Neetel Inside 文芸新都
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 立って待っていた。


 拠点である小城から、少し北に行った所だった。

 日が、真上に達した頃に、数十の騎馬が、ゆっくりと駆けてくるのが見えた。
「よく来てくれた」
 ボルドーが声を上げると、集団の先頭にいた者が、下馬をした。それに倣ってか、続いていた者達も下馬をする。
「この度は、我々を受け入れていただき、感謝します」
 ルモグラフが、力強い声を上げた。
 ボルドーは、思わず笑った。
「感謝するのは、こちらの方だ。お陰で、ずっと悩んでいた心配事が一つ解消されることになった」
「ほう、あのボルドー殿が心配事ですか?」
「お前と戦うことだ」
 ルモグラフが声を上げて笑った。
「それは、身に余る誉め言葉ですな」

 少ししてから、ボルドーは、ルモグラフの後ろにいた三人の男に目を移した。
「これが、息子達か」
「はい」
 ルモグラフが振り向くと、一人が一歩前に出る。茶色の髪で、肌は日に焼けている。がっしりとした体型は、親父とそっくりだった。
「お目にかかれて光栄です。自分は、ルモグラフの長子でブライトという者です」
 これも、力強い声だ。
 その後、あとの二人の紹介もされた。ウォームとライトというらしい。この二人は、線が細く、あまり親父と似ている印象がなかった。

 それから、もう一人が目に入っていた。
「久しぶりだな」
 そう言うと、その一人は、慌てるように頭を下げた。
「お久しぶりです、ボルドー殿」
「お前も、よく来てくれた、セピア」
「は、はい!」

 その後、立ち話を切り上げ、乗馬して小城に向かうことにした。
「とにかく、これから国軍と戦うにあたって、詳しい内部の情報が欲しいと思っていたところだったのだ。頼りにしているぞ、ルモグラフ」
「それならば、私よりライトの方が詳しいでしょう」
「ほう?」
 ボルドーは、後ろのライトを見た。ライトは、軽く会釈をする。
「私も先日知ったのですが、どうやら息子達は、叛乱を起こすために、いろいろと画策をしていたようですので。まあ、把握できていなかった父親としては情けない話なのですが」
「叛乱だと」
「私などよりも、行動力があるようですよ、息子達は」
 ルモグラフが笑う。
「成る程、では頼りにさせてもらおうか」
 ライトを見て言った。
「お前の息子達は、部隊の指揮をできる力はどれほどある?」
「それは、直接見て計って下さい。当然、私も含めてですが」
 ボルドーは、また思わず笑ってしまう。
「では、そうしよう」
 それから、ルモグラフと話をしながら進んでいた。

 少しして、会話に間が出来た時に、セピアが馬を寄せてきた。
「あの、ボルドー殿。その、シエラは……殿下は、お元気でしょうか?」
 そう言う。
「御健勝であられる」
「そうですか……」
 セピアは、少し俯いた。
「ボルドー殿がいらっしゃるので、私などが心配することではないとは思うのですが、殿下の心情が、どうしても気になるのです。その……大丈夫なのかと」
 ボルドーは、思わず笑った。
「ペイルと、同じ事を言うのだな」
「ペイル殿?」
「あいつも、同じ事を心配していた」
 セピアが、ボルドーを見る。
「まあ、以前のように話すことは難しいが……お前が顔を見せるだけでも、まったく違うとは思うぞ」
「そう、ですか」
「ペイルにも、会ってみるといい」
「あの、もしかすると、ペイル殿も軍指揮を?」
「まさか。あいつは歩兵だ」





 さっそくルモグラフと息子達には、練兵の指揮をさせてみることにした。
 分かり切っていたことなのだが、ルモグラフの軍指揮能力は申し分がなかった。それに、ブライトも、かなりの力量を持っている。
 ウォームとライトは、一通りの技術を持っているようだが、上の二人と比べると物足りないと感じる力量だった。しかし、二人ともどうやら別の長所を持っているようだ。
 取り敢えず、練兵は任せておいても良さそうだった。

