Neetel Inside 文芸新都
表紙

少女は英雄を知る
イエロー~オリーブ間

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 五人の旅になった。


 イエローの町から、さらに北に向かって進んだ。
 今まで通り、日が落ちそうになると、野宿する場所を決め、それぞれが準備をする。セピアも、初めと比べると、手慣れた動きをしていた。
 コバルトは、何も手伝わず、大抵どこかで寝そべっている。
 ペイルがそれを見かけると、いつも注意を言うが、コバルトは口角を上げるだけだ。
 ただ、ボルドーが近づいてくると、素早く逃げていた。

 野宿の準備が終わり時間が空くと、シエラは、セピアやペイルと立ち合うことも始めた。希にボルドーも加わる。

 四日目の野宿の時、いつものように、コバルトに注意を言った後、ペイルが溜息をついた。
「悪いな、あいつは昔から、ああいう奴でな。いくら言っても、まったく利かないのだ。奴に関しては、謝るしかない」
「いえ、ボルドーさんが謝ることでは……」

 焚き火を囲んで、四人が座っていた。
「あの、パウダーの奴は、この後どうなるんでしょう?」
 ペイルが言う。
「そうだな……中央で裁かれるといいがな」

 少しの沈黙。

「しかし、将軍の軍はすごかったですね」
 ペイルが話題を変えて言った。
「完璧に統率がとれた軍というのは、あれのことなんですね」
 ペイルが興奮気味に言うと、セピアが考えるような仕草で口を開いた。
「しかし、改めて思い出すと、あれほど複雑に動いていたのに、指示らしい指示を出してなかったように思えるんですが」
「そういえば」
 ペイルが同調する。
「剣があったろ」
 ボルドーが、ゆっくりと言った。
「剣? あの、上に立てられていた剣ですか?」
「あれを複雑に動かして、フーカーズは部下に指示を出しているのだ」
 ペイルとセピアが、顔を見合わす。
「まさか、全員が、あの剣を見ながら敵と戦っていたということですか?」
「そうだ」
「気が取られて、目の前に集中できないんじゃ」
「その通りだ」
 ボルドーは、焚き火に薪を投げ入れた。
「あの軍は、フーカーズに、すべてを預けている軍団だ。全員、フーカーズからの指示を、一切見逃さないために、フーカーズの剣だけを見て戦っている。もし、フーカーズから、死地に向かうように指示が出たら、何の躊躇いもなく突っ込んでいくだろう。そういう奴らだ」
 ペイルとセピアは、息を飲んでいた。シエラも、同じだった。

「なあ、旦那。行商人か何かの馬車に乗っけてもらおうぜ。そっちの方が楽だぜ」
 近づいてきたコバルトが、気の抜けた声で言った。
「……そうしたいなら、お前一人でしろ」










 次の日、薪を集めようと、木々のある所を回っていると、ペイルが一人でいるのを見かけた。ずっと気になっていたことがあったので、シエラは聞いてみようと思った。

「あの、ペイルさん」
 ペイルが、こちらを向いた。
「おじいさんが、スクレイの十傑だって聞いた時、あまり追求しませんでしたよね。どうしてですか?」
「えっ?」
「ずっと知りたがっていたのに、不思議だなと思いまして」
「ああ……うん」
 ペイルは言いにくそうにする。
 それが、少し続いた。

「ええと、その、先に言っておくけど、俺は何かの間違いだって思ってるんだけど」
 一つ間を置く。
「ボルドー……鉄血のボルドー将軍といえば、大戦前から有名なスクレイの有力な将軍の一人だったんだ。だけど、大戦が始まった直後、変な噂が流れたんだ」
「噂?」
「ボルドー将軍が、敵側に寝返ったって噂がね」
 ペイルは、また一つ間を置いた。

「俺は今は当然、そんなこと嘘だと思っているよ。あのボルドーさんが、そんなことするはずがない。だけど当時は、国境を守っていた将軍達が、次々と防衛を破られて戦死していったんだ。なのに、ボルドー将軍が守っていた地域だけ、敵軍がまったく手を着けず、素通りしていったらしい。それで、敵国に降ったんじゃないかって」
「だけど、スクレイの十傑だって……」
「そうなんだ、そこが不思議なんだ。その後、少しの間、ボルドー将軍の名は、まったく聞かなくなったんだけど、大戦の末期に、再び名前が出てくるようになる。スクレイの十傑の一人として」
 確かに不思議だと、シエラは思った。

「何か複雑なことがあって、それで俺やセピアなんかが聞いた時、始めは否定したのかなって。そう考えると、無理に聞くに聞けないかなって、そう思ったんだ。多分、セピアも同じことを思ってるんじゃないかな」
 ペイルが少し俯き気味に言ってから、こちらに目を向けた。
「ごめんね。いい気分じゃないよね、おじいさんの、悪い噂話なんて」
「あ、いえ。私が聞いたことですし。話してくれてありがとうございます」
「そういえば、シエラちゃん。十傑の人と知り合いだったんだって? 詳しく聞かせてよ」
「あ……ええと」
 どう誤魔化そうか。










