Neetel Inside 文芸新都
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 資材が続々と集まっていた。


 砦を建設する場所を決めて、そこに人と資材を集めているところだった。
「こちらに、なりますが」
 言って、ウォームが図面を差し出してきた。
 しばらく見る。
「うむ、悪くない。これで、造り始めるとしよう。細かい問題点は、その都度修正していくようにしよう」
 ウォームは、無表情のまま、一つ頷いた。
「こういうことが得意のようだな」
「一通りの見識を持っているだけです」
 ルモグラフの推薦もあって、砦の設計を任せてみたが、聞いていた通りの能力があるようだ。
 三日もあれば、砦は、ある程度の形にはなるだろう。

 国軍は、あと三日というところまで接近してきていた。
 その中には、パステルとインディゴ、ゴールデンという、ライトが言っていた者達がいる。その他は、王子の取り巻きの将軍などが数人。その前衛部隊の後ろには、フーカーズにデルフト、オーカー、コバルトと名乗っている将軍の部隊がいるようだ。
 ただ、総指揮を任されている人間がいないという情報が入っていた。前回の敗戦の反省を生かすために、力のある将軍を使うということでは、二人の王子の意見が一致したようだが、それぞれに自分の取り巻きを総指揮に当然したいので、再び対立が起きそうだった。しかし二人とも、さすがに再び対立することはまずいと思ったようで、総指揮者は選ばないということで妥協したらしい。
 つけ込めるかもしれない隙ではある。

 騎馬隊を指揮する者達を集めた。
「我々は、開戦以後、ずっと砦の外で戦う。敵が、砦の攻撃を始めたら、不意打ち奇襲を繰り返し、反撃されそうになったら、すぐに逃げるということを繰り返す。何日かかるかは分からんが、敵が撤退をするまで続くと思え」
 了解の声が挙がった。










 整然としていた。
 さすがに、スクレイ軍の主力である。
 正面には、六千の部隊がほぼ四角の形に整列していた。それ以外に、あと三千がいるらしいが、取り敢えずは視認できなかった。
 砦の正面から二千歩ほどの距離か。岩山の地域に、少し入って進軍が止まったようだ。それから、一時間ほど動きがない。攻撃を躊躇っているのか、何かを準備しているのかは分からなかった。

 セピアは、砦の外にいた。
 シエラ軍に入ってから、セピアが配属になったのは、本隊つきの騎馬隊だった。前の戦いでは、ルモグラフのすぐ近くにいたので、ほぼ戦闘には参加していない。
 今回の戦いでは、本隊に騎馬隊はいらないので、外に出ている。セピアがいる騎馬隊は、五十騎だ。
 ただ、自分が言うのもおこがましいのだが、十傑の方々が率いている騎馬隊に比べると、質は低い。それほど無理な戦いはするなと指令が出ているようだった。
 とはいえ、やはり今度の戦いでは、本格的な戦闘に参加することになるのだろう。

 手に汗が滲んでいた。
 砦の近くで、国軍を遠目に観察した後、セピアのいる騎馬隊は南に移動することになった。砦を攻撃する国軍に攻撃をする騎馬隊の、背後を備えるという任務のようだ。
 岩山が、幾つも重なっている地形で、見通しは悪い。岩山の間を通り抜けて走った。
 騎馬隊の隊長は、上の方を、きょろきょろとしながら走っている。各地点にいる見張りの合図を確認しているのだろう。
「何だ?」
 ふいに隊長が、声を出した。
 どうしたのかと思った瞬間、いきなり馬蹄の音が聞こえる。
「迎撃!」
 誰かが叫んだ。セピアは、慌てて槍を構えた。
 敵が、どの方向から来ているのか分からなかった。前方にはいない。右、左と見る。セピアの近くにいる兵達も、慌てているのが見えた。
「おいっ、来てるぞ!」
 また、誰かが叫んだ。
 次の瞬間、視界が荒れた。
 土煙、馬蹄、声。
 気付くと、前にいた十数人がいなくなっていた。
 敵の騎馬隊に、強襲されたのだ。それは、理解できた。
 敵は、すでに五十歩ほど先にいた。固まって反転しようとしている。遠目にも百騎は越えていることが分かる。
 何故、これほどの規模の騎馬隊の接近に、見張りは気付かなかったのだ?
 いやそれよりも、どう考えても、味方がこの数では勝負にならない。セピアは、そういうことを何故か冷静に分析できていた。
「隊長! 撤退を」
 言って、気がついた。
 いない。
 敵が、再び疾駆を始めた。
 先頭には、濃い金色の髪の男。少し笑っているように見えた。
 セピアは、振り返って槍を掲げた。
「駄目です! 逃げましょう!」
 その言葉に我に返ったような顔をしている者が数人。慌てて、馬を動かし始めた。
 セピアも、馬を駆けさせる。
 ばらばらと走り始めた。陣形も何もない。セピアは、しんがりの辺りについた。
 振り返ると、敵が近くなっていた。明らかに、敵の方が速い。
 しんがりが、敵と接触した。次々と、味方が薙ぎ倒されていく。
 セピアは、自分に接近してくる敵騎馬を見つけた。槍を構えている。もう、その男しか見えなかった。
 男が、槍を突き出してくる。セピアは、それを右手で掴んだ。そして、左手にあった槍を、男の腹部めがけて突き出した。
 手に感触があった。
 いつの間にか、男がいなくなっていた。馬から落ちたのだと分かった。
 セピアは、視線を切り替える。
 さらに、数騎近づいてきていた。その中に、先ほど見た、金髪の男がいるのが見えた。手に持っているのは、戟だろうか。
 この男は、手練れだ。瞬時に分かった。こんな、追われているような状況では、勝負にならない。
 思った時、敵騎馬隊の中から上がっている土煙が増えた。
 いや、馬が増えた。
 別の騎馬隊が、介入してきたのだ。
 金髪の男が、振り返っていた。
 それから、ようやく味方が来たのだと分かった。





