Neetel Inside 文芸新都
表紙

少女は英雄を知る
過去編1 出会い

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 砂塵が舞っていた。


 遠くまで、よく見通すことができない。しかし、進むしかない。

 ダークは、舌打ちしたい気分だった。
 周りには、悲壮感漂う兵士達が、疲れ切った足取りで歩いている。数は、百人ちょっとだろうか。
 面倒なことになった。

 ダークが入った部隊は、急遽兵士を募って編成された部隊だった。おかげで簡単に入ることができたが、軍人ではない自分でさえ分かるほど兵の質は酷かった。
 いきなり戦場に放り込まれたようなものだ。
 しかも、敵とぶつかるだろうと予想されていた地点より、かなり手前で敵と遭遇していまい、散々に惨敗することになった。
 その戦いで、部隊を指揮していた部隊長が戦死し、二人いた副官も逃げてしまった。
 ダークは、見るに見かねて部隊をまとめた。といっても、まとまった方がいいと言ったり、こっちに向かった方がいいなどど言っただけだ。この程度すらできる人間が、もういなかったのだ。
 すでに戦える力が残っていない部隊なので、退却するしかないだろうと考えた。
 しかし、思っていた以上に敵軍が領内に入ってきているようだった。味方の防衛線がどこか分からなかった。

 ダークは、面倒になってきていた。元々、こんなことをするために軍に入ったのではないのだ。
 しかし、今自分が部隊を離れれば、間違いなくこの部隊は壊滅するだろう。
 こいつらも、さっきから自分をまるで指揮官のように接してきていた。いちいち、こっちの指示を求めてくるのだ。
 上からの指示も、その場凌ぎでしかない。指示系統もはっきりとしない。物資も、軍の全体に行き渡っているとは思えなかった。
 どうやら話を聞く限り、都では中央の重鎮達が、我先にと、ほとんど逃げ出したようだ。
 もう、この国は終わりだろう。そう思えるには十分だった。
 国の終わりとは、こんなものか。

 見様見真似で出していた斥候が、走って戻ってくる。
「丘の向こうに、軍がありました」
「敵軍か。規模は?」
「多かったです」
「どれぐらいだ?」
「え……すごく」
 ダークは溜息をついた。こいつらは、斥候すらできないのか。
 今更、進路を変えても意味がない。ダークはそのまま直進することにした。

 丘を越える。確かに、一軍が展開している。数はこちらの、ほぼ二倍だった。こちらを警戒している様子はない。
 勝てるかもしれない、と思い始めた。相手も大した軍ではない。そもそも、相手が圧倒的に強力だから、押されているというわけではないのだ。しかも、地形的にこちらが有利だ。

「てめえら! ここが正念場だ! 生きて帰りたきゃ、死に物狂いで戦え!」
 剣を抜く。それを、真上に掲げた。
「行け!」
 それを振り下ろした。
 兵達が声を上げて突っ込んでいく。ダークも、兵がある程度の勢いがついたのを確認してから走った。
 ダーク自身は、始めから本気で戦う気はなかった。こんな所で、必死になるつもりはない。

 思った通り、こちらの方が優勢になった。しかし、決め手がなかった。時間がかかればかかるほど、押し返されそうだった。
 もう一押し、何かがあれば、敵は潰走するのだが。
 その時、反対側の丘の上に、別の軍が現れた。
 敵の新手か。
 ダークは、舌打ちをした。
 見切りのつけ時かな。

 すると、その軍は敵軍を背後から攻撃を始めた。
 味方なのか。
 なかなか動きのいい軍だった。味方の軍で、あれほどの動きができる軍は、初めて見たかもしれない。
「よし、勝機だ! 押せ!」
 元気づいた軍は、さらに突っ込んでいった。
 ダークは、それには参加せず立っていた。
 土埃の中に、両軍ともが消えていく。

 その土埃の中から、一人の人間が、こちらに向かって歩いてくるのが見えた。
 この場とは不釣り合いな、不思議な雰囲気を感じた。
 黒い髪、細身で軽装の装備の若い男だ。首からは、なにか変わった首飾りをぶら下げている。
 ダークは、その男を、さきほどの戦いで目に捉えていた。
 途中に入ってきた軍の指揮をしていたのは、この男だとダークは思っていた。自分とは違い、先頭で駆けて、敵陣に突っ込んでいた。
 丁度いい。自分が引き連れていた連中を、こいつに任せよう。
 それで、自分の役目は終わりだ。
 軍を抜けるか。

