 悪いとは思わなかった。むしろ、今まででの話の中では一番現実的で、分かりやすい話だ。
「そして、部隊を得て、カラトさんは前線でやりたいように戦ってもらうということです。カラトさんが活躍してもらえれば、発言権が増しますから、私も内政で、強力な後ろ盾ができます」
「フォーンには、いつか宰相になってもらわないといけないからね」
「カラトさんは、元帥でしたね」
 言うと、二人は笑った。
 とんでもない話をしているというのに、随分、緊張感がない男達だ。まあ、自分も言えた義理ではないが。

「よし、じゃあさっそく、仲間探しといこうか。前にも言った通り、心気の達人を集めないと」
「そんな達人、そうそういるわけがないと言ったのは、お前だろう。そもそも、そんな人間がいれば、とっくに軍に勧誘されてると思うが」
 ダークは、思わず口にした。
「国が堕落していると、いい人材を登用できなくなる。いる所にはいるんだ。俺は、民間の中で目をつけているのが三、四人はいる」
「ほう」
「ダークは、これはという人は思い当たらないかい?」
 ダークは、腕を組んだ。
 そういうところは注意深く見てきたつもりだった。
「俺が興味をそそられたのは、まずタスカンの鉄血だな。スクレイの有力な将軍の中では唯一の生き残りだ」
「鉄血のボルドー将軍だね。その人は、俺も考えていた。会いに行こうと思ってたところだ」
「それから、前線ではない部隊の下級指揮官だが、なかなかの男を見たことがある。確か、名は……フーカーズだったかな。どうして、こんな男が、こんな所にいるのかと思ったな」
「へえ、その人は知らないな。分かった、調べておくよ」
 その後、少し人材の話を続けた。

「それじゃあ、予定通り、タスカンに向かうことにするよ」
 カラトが言うと、フォーンは頷いた。
「じゃあ、行こうか」
「分かっているのか?」
「何が?」
 この男は……。どこまで本気なんだと思う。
「こことタスカンの間には、すでに敵軍が、結構入ってきている。会いに行くと言っても、簡単にはいかないぞ」

 それに、とダークは言葉を続けた。
「あそこは今、いろいろと、ややこしいことになっている」




       

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