Neetel Inside 文芸新都
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 おかしな三人組だった。


 一応、この場は、心気を習いたいという人間が集まるのだ。
 老若はあれど、二十代から五十代ぐらいの男ばかりが来るのが普通だった。

 一人は、後ろに流れている灰色の髪に、口と顎に蓄えている短い髭も灰色で、見た目は、六十は越えているか。ただ、その割には背筋が伸びていて、体格も良い方だ。
 一人は、赤茶色の髪が、肩の上ぐらいの長さで、二十代中ごろの女性だ。なかなか眉目が整っていて、着ている服が粗末なのが、勿体ないと思うほどだ。
 最後の一人は、薄金色の髪が、背中まで流れている。十代中ごろに見える、女の子だが、不思議な雰囲気を醸し出している。

 やはり、どう考えても、心気を習いたいという者に見えないので、ペイルは、追い返そうと思った。
 こういう事をすれば、金はないが心気は知りたいという輩が、隠れて盗み見しようとするという事は、良くある。そういう連中は追い返さないと、金を払った連中が、不平を訴えて、金を返せと言い出しかねない。

 ペイルは、三人に歩み寄った。
「あー、君たち。悪いが、見学はないことにしているのだ」
「おまえが、ダーク?」
 じいさんの方が言った。腹に響く低い声だ。
「ああ、いかにも。もしかして、名前を聞いたことがあるのかな?」
 すると、いきなり女の方が声を出して笑い出した。
「あはははは……、だから言ったじゃない、絶対にないって」
「ん、どうやらそのようだな」
 じいさんが、答える。
 女が笑い続けている。

 どういうことだ?
 何か、馬鹿にされているような気にペイルはなった。
 二十人も、何事だ、という風にこちらを見ている。
 ここで、舐められたままだと威厳に関わる。
「おいっ、何が可笑しい、女!」
「だって、よりにもよってダークだよ? あはははは……」
 意味が分からない。
「さぁ、もういいだろう、行くぞ」
 言って、じいさんが行こうとする。
 なんなんだ、こいつらは。
「おいっ、待て」

 すると、突然、見知らぬ男が広場に飛び込んできた。
「た、助けて下さい!」
 一瞬で、場の空気が変わる。
「し、心気使いの方が、いると聞いたのですがっ」
 慌てて、場を見回す、四十代ぐらいの男。
 ペイルは、突然のことで、軽く固まってしまっていた。
「この人だよ」と言って、二十人の中の一人が、ペイルを指差す。
 必死の形相をした男が、ペイルに駆け寄ってくる。
「助けてください、先生! サンドが、狼獣に襲われているんです!」
「なんだって!」
 言ったのは、二十人の中からだった。
 ペイルは、まだ固まったままだった。
 サンドという名前に、少し反応しただけだった。
「向こうの、湖の近くです!」
 そう言って、男は、指をさした。
「何で、こんな所に狼獣が!?」
「いや、前も出たって聞いたぞ」
「とにかく、行こうぜ」
 二十人が、それぞれに声を上げ、行こうとする。
 ペイルも、ようやく我を取り戻し始めた。
 よくよく考えれば狼狽することでもない。自分は、狼獣程度なら、一人でも問題ないのだ。

「狼獣は、何匹いたか分かりますか?」
 その中、じいさんが、男に質問をした。
「わ、私の見た限りでは……、十匹以上はいたと思います」
 二十人の動きが止まった。
 同じように、ペイルも止まった。

「う、うそだろ」
「何で、こんな所に、そんなにいるんだよっ」
「そんなこと言ってる場合じゃねえって。兵隊に連絡か……いや、獣狩の奴らを集めないと」
「まてまて、落ち着け。こっちには、心気の先生がいるんだ。狼獣を倒した実績もある」
 二十人の視線が、ペイルに集まる。
「先生っ! やってくれませんか!?」
「お願いします、先生! サンドを、息子を助けて下さい!」
 男も続く。
 ペイルは、完全に混乱していた。
 狼獣十匹? 無理だ、無理無理……。いや、しかし、サンドが……。だけど……。

 すると、突然、さっきの三人組が走り出し、林の中に消えていった。
 逃げた?
 そうか、逃げればいいのか。
「分かりました、行きましょう。ただ、足手まといになる可能性があるので誰もついてこないで下さい。私一人で行きます」
 おおっ、と声が上がる。
 さっそく、ペイルは、男が指さした方向へ走った。

 ある程度走ったら、方向を変えて、そのまま逃げよう、とペイルは思った。





 数分走って、ペイルは振り返って、後ろを見た。
 ここぐらいでいいか……。
 方向を変えようとしたが、ペイルは足が止まった。

 サンドは……、助からないだろうな……。
 たった三日だったが、その間の記憶が頭を巡る。
 ペイルは、足が動かなくなった。

 だから、俺は小悪党なんだ。
 少しの間、そのままの姿勢でいた。


 それから、ペイルは走り出した。










 ボルドーは、走っていた。

 グリーンの町に入ってから、ダークという男が、心気を教えているという話を聞いて、もしかすると、あのダークか、と思い、確認に行こう、ということになった。
 グレイは、最初から、絶対にない、と言っていた。ボルドーも、可能性は低いと思っていた。
 案の定、別人だった。
 ただ、そこから、状況が変わった。

 もう少し、あの、襲われているらしい子の親から、詳しい場所や状況を聞きたかったが、一刻を争う状況だと判断して、とにかく、接近してみることにしたのだ。
 ボルドーの後ろでは、シエラが走っている。
 シエラを、連れて行くかどうか、迷った。
 ここで待っていろ、と言っても、シエラなら、勝手に着いて来てしまうだろうとボルドーは思った。だったら、自分の傍に居させながら、行くのがいいだろうと考えたのだ。
 それに、襲われている子には、不謹慎だが、シエラには、一つのいい機会だと思った。
 ボルドーは、シエラの速さに合わせて走っていた。
 グレイは、先行させている。

 両脇に土手がある、木々の間に入った。まだ湖らしきものは見えない。
 ボルドーは振り返り、シエラを見た。シエラは右の土手の方を見ていた。
「おじいさん。右の上に」
「ああ」
 ボルドーは、数分前から気付いていた。
 こちらから、五十歩ほどの距離を維持しながら、黒い、小さい影が、さっきから着いてきている。
 おそらく狼獣だ。五匹はいるだろう。

 子供を襲ったという狼獣の一部か。しかし、何故、ここにいるのだ?
 考えながら走っていると、前方にも、黒い塊が三つ見えた。
 こちらは、狼獣の死骸だった。
 二人は、走行を止めた。
 三匹とも、斬痕がある。
「この斬り方は、グレイだな。走りながら、斬り抜いたというところか」
 シエラは、じっと狼獣の死骸を見ている。
 ボルドーは、後ろを見た。
 あの、五匹の狼獣も止まっているようだ。
 やはり、我々を窺っている。
 ああいう動き方をして、時間を掛けて、獲物を狙う狼獣は知っている。
 こちらから近づいて行っても、多分意味はない。すぐに散っていくのだろう。そして、離れたところで、また集まり尾行を繰り返すのだ。

「シエラ。剣は抜いておけ」




       

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