Neetel Inside 文芸新都
表紙

少女は英雄を知る
三者

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 虫の鳴き声が響いていた。


 とりあえず、南東の方角に進んできて、数日経っていた。

 とにかく、都に行くべきだろうとシエラは思っていた。都こそが、国の中心であり、王の居場所であるからだ。
 どういう道筋で王になれるのかは、まったく分からない。王宮に乗り込んで、自分が王女だと名乗っても、それだけでは何もならないだろうことは自分でも分かる。ただ、何年かかっても構わなかった。自分が、諦めなければそれでいい。
 身分を隠して、仕事を探して都で暮らす。情報収集を続けながら、道筋を考える。とはいえ、今から事細かに考えても仕方がないという思いもあった。時間は、まだまだ沢山あるのだ。

 日が暮れて、辺りの森は暗黒だった。目の前にある、焚き火だけが明るい。
 シエラが持っていた資金は、僅かしかなかった。それは全て、都までの食料にあてるしかないので、宿などには泊まることはできない。幸い今は暖かい季節なので、野宿は苦にはならない。
 それに、野宿にも慣れたものである。
 シエラは、ただただ、じっと火を見つめていた。
 しばらく、そのままでいた。

「よお」
 突然声がする。
 驚いてシエラは、辺りを見回した。声は、上の方から聞こえた気がしたが、上方に人間がいるはずがない。
 どこにいるのか分からない。
 空耳だろうか。
 考えていると、くつくつと笑い声がした。
「焦る姿が滑稽だな」
 その声を聞いて、シエラは、声の持ち主が分かった。
「ダークさん?」
 やはり、姿は見えない。

「よお小娘。王になりたいらしいな」
 声だけが聞こえる。
「ちなみに、どうやって王になろうと思ってるんだ?」
 間。
「分かりません……」
 再び、くつくつと笑い声。
「そんなんで、よく王になるなんて言えたもんだ。呆れるぜ」
 シエラは、その言葉が少し頭にくる。
「何年かかっても構いません。目指そうとすることに意味があるのです。それを諦めてしまったら、私が私で無くなる」
「ほう」
 しばらく沈黙。

「私を、つけてきたのですか?」
「ちょっと面白そうだったんでな。暇つぶしに来た」
「暇つぶし……」
「心配しなくても、俺は見ているだけだぜ。手を貸す気も、邪魔をする気もまったくない。例え、お前が殺されそうになっててもな」
 シエラは、少し腹が立ってきていた。何なのだ、この男は。
 同時に、今後姿が見えない男に、つけられ続けることを想像する。
 精神が平常でいられるはずがない。

「安心しな。俺は、餓鬼に興味はない」
 少しして、ダークが言っている。
「まあ、精々頑張るこった」
 気配が消えていった。










 ずっと左手に見えていた山々が、小さくなくなっていた。
 ペイルは、スクレイ国内に戻ってきていた。

 スクレイに入ったペイルは、まずウッドに寄った。もしかすると、シエラがセピアを訪ねているかもしれないと思ったからだ。
 ウッドの門兵に、セピアかカーマインかがいないか尋ねると、どちらも不在だということだった。二人ともがいなければ、ペイルにとっては厄介な場所である。すぐに退散するしかなかった。

 その後は、ボルドーとシエラの会話から、シエラの行き先を予想する。おそらく都だろうとペイルは考え、東南に向かって数日進んできたところだった。
 シエラを追いかけては来たものの、追いついたらどうすればいいのか。
 とにかく、王になるなどという馬鹿げた考えは改めさせなければならないだろう。その後は、二人でボルドーの所へ行き、一緒に謝ればいい。
 さらに、その後のことは自分が考えることではない。

 そうこう考えながら歩いていると、道の前方に小さな小屋が見えた。人が生活している形跡が見える。ペイルは、そこで道を尋ねようと思った。
 そう思い近づいていくと、その小屋が、おかしな雰囲気なのに気が付く。
 一瞬逡巡したが、ペイルは剣を握って走った。
 なにか騒然とした空気だと感じる。
 十歩ほどの距離まで近づいて、ペイルは確信した。
 賊だ。
 開け放たれた扉から、中に踏み込んだ。
 すぐに、凶器を持った三人の男が見える。
「おいっ!」
 声を上げて、ペイルは突っ込んだ。
 こちらに目を向ける間もなく、一人を叩き伏せる。戦闘の体制に入る前に、さらに二人を叩き伏せた。
 近くに、怯えた表情の子供が二人いるのが目に入った。その脇には、血を流して倒れている老人がいる。
 ペイルは、慌てて倒れている老人に駆け寄った。息はあるが、肩の辺りを、かなり深く斬られているようだ。
 放っておいたら、確実に死ぬ。
 ペイルは、子供に目を向けた。
 怯えた表情のまま、こちらを見ていた。

「布とかないか?」
 ペイルが言った。しばらくして、意を決したように子供の一人が小屋の奥に走る。襤褸の束を両手に抱えて戻ってきた。
 それを受け取って、老人の傷口に当てる。
 とにかく、自分ができる応急処置をするしかない。

