すっかり小悪党に慣れたものだ。
寝台の上で寝転びながら、ペイルは思った。
宿の借りた一室だった。
いつからこうなったんだろうと考えて、ペイルは、すぐに考えるのをやめた。今更、考えたところで仕方がない。
昔は、正義感の塊の様な人間だったのに……。
──また、考えている。
ペイルは溜息をついた。
「ダークさん!」
声と共に部屋の扉が叩かれた。
「入っていいぞ」
身体を起こしてペイルが答える。
勢いよく、部屋に入ってきたのは、暗い茶色の髪に、平凡な容姿の十歳ぐらいの少年だった。
「サンド、首尾はどうだ?」
「はいっ。しっかり宣伝してきました。多分、反応からしてニ十人は集まってくると思います」
二十人か……。ちょっと少ないな、とペイルは思った。
だけど、こんな小さい町なら上出来か。
「場所は、用意できたか?」
「はいっ。町の北に林があって、そこに調度いい広場があります。そこにしました」
林の中の広場だ?
馬鹿か、と言おうとしてペイルは止めた。ある程度広くて、人目につきにくく、それでいて威厳が損なわれない場所、と言ったが、よくよく考えてみれば、こんな小さい町に練兵場のような所があるわけないし、こんな子供が用意できようはずもなかった。
「ご苦労。おまえは……、もう帰っていいぞ」
「はいっ。失礼します」
そう言って、サンドは出て行った。
ペイルは、もう一度寝台に寝転んだ。
随分、慕われたものだ。サンドと会ったのは三日前だった。
ペイルが、このグリーンの町に来たときに、町の郊外で、狼獣という獣に襲われているサンドを助けたのが出会いだった。
サンドから見れば、颯爽と現れた人道の勇士のようにでも思うのだろう。慕うのは状況が状況だけに、さもありなん、だ。
実際に、見返りなど、魂胆があって助けたわけではなかった。いきなり、少年が狼獣に襲われている所に出くわし、思わず助けに入ったのだ。
だから、小悪党なのだ。
本当の悪党なら、見返りがないことなど一切しないだろう。
それに、狼獣一匹ならば問題なく勝てることも分かっていた。
もし、あの時、襲っているのが、十匹の狼獣だったり、虎獣だったりしたら、自分は助けたりしなかっただろう。
だから、本物の勇士にもなれない。
ただ、そういう経緯があり、サンドはやけに自分を慕ってきた。
それで、調度いいと思い、サンドを自分の仕事の手伝いをさせようと考えたのだ。
まず、ペイルは、グリーンの町に入るときに、殺した狼獣の死骸を担いで町を歩いた。それで、人目につくはずだ。
次に、先に打ち合わせをしたサンドが、町人の中に、自分が『心気』の達人に助けられたという話を広める。そして、その人が、自分の技を人に教えるのを厭わないと言っていたと付け足す。
そうすれば当然、人が集まってくる。
何故ならば、一般人にとって『心気』とは、夢の力だからだ。
『心気』とは、人の内なる力とでも言うのか。
『心気』を使いこなせれば、それだけで、いろんな仕事で圧倒的に有利になる。
『心気』と一口に言っても、その能力は人によって千差万別だ。
一般的には、戦いにおける、体力向上や特殊攻撃などがよく知られているが、体力向上など、どんな職業でも使える。最近では、医術にも使われているという話もある。
ただ、誰にでも使えるというわけではない。
適切な訓練や修行を続けて、さらに、才能がある人間だけが、ようやく能力の高い『心気』を使えるようになるのだ。
ただ、一般人は、そんなことは知らない。『心気』を使える人間に教えてもらえれば、すぐに自分も使えるようになると、大体の人間は思っているのだ。
そういう人間を集めて、『心気』を教えると嘯き、金を巻き上げて、おさらばするというのが自分の仕事だ。
要は、詐欺である。
ペイルは、ここ一年、いろんな町で心気詐欺を繰り返して生きてきた。
このグリーンで調度、十箇所目の町だった。