 緩やかな丘を、何度も上下する道が続いた。
 再び、草木が少なくなってきた。遠くに見える山には、雲が掛かっている。風が、少し冷たくなっているような気がした。

 やがて、道が二つに分かれている、道幅の広い所に行き合った。
「この道を、二十日ほど東に進むと、都がある」
 ボルドーが、右の道を指して言った。
 道の先は、どこまでも、轍のついた土の道が続いている。

「都かぁ、行ったことがないな。セピアは?」
「私もない」
「ボルドーさん、都ってどんな所なんですか?」
 ペイルが言う。
「そうだな……人が多いな、驚くほどにな」
「へえ」
「王宮があるし、都は独特の雰囲気がある。まあ、いつか行ってみるといい」

「王宮といえば」
 セピアが口を開いた。
「ボルドー殿、王宮内で王族達が争っているという噂は本当なのでしょうか?」
「何それ?」
 ペイルが、目を広げて聞く。
「私もローズの兵舎で話を聞いただけなので、詳しくは……。ただ、今スクレイには前王の崩御以降、正式な王が立っていないとか」
「わしも、その話なら少しだけ聞いた」
 ボルドーが言うと、二人が注視する。
「ただ、詳しくは分からない。もう、軍を辞めてから何年も経っているからな。ずっと、軍や中央とは関わらないようにしてきたのだ」
「このままで、いいのでしょうか? この国は」
 セピアが言うと、ボルドーが遠くの方に目を向けた。
「……分からない」






 そして一行は、道を左に、北に向かう道を進んだ。
 少し進むと、ボルドーが、辺りを見回した。
「確か、海の近くだったよな」
 コバルトに言ったようだ。
「そうだよ」
「行ってみるか?」

 ボルドーが、振り向いて言った。




     

 まず水には見えなかった。


 街道を、ある所で西に外れて数時間歩くと、匂いが変わった。そして、とんでもなく開けた平野に行き合った。

「おおっ」
 ペイルとセピアが同時に声を上げていた。
「すげえ、何だこれ。話に聞いて想像してたのと全然違う」
 海。シエラも、ボルドーから聞かされたことがあったが、まったく想像と違った。

 四人で、海の際まで細かい砂の上を歩いた。
 水が、行ったり来たりしている。
「これが全部、水ですか?」
 セピアが言った。
「おそらくな」
 シエラは、海の先を見た。海が途中で切れているように見える。雲が、向こうの方で、地上の高さまで下がってきている。
「あの先は、どうなっているのですか?」
 シエラは、ボルドーに聞いた。
「ああ、シエラちゃん。あの先は、行かない方がいいよ。海の先に行くと、世界から落っこっちまうんだ」
 ペイルが言った。
「世界?」
「そう。この世界は、巨大な亀の上に乗っかっててな。海は、その端っこなんだ」
「南教の教えだな」
 ボルドーが言うと、ペイルが不思議そうな顔をする。
「北教の教えだと、確か、別の生き物だった」
「えっ? 何匹もいるっていうことですか」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「ううっ!」
 ペイルが、目を丸くしていると、セピアが呻きのような声を上げた。
「この水はおかしい! 毒が入っているのか!」
 セピアが口元を押さえ、慌てながら言った。どうやら、海水を飲んだようだ。
 ボルドーとペイルが、同時に笑い声を上げた。

「馬鹿だなあ、海水ってのは飲めないんだぜ」
「そんな。飲んでしまった。大丈夫なのか?」
「さあ、どうなんだろうなあ」
 ペイルが笑いを堪えながら話しているのが分かった。
「心配するな。海水を飲んで死んだという話は聞いたことがない」
「ああっ、言っちゃうかなあ、ボルドーさん。せっかく面白かったのに」
 ペイルが言うと、セピアは口を強く結んで、頬を赤らめた。
「卑怯だ! 陰湿だ! 私が、せっかく見直してきていたのに」
「俺は、一言も危ないなんて言ってないぜ」
「言ったようなものだ!」
 セピアが、棒を構えると、ペイルは、慌てて逃げた。

 シエラは、海の方を、もう一度見た。
「おじいさん。どうして、海の水は、川の水と違うんですか?」
「何故だろうな。海からは、塩が採れる。それが、影響しているのではないかと言っている者もいる」
「さっきの、海の先に何があるかという話。おじいさんは、どう考えているのですか?」
「ふむ」
 言うと、ボルドーは、腕を組んで海を見た。