「やあ」
 男が言った。気の抜けるような調子だった。
「あの部隊の指揮官は君だろう?」
「いや、隊長も副官もいなくなったから、仕方なく率いていただけだ。だから、後はあんたに任せる」
 男が、ふっと笑う。
「何だ?」
「いや、ごめん。こんなこともあるんだなって、面白かったんで」
 ダークは、自分の眉間に皺が寄ったのが分かった。
「実は、俺も同じなんだ。戦闘の最中に、俺がいた部隊の指揮系統が断絶しちゃって。急遽俺が率いていたんだよ」
「そのわりには、随分動きがいい部隊だったな」
「何度か戦っていると、どう指揮をすればいいか分かってくる。それに、元の指揮官より自分の方が優れていると、始めから思っていたし」
「君もそうだろ?」と続けていった。
 ダークは鼻で笑った。

「君の名は?」
 男が言う。
「……ダークだ」
「ダーク、この出会いは運命だと思うんだ。俺は、自分と同じぐらいの力を持った人間を捜していた。俺の目的を果たすためには、そういう人間が必要だったからだ。だけど、そんな人間滅多に会えるわけがない。そんな中、君に会えた。これは、もう運命と言うしかない」
 男は、興奮した様子で話していた。
「ぜひ、君の力を貸してほしい」

 ダークは、少し苛ついてきていた。
 馴れ馴れしい男だ。それより、自分と同じぐらいの力などとは、随分な自信だなと思った。
 しかし、興味も少しあった。

「お前の目的とは何だ?」
 男は微笑む。
「この国を作り直す」
 はっきりと言った。
「今が、この国にとって唯一の絶好の期だと思うんだ。中央で実権を握り、私腹を肥やしていた貴族や高官達は、いち早く逃げ出して、もういない。今なら、国の統治機構を一から作り直すことができる」
 ダークは、笑い出しそうなのを堪えた。何だ、こいつは。
「それも、この国が敵に支配されれば意味がないだろ」
「当然、俺は勝つつもりだよ」
 思わず、吹き出した。
「今から勝つだと? 冗談か、それとも馬鹿なのか? 唯一強力だった国境の防衛線は、もうほとんど壊滅したんだぞ。今や、敵軍は領内に入って、好き勝手荒らしているような状況なのを知らないのか?」
「勝てる」
 男は、真っ直ぐこちらを見据えていた。
「君も分かっていると思うけど、スクレイは、敵が手強いから負けたわけじゃない。国が、あまりにも体をなしていなかったから敗れたんだ。もう一度、一つに纏まって立て直すことができれば、まだ勝機はある」
 言葉を続ける。
「強力な心気を持った人間は戦局を変えるほどの影響力を持つ。俺は、それを十人集められれば、逆転できる軍を作れると思うんだ。そして、さらにその中心となる人間が二人いる。それが、俺と君だ」

 ダークは、いつの間にか自分の笑みが止まっていたことに気が付いた。
 いかれた男の戯言だ。或いは、ただの世間知らずの夢物語だ。
 なのに何故、少し心に引っかかるのだろうか。
「力を貸してくれ、ダーク」
 男が、手を差し出してくる。

 この男は、もしかすると自分が探していた人間なのかもしれない。
 ならば、ここで別れるのは惜しい……。
 ダークは、男の手を掴んだ。掴んでいた。

 男は、再び微笑んだ。


「俺はカラトだ。よろしく、ダーク」




     

 山で育った。


 十八年だった。

 スクレイの北にある、山脈の中。そこに、ある武術の達人がいた。
 男は、さらに自分を磨く修行のために、残りの人生を一人で山に籠もると決め、山に入った。
 しかし、予想外のことが一つ起こった。
 山中で、捨てられた赤子を見つけたのだ。
 男は、何の気まぐれか、赤子を育てることにした。
 男は、赤子にダークという名をつけたらしい。

 それが、自分だという。ここまでは、あくまでも聞いた話だ。その時から、髪は白かったようだ。
 ダークは、物心がついたころには、男の身の回りの世話を主な仕事としていた。たまに武術の稽古をしたが、男は、その時は容赦がなかった。
 あまり、その男にいい印象はない。
 武術を何のために使うんだと質問したことがある。一人で極めるのが、真の武術だと男は言った。
 ダークには、それが理解できなかった。

 歳が十をいくつか越えた辺りから、男に黙って山を降りて、近くの村に行くようになった。何もかもが新鮮だった。そこで、いろいろな世俗を知ることになる。
 暇を見つけては、書物を読むようになったのも、このころだ。世情知らずになりたくなかったし、歴史や兵法を知るのは面白かった。

 ダークが十七歳の時に、男が病にかかった。もう助かりそうもない重病だった。
 男はダークに、このまま山に籠もり、武芸を磨く修行を継いでくれと言った。しかし、ダークにはその気がなかった。
 そもそもダーク自身、十五のころには、男よりも強くなったと自覚している。男は知らないだろう。

