Neetel Inside 文芸新都
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 召集をかけた。


 タスカン中心の町、政務所の一室に、タスカン軍の将校達が集まった。全員で、十三人だ。

 一応、全員の意志は聞いた。タスカンの為に戦うとは言っていたが、その場の雰囲気に流されて言った者もいるとは思う。それは、当然住民の中にもいるだろう。
 心の奥まで探ることは、すぐには無理だ。とにかく、徐々にでも、真にタスカンに傾倒してもらえればいい。それまでは、あまり無理はさせないことだ、とボルドーは思っている。

 ボルドーは、予め考えていた防衛計画を、地図を使って説明した。
「五つある関は絶対に死守だ。ただ、破られそうになって、援軍も来る見込みがない場合だけは、放棄してもいい」
 一人の将校が、手を挙げた。
「北の関の兵数が、少なすぎると思うのですが?」
 将校の中で、最年少のサップが言った。

 濃い茶色の髪は、短く刈り込んである。歳は、まだ三十にもなっていない。身長は、それほど高くはないが、いつも胸を張って堂々としている男だ。
 サップは、ボルドーがタスカンに来て、すぐに見いだして将校に上げた男だった。真面目で正直な性格で、経験さえ積めば、なかなか伸びる男だと思っていた。

「北の関は、敵が一番殺到することが予想される場所です。いくら、将軍が指揮されるとはいえ、もう少し人員を割いてもいいと思うのですが」
「関での防衛は、数ではない。北は、この人数で十分だ」
 ボルドーが言うと、サップは引いた。

「他に意見がある者は、今の内に言っておいてくれ」
 言うと、一人が少し前に出た。三十代の男で、黒い髪、精悍な顔立ちをしている。
「中心の町にも、ある程度、部隊は置いておくべきでしょう。そして、それを統括する将校も」
「ふむ」
「許可していただけるのなら、私がやりますが」
 言ったのは、オーカーだ。

 オーカーは、元々タスカンにいた軍人ではなく、国境の軍にいた。ボルドーも知っている将軍の下にいたようだが、国境の軍が壊滅した後、少数の手勢を率いて、タスカンまで逃れてきたのだ。そして、そのままタスカンに入ることを希望した男だ。
 ボルドーは考えた。確かに、中心の町に部隊があれば、どこかの関が、危機あるいは陥落した場合には、すぐに対応することができる。町の鎮撫にもなる。
 そう考えると、それができる将校は、オーカーしかいないと思えた。少し話をしただけだが、将校としての能力は、なかなか高いと分かった。他の将校は、その場での判断ができる者しかいないのだ。
「任せていいか?」
 ボルドーが言うと、オーカーは、少し頭を下げた。
「よし、では、すぐに配置に向かってくれ」
 承諾の声が上がる。将校達が散っていった。
 ボルドーも、政務所を出た。すぐに、サップが馬を引いてくる。この戦の間は、サップを副官で使おうと思っていた。
「我々も行こうか」
 馬に乗り、走らせる。

 町の出口に、アースが立っているのが見えた。ボルドーは、馬を止めた。
 アースは、黙ってボルドーを見上げている。
 しばらく沈黙。
「頼んだぜ、ボルドー」
 それだけを言った。
「任せておけ」
 ボルドーは、そう言って、再び馬を走らせた。





 北の関に入ると、ボルドーはすぐに、斥候を大量に放った。
 戦は、情報がとにかく重要だと昔から思っている。周りからは、神経質すぎると言われたことがあるが、これだけは変わっていない。
 サップと共に、斥候の報告を受けた。
 そろそろ、クロス軍の先陣が、ここに来るようだ。

 現在、スクレイ領内に入ってきている敵部隊は、大した部隊ではない。クロス側も、ユーザ側も寄せ集めの部隊が大半だ。
 厄介なのが、元の国境付近で留まっているクロス軍の本体だ。スクレイの国境軍を破ったのは、この軍だろう。その後、国境付近から動いていないようだ。
 その軍だけは、居場所を常に把握しておかなければならない。

「何故、クロス軍の本体は動かないのでしょう?」
 サップが、当然の疑問を口にした。
「おそらく、いつでも国内に戻れるようにしているのだろう。クロスにしろユーザにしろ、国内が完全に纏まっているわけではないらしいからな」
「そうなのですか?」
「どちらも、スクレイ以外にも外敵を抱えている。それに、国内の情勢も酷いらしいからな。はっきり言って、両国とも他国へ侵攻できるほどの余裕はないはずだ」
「ならば、何故侵攻を?」
 サップが、すぐに聞いてきた。自分でも、少しは考えて話しているかと言いたくなったが、話すことにした。
「一つは、軍を纏めるためには、戦が一番手っ取り早い。もう一つは、外敵を作れば、国に対する民の不満も逸らすことができる、というところだろう。それに、軍の一部は、スクレイの内部をずっと探っていたのだろう。それが、せっかく掴んだ好機だ。軍は是が非でも行動を起こしたかったに違いない」
「なるほど……」
 サップが、頷いた。

