Neetel Inside 文芸新都
表紙

少女は英雄を知る
スクレイ動乱編1 挙兵

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 数日が経った。


 都まで、あと五日ほどという話を聞いた。
 前の町の飲食店で下働きを三日ほどしたので、取り敢えず都に到着するまでの資金は、何とかなりそうだった。
 規模の大きい町で、シエラは、その大通りを歩いていた。
 この町を越えると、南北に流れる大きな大河があるらしい。そこを越えるためには定期船に乗る必要があるようだ。

 少し歩くと、道の先の中央に立っている人がいるのが目に入った。
 シエラは、一瞬自分の心臓の音が聞こえたような気がした。
 遠目でも、それが誰だかすぐに分かった。分からないはずがなかった。
 周りより高い身長で、白が多い灰色の髪と髭。そして、温かい笑みを浮かべた顔。
 シエラは、立ち止まった。
 少しして、向こうから近づいてくる。
 無言のまま、すぐ手前まで来た。
 何と言っていいのか分からない。
 しばらく、二人とも立ち尽くしていた。

「まあ……何だ。あちらの宿の一室を借りているのだ。そこで、話をせんか?」
 ボルドーが言った。
「話?」
「ああ」
「何の話ですか?」
「いろいろだ」
 いつもの口調だった。
 シエラは、どうしていいのか分からず、視線をさまよわせていると、ボルドーが歩き始めた。
「あの、別れだって言っていたのに」
 背中に言った。
「うむ……まあ、別れがあれば、出会いもあるということか」
 振り返る。
「いや、すまん。これは言葉遊びだな」
 そう言って、ボルドーは笑った。





 ボルドーと共に、宿に入った。
 言われた一室の扉を開いた瞬間、何かが正面から飛び出してきた。
 避けきれなかった。
「きゃー! シエラだ! 久しぶりい!」
 誰かが正面から抱きついてきたのだと分かる。聞いたことのないような口調だが、声には覚えがある。
 少しして、声の主は、シエラとの密着を解いた。
「グラシアさん」
「覚えててくれたんだ。うれしいねえ」
 グラシアが笑う。
「ちょっと、離れなさい。あんたの卑しさがシエラに移っちゃうでしょう」
 別の女の声が、割って入った。
「酷いこと言うね」
 その女の顔にも、懐かしさがあった。
「グレイさん」
「よっ、シエラ」
 グレイは、片手を軽く上げた。
 シエラは、何か不思議な感覚に包まれているような気分になっていた。
「あの……」
「まあまあ、取り敢えず座りなよ。お菓子でも食べる?」
 グラシアが言った。

 少し時間が経ってから、シエラはボルドーと対面で座った。他の二人は、ボルドーの後ろに座る。
「まずは謝らせてほしい、シエラ。ドライでの、わしの対応は、やはり拙かったと思う」
「そんなことは」
「そして、できればもう一度、きちんと話をしたいと思い、お前を追いかけてきたのだ」
 ボルドーは言った。
「……話って何ですか?」
「というより、確認と言った方がいいかもしれんな」
 そう言って姿勢を正した。
「お前が、王になりたいと言った言葉は、本気であると判断しよう。しかし具体的な方法は何も考えていない。違うか?」
 そう言う。
「……その通りです」
 シエラは、少し伏し目になる。
「でも、それは前提の知識が何もないだけで……」
「いや、すまん。責めているわけではないし、本気かどうかを疑っているわけでもないのだ。確認と言っただろう」
 言葉を続ける。
「あまり知った口を聞けるような立場ではないが……シエラ。王というのはな……というより権力の中枢というところは、人の汚らしい嫌らしい部分が常時意識せざるを得ない場所なのだ。常識、或いは人道といったものが通用しないことなど珍しいことではない」
 続く