 やがて、男は死んだ。
 ダークは翌日、山を下りた。
 せっかく鍛えた武術の腕を、何にも使わず終わらせる気はなかった。
 そのころ、戦争が起こっていることを知った。
 丁度いいと思った。自分の力を見せつけるには、絶好の機会だ。ダークには自信があった。自分に勝てる人間など、そうはいないだろう。何より、一度誰かと本気で戦ってみたい。

 特に考えもなくスクレイの軍に入った。かなりの劣勢のようだったが、そちらの方が自分に活躍の場が回ってくるだろうと思った。
 しかし、予想以上に軍は酷かった。それに、どいつもこいつも弱そうだった。
 この軍にいても、まともに戦える場が巡ってくるとは思えない。
 ダークは、目標を変えた。有名な達人を狙おうと思った。そちらの方が手っ取り早い。戦時中などとは、自分には関係がない。

 ただ、ある男に出会うことにより、予定が変わる。










 ダークとカラト、そして兵達は、二日かけて何とか味方の防衛線に辿り着くことができた。
 カラトは、連れていた兵達を、さっさとその場の指揮官に渡していた。勝手に部隊を指揮したことは、不問になったようだが、なんとも勿体ないような気がする。
「そのまま、使えばよかっただろう」
 ダークが言うと、カラトは何事もないかのような顔をした。
「個々で散発的に戦っても、あまり意味がないからね。やるなら、準備をして一斉にだ」
 よく意味が分からない。
 ダークは、二日前から思っていたことを言おうと思った。
「何だかんだと言っているが、お前は、将軍でも何でもないんだろ。一兵士に過ぎないだろうが。戦略を語ったところで虚しいだけだぞ」
 言うと、カラトは笑う。
「まあ一応、当てはあるんだけどね」
「当て?」
「その内、存分に働いてもらうよ」

 もう一つ、言いたいことがあった。
「おい」
「ん?」
「協力はしてやるが、見返りはもらうぞ」
 カラトが、こちらを見る。
「あ、そうだね。ごめん、聞いてなかった。何がほしい? といっても、用意できるものも限度があるんだけど……」
「お前と戦いたい」
 ダークは言った。
「かなり使えるのが一目で分かった。今まで見てきた中でも一番だ。貴様となら、いい勝負ができそうだ」
 言うと、カラトは口元を綻ばせた。
「いいよ。ただし、全部が終わった後でだ。それなら、心おきなくやりあえるしね」
「いいだろう、忘れるなよ」
 随分と軽い調子の男だ。何故、こんな男が高い能力を持っているのか不思議だった。
「じゃあダーク、会わせたい人がいるから、着いてきてよ」
 さっきの指揮官が、お前達は、どこそこの部隊に入れとか言っていたような気がするが、この男はまったく聞く気がないようだ。

 カラトに連れられて、防衛線の拠点になっている町に入った。
 兵士の姿ばかりが目に入る。行き交う人間は、皆忙しそうに動き回っている。至る所には、何かの荷物が積みあがっていた。
 その荷物の前で、何人かに、大声で指示を出している男がいた。
 茶色の短い髪に、男にしては白い肌をしている。どう見ても軍人には見えなかった。
 男がこちらに気づく。
「カラトさん」
 男が軽く手を挙げると、カラトも手を挙げて、男に近づいた。
「紹介するよ、彼はダーク。俺の新しい仲間だ」
 カラトは、振り返る。
「で、彼はフォーン。実質、今この防衛線の物資を取り仕切っているのは彼だ」
「ほう」
 ダークはもう一度、男を見た。
「じゃあ、お偉いさんってことだ」
「いえ、そんなことはありませんよ。私も、つい最近まで、中央で小さな仕事を任されていた、一役人に過ぎません」
「そんな人間が、随分な大役だな」
「元々の担当者が、殉職なされたり、棄権したりしましたからね。その後、志願者がいなかったようですから、私が手をあげたのです」
「貧乏くじだと、誰もが思ってるだろうからな」
 フォーンは笑う。
「確かに、その通りです」
「どうして受けたんだ?」
「それは勿論、カラトさんのお手伝いをするためですよ」
「手伝い?」
 ダークはカラトを見た。カラトは、軽く笑っている。
「フォーンさん。あんたは、この男の仲間なのか?」
「そうですよ」
「この男の、とんでもない夢想は知った上でか?」
「もちろん。それを目指す協力をするために、この仕事を志願したのですから」
 フォーンは、当然のように話した。
「呆れたな……」
「あなたは違うのですか?」
「俺は、こいつと戦いたいから、しばらく同行してやるだけだ。本気で戦争に勝てるとは思っていない」
「成る程……」
 フォーンは、カラトを見た。カラトは肩を竦めるような仕草をした。
 微妙に、癇に障る。