ただ、ペイルは一応『心気』を使うことができた。ただし、ちょっとした体力向上という、たいした事がない能力だが。
ペイルは、数年前まで行われていた、戦争に少しだけ参加したことがあった。
その時、運よく、『心気』開発に力を入れていた部隊に配属になったので、そこで訓練を受けることになったのだ。
当時は、とにかく、うれしくて喜んだものだった。訓練も、人一倍、真面目に努力したとペイルは自負している。
しかし、才能がなかった。
そうこうしている間に、戦争が終わった。
大した『心気』も使えないのだ。戦争時の臨時の徴兵だったこともあって、すぐにペイルは強制退役させられた。
そして、今に至る。
もう一度ペイルは溜息をついた。
一夜明け、正午の少し前。
ペイルは、指定の場所へ向かうため、宿を出た。
少し歩くと、前方からサンドが走ってきた。
「ダークさん! 林に行くんですね!? 自分が案内します!!」
サンドの勢いに、ペイルは、少したじろいだ。
「い、いや、場所は分かっている。一人で行く」
「ええっ!?」
「お前にも『心気』を教えてやる約束は忘れていない。心配するな。それより、俺が言った通りに説明したか?」
「はいっ! それはもう完璧です」
サンドには、人を集める時に、「みんなでお金を集めて、『心気』を教えてもらえるよう頼もう」と言うように、教えてあった。
本人が、『心気』を教えてやるから、金をくれ、と言えば、どうしても胡散臭くなる。それで、心遣いぐらいの気持ちで払わせるのが、一番怪しまれないのだ。
一年、詐欺を繰り返し、身につけた知恵だった。
ただ、その打ち合わせをやったサンドが、気付く危険性があったが、どうやら気付いてないようだ。
やはり子供だな。
このまま、林に行き、二十人から金を受け取り、適当に指導したら、隙を見て逃げようとペイルは思っていた。
ただ、なんとなく、そこにサンドがいてほしくないと思った。
いなくても、いずれ自分に騙されたことに気付き、傷つくか、激怒するだろうが、逃げる直前に、必死で訓練をしているサンドを見たりなんかしたら、この先、一生引きずりそうだと思ったのだ。
「おまえは、別の日に教えてやるから、もう帰りな」
「はいっ! よろしくお願いします! ダークさん!」
言って、サンドは走り去っていった。
とにかく、これでお別れだ。とペイルは思った。
言われた林に入っていった。少し小高い丘を登っていくと、言われた通りの広場があった。
すでに、二十人近くの男達が、そこで待っていた。
木の影から少し様子を見てから、威厳を持って出て行った。
二十人の中から、少し声が上がる。
「私がダークだ」
ペイルは、いつもの手順に入っていった。
ダークとは、最近使っている偽名だった。
兵士時代、いろんな戦場の噂を聞いたことがあった。
スクレイの十傑も、その一つである。
スクレイとは、この国の名前だ。
先の大戦の中、スクレイは一時期、滅亡必至の絶望的状況だった時があったが、奇跡的な大逆転劇の連続で、敵国を、一気に押し返したことがあった。
その戦いの、陰の立役者が、十人の『心気』の達人だったといわれている。
それが、心気使いの中でも有名な、スクレイの十傑だ。
本当かどうか、疑わしい話だが、ペイルは十傑の中の三人だけ、名前を聞いたことがあった。
ダーク。
フーカーズ。
そして、ボルドーだ。
一般の町人が、そんな話、知っているとは思えないが、もし、たまたま知っている人がいれば、さらに現実味が増すはずだし、別に名前は何でも良かったのだ。
ペイルは、さっそく、教示に入ろうとした。
すると、新たに、三人の人間が広場に入ってきた。
人が増えるのは、ありがたい。単純に儲けが増えるからだ。
ただ、この場には不釣合いの連中だった。
一人が老人で、一人は女。最後の一人は子供だった。