Neetel Inside 文芸新都
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 夢を見た。


 こんな時なのに、というべきか。こんな時だからこそ、というべきか。
 カラトが出てきた。

 四年前。
 去っていく、彼の背は、あまりにも物悲しかった。
 連れて行って、と言おうかどうか迷った。

 しかし、言えなかった。
 もし、あの時言えていればと、よく考える四年だった。

 今だから言おう。

 私も一緒に行くよ。

 できるだけ明るく言おう。


 それが私だから……。





 空が明るくなってきて、朝の空気が立ち込めてきた。
 ボルドーの家の裏の林の中。
 そこで、ボルドーとシエラが木の棒を持って向かい合っていた。
 それを、グレイは横で見ていた。
「いいか、シエラ。前にも言ったが、現代戦闘においては『心気』を使いこなせねば話にならん。今、世に名高い達人たちは皆『心気』の使い手ばかりだ」
「はい」
「使いこなせれば、男が相手でも、性別の劣位がなくなる」
「はい」
「ふむ、今更言うことでもなかったか……。来なさい」
 そう言ってボルドーは、ゆったりと構える。
 シエラのほうから踏み出し打っていく。
 なるほど、確かに実に滑らかな『心気』の発動だ。
 才能があるというのも頷ける。
 シエラがいろんな方向から打っていくが、悉くボルドーは受け止める。
 それが、三十分ほど続いた。





 朝食を取った後、グレイは、ボルドーに誘われて家の前に立った。
「実はな、シエラと二人で話したのだが、旅に出ようと思っている」
「旅?」
「シエラの記憶を頼りに、昔、カラトとシエラが歩んだ道を逆向きに辿る旅だ。カラトの消息を探すことと、シエラ自身の過去を探すこと。それには、そういった道が一番いいだろうと思ったのだ」
「つまり、ドライっていう所を目指すってことか」
「ああ。知らないか? ドライ」
「知らない。というか、ボルドーさんが知らないんなら、かなり遠いってことじゃないの。シエラはなんて?」
「カラトに会うまで、町から出たこともないそうだし、たいした学も受けたこともないそうだ。どこをどう移動しているかなど、さっぱり分からなかったらしい。だから、見たことのある風景や、聞いたことのある言葉や名前を辿っていこうと思っている」
「ふーん」
「ただ、はっきり言って、まだ何者かに追われているのなら危険なこと、この上ない。だが、行く価値はあると思う。シエラも、いつまでもここにいるべきではないだろう」
「そうなのかな」
「それでグレイ、頼みがあるのだが……。カラトの話を、昔の連中に伝えてくれないか? そして、カラトの消息や、三年前の軍か政府の動きの情報を集めてほしいのだが」
「分かった。引き受けるよ」
「ああ。あとコバルトとグラシアにも言伝を送ったのだった。あの二人と入れ違いになるかもしれないから、対応しておいてくれ」
「おいおい、なんだか扱いが荒くない?」
「気のせいだよ」
 二人で軽く笑う。

「思いがけず、隠遁生活が終わったね」
「ああ。だが、最後にやりがいのある事に出会えたことは老骨にとってはありがたいのかもしれない」
「いつ、出るの?」
「今日。もうずっと準備はしてきていたのだ」
「最初はどこに?」
「シエラが、カラトと別れた所に行きたがっていたので、そこに寄ってから、グリーンの町に行こうと思っている。」
「グリーンか。じゃあ、そこまでついて行こうかな」





 日が中天に指しかかろうとしていた。
 雲も少ない、いい天気だ。
 ラベンダー村を流れる川に沿って三人は、上流に向かって歩いていた。
 街道ではない、大小の石がごろごろある道だ。

 あっさりとした出発だった。
 村の、事実上統括役だったボルドーも、もう何日も村の人達と話をしていたようで、軽く出かけるが如く家を出てきていた。
 シエラは家を出ると、振り返り、家に向かって一礼していた。
 それを見て、グレイは、無感情なのかもというシエラの印象を少し変えた。

 二人とも、小さい荷を持っているだけだ。
「シエラ。カラトは、武術や学なんかは教えてくれなかったの?」
「学は少し学びました。武術は何も教わっていません」
「へー」
「グレイさん。カラトってどういう人だったのですか?」
「うぇっ!?」
 初めて、向こうから話しかけられて驚くグレイ。
 我ながら、なんとも素っ頓狂な声だ。
「どういう人って、シエラも良く知ってるんじゃないの?」
「昔、何をしていたのかということを知りたくて」
「あぁ……、ん?」
 グレイはボルドーを見る。
「教えてないの?」
「……ああ、まあ何というか……口で教えるのは簡単だ。しかし、それでは間違った解釈で伝わってしまう可能性があると思う。カラトのことに関しては、必要な時に慎重に、ゆっくり話していけばいいだろうと思ってな」
「うーん……まあ、分かる気もするかな。ってなわけで、ごめんね。ボルドーさんが言えないことを、私が言うわけにはいかないんだ」
「いえ、わかりました」
「あっ、私には敬語使わなくていいよ。なんだか、気持ち悪くって……。呼び方もグレイでいいよ」
「いえ、そういうわけには……」
「ああ、このじいさんに厳しく言われてるんだね。そんなの気にしなくていいよ。じいさんに何か言われたら、私に言いな。私が、じいさんをぶっ飛ばしてやるから」
「ほう、おまえにワシを倒せるかな?」
「おいおい。ご老体が、無理をしちゃぁいけないよ。現役を退いて何年だよ?」
「元々の経験の差を考えれば、調度いいと思うが?」
「おじいさんが、ぶっ飛ばされると、困ります」

 笑顔で睨み合っていた二人が、思わずシエラを見る。
 そして、二人とも声を上げて笑った。
 シエラが、キョトンとした顔をする。
「ははは……。よし、分かった。シエラ、こいつには敬語を使わなくていい。そもそも、敬語とは敬う人間に使うものだ。こいつには、敬う必要もない」
「あんだとーっ」
 このじいさんも昔に比べて随分丸くなったものだ。突然現れた孫が作用したのだろう。

 いいことだ、とグレイは思った。




       

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