「それで、フォーン。何人ぐらい集まりそう?」
 カラトが言う。
「だいたい三十人といったところですかね。ですが、形勢が動き始めたら、この三倍は期待してもいいと思います」
「十分だな」
「何の話だ?」
 溜まらず、ダークは聞いた。
「フォーンを中心に、役人の中から、俺に協力してくれる内政官を集めているんだ。そういう人達なしでは、戦争なんかできないだろ? 俺は、そっちの分野には疎いし」
 役人と聞いて、はて、と思う。
「役人に協力を求めたら、結局、元通りになってしまうんじゃないのか? お前は、国の機構を変えたいんだろ?」
「だから、変革志向の人達を集めるのさ。昨今の国の状態を招いたのは、確かに役人も責任の一端はあるけど、役人の中には、現状を憂いて、変えたいと思っている人もいる。そういう人達にフォーンが声をかけてもらっているんだよ」
「ほう……役人といえば腐ったような奴しかいないと思っていたが、中には、気概がある奴もいるということか」
「まあ、耳が痛いですけどね。同じ役人なのだから、言い逃れする気はありません」
 言うとフォーンは、少し小声になる。
「それで、例の件のことですけど」
 カラトが、フォーンの近くに寄っていった。
「ここで話してもいいですか?」
「構わないよ。ダークは大丈夫。俺の直感がそう言ってるしね」
 苦笑してから、フォーンは話し始めた。
「調べたところ、あまり認知されてない血縁者が一人、まだ国内にいるみたいです。問題は、証拠が揃っているかどうかなんですけど」
「王宮を調べるしかないな」
「どうにか、やってみます」
 カラトが頷いた。
「何の話だ、と聞いていいのかな?」
 ダークが言うと、カラトが振り返る。
「王族の血縁者を探しているんだよ」
「王族?」
 カラトは頷いた。
「今、スクレイには王がいない。後継の候補達も、取り巻きと一緒に、いち早く逃げ出したから、王家の血を持つ者は、今スクレイには一人もいないとされている。そのせいで、今のスクレイの内情は、政治も軍もまとまりがなく、それぞれが勝手に動いている状況だ。俺たちが実権を持ち、国中を纏めるためには、その中心となる権威が必要になると思っている。それで、遠縁でも王族の血を持った人を擁立しようと考えたんだ」
「傀儡にしようということだな」
「まあ、悪く言うと、そういうことになるな」
 悪いとは思わなかった。むしろ、今まででの話の中では一番現実的で、分かりやすい話だ。
「そして、部隊を得て、カラトさんは前線でやりたいように戦ってもらうということです。カラトさんが活躍してもらえれば、発言権が増しますから、私も内政で、強力な後ろ盾ができます」
「フォーンには、いつか宰相になってもらわないといけないからね」
「カラトさんは、元帥でしたね」
 言うと、二人は笑った。
 とんでもない話をしているというのに、随分、緊張感がない男達だ。まあ、自分も言えた義理ではないが。

「よし、じゃあさっそく、仲間探しといこうか。前にも言った通り、心気の達人を集めないと」
「そんな達人、そうそういるわけがないと言ったのは、お前だろう。そもそも、そんな人間がいれば、とっくに軍に勧誘されてると思うが」
 ダークは、思わず口にした。
「国が堕落していると、いい人材を登用できなくなる。いる所にはいるんだ。俺は、民間の中で目をつけているのが三、四人はいる」
「ほう」
「ダークは、これはという人は思い当たらないかい?」
 ダークは、腕を組んだ。
 そういうところは注意深く見てきたつもりだった。
「俺が興味をそそられたのは、まずタスカンの鉄血だな。スクレイの有力な将軍の中では唯一の生き残りだ」
「鉄血のボルドー将軍だね。その人は、俺も考えていた。会いに行こうと思ってたところだ」
「それから、前線ではない部隊の下級指揮官だが、なかなかの男を見たことがある。確か、名は……フーカーズだったかな。どうして、こんな男が、こんな所にいるのかと思ったな」
「へえ、その人は知らないな。分かった、調べておくよ」
 その後、少し人材の話を続けた。

「それじゃあ、予定通り、タスカンに向かうことにするよ」
 カラトが言うと、フォーンは頷いた。
「じゃあ、行こうか」
「分かっているのか?」
「何が?」
 この男は……。どこまで本気なんだと思う。
「こことタスカンの間には、すでに敵軍が、結構入ってきている。会いに行くと言っても、簡単にはいかないぞ」

 それに、とダークは言葉を続けた。
「あそこは今、いろいろと、ややこしいことになっている」




       

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Neetsha