Neetel Inside 文芸新都
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 短時間で勝敗がついた。


 王子攻撃を取り止めた騎馬隊四隊は、そのまま、敵の前衛の軍を背後から、攻撃をかけた。正面で構えていたルモグラフも、ここぞとばかりに押し出してきた。
 それで、勝負は決まったようなものだった。
 あっという間に、敵軍は分裂、敗走した。指揮をしていた二人の将軍も討ち取った。手に入れた武器も馬も、なかなかの量になった。
 その報告を聞いたからなのか、二人の王子とその軍は、ゆっくりと都に引き上げていった。
 王女側が大勝利したと、世間が思うには、十分だったのだろう。

 その後から、入隊希望者が一気に増えた。日和見をしていた大商人や貴族の一部も、密かに接触をはかってきた。呆れるような思いもあったが、今は利用できるだけ利用するだけだ。
 しかしボルドーは、そこまで有用的な勝ちだとは思っていなかった。質のよくない部分を、ある程度潰しただけだ。これからは、敵の精鋭と本格的にぶつからなくてはならなくなるだろう。
 ただ、それで人が増えるのなら、効果的に使わない手はない。

 ボルドーの部屋に、少し俯いているサップがやってきたのは、数日後だった。
「申し訳ありません。フーカーズ軍の動きを監視していた偵察の報告が、間に合いませんでした」
「仕方がないさ」
「どうやら、途中で偵察の早馬が、追い抜かれてしまったようです」
 ボルドーは、思わず笑ってしまった。
「いや、すまん。ならば、なおのこと仕方がないな。あれに対しては、また別の方法を考えるしかないな」
 言っても、サップは悔しそうだった。

「部隊の人数は足りているか?」
 ボルドーは話題を変える。
「今のところは。此度は、また何人か補充をしようとも思っていたのです」
「そうか。本隊の人数も増えたから、そっちも拡充しなければな」
「謀略の部隊を、そろそろ作りますか?」
「そうか、それもあったな。検討しておこう」

「それから、オーカー殿のことですが」
 サップが切り出した。
「オーカー殿が中央の将軍になっていたことは、私もつい最近知りました。あのタスカンでの件の後、オーカー殿に中央から異動命令が届いて、どこかに行ったということまでしか私は分かりません」
「異動命令?」
「私たちも、何かと慌ただしかった時期だったので、きちんと把握していませんでした。申し訳ありません」
「ふむ」
 少し気になる話ではある。
「接触はできそうか?」
「それが、オーカー殿もかなり慎重のようでして、時間がかかりそうです。ただ、慎重だということは、接触を拒んでいるわけではないので、時間さえかければ、なんとかなるかもしれません」
「無理はするなよ」
「分かっております」
 サップは、一礼してから、退出していった。

 ボルドーは、思考を切り替えた。





 ボルドーは、ルモグラフが指揮している、練兵を見ていた。
 しばらくして、休憩の合図が出る。
 それから、ルモグラフがこちらに近づいてきた。
「ルモグラフ、今全軍で、どのくらいの人数だ?」
「もう三千は越える勢いですね。まだまだ増えると思います。それほど、先日の戦は世間に注目されていたということでしょう」
「そうだな」
「ボルドー殿、少しよろしいですか?」
「何だ?」
 ルモグラフは、兵達が休んでいる方に歩く。ボルドーは、それに着いて歩いた。
 兵達が、思い思いの集団に別れて、休憩をしている。そこから、少し外れたところに、一本木が立っていた。その木陰で俯いて座っている男がいた。
 随分、疲れているようだ。全身汗塗れで、息が上がっているのが分かる。
「やはり、この部隊に入るのは辛いと思います」
「そうか」
 ボルドーは、男を見た。
「あいつは部隊から外せ」
「分かりました」
 ボルドーは、一本木に近づいた。

「ペイル、お前は部隊から外れろ」
 俯いていたペイルが、弾けるように顔を上げる。
 それから、また顔を下げた。
「……やっぱり、俺は駄目ですか?」
「勘違いするな。お前が、兵として不適格ということではない」
 ペイルが再び顔を上げる。
「お前は、そこそこ強い。だが、それがかえって軍編成に組み込むのが難しいのだ。質のよくない部隊に入れると、お前の力が活かせなくなる。だが、質のいい部隊では、部隊戦闘の経験がないお前では、逆に足手まといになってしまうのだ」
「では……俺は、どうしたら?」
「後方支援に回るか、わしの下についてみるか、どちらかを選べ」
「ボルドーさんの下?」
「いろいろな部署を把握する、煩雑な仕事をするところだ。だが、組織というものの全体を理解するには、いいところだと思う。そこで、お前がどこに向いているか探すのもいいだろう」
「俺なんかが、いいんですか? そんな、特別なところ」
「言っておくが、楽なところではないぞ。朝から晩まで、やることは山のようにある。今より、きついかもしれんぞ」
「やります! やらせて下さい」
 ペイルが、勢いよく立ち上がって言った。





 ボルドーは、自分の部屋で、ルモグラフと話をしていた。
 軍事に関しては、やはりルモグラフが一番である。そちらの分野の相談をするなら、彼だろう。物資に関しては、グラシアである。
 ただ、それらを総合して大きい戦略的視点を相談ができる者がいなかった。ルモグラフも、ある程度の知識を持っているとはいえ、総指揮としての実戦の指揮の経験は、それほどない。

 謀略部隊を指揮する者が、誰がいいかという話に及んだ。
「私は、ライトを推薦します」
「ほう」
「ああ見えて、肝は据わっています。冷静で、判断も的確なので、大きな失敗をする可能性も低いと思います」
「成る程な」
 ボルドーは考えた。
「息子に、影の仕事をやらせる負い目はないのか?」
「私は、一人の指揮官として、最良の者を推薦しているにすぎません」
「悪かった」
 苦笑する。
「部隊を指揮できる人間が減るのは痛いが、仕方がないか」
 ボルドーは言った。
「ライトを呼んでくれ」





 夜、再び隊長格に召集をかけた。
「皆、先日は、よく戦ってくれた。まだまだ戦は続くだろうが、とにかく一区切りはついた。皆に、わしの今後に関する提案を聞いて貰いたい」
 ボルドーは言った。
「わしは、この期に、都に向かって本隊が前進するべきだろうと思う。拠点を造りながら、あるいは奪いながらの進行だが、あまり戦を長引かせないという意味でも、今だろうと思うのだ」
 全員を見た。
「私は、賛成です。こちらから攻撃をしてこそ、王子を倒すという意思表示を世間に示すことができるでしょう」
「異論はありません」
 誰かが言った。
「では、この小城は、後方基地というところですね」
「うむ」
「殿下は、どちらに居ていただきますか?」
「本隊の中だろう。もっとも安全で、士気にもいい影響がでる」
「新しく入ってきた者達の練度が、些か心許ないですが、まあ進軍途上で鍛えるしかないですな」
 言ったのは、ブライトだった。この場に、ライトがいないことに気付いてはいるだろうが、何も言わない。
「兵站はどうだ? グラシア」
「取り敢えずは順調」
「他に、何か気になることがある者はいるか?」
 いくつかの質問が出た。

 すべての質疑応答が終わった後、ボルドーは全員を見回した。
「では、行こうか」

 全員が、合わせて声を上げた。




       

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