「あの先には、まだ海が続いていて、ずっと先には別の陸地がある」
「でも、海が切れていますよ」
「そうだな。……例えば、奥の方が低くなっているから見えない、というのは、どうだ?」
「では、水は向こうに流れていくはずです。世界が切れていても、そうなると思います」
 ボルドーが笑う。
「その通りだ。まったく分からない。不思議だな」
「おじいさんにも、分からないことがあるのですか?」
 言うと、ボルドーが意外そうな顔をした。
「お前は、わしが何でも知っていると思っていたのか?」
 シエラは素直に頷いた。
 すると、ボルドーは大きく笑い声を上げた。
 ペイルとセピアが、不思議そうな顔をして、こちらを見ている。

「そんなことはない。知らないことばかりだ。わしの知識など、世界の中の、ほんの一握りにすぎん」
「そうなのですか……」
 言われても、少しシエラは釈然としなかった。
 ラベンダーで学を教わっている時も、ボルドーは、自分のどんな問いでも、悉く明快に返答してくれたのだ。本当に、何でも知っていると思うほどに。
 世界……。シエラには何の実感も湧かない言葉だった。

「なんだあれ?」
 ペイルの声がして、彼を見ると海の方を見ていた。目線を追いかけてみると、海面の中で、不思議な緑色が浮かんでいるのが見えた。
 すぐに、コバルトの頭髪の緑だということが分かった。
「あいつ……いつの間に」
 ボルドーが、少し周辺を見回す。

「今日は、もうこの辺りで野宿をするか」
 ボルドーが言った。





 シエラとセピアは、靴を脱いで、波打ち際に足を浸けていた。
 初めは、かなり冷たいと思ったが、大分慣れてきたようだ。

「なんだか、不思議な感覚だな」
 セピアが言った。
「お前達は、泳がないのか?」
 近づいてきた、ボルドーが言った。

 先ほどから、ペイルが泳いでいるのが、時々見えていた。ただ、コバルトが見えた所よりも、随分浅瀬だ。
「やめて下さいよ。そんな、はしたない真似できるわけないですよ。なあ、シエラ」
 実は、シエラは泳ぎたかったが、セピアが言うので止めていた。
 そうなのか、はしたないのか。

「いやあ、大漁大漁」
 声がしたので、視線を向けると、下着である布を一枚着けただけの、コバルトが岸に上がってきていた。
 それを見て、シエラは少し、驚いた。
 まず、コバルトの体が予想以上に、無駄のない引き締まった筋肉をしていた。筋骨隆々というのか。ただ、それ以上に驚いた事があった。
 体中が、古い傷跡だらけだ。
 セピアも、同様に息を飲んで見ていた。

「ん? なんだいお嬢さん達。ああ、そうか。俺の筋肉美に見とれちゃったか。だったら、仕方がないな。存分に見るがいい」
 言うと、コバルトが、腕を曲げて前に突き出した。
「ち、違う。見かけによらず、結構な戦歴を経験したようだと思って」

 シエラは、ボルドーの体も、古傷だらけだったことを思い出していた。
 グレイもそうだった。

 そして、カラトも。

「旦那、魚を採ったから食おうぜ」
 コバルトは棒を持っていて、その先には、魚が突き刺さっていた。十匹はいる。
「ほう、お前も役に立つことがあるのだな」
「俺は役にしか立たねえよ、旦那」

 コバルトが、にやりと笑った。










 数日後の夕焼けの空の下、町に行き着いた。

 木造の家々が立ち並んでいる。イエローの町よりも建物が密集してはなく、人が多いことが分かった。雰囲気も違う。
 ずっと、木々を見なかったが、町の近くに森があった。

「オリーブの町だな」
 町の向こう側には、恐ろしく高い、白い山がそびえ立っているのが見えた。ここから結構な距離はあるはずだが、圧倒してくる威圧感がある。
「あの山々が、北の国境だ」
 ボルドーが言った。
「近くに見えるが、たどり着くまで、ここから十日は掛かる。国境まで、もう町はないから、国境を越える場合、最後に物資を整える町が、ここというわけだ」
「いやいや、旦那。この町に関して最初に語るのは、そんなことじゃないでしょうよ」
 そう言うと、コバルトはペイルの肩に腕を掛けた。
 コバルトは、にやにや笑っている。
「よう、ペイル。俺が思うに、お前はいろいろと発散したほうが良いな。ちょっと付き合ってくれよ」
「あ、いや、俺は」
 ペイルが慌てて言う。
「まあまあ、いいからいいから」
「おいっ!」
 そのまま、町の方に無理矢理に引きずられて行った。

「まったく、不潔だ! これだから、男は」
 腰に手を当てて、セピアが言った。
 どういうことだろう?

「あれまで責めてやるのは、酷というものだろう」
 ボルドーが言った。

「我々も行こうか」




       

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Neetsha