 翌日に、グレイとグラシアが戻ってきた。
 さっそく、四人に引き合わせた。グレイとライトが、顔見知りだったようだ。
 夜に、グレイ、グラシア、ルモグラフと息子三人とで、卓を囲んだ。
「では、聞こうか」
 ボルドーが言うと、ライトが一つ頷く。
「現在都は、二人の王子の政争によって、機構が二つになってしまっているといった状態ですね。例えば、宰相が二人いますし、軍の頂点である元帥も二人います」
「どういうこと?」
 グレイが言った。
「二人とも、自分の指名した者が正当な官職だと、言い張っているんです。ようは、正当性の主張のしあいのようなものでしょうか」
「あほらし」
「つまり、都の権力が二分しているということか」
 ボルドーが言った。
「しかし、それでは武力衝突が起こっても、おかしくなさそうなものだがな。軍も二分しているのだろう?」
「その辺りは、なんというか複雑ですね。どちらの王子も、慎重なんですよ。あからさまな独占姿勢みたいなものを、お互い見せないようにしているんです。なので、軍の実質的な部分は、特にどっちかに傾倒しているというわけではありません。だから、元帥といっても、二人ともにお飾りですので、大して実力はありませんし」
「ふううん」
 グレイが、変な声を出した。
「ちなみに、二人の王子の、人物の印象としてはどうだ? 直接見たことはあるのか?」
「二人とも、遠目ですが見たことはあります。一部では、二人とも取り巻きに担ぎ上げられただけの、無能だという声があるんですが、僕は二人ともに、ある程度の能力があると思います。特に、年長であるグラデ王子は、年下のシアン王子に比べると、あまり取り巻きがいないんですよね。それに、血統もシアン王子に比べると前王に近くはないんです。それなのに、あの権力闘争を勝ち抜いたところを察するに、本人もなかなかに切れる男だと思います」
「そういえば、どちらの王子も、王を名乗ってはいないのだな」
「ええ、そうなんですよ。在り来たりな権力欲者ならば、すぐに名乗ってもおかしくないと私も思うんですが。やはり、その辺りが慎重だと思います。ただ、言うまでもなく、二人ともに政事を良くしようということには、あまり関心がないようですが……」
「成る程」
 どちらの王子も、ボルドーは見たことが無い。
「確か、前の戦争の時に、急遽即位した王は、二年前に崩御したのだったな」
「ええ。病死だそうですが、本当かどうかは疑わしいですね」
 ボルドーは、少し間を作った。
「軍人で、厄介そうなのは誰だ?」
「まずは、なんと言っても、フーカーズ将軍とデルフト将軍でしょう。やはり、この二人の部隊は、実力が桁違いですね」
「そのお二方は、こちら側に来ることはないのでしょうか?」
 ブライトが言った。
「誘ってはいる。が、期待はしないほうがいいだろう」
 話を先へと促した。

「上級の将軍達は、これも元帥と同じで大した者はいません。ただ、下級の将軍辺りになると、能力の高いと思われる者がいます」
「一応、名を聞いておこうか」
「自分が気になった者でいえば、まずは中央の将軍、パステルとインディゴ」
「ああ、インディゴは知っているな。確かに、厄介な相手だな」
「それから中央遊軍を率いているゴールデン、オーカー……」
「オーカー?」
 ボルドーは思わず声を上げた。
「知っているのですか?」
「ああ。昔、わしがタスカンにいたころの部下だ。本人かどうかは分からないが」
「もし、本人ならば、こちらに引き抜けるかもしれませんな」
 ブライトが言った。

 そういえば、サップの話に、オーカーの名が一度も出なかったことを、ボルドーは思い出した。どういう経緯で中央の将軍になったのかは分からないが、確かに本人ならば、接触してみる意味はあるかもしれない。

