Neetel Inside 文芸新都
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 対峙していた。


 両軍入り交じる真ん中に、二人ともいるのだが、周りの兵達は、自分とデルフトの心気の圧力を感じて、誰も近づいてはこれないのだろう。あるいは、デルフトに近づくなと、あらかじめ命じられているのか。
 ボルドーは、地面に立って、偃月刀を構えていた。
 騎馬のデルフトが、ゆっくりと近づいてくる。
 デルフトを集中して見ていたが、ボルドーは、その後ろに気がついた。
 デルフトの後方から、また別の騎馬隊が接近して来ている。その先頭にいる者を見て、ボルドーは足を踏み出した。
 接近した。とにかく、奴の攻撃に当たらないことだけを考える。
 デルフトは、横からすくい上げるように大斧を振るう。
 ボルドーは、偃月刀で大斧の軌道をずらした。
 デルフトが、大振りになる。完全に隙だらけに見える。ボルドーは、さらに一歩を踏み出した。
 次の瞬間、とんでもない速さで大斧が戻ってきた。
 ボルドーは、それを柄で受けた。体が、後ろに飛ばされそうになるが、踏ん張る。
 本気で攻撃をしようとしていたら、あれは食らっていただろう。ボルドーは、始めから攻撃をする気はなかった。
 本命は、後ろだ。
 デルフトの、すぐ後ろまで、コバルトが接近していた。
 コバルトが、鉄棒を突撃させた。
 当たる、と思った。しかし、デルフトは瞬時に身を翻すと、空いていた片手で、その鉄棒を払いのけた。
 次には、すぐに大斧が飛んでくる。
 まずい。
 今度は、コバルトの方が体勢が崩れている。
 ボルドーは、一歩踏み出した。
 デルフトが乗っている馬の足を狙って突いた。
 デルフトの体勢が、少しだけ崩れる。
 コバルトは、間一髪に大斧を受け止めていた。しかし、それと同時に馬が潰れたようだ。すぐに、馬から飛び降りていた。
 デルフトの馬も崩れる。
 デルフトは、崩れた馬に跨がったまま、しばらくいたが、それからゆっくりと立ち上がっていた。
 自分とコバルトとで、デルフトを挟んで立っている。
 しばらく、そのままだった。

「おい、てめえ、どういうつもりだよ。王子側につくなんてよ」
 コバルトが、棒を構えたまま言った。額には、大粒の汗が流れているのが見える。おそらく、自分も同じようなものだろう。
 デルフトは、何も構えていない。片手に大斧を提げて、涼しい顔のままだった。
「あいつらの下にいたって、ろくなことないぞ」
 デルフトは、コバルトの方へ視線を向けただけで、何も反応しない。
「てめえ、いくら無口だからって、黙ってていいわけないぞ」
 コバルトは、片足を少し前に出した。それに合わせて、ボルドーも片足を進める。
 二人は、慎重にじりじりと間をつめた。デルフトは、二人をゆっくりと交互に見ているだけだ。

「コバルト」
 ボルドーが言った。コバルトが、こちらに目を移す。
「ここは引く」
 言って片手を上げた。
 部下の騎馬が、走り始める。ボルドーは、通り過ぎ際の騎馬の後ろに飛び乗った。コバルトも、同じように飛び乗っていた。
「撤退だ! 一旦南西の方角へ下がるぞ!」
 敵の騎馬は、追撃をしてくる気配がなかった。
 ボルドーは、振り返る。
 デルフトは、同じ位置に立ったままだった。





 ある程度走ったところで、ボルドーは停止の合図を出した。
 コバルトと自分の騎馬隊。そして、最初に敵に襲われた騎馬隊がいた。
 敵に襲われた騎馬隊は、かなり減っているだろうか。自分が、少し不用心な指示を出してしまったことが原因だ。
 悪いことをした。
 コバルトが、寄ってくるのが見えた。睨みつけるような表情をしている。
「何なんだよ、あれ」
 低い声で言う。
「あいつ、昔より強くなってんぞ」
「……うむ」
 ボルドーは、同意だった。
「わしでは、もう一対一ならば絶対に勝てんだろうな。お前と二人がかりでも、どうなるか分からないと、わしは感じた。だから、引くことにしたのだ」
「まったく……とんでもねえな」
 コバルトが、苦笑いをして、首を竦めた。
「これから、どうする?」
「取り敢えず、ここで様子を見よう。奴がここにいることで、全体がどうなっているかが気になる。本隊からの連絡を待つ」

 その場で、防御の布陣を敷き、小休止をとらせた。
 治療できる傷の者は、この場で治療する。もう戦に加われないほどの傷を負った者は、西の小城に運ぶことになる。
 ここまで来てから、命を落とした者も、何人かいた。そういう者は、できるだけ、この場で埋めた。
 兵達を見回っていると、ボルドーは、少し俯いて座っているセピアを見つけた。

