Neetel Inside 文芸新都
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 待機のままだった。


 先ほどから、横を別の部隊が行き来しているが、自分の部隊は、身動ぎ一つ無く、自分の後ろについている。
 フーカーズは、馬上で腕を組んでいた。
 正規軍の集団の端に配置されていた。相変わらず、上は自分を警戒しているらしい。パステルなどは、かなり上に訴えてくれたようだが、変わることはなかった。一度会ったパステルは、すまないと言っていたが、気にはしていない。
 王子に気に入られようなどとは、始めから微塵も思っていない。ただ、この部下達と全力で戦う場所があればそれでいい。

 フーカーズは、前方に目を移した。
 数時間前に、慌ただしく出撃した部隊が、戻ってきているのが見えた。
 先頭には、あのコバルトと名乗っていた男が見えた。馬上で、少し俯いている。片方の手首を押さえているようだ。こちらには、まったく気付かずに近づいてきていた。
「どうだった? 鉄血将軍は?」
 近くまで来て、フーカーズが言うと、驚くように顔を上げていた。
 それから、少し笑む。
「いや、驚きました。正直言うと、少し侮っていましたよ。私も、自分の力には結構自信があったのですけどね」
 男の手が、少し震えているようだ。
「危うく手首を切り落とされるところでしたよ。完全に、相手の虚をついての攻撃だったのに……あの一瞬で、反撃をしてくるとは恐れ入りました。さすが、十傑といったところでしょうか」
 続く。
「あんなのが、十人もいたと思うと圧巻ですね。前の大戦での大逆転劇というのも、頷けます」
「あの人は、特別さ」
 フーカーズが言う。
「あの人に勝てる可能性がある者は、十傑の中でも二人か三人だけだ。私などは、絶対に無理だな」
「そうでしょうか? 貴方なら、勝てると思いましたが。将軍の部隊なら」
「部隊ならば、だろう? 私ではない」
「いえ。この部隊は、将軍の手足そのものでしょう?」
 そう言った。
「コバルトと戦ったことは、何も言わないのだな」
 フーカーズが言うと、コバルトと名乗っていた男の顔から笑みが消える。
 少しの間。
「まあ、まだまだ戦いは始まったばかりですよ」
 そう言って、通り過ぎて行った。
 フーカーズは、再び前方に目を移した。
 再びの静止。

 しばらくして、また別の部隊が横を通り過ぎようとしていた。そこから三騎だけが、集団から外れて、こちらに近づいてきた。
 先頭の男を、フーカーズは横目で見た。
 将軍の位の具足だ。濃い金色の髪を後ろに流している。歳は、二十代の終わりの辺りか。見たことのない男だが、風貌で誰か分かる。
 この男が、ゴールデンだろう。
「あんたが、フーカーズさん?」
 男が言った。
 フーカーズの後ろにいた部下が、動こうとしていることが分かった。フーカーズは、少し手を挙げて、その部下を制止させた。
 男は、フーカーズのすぐ横まで来た。
「へえ。思ってたより、小さいんだな」
 男は、顔に少し笑みを浮かべている。
「それに、あんまり強そうじゃないな。本当に、スクレイの十傑?」
「何の用だ?」
「せっかくなんで、挨拶でもしとこうと思ってな。俺のこと知ってるかな? ゴールデンっていうんだけど」
「お前は確か、先日の戦の時、王子のすぐ後ろに配置されていたようだな。何故奇襲を受けたとき、すぐに救援に向かわなかった?」
 フーカーズが言うと、ゴールデンは笑む。
「狙われたのは、シアン王子だろ? 生憎俺には、あいつを助ける義理はないんでね。俺は、グラデ様に取り立ててもらったからな。むしろ、シアンには死んでくれた方が都合がいいんだよ」
 そう言った。
「あんたこそ、シアンに取り入るのに失敗したみたいだな」
 ゴールデンは、笑みながら言っている。
「あんな奴より、グラデ様のとこに来なよ。あの人の方が、器量はあるぜ」
 フーカーズは、黙った。
 ゴールデンは、鼻で笑う。
「次の戦では、俺も先鋒の一人なんでね。あんたの昔の仲間が、何人か敵側にいるんだろ? どういう奴がいるのか、是非とも御教授してもらいたいな」
「ならば、忠告しておいてやろう」
 フーカーズは言う。
「戦場では一秒たりとも、気を抜かんことだ。お前の首など、あっさりと飛ぶぞ」
「へへえ。それは、楽しみだなあ」
 再び笑う。
「十傑ってやつを俺が倒せば、俺の名が歴史に残るのかな」
 言って、ゴールデンは駆けていった。










 ボルドーは、本隊の所まで戻った。同時に、グレイとグラシアにも戻ってくように伝令を出していた。
「あんた、今までどこにいたのよ」
 グラシアが、コバルトに会うなり言った。
「いやあ、悪かったな。寂しい思いをさせちまったみたいで」
「はあ?」
 グラシアが、眉をひそめる。
「これから一緒に戦ってくれるって考えていいの?」
 グレイが言った。
「ああ、宜しく頼むぜ」
 コバルトは、笑って言った。
「話に聞いた、コバルトって将軍。あんたと関係がある人なの?」
「いや、全っ然知らねえ。ったく、たちが悪いよな。勝手に人様の名前を使うなんてよ」
 グラシアは、コバルトを見ていた。
「はは、何だ? 今更見惚れちまったのか」
「軽口は相変わらずみたいだね」
 グラシアは、ため息をついた。

 それから、少ししてサップからの報告が届く。
 再び大軍が近づいてきていた。数は、九千強。前回よりも少ないが、質は段違いだろう。
 今度は、前回のような単発な戦いにはならないはずだと、ボルドーは思っている。
 隊長格に召集をかけた。
「パステルにインディゴ、ゴールデンにオーカーか。警戒していた将軍が、揃いも揃ったといったところか」
 ボルドーは、敵陣の報告を読み上げた。
 それから、集まった者達を見回す。
「何か案があるなら聞こう」
 意外そうな顔をする者が何人かいた。
「当然、正面からまともに戦うのは愚策です。こちらは、全軍で四千弱。相手の半分程度しかありません。地の利を生かして、戦うべきでしょう」
「地形なら、少し南西に行った辺りに、岩山が多い地域があります。あそこならば、大軍の利が生かせないと思いますが」
「西の城に戻るというのはどうでしょうか」
「それは、消極的な印象を自軍と世間に与えてしまう」
 意見が交わされた。

 ボルドーは、全員の意見を聞いたという態度を示してから、そのまとめという風に話始める。
「よし、本隊の前進は一旦中止だ。全軍を、南西の移動。いい高台に本隊用の砦をすぐに建設。地の利を生かしながら、そこで迎え撃つ」
 グラシアを見る。
「グラシアは、すぐに砦建設の資材を集めてくれ」
 グラシアの眉が、明らかに真ん中に寄った。
「いつまでに?」
「早ければ早いだけいい。だが、明後日までには、目処をつけておきたい」
「……分かった」
 ため息をついたグラシアの肩を、苦笑いをしたグレイが触れていた。

 集いが散開した後、元十傑の三人が残った。
「お前達、覚悟を決めておけよ」
 ボルドーは言った。
「次は、フーカーズとデルフトが来るかもしれんぞ」




       

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