Neetel Inside 文芸新都
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 城壁の上に立っていた。


 セピアは、内心苛立っていた。

 南で、賊の反乱だという中央からの情報が入った。
 だが、その報告が入る前に、ある噂も広がっていた。
 王の子供が、もう一人いて、王座に登るために立ち上がったのだという。
 そして、その王の子の名がシエラだ。
 あの、シエラなのだろうか。
 さらに、元スクレイの十傑の三人が、それを支持して協力するのだという。三人共、当然知っている名前だが、本物なのだろうか。
 本物のような気がする。シエラも、三人もだ。
 もしも、本当にシエラが王女なのだとしたら、当然驚くべきことだが、どこか納得してしまう自分がいた。
 ただ、それが本物だからといって、自分にはどうすることもできない。

 すでに管轄の地方軍が、二度ほど討伐に出動していたらしいが、二度とも失敗をしていた。詳細は分からないが、戦いは始まっているようだ。

 本当は、すぐにでも駆けつけたかった。しかし、一兵士の身である。そして、家族が軍の人間なのだ。自分が勝手に動いては、彼らに迷惑をかけてしまうことになる。
 そんなことは、できるはずもない。

 そうこう考えていると、カーマインが近づいてくるのが見えた。
「セピア様」
 カーマインが、顔を寄せてくる。内々の話ということか。
「実は、非公式にブライト様とウォーム様が来ております」
「えっ?」
 セピアは、一瞬耳を疑った。
「ウッドにですか?」
「はい。今は、客室のほうにいらっしゃいます」
「どういうことですか? お二人とも、軍の指揮官ですよね。そんな、非公式に動くなどあるのですか?」
「私には、具体的な事は分かりません。お会いになられてはいかがでしょうか」
 セピアは、戸惑うしかなかった。





「失礼します」
 セピアは、恐る恐る客室の扉を開いた。

 さすがに緊張した。兄妹とはいえ、会うのは本当に久し振りなのだ。あまり、話をした記憶もない。それに、今は兵の中の地位も違いすぎる。
 扉を開ききった。
 広い客室の中には、大きな机があり、その周りには多数の椅子がある。
 椅子に座った二人の男がいた。

「おお!」
 一人の男が、声を上げて立ち上がった。
「いやあ、ははは。久しぶりだなあ、懐かしい」
 そう言って、近づいてきた男は、そのままセピアに抱きついた。
 思わず、悲鳴を上げそうになった。
 いや、少し上げたかもしれない。
「おっと」
 言うと、男はセピアから離れた。
「いや、すまんすまん。つい嬉しくてな。しかし、そんなに嫌がることもないだろう」
「あ、すいません、兄さん。嫌がったわけでは……」
 歳は三十ほどで、短い茶色の髪。肌は、随分と日焼けをしている。長男のブライトだ。もしかすると、顔が分からないのではないかと心配していたが、顔を見ると、すぐに分かった。
「しかし、まあ年頃の女の子だからな。無理もないか」
 もう一人は、椅子に座ったまま、目だけをこちらに向けている。少し長めの茶色の髪が流れている。次男のウォームだ。
「久しぶりだな」
 ウォームが、静かに言った。
「あ、はい。お久しぶりです」
 一つ、頷く。

「あの、お二人は、どうしてここに?」
「ああ、まあ、父上に会いに来たのだが、会えなくてなあ」
「会えない?」
「うむ。カーマイン殿が言うには、自室に籠もっているそうだ。誰も近づけないようにと言い渡されたらしい」
「籠もっている?」
 セピアは驚いた。そのようなこと、今まで知らない。
「しかし、兄さん達が来られたことを報告すれば、きっと父上もお出でになられるのでは?」
「カーマイン殿も同じ事を言っていたのだがな……父上が、誰も近づけるなと言ったということは、かなり重大なことなのだろう。まあ、邪魔はすまいよ」
「あの……不束な質問になってしまうかもしれませんが……お二人とも、軍務の方は大丈夫なのですか?」
「ああ、まあ大丈夫だろうさ」
 軽い調子のまま言った。
 どういうことなのだろう。相変わらず、二人の意図が見えない。
「その……繰り返しになってしまいますが、お二人がここに来られた理由を聞いても宜しいでしょうか? 非公式だと聞いたのですが、何故そうしたのですか?」
「まあ、待て。もうすぐ、ライトも来るはずだから、それから話そう」
「ライト兄さんも、来るのですか!?」
 思わず、声が大きくなった。
「さてと……果たして、どうなるのかな」
 ブライトが、少し笑って言った。










 ルモグラフは、自室の椅子に座っていた。手前の机の上で、両手を組んでいる。
 もう、かれこれ半日は、そうしていた。
 いくら考えても、何もならないことは分かっていた。
 しかし、考えずにはいられなかった。