 ボルドーは、報告を聞いて、急いで南に向かった。もしかしたら、南から、かなり大回りをして移動している敵の騎馬隊がある可能性があると、サップの部下が報告に来たのだ。
 もし、それが本当なら、南に向かった味方の騎馬隊が全滅するかもしれない。

 案の定、味方の騎馬隊が襲われていた。ボルドーは間髪入れず、敵の騎馬隊に突撃した。
 質は低くない騎馬隊だと感じた。前に戦った、コバルトと名乗っていた将軍の軍と同等ほどか。
 しかし、敵の不意を突けたようで、最初の突撃で、随分と蹴散らすことができた。
 反転する。
 敵騎馬隊が、こちらに向けて馬首を揃えようとしていた。ボルドーは、それでも躊躇せずに、もう一度突っ込んだ。
 再び、手応え。
 前方に、隊列と違う動きをする一騎があった。金色の髪で、方天戟を持っている。そして、指揮官の具足をつけている。
 男も、こちらに気付いたようで、馬首をこちらに向けた。
「鉄血のボルドーだな」
 男が叫んで、駆けてきた。ボルドーも駆ける。
「俺は、スクレイ国将軍ゴールデン」
 ボルドーは、馬上で偃月刀をなぎ払った。男が、戟の柄で受け止める。
 次に、頭上から振り下ろす。男は、再び柄で防ぐ。
 間髪入れず、今度は突いた。男は、それを払いのけた。
 接触前は、少し余裕が見えた男の表情も、一気に強ばったのが分かった。
 少しはできる。ただ、それだけだ。
 間断を入れずに、連続攻撃を続けた。男は、なんとか食い止めているといったところだ。
 男が、偃月刀しか見ていない、と分かった。
 ボルドーは、空いた片手で、男を殴り飛ばした。男が、馬から落ちる。
 思いがけずの好機になった。将軍位を、こんなに簡単に一人減らすことができる。
 思って、落馬した男に接近した瞬間、何かが聞こえた。
 何かを感じた。
 何かが、すぐそこまで来ている。
 馬の蹄の音だ。他の馬とは、まったく異質の音。
 ボルドーは、振り返った。
 ふいに敵味方が上げていた喚声の色が変わった。その次の瞬間、土煙の向こうで人影が、まるで別の物のように宙に舞っているのが見えた。
 味方の兵が飛ばされている。
 土煙の中から、長柄の大斧が見えた。
「まずい!」
 ボルドーは、思わず叫んだ。
 ボルドーは、慌てて騎馬隊を纏めようとした。偃月刀を掲げて、目印にする。
 味方が、こちらに向かい始めるが、その群を次から次に落とす者がいた。
 これ以上放置していたら、味方がやられる一方だ。
 自分が止めるしかない。
 ボルドーは、それに接近した。
「デルフト!」
 デルフトが、こちらに目を移した。
 藍色の髪が見える。昔よりも長くなっているか。そして、こめかみにある刃傷の痕。ただ、それよりも目につくものがあった。
 いや、なくなっているのだ。無精髭がなくなっていた。それだけで、随分若い印象になる。確か、歳は三十ぐらいだったか。
 部隊を率いてきたのだろうが、その部隊とは、かなり離れているようだ。
 デルフトはフーカーズとは違い、部隊を細かく指揮をしない。ただ、先頭で暴れ回るだけだ。しかし、それが部隊に何倍もの力をもたらす。
 ボルドーは、偃月刀を構えて、心気を集中した。
 デルフトは、長柄の大斧を片手で横に構えていた。あれは、偃月刀よりも重量がある。いくらデルフトといえど、片手では扱いづらいはずだが。
 両者騎馬のまま接近する。
 構えが荒い。ボルドーは、そう感じた。どういうつもりかは知らないが隙だらけだ。
 ボルドーは、偃月刀で切り抜こうとした。
 いや。
 違う。
 心気が違う。
 斜め上から、巨岩が降ってきた。感覚的には、そういうものだった。
 間一髪で、なんとか反応した。デルフトが、振り下ろしてきた大斧を、偃月刀の柄で受け止める。
 両腕が、響く。
 急に視界の高さが下がった。何が起こったのか分からなかった。
 デルフトが、馬上でもう一度、大斧を振り上げているのが見えた。ボルドーは、一瞬再び柄で受け止めようと考えた。
 いや、駄目だ。
 直感が働いて、横に飛び退いた。
 デルフトが、大斧を振り下ろすと、赤い鮮血が大量に辺りに飛び散った。
 そこで、ようやく気がついた。乗っていた馬の足が折れたのだ。それで、目線が下がったのか。この血は、ボルドーが乗っていた馬の血だ。
 デルフトの目線が、こちらに動いた。
 昔と同じで、感情が籠もっているようには見えない目だった。

 それからデルフトは、ゆっくりと大斧を横に上げた。




       

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