Neetel Inside 文芸新都
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 慌ただしくなってきた。


 兵達が、戦闘の準備のため動き回っている。
 再び高い場所に移動したカラトとダークは、それらを見ていた。

 スクレイ軍は、今ここにいる兵だけで一万。後方には、二千の部隊が三つ点在している。
 この場の戦に加われるのは、それで全軍だろう。スクレイという大国を思えば少ない数だが、一時のことを考えれば、よくここまで集められたものだと思える数だ。
 対するクロス軍は、南下している本体が三万。そこに、各地に散らばった部隊が、合流を始めているらしい。おそらく、最終的に六万を越える軍になるだろう。
 間違いなく、スクレイの命運を決める戦になりそうだ。ここの軍が負けることになれば、もうスクレイに反撃できる力は残っていない。

 先ほどからカラトは、質問を持ってきたコバルトと話をしている。
 そこへ、グレイが歩いてくるのが見えた。

「ねえ……あの黒髪の人も、指揮官になるの?」
 黒髪とは、あの黒い長髪の女のことだろう。
「そう。飛び入りの形になっちゃったけど、なんとか折り合いをつけて部隊の編成をしてほしいんだ」
「まあ、それはなんとかなりそうなんだけど……」
 そう言うと、少し目線を横に向ける。
「ちなみに、あの人誰なの?」
 グレイが言った。ダークも、少し気にはなっていたことだ。
 カラトが、ゆっくりと視線を遠くに向けた。

「……何年か前、俺は一人でスクレイ中を旅してたことがあったんだ。その途中に、とある村に立ち寄ったんだ。炭坑のある村だったんだけど、その炭坑が涸れちゃったみたいでね、随分寂れた所だったんだ」
 一つの間。
「そこで出会ったのが彼女、シーだ。一目で心気の才能があるって分かった。話を聞くと、人間や動物の心気研究に興味があるって言ってて、その分野で都で研究者になり、お金を稼いで村を助けたいって言っててね。俺は、手助けしたいって思った。少しの間、村に留まって彼女に心気の鍛錬を手伝ったんだ。心気を利用できれば、彼女にはすごい能力と才能がありそうだったから」
 また、間。
「ある程度教えたら、俺は村を離れた。後は、自分で鍛えるものだからね。俺は、彼女はそのまま、生物心気の研究を続けてると思ってたんだけど」
 視線を戻した。
「さっき久しぶりに見たら、武術心気がかなり鍛えられていることが分かった。元々、才能はあった子だから相当の力を持っていると思う。でも俺は、彼女に村に残っていてほしかった。こんな戦いの場には来てほしくなかったから」
「そうは言っても、国が滅びれば、村を救うも何もないだろ? 別に、おかしいことでも何でもないと思うぜ」
 成り行きで話を聞いていたコバルトが言った。
「人に対して、どうあってほしいなんて言うのは、お前の自分勝手な言動だと、俺は思うがな」
 それを聞いたカラトは、少し考える仕草をする。
「……まあ、それはそうだね。いや、確かにその通りだ」
 頷いて言う。
「彼女の、戦おうという気持ちは尊重しないといけないってことか。よくよく考えると嬉しいことのはずだよね、国の為に来てくれたってことは。それに、彼女なら大いに戦力になるし」
「それだけが理由なわけないでしょ」
 グレイが、ぼそりと言った。
「えっ?」
 グレイが片眉を上げる。
「そう、ありがとう分かったわ。それじゃ、私は戻るね」
 そう言って、歩いていった。

 入れ替わりで、伝令が来るのが見えた。
「いよいよか」
 カラトは、ゆっくりと腕を伸ばした。










 広い原野だった。
 数で劣るこちらが戦うのには、明らかに不利な戦場だろう。カラトは敢えてここを選んだ。
 先ほどから、ひっきりなしに斥候が、行き来している。
 クロス軍は、止まることなく進軍してきているようだ。こちらの数を知って、一揉みにしてしまおうと考えているのだろう。

 接触まで、あと十分もない。
 こちらの軍は、陣形の展開を終えて、待っている状況だった。
 おかしな隊列だ。
 一万の軍を十に分けて、それを横に並べただけだ。そして、それぞれの部隊の先頭には、カラトが集めた者達が並んでいた。
 横だけを見れば、たった十人だけが、だだっ広い原野で並んでいるように見える。
 ダークは、腕を組んで突っ立っていた。
 左右から声がする。

「これは、晒し者なのかな」

「はは、成る程、言えてる」

「失敬だな。俺が、ずっと考えていた戦法なのに」

「どこが戦法?」

「これだと、思い切り暴れられますね」

「そうそう、いいこと言う」

「ああ、大丈夫かなあ、こんなので」

「後悔してるのか?」

「何を今更」

「へえ、達観してるねえ」

「そういうわけでは……」

「みんな、もう少し緊張感を持ったほうがいいぞ」

「お前が言うか!」

 くつくつと笑い声が起きた。
 やがて、遠方に土煙が見えた。
 遠目にも、かなりの大軍勢だと分かる。

「それじゃあ、行きますか」
 いつもの調子で、カラトが言った。















 その後、まる一日ほど続いた戦いは、クロス軍の敗走、スクレイ軍の勝利に終わる。
 特に、スクレイ軍の先頭で戦った十人の活躍は凄まじく、その話は内外に知れ渡ることになる。

 ここから始まった快進撃を、後にスクレイの大逆転と呼ばれるようになった。




       

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