Neetel Inside 文芸新都
表紙

少女は英雄を知る
過去編3 勧誘

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 地面の感触が変わった。


 ダークは、少なからず驚いた。

 ダークとカラトは、スクレイの南東付近にいた。
 砂漠と呼ばれる大地が、見渡す限り広がっている場所で、木々が少ない。この先、かなりの距離がこうなっているらしい。
 そこを通り、遙か遠くの国々で商いをする集団があるという。その集団が集まっている町があり、カラトはそこを訪ねようとしていた。
 この辺りは、兵が少なく、どこの国に対しても帰順意識が少ないように思えた。

 ボルドーとの戦いの後、二人は領内に入ってきていたユーザ軍を避けるように迂回して、南東に向かった。率いていた軍は、一時的に本隊に戻した。
 そういう権限が与えられたのも、カラトとフォーンが画策していた通り、スクレイに新王を立てたからだった。
 フォーンが、どういう方法を使ったか、王宮庫に入り、証拠となる資料を集めたようだ。
 都から離れた場所に住んでいた、無名貴族の一人息子がその男だった。両親はすでにいないらしい。
 フォーンは、すでに前々から接触をしていたようで、彼はすぐに王に近い役職に配置されることになった。
 当然、その王の即位に反対する意見もあったが、現時点で都に残っている連中は、断固徹底抗戦という者が多いので、中心の旗印となってくれる存在はありがたいはずだ。結局、二人の画策は成功したことになった。
 ダークも、少しだけその王の顔を見たが、おどおどしていて、気骨の欠片も見えなかった。
 ただ、その人間の質は関係ないと二人は言うだろう。
 王とは、そんなものなのか、という思いしかなかった。即位の儀式も、簡易なものだった。

 それよりもダークは、カラトとボルドーの戦いを思い出していた。
 なかなかに見応えがある戦いだった。自分が加われなかったのが悔やまれる。
 当然戦いたかったが、直前カラトが自分が戦うと言ったのだ。ダークが戦えば、ボルドーを殺してしまいかねないと言われた。
 それにダークは、とりあえずこの戦争が終わるまでは、この男に従っていようと考えていた。結局、おとなしく引くことにしたのだった。

 ダークは、意識を前方に戻した。
 カラトは、何人か商人の中に顔見知りがいるようで、今はある宿舎の前で、日に焼けた肌の中年の男と立ち話をしている。
 ダークは、少し離れた所から、それを見ていた。
 少しして、宿舎から、一人の女が顔を出した。
「あれ、久しぶりだね」
 女が、カラトを見て言った。
「やあ」
 カラトが言う。
 赤茶色の髪の若い女で、一目で実力者だと分かった。カラトが勧誘したいと言っていたのは、こいつなのだろうと思う。
「ちょっと、いいかな?」
 カラトが女に言う。女が、少し首を傾げた。





 町の中の高台に三人は向かった。周りに人気はない場所だ。
「彼女はグレイ、商団の護衛をしている人だ。何年か前に、ちょっとだけお世話になったことがあってね」
 カラトが、女の紹介をした。
「その格好……君って軍人だったんだ」
 グレイが、カラトを見て言う。
「今はね。前に会ったときは違ったんだけど」
「ふうん、でもまあ今は大変だ。こんな所で油売っていていいの?」
「今だからこそ、必要なのさ」
 一つ間を置いてから話し始める。
「グレイ、俺たちと一緒に戦ってほしい。それを言うために、今日ここに来たんだ」
 カラトは、毎度お馴染みの話を始めた。特に変化はない。