 その他の将軍の名は、誰も分からなかった。やはり、時代が変わったのだということを感じる。
「その中で、現状の国を憂い、変革の思想を持っている者はいないのか? 要は、此方に引き抜けそうな者ということだが」
「彼らは、良くも悪くも根っからの軍人ですね。おそらく、国を裏切るようなことはできないと思います」
 ライトが言った。
「そうか」
「まあ、とはいえ、呼び掛け続けるべきでしょうが」

「スカーレットっていう名前は聞いたことはない?」
 グラシアが、ライトに訊いた。
「スカーレット。確か、十傑の一人だった方ですよね。いえ、都の組織周辺では聞いたことがないです」
「そっか」
 グラシアが、少し首を傾げた。
「じゃあ、シーは?」
「シー? いえ、すいません、分かりません」
 そう言った。

 その後、さらに細かい情報の分析をした。やはり強力な軍は、都周辺と国境にだけあるようだ。
「中央は、こちらを、どのくらい重要視しているか分かるか?」
「すいません。それは、分からないです」
「ボルドー殿。これから、どう戦っていく御算段なのか、聞かせては貰えないでしょうか」
 ブライトが言う。
「とりあえず、向こうの強力な軍が出てくるまで、今のままでいこうと思っている。出てきたら、その時々に応じて対応をするしかないな」
「ということは、当分は、地方管轄の軍が相手ですか」
「相手が動かなければな」
「そういえば、すでに二度ほど地方軍を撃退したと聞きましたが」
「大したことはない。相手もあまり戦意が無かったからな。ちょっと、突っかけただけで、浮き足立っていたぐらいだ」
 その後、部隊の編成の話を一通りしてから、集会は解散となった。

 グレイと、グラシアがその場に残った。
「実は、シーの故郷を見に行かせてた人からの報告が入ったの」
 グラシアの言葉に、視線が集まる。
「もう、村はなくなってたってさ」
「えっ?」
「もう、二年ぐらい前になくなったそうだよ。近くの町の人に聞いたんだって。結局、村の運営はうまくいかなかったみたいで、残った人たちは、それぞれ散っていったんだって」
 少しの沈黙ができた。
「シーの手がかりも、何もなし」
「どういうことだろう? シーは、村を助けるために軍に残ったんじゃないの? カラトのことだって、根本にはそれがあるからだと……」
 グラシアが、両手を横に上げて、軽く笑む。
「分かんね」
 三人が、再び黙った。

「故郷といえばさ」
 グラシアが言う。
「カラトの出身ってどこなんだろう? 実は、ずっと気になってたんだよね。聞いたことある人いる?」
 その言葉に、三人が見合った。
「わしは、ないな」
「私も」
「確か、この中で一番付き合いが古いのは、グレイだよね」
「そう、商団の砂漠越えの途中に知り合ったのが最初。砂漠を舐めているとしか思えないような軽装備だったの。それで、死にかけていたところを拾ったのよ」
「なんで、そんな所にいたの?」
「確か、道に迷ったって言ってたっけ」
「どんな迷い方だ」
 グラシアが苦笑する。
「で、そのままスクレイ国内に連れてきて、そこで別れたんだ。それから、再会したのが前の戦争の途中ってわけだね」
「ふうん。じゃあ、カラトの故郷は、スクレイの東の方なのかな」
 二人の話を、ボルドーは、ぼんやりと聞いていた。

 確かに、いろいろと不思議な男なのだ。あれほどの実力と変革思想を持っていながら、あの戦争まで、まったく世に表立つことがなかった。それが、やはり不思議でならない。
 ダークなら、何か知っているのかもしれないと、少し考えたが、気配が感じられなかった。

「もしかしたらさ」
 グラシアが呟く。
「いや、そんなはずはないとは思うよ。馬鹿な発想だとは思うけど……カラトが、どれだけこの国のために命を削ってきたか見てきているし。でも……」
「何さ?」
 グレイが、怪訝な顔をする。
「わしも今、同じことを考えたと思う」
 ボルドーが言った。

「カラトが、スクレイ人ではない、かもしれないということだろ」




       

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