「将軍! 敵の軍が見えました」
 見張りの声と同時に、ボルドーは腰を上げた。





 クロス軍の先陣が、関から五百歩ほどの所で、陣を組んでいる。数は、およそ二千というところだろうか。
 こちらの数は、百五十だ。
 先ほどから、二、三騎が、城壁のすぐ近くまで行ったり来たりしている。様子を探っているようだ。

 独立の話は、伝わってはいるだろう。一応タスカンは、中立の立場をとる方針で、その意向も伝わっているはずだ。
 だが、それが攻撃をしない理由にはならないだろうが。
 少しして、クロス軍が一斉に近づいてきた。
 やはり、大した軍ではない。あまり、気を感じない。
「慌てるなよ。いつもの調練通りにやればいい。必ず勝てる」
 ボルドーは兵達に言って、手を少し上げた。
 クロス軍が、ぱらぱらと攻撃を仕掛けてくる。
 ある程度、敵が城壁に取り付いたところで、ボルドーは、手を振り下ろした。
 矢が一気に放たれる。石なども落とした。
 あっという間に、敵の前衛が崩れた。それを見て、後ろに続いていた部隊が下がっていった。
 味方に歓声が上がる。
「将軍の言われる通りです。あの程度の攻撃、我々なら、何度でも跳ね返すことができます」
 サップが、興奮した口調で言った。
 ボルドーは、下がっていく敵軍を見ながら、少し考えていた。
「サップ! すぐに騎馬隊の出撃準備をしろ」
 ボルドーが言うと、サップは目を丸くした。
「叩ける時に叩いておく」
「しかし、こちらの騎馬は、たった三十騎ですよ」
「相手も、まさか出てくるとは思ってもいまい」
 ボルドーは、愛用の偃月刀を持って、すぐに城壁を降りた。
「門を開け!」
 低い音を立てて、城門がゆっくり開いていく。
「行くぞ!」
 ボルドーは、馬を駆けさせた。

 クロス軍の後方は、後ろに下がっている者と、何だ、という顔でこちらを見ている者がいる。
 明らかに、守っている体勢ではない。
 ボルドーは、躊躇せずに、クロス軍に突っ込んだ。
 偃月刀を振り回す。蜘蛛の子が散るように、クロス兵は逃げまどった。
 城壁の上から、目をつけている敵軍の一角があった。そこまで、突っ走った。
 ボルドーが近づくと、防御の体勢を作っていた。やはり、指揮官がいる。
 だが、もう勢いが違う。
 そのまま、そこにも突っ込んだ。
 五人、十人と首をはね飛ばす。真ん中にいる男の顔が見える。
 遮る者を、残らず切り飛ばした。すぐに、男の首が飛んだ。
「よし、引くぞ!」
 間髪入れず、ボルドーは馬を返した。
 さすがにクロス軍は、逃がすまいと、重囲をかけてくる。
 しかし、明らかに戦意が鈍っていた。ボルドーが一喝すると、後ろに下がる者もいた。
 敵の包囲を、突き抜ける。追ってくる者はいなかった。
 少しして、敵軍は、ゆっくりと下がっていった。

 勝てる。予想はしていたが、確信に変わるには十分だった。
 国を作ることができるのだ。

 味方の歓声の中、ボルドーは、偃月刀を真上に掲げた。










 その後、数日にわたって、関での防衛戦が続いた。
 初戦ほど、簡単にはいかなくなるが、敵は明らかに、こちらの騎馬隊が出てくることを警戒していた。それによって、鈍くなった敵の攻撃を、跳ね返すことは、問題なかった。
 他の防衛の情報も、逐次集めている。どこも問題ないようだ。
 相変わらず、クロス軍の本体は動いていない。

 さらに数日が経って、斥候から報告が届いた。兵の中から、歓声が上がる。
 どうやら、クロス軍がタスカンを避けて南下を始めたようだ。
「やりましたね、将軍」
 サップが言った。

 一つ、肩の荷が下りた気分にはなったが、複雑な心境だった。
 スクレイは、どこまで踏ん張れるだろうか。このまま滅びてしまうのも、防ぎたくは思う。それに、タスカンが生き残るためにも、スクレイには、勢力が小さくなってでも生き残ってもらわなければならない。三国が、均衡状態を保っていることが、タスカンにとっては都合がいいのだ。
 関の最大警戒は解いた。しかし、ボルドーは引き続き外界の情報を集めた。

 気になることがあった。
 連戦連敗だったスクレイ軍が、所々で勝ちだしているのだ。ようやく、実力を持った、指揮官が出てきたのか。

 大きな情報も入ってきた。
 スクレイに、新たな王が立ったようだ。
 新王の名前を聞いても、ボルドーには分からなかった。王宮にいた、王族ではない。
 どうやら都では、即位にあたって、一悶着あったようだが、その王を中心に、軍が編成し直され始めているようだ。
 スクレイは、壊滅せず、踏ん張りそうなので、心配事の一つが消えたことになる。
 しかし、逆の問題が起こる可能性が出てきた。新しいスクレイ軍は、クロス軍やユーザ軍を、押し返しそうな勢いがあるとの情報がある。
 スクレイが、元の領土を取り戻すことになれば、タスカンは存在条件をなくすことになる。

 それから二日後に、タスカンの町から、急報が届いた。

 ボルドーは、全身の血の気が引いた。




       

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