「……じいちゃん助かる?」
 子供の一人が、泣きそうな顔で聞いてきた。
 ペイルは、何も言えなかった。
 その時、あっという声が上がる。
 背後に気配を感じた。慌てて振り向くと、一度倒したはずの賊が、剣を振り上げているところだった。
 ペイルは、急いで剣を掴んだ。だが、間に合うはずがない。
 その時、いきなりその男の腕が飛んだ。血しぶきと男の叫び声が飛ぶ。
 次の瞬間、男の胸から剣が飛び出してきた。それを、信じられない、といった顔で見てから、男は前向きに倒れた。
 その後ろに、見知らぬ顔の男が立っていた。
 ぼさぼさの黒い髪で、うっすらと髭がある。二十代中頃ぐらいの痩身の男で、片目に黒い眼帯をしていた。
 一見すると、賊の仲間かと思うような風貌だが、助けてくれたということは、賊ではないのか。
 男は無表情で、倒れた男に刺さっていた剣を抜いた。

「これは、あんたがやったのかい?」
 男が言った。
「あ、ああ。その三人は」
「なんで、止めをさしてないんだ?」
 男は、不思議そうに首を傾げた。
「殺さないようにできるなら、そうしたいからだ」
「はあ?」
 今度は、逆向きに首を傾げた。
「それで殺されそうになってりゃ、世話がねえな」
 少し、頭にくる。
「助けてくれたことには、礼を言う。俺が、甘いっていうのも重々承知してる。けど、他人にとやかく言われたくない」
「ふーん」
 男は、剣についていた血を払った。

「あんた、この辺の人か? 医者がどこにいるか教えてくれないか」
 男が、老人を覗き込む。
「そいつは、もう助かりそうにないぜ」
「分からないだろ! そんなこと」
 男は、肩を竦めた。
「二つほど丘を越えたところに町がある。医者なら、そこにいたはずだ」
「丘二つか……」
 呼びにいって間に合うとは思えない。しかし、だからといって運べるのだろうか。
「動かさないほうが、いいんだろうか……」
「そういや、表に大きい板があったな」
 男が言った。
「手を加えりゃ、すぐに簡易の担架を作れるかもな」
「本当か!?」
 ペイルは立ち上がった。しかし、すぐに問題に気が付いた。
 担架ならば、運ぶためには大人二人の力が必要だ。子供達にできるわけがない。
 ペイルは、男を見た。

「その……手伝ってはもらえないか?」
 男が笑む。
「有り金いくらある?」
「あんまりない。だけど、もし手伝ってもらえるなら、後日稼いで払う」
「後払いなんて、信用できるかよ。いいから、今持ってる分教えな」
 ペイルは、持ち金の量を言った。
「じゃあ、その金と……そうだな、その剣で手を打とうか」
 剣と言われて、ペイルは一瞬逡巡した。
 しかし、子供達の顔が目に入る。迷っている時間はなかった。

「……分かった。それでいい」





 その後、簡易の担架を作ると、老人を乗せて、ペイルと男とで持ち運んだ。ペイルが前方で、男が後方だ。
 あまり揺れないようにとペイルは考えていたが、男がその辺りを何も考えていないのなら、どうしようもないと思っていた。しかし、いざ運んでみると、男も気を利かせてくれたのか、あまり揺らすことが無く運ぶことができている。
 子供二人も、あのまま、あそこに置いてはいけないので、連れてきていた。
 もう少し、速く走ろうと思えば走れるが、二人の速度に合わせているといったところだった。

「頑張れ」
 ペイルは、子供達に言った。
 当然、老人を助けようとは思っているが、もし死なせてしまった場合、二人に責任を感じてほしくない。厄介な状況だった。
 二つ目の丘を、もうすぐ越える所まで来る。

「おっと」
 男の声がした。
「どうした?」
「後ろから、面倒そうなのが来てるぜ」
 言われて、ペイルは後方を見た。
 自分たちが走ってきた道を、こちらに向かって走ってきている集団が見えた。十数人はいる。
「多分、さっきの賊と、その仲間だな」
 男が、変わらない口調で言う。
「くそっ!」
 ペイルは思わず声を出した。
 このまま進んでも、町に着く前に追いつかれてしまう可能性が高い。かといって、迎え撃って戦っている時間もない。それに、子供達を守りながら戦えるだろうか。

「しょうがねえなぁ」
 ペイルが考え倦ねていると、男が言った。
「ほれ、子供。二人で一本ずつ持て」
 言うと、担架の棒を子供達に持たせた。
「速度はかなり落ちるだろうが、まあ止まるよりはいいだろ。あとちょっとだから、このまま行け。あいつらは、俺が何とかしてやるからよ」
「お前」
「早く行け。子供の体力が持たねえぞ」
「待て、だったら俺が残る。お前が町に行くんだ。そもそもは、俺が止めを刺すのを躊躇ったから招いたことだ」
「町に行って、あれこれ医者の手配とかやりたくないんだよ。それに……子供のお守りも苦手でね」
「でも」
「早くしろって。あいつらに近づかれると、狙われるぞ」
 確かに、その通りだ。
 ペイルは、決心するしかなかった。

「すぐに戻ってくる! それまで、持ちこたえていてくれ」
 そう言って、進み始めた。




       

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