 自らの手の者を使って、南での反乱のことを調べた。間違いなく、本物のボルドーが加わっている。
 つまり、現体制の転覆を本気で図ろうとしているのだろう。
 それは、自分自身が待ち望んでいたことではないのか。
 もう、組織の内部から変革することが、不可能だということは、薄々感づいてはいた。しかし、だからといって、軍を抜けて何かをしようという動機は、湧き上がってはこなかった。
 何より、軍の中で役職に就いている息子達に、迷惑をかけたくないという思いが、どうしても心を過ってしまうのだ。
 今も、そうだった。
 いくら考えても、結局その考えに行き着いてしまうのだった。
 無為な時間だと分かっていながらも、こうして思い悩んでしまう。

 日が傾きかけていることに気がついた。
 そろそろ出て行かないと、カーマインに仕事の負担がかかりすぎるだろう。
 そう思い、部屋を出たところで、足が止まった。
「父上、お久しぶりです」
 部屋の前の通路で、立っている四人がいた。あまりにも突然のことで、言葉が何も出てこなかった。
「考え事は、もう宜しいのですか?」
 言ったのは、ブライトだ。前に見たときよりも、随分と日に焼けている。確か、最南の部隊にいたのだということを思い出していた。
「お前達……」
「父上、お話できる時間を頂きたいのですが」
「話?」
「はい。我々五人だけで」
 話しているのは、ブライトだけだった。他の三人は、立ったままである。セピアだけが、緊張をしたような顔をしている。
「カーマイン殿の許可は、貰っています。父上の裁可が必要な用件も、今は無いとのことです」
「何の話だ?」
「それも、落ち着いた所で」
 ブライトが言っている。

 他にも、いろいろと聞きたいことが当然あるが、黙っていた。彼らは、自分の判断で動いているのだ。何から何まで、自分が把握しなくてはならないわけではない。
「入れ」
 ルモグラフは言った。





「よろしいですか?」
 ブライトが、座ってもいいかを確認している。
 ルモグラフは、手で許可をした。
 全員が座る。

「さて、父上。まずは、改めて挨拶をさせてもらいます。お久しぶりですね。御健勝そうで、何よりです」
「ああ」
 ウォームも、会釈をした。
「しかし、こうして家族が揃うことなど、何年ぶりでしょうか。懐かしいですね」
 ブライトが、目線を上げる。
「たしか、いつ以来でしたか……」
「ブライト、本題を話せ」
「まあ、そうですね。昔から父上は、無駄話がお嫌いでしたから」
 そう言うと、居住まいを正した。

「父上、南の反乱のことは、御存知ですよね?」
 当然ルモグラフは、彼らの目的が何なのかを考えながら聞いていた。
「報告は入っている」
「どう思いましたか?」
 ブライトが言った。
 少しの間。
「反乱に加わっている十傑の人間が仮に本物だとすれば、その反乱は、そう簡単に鎮圧できるものではないだろうな」
「それだけですか?」
「私の部隊の管轄からは遠い。まさか、ここに討伐要請が来ることはないだろう」
「他には?」
 ブライトの言葉に、ルモグラフは、少し口を閉じた。
「何か聞きたいことがあるのなら、始めから言え」
 ブライトは、少し口角を上げる。
「仮に、討伐の要請が届いたのなら、どうしますか?」
「成る程、それが用件ということか……」
 ルモグラフは、ブライトの顔を見た。
 真剣というほどの表情ではない。だが、元々この男は昔から、どこか抜けているのである。本人は、真剣な表情をしているつもりなのかもしれない。
 他の三人の顔も見た。
 ウォームは、少し俯いている。彼は、昔から表情が読み取りづらい。ライトは、いつも通り飄々としているし、セピアは相変わらず緊張した顔をしていた。
 どうしたものか、と思う。

「父上は、国とは何だと思いますか?」
 急に、ブライトが言った。
「国?」
「父上は、王に忠誠を誓っているのか、それとも国に忠誠を誓っているのですか?」
 少し、眉が動く。
「同じことではないのか」
「つまり父上は、国と王は同じだと」
 言われて、ルモグラフは考えた。
 同じと言えば同じだが、違うと言えば違う、といったところか。王がいないという国も、どこか遠くにあるという話も聞いたことがある。何より、今この国には、その王がいない。
 ならば、忠誠の対象は王族になるのか。それも、正解ではあるだろう。
 だが、王族と国を同等に並べられると、違う気がする。

「同じ、ではないな。ただ、比べるものでもない」
「では、質問の答えは?」
「両方だ」
 ブライトは、微笑んだ。
「成る程、実に父上らしい」
「兄さん、どうにも回りくどくないかなあ」
 ライトの声が割って入った。
「ちゃんと、着地点を考えて話してる?」
「馬鹿、当たり前だ」
 ブライトが、咳払いをする。

「私はですね、父上。国とは、民だと思うのです」
 何を言おうとしているかが、まったく分からなくなってきていた。
「そして、その民は長年、理不尽の中で生きてきました。私には、それが許せないのです。民があっての国家なのに、権力者は、それをまったく顧みようとしていません」
 話が、思わぬ方向に向かっていることに気がついた。
 ブライトは、少し鋭い視線で、こちらを見据えていた。
「……なので、私はそういう国を変えるべきだと思ったのです」
 そう言った。
「実は、独自で叛乱を起こそうと、いろいろ準備をしてはいたのですが、成功する見込みがあるほどのものはできそうにもなかったのです」
 続く。
「そんな時に、南での叛乱です。これには、成功できる可能性があると私には思えます。私は、あれに加わりたいのです」
 一つ間。

「どうしますか? 父上」
「何がだ?」
「私を捕らえますか?」
「何故?」
「叛乱を謀ろうとしています」
 話が、いきなりすぎて、思考がうまく働いていないことに気がつく。
「本気なのか? 南の叛乱に加わりたいというのは」
「本気です」
「お前達もか?」
 三人に目を移す。三人が、頷いた。
 ルモグラフは、呆気にとられた。
 なんということだ。自分が、一人で悩んでいたことは、独りよがりだったのではないのか。息子達は、それぞれ自分の意志を持って、行動を起こそうとしていたのだ。
 それなのに、自分は……。
 しばらくの沈黙。

 ルモグラフは、立ち上がった。
「お前等、管轄の部隊は、どうなっているのだ?」
「別の者に引き渡しました。我々は事実上、すでに退役したのと同じというわけです」
 思わず、ルモグラフは笑った。
「私も、決心がついた」
 四人の目。
「私も、南の叛乱に加わろう」
 言った。四人が、それぞれの視線を交わす。
 少しして、ブライトが大きく息を吐いた。
「いやあ、ははは。さすがは、父上だ。きっと、そう言ってくれると思っていましたよ」
「私が、賛成しなかったら、どうするつもりだったのだ?」
「実は、最悪の場合、父上を縛り上げて、どこかに移そうと思っていたのですよ。父上とは戦いたくはないので。とはいえ、さすがに緊張しましたが」
「私も、お前達が中央から命じられて、私の素行を探りに来たのかと思っていたのだがな」
「成る程、どっちとも緊張していたというわけですか」
 もう一度、声を上げて笑った。










 ウッドが、慌ただしい空気になった。
 ルモグラフが、南の叛乱に加わる決心をした。それを、ウッドの兵に伝えたのだ。
 数人の兵が、ルモグラフに着いていきたいと申し出たらしい。その中から、何人かを連れて行くようだ。
 ルモグラフは、どこか、すっきりとした顔をしているとセピアは思った。

 兄達には、事前に話は聞いていた。驚く反面、嬉しい気持ちもあった。兄達も、正義の心をしっかりと持っていたのだ。
 ただ、父が受け入れるかどうかは、分からなかった。その場合の、行動を聞いたときは、さすがに驚いたが、それしかないとも思えた。
 結果は、一番いい形になった。

 セピアは、自分の準備が終わって、本塔の前で慌ただしく動いている、兵達の手伝いをしていた。
 カーマインが、張り切って兵や物資の編成をしている。そこに、ルモグラフが近づいていった。
「カーマイン」
 呼びかけに、カーマインが反応する。
「将軍、まもなく編成は終わります」
「お前は、ここに残るのだ」
「えっ!?」
 カーマインが、目を見開く。
「ウッドを任せられるのは、お前しかいない」
「そんな、私も加えて下さい!」
「私もお前もいなくなってしまっては、ここが機能しなくなる危険性がある」
「宜しいではありませんか! 元より、国を倒すために立ち上がるのですから、その国のために、ここを守る必要など」
「倒すのではなく、入れ替えるのだ。そして、ここも当然、新しくなっても国の一部であることには変わらない。我々の行動が、成功するかどうかも分からないしな」
「しかし!」
「頼む」
 ルモグラフが、少し頭を下げた。それを、カーマインは驚いた様子で見る。
 カーマインは、唇を噛みしめて俯いた。
「ここは緊急時には、スクレイ北西部軍の本陣になる。直接攻められる可能性は低いといっても、油断ができる所ではないのだ」
 続けて言う。
「それに、お前がここにいるということが、いつか我々にとって重要になってくるはずだ」
 俯いたままの姿勢で、カーマインは肩を振るわせた。
「……分かりました」
 それで、話が終わった。ルモグラフが、離れていく。
 俯いたままのカーマインの側に、ライトが近づいていくのが見えた。何か言葉を、小声で交わしている。

 そして翌日、ウッドの正門前に、騎馬が並んだ。四十騎ほどだ。
「セピア、シエラ王女殿下とは、どういった方なのだ?」
 いつの間にか、ブライトが近くにいた。
 セピアは、思わず笑む。
「真っ直ぐな方です。きっと兄さん達も、すぐに好感を持たれると思います」
「そうか、お会いするのが楽しみだな」
 ブライトが、快活に笑った。




       

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