 聞き終わると、グレイは少し苦笑いをした。
「言っておくけど、俺は本気言ってるんだよ」
「いや、ごめんごめん、そういうことじゃなくて」
 一つ間を置く。
「君がしようとしていることは立派なことだとは思うよ。すごいことなんだろうと思う。だけど、私には無理だね。見ず知らずの他人のために命を懸けるなんてことは」
 グレイは、肩を竦めた。
「それに、国に対する愛国心っていうのかな。私には、それもないしさ」
「グレイ、君はスクレイの出身だって、前に言ってたよね」
「生まれた所はそうだって話。だけど、私は商団の護衛で、あっちこっち行ったり来たり。あんまりスクレイの国民だって、意識させられることは今までなかったんだ」
 言うとグレイは、あった岩に凭れる。
「君の志に水を差したくはないけど……やめておいた方がいいと思うけどな、私は」
 少し俯いて言う。
「話で聞いた情報でしかないんだけど、戦力的に勝ち目はないと思うよ。むざむざ死ににいくなんてことは、やっぱりおかしいと思わない?」
 カラトは微笑む。
「勝ち目がない、だから戦わない。それで済む、という事にはならないんだよ。国に住む人というのはね」
「それは、そうかもしれないけど」
「それに、俺は勝てると思っているし」
 グレイは、首を捻って唸る。
「このままスクレイが滅びると、商団の商いにも悪影響が出るんじゃないかな。それは、グレイも困るでしょう」
 カラトが言うと、グレイは吹き出した。
「それって、すごく身近な動機でしょ」
「そう、それでいいんだよ。グレイも、自分のすぐ近くの誰かを助けようとか、守ろうとか、そういう気持ちはあるだろ? そういう単純だけど、純真な心が多く集まったとき、大事業ってできると俺は思ってるんだ」
「分かったような、分からないような」
 再びカラトは微笑んだ。
「まあ強制はしないし、できないさ。俺も、参加してもらうからには、本人が納得できる動機があってほしいし」
 グレイは、カラトを見る。
「私に加わってほしい?」
「そりゃ、もちろん」
「ふうん」
「まあ、考えておいてよ。クロス軍と本格的にぶつかる前に来てもらえればいいから」
「そんな簡単でいいの?」
「さっきも言ったけど、本人に納得できる動機があってほしい。それが、ない人に、どれだけ説得をしてもしょうがないからね」
 グレイは、考えるような仕草をする。
「それじゃあ」
 言うと、カラトは歩く。ダークは、それに付いた。

 グレイは、遠くの方に目線を向けていた。










 西に向かった。

 中規模の町があり、二人はそこに入る。前線ではないが、一応少数の兵が駐屯しているようだ。
 真っ直ぐ兵舎に向かった。話が通っていたようで、すぐに応対室のような部屋に案内された。
 カラトは椅子に座り、ダークは壁際で立っていた。
 やがて扉が叩かれる。部屋に入ってきたのは、薄汚れた軍装を着た、黒い短髪の男で、脇には兜を抱えていた。見たことのある顔だった。
 カラトは、男を椅子に座るように促す。男は、一礼して着席した。
 随分真面目な男だと、ダークは思った。
「貴方が、フーカーズさん?」
 カラトが言う。
「はい」
 男が言った。歳は三十ぐらいか。落ち着いた、それでいて力のこもった目をしている。
「心気を使えますよね。どこで鍛錬を?」
「故郷にあった兵舎で。そこに、幼い頃から通っておりました」
「へえ」
 フーカーズは、相手が明らかに年下なのだが、敬語を使っていた。相手の位が上だからなのだろうか。
 その後も、二、三の質疑応答を繰り返した。

「此度の戦争を、フーカーズさんはどう思いますか?」
 カラトが切り出す。
 フーカーズは、少し間を置いた。
「どう、と問われましても、一軍人である私には、何とも答えられません」
「そうか。じゃあ、質問を変えます。もしも貴方がスクレイ軍の指揮官なら、どう戦いますか?」
 また、少し間。
「……私なら、まず軍の体勢を組み替えます。地方にいる将校で優秀な人は多い。彼らを、前線で自由に戦わせるしかないでしょう。ここまできたら、それぐらいの思い切りしか方法はないと思います」
「同じです。俺の考えと」
 カラトが、にこりと笑った。
「フーカーズさん、貴方が戦いたいように戦える場を用意します。是非、俺たちと一緒に戦って下さい」
 フーカーズは意外そうな顔をする。
「それは、どういう……」
「貴方は、貴方自身の能力をよく分かっていない。それは、それを発揮できる場に巡り会えなかったからだと思います。話していて分かりました。貴方は軍を指揮する人間だ」
「私は、前線に呼ばれもしなかった下級将校ですよ」
「勿論、戦いたくないというのなら、それもいいです。それで処罰するつもりはありません。もし、戦う気があるというならの話ですので」
 フーカーズは、考えるような顔をする。
「気持ちがあるのなら、いつでも来て下さい」
 言うと、カラトは立ち上がる。そして、部屋を出る。
 ダークも続いて部屋を出た。去り際にフーカーズを見る。

 フーカーズの、目の色が変わっていた。
 ダークには、そう見えた。




       

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