「大丈夫か?」
 近づいて、声をかけた。
 セピアは、すぐにこちらを向いた。
「あ……はい。私に怪我はありません」
 声の調子は暗かった。
「気が滅入ったか?」
「いえ、そんなことは」
「怪我が無くとも、気が滅入ったというのであれば、お前も西の小城に、一旦下がってもいいのだぞ」
「いえ、大丈夫です」
 セピアは、少し声を大きくして言った。
 ボルドーは、しばらくセピアの目を見た。
 やはり、気持ちが少し落ちているように思える。そういえば、本格的な人間同士の戦闘に加わったのは初めてだったか。気が滅入るのも、当たり前といえば当たり前か。
 とはいえ、他の兵達がいる手前、特別な対応をするわけにもいかない。
「そうか、無理はするなよ」
 この発言も、特別扱いといえば、そうなるのかと思いながら、ボルドーはその場を去った。

 小一時間ほどしてから、早馬が来た。
 報告を聞いて、すぐに全体が、どうなっているのかが分かった。
 まず、敵の本隊が、砦への攻撃を始めたようだ。中心は、パステルとインディゴが率いている歩兵らしい。
「北には、フーカーズか」
 北側から、砦を攻める敵を攻撃しようと控えていたのは、ダークとグレイ、グラシアの騎馬隊だったが、いきなりフーカーズ軍の攻撃を受けたらしい。
 最初の接触で、かなりの犠牲を出したようだが、今は膠着状態のようだ。
「フーカーズと一緒なのは、お前の弟のようだな」
 コバルトを見て言った。眉を顰めている。
「コバルト」
「分かってるって。あくまでも、この軍の戦いが、最優先事項だ。いきなり北に行ったりはしないよ」
 そう言った。
「そして南には、デルフトとゴールデンか」
 敵の意図としては、こちらの遊軍である南北の騎馬隊を、フーカーズとデルフトとで、完全に動きを封じ込め、本隊歩兵の砦への攻撃を有利に進めようというものだろう。そして、背後の敵本陣はオーカーが守っている。
 敵からすれば、ほぼ完璧の布陣に思えた。大軍の利を、十二分に生かしている。確かに、こちらはどうしようもない状況になりつつあった。
 敵には、総指揮がいないはずだった。何人かの将軍で話し合って決めた作戦なのだろうか。

「砦の本隊はどうなっている?」
 伝達担当の者に聞いた。
「完全に包囲されました。直接連絡はできないのですが、予定通り取り決めていた合図で交信はできています。取り敢えず問題はない、とのことです」
 包囲された場合、保つとしたら半月だろうという話は、ルモグラフともしてある。
 ボルドーは、腕を組んだ。
「こうなったら、向こうの兵站を潰すしか手はないと思うぜ、俺は」
「誰ができる?」
「俺か、旦那だろ」
「デルフトを相手にするには、どう考えても二人がかりでないと持たん。片方が欠けてしまえば、あっという間にやられるぞ。それは、北でも同じことだろう。そして、我々以外にその任務をできる者がいるとは思えん。それに、この地は奴らにとっては敵地でも何でもない。自領地内だ。兵站を潰すことなど不可能だろう」
「じゃあ、どうしようもねえじゃねえか」
「お前も、何か考えろ」
 砦の本隊が壊滅することにでもなれば、この戦いは終わりだ。

 ボルドーは、遠方を見つめて沈思した。










 その後、数日局地戦が続いた。砦の本隊の援護には、まったく行けなかい。
 デルフトとは、まともに戦うことはせず、いなすような戦い方をするだけだ。ゴールデンは、前回の反省をしたのか、慎重な戦い方をするようになっていた。能力はある指揮官なので厄介だった。
 おそらく、二人に与えられた軍令は、こちらを砦の方に行かせないようにするというものだろう。砦とは逆方向に逃げると、あまり追ってこないようだ。
 砦の攻防戦の様子も、定期的に届けられる。やはり、パステル、インディゴの二将も高い力を持っているようだ。じわじわと、押されてきている。
 ボルドーは、戦闘の間も、この状況を打破する術を、ずっと考えていた。数日経ったが、効果があると思うものは一つしかなかった。
 それをサップに伝えようと思っていた頃に、サップの部下が、サップからの伝言を届けてきた。
 内容を聞いて、ボルドーは少し唸った。
「わしの考えと、ほぼ同じだ」
 サップは、ライトと協力して、すでに工作を始めているらしい。
「そのまま進めてくれと、サップに伝えてくれ。できることなら、早いだけ早い方がいい、とも」
「はっ」

 サップの部下が去ってから、ボルドーは腕を組んだ。
「もう、あの二人に託すしかないな」
 一人で呟いた。




       

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