異様な光景だった。
「おい、じいさん。浮く手品はすげえが、なんかの冗談なら余所でやってくれ。種は、また今度教えて貰うからよ」
コバルトが言った。
「つれない小僧たちじゃの。まあ、否応にも付き合って貰うがな」
そう言うと、宙に浮いたままの格好の老人は、両手を少し上げた。
顔の横辺りまで持ってくると、それを前で振った。
何だ、と思う前に、ダークは音を耳に捉えた。
咄嗟に剣を抜きはなった。
次の瞬間、四方八方から、人の頭ぐらいの石や瓦礫が無数に飛んできていた。
瞬時、判断。
避ける、打つ、払いのける。
瓦礫の雨は五秒ほどで止んだ。掠り傷が、腕に一つ、足に二つあることがすぐに分かる。
ダークは思わず舌打ちをした。
「いっ……」
後ろで声がする。どうやら、何発か当たったようだ。
「今の何だ?」
「あのお爺さんがやったの?」
「ほほう、さすがじゃな。まともに食らった者が一人もおらぬわ」
「おい、じじい。まさか、あんたがクロス五気聖とかいうやつか?」
ダークが言った。
「ほほう、この国にも、その名が伝わっていたか。如何にも、儂がクロス五気聖の一人じゃ」
「クロス五気聖ってのは、手品師か何かなのか?」
「侮辱は許さん」
老人の顔から、笑みが消える。
「儂達は、心気の絶対量ではどうしても全盛期に劣る。お前達のように、若い者にも劣る。故に、どこで勝負ができるかを考えざるをえんかった。そう、長年に渡り蓄積された、技と知恵じゃ。そして、クロス最強の心気使いとして、今も尚、その座に君臨しておる。その意味が分かるかな?」
「がたがた喧しいな」
剣を構える。
「要は、あんたをぶった切ればいいんだな?」
「ふぁ、ふぁ、いいのう、構わんよ。たまには後進の手解きでもしてやるかの」
ダークは、思い切り地面を蹴った。建物の壁を一度蹴れば、あの男の高さまで届くはずだ。
壁を蹴る。剣を横に構える。男の顔は笑ったままだった。
その顔に叩き込むつもりで、剣を払ったが、手応えがなかった。男が、同じ高さのまま、後ろに移動していた。
「羨ましいほどの身体能力じゃな。しかし、少々不用心じゃの」
男が手を振ると、再び石が飛んでくる。ダークは落下しながら、それをすべてを弾いた。そして、着地。
「ちょっと、一人で先走らないでよ。こっちは、折角三人いるんだから。相変わらずね、あなた」
その時、轟音が響いた。
「ほうほう、やっとるのう」
石造りの地面が揺れるような感覚を感じる。次の瞬間、その地面が下に崩れ落ちた。
ダークは、咄嗟に飛び上がり落ちなかったが、二人は反応が遅れて、穴に落下していった。
「あやつのやることは、少々乱暴じゃの」
男が言っている。
「あんたの仲間か?」
「ああ。お前さんの仲間は、地下で消し炭になってしまうかもな」
崩れた石畳の上にいた。
二方向に地下道が続いている。幅は、人間三人分。高さは二人分といったところか。どういう用途で作られたものかは分からない。
上を見上げると、光が差し込んでいる。落ちてきた穴だ。今いる場所だけ通路が広くなっており、人が三人分ほどの高さがあった。
しかし、上れない高さではない。
横にいたコバルトを見る。
その時、通路の奥から、人が走る足音が聞こえた。
グレイは、双剣を構えて立つ。
角を曲がってくる者に向かって、一歩踏み出した。
「のわっ!」
「おおっ!」
一瞬、攻撃しそうになったが、なんとか踏みとどまった。
弓を構えたグラシアだ。それと、シーがいた。カラト組の二人だ。
「なんでここに?」
「いや、いきなり変なじいさんがさ、地面に穴を空けて」
「カラトは?」
「分からない、はぐれた」
「話をするのなら、移動してからの方が良いと思いますけど」
後ろにいたシーが言った。
「ああ、そうそう。行くぞ」
そう言うと二人は、自分達を避けて、逆側の通路に走っていく。
二人が来た方の通路の奥が、明るくなった。
火柱が、こちらに向かって飛んできていた。
「ええっ!?」
大急ぎで、火柱と反対の道を走った。角を曲がって、なんとか難を逃れる。熱が、顔を掠めていった。
「いやあ、さっきから、あの調子でさあ」
「何よ、今の?」
「だから、変なじいさんがさ」
「人の仕業?」
「多分、クロス五気聖とかいうのだろう」
「どうする?」
「どうもこうも、ぶっ倒すしかないんじゃないの」
屋根から屋根を飛び移りながら移動していた。
先ほどから、この城塞の至る所で戦闘の気配を感じる。
おそらく、自分と同じく、五気聖とかいう奴らと戦っているのだろう。
ダークは、自分の戦闘に意識を戻した。
あの男の戦闘方法は、うっすらと種が分かってきた。
男は、建物の高さよりも上に上がることはできないようだ。それに、浮きながら移動できる範囲も制限がある。
男が見える屋根の上に立った。
少し低い位置で、男はこちらを見ている。
「ふん、すべて見切ってやったぞとでも言いたそうな顔じゃな」
「残念ながら、その通りだ。死にたくないなら、大人しく投降するんだな」
男は、声を出して笑う。
「舐められたもんじゃな。この程度の戦闘で、見切ったじゃと?」
男は、片手を握り拳にして、真上に突き上げた。
「儂の心気操術の真髄は、まだまだこれからだ!」
視界が傾いた。
立っていた屋根が傾いていた。見ると、建物の至る所に亀裂が走っている。
ダークが飛び上がると、ほぼ同時に、建物は音と煙を上げて崩れ落ちた。
ダークは、そのまま男に接近する。直接男にではなく、男の周りに斬撃を繰り出した。
何かを斬った感触はなかったが、男の表情が動く。男が、下に落下を始めた。
ダークは、目を凝らして目視する。
やはり、糸のような細い線があちこちに張り巡らされている。切断することは容易いが、引きちぎるのは難しいのだろう。そういう線だった。素材は分からない。
男は地面に叩きつけられるのかと思ったが、地面に当たらず、振り子の玉のように、横に移動していた。まだ、どこかに糸が繋がっていたのか。
すると、その移動方法を繰り返し、路地を直進していく。
「逃げる気か?」
ダークは、走って追っていった。
角を曲がると、大きめの広場だった。その中心に男がいた。
低いが、やはり浮いていた。
先ほどの戦法は使いにくい場所だろうと思われるが、浮いているということは、どこかから糸を延ばしているはずなのだが。
男は、こちらを見据えている。
ダークは、ゆっくり歩いて近づいた。
「まだ続ける気か?」
言うと、男は口角を上げる。
「言ったであろう、真髄はこれからじゃとな」
男は、握り拳を作った片手を、少し上げて、それを下に振り下ろした。
ダークは、一瞬言葉を失った。
石や瓦礫が飛んでくる、それは今までと同じだ。ただ、今度は視界に一杯だった。
見渡す限り、すべての方向から隙間無く飛んできているのだ。広場の周りにあった建物すべてに仕込んでいたということなのか。
「この量じゃ! 先ほどのように、たたき落とすこともできぬぞ!」
瞬間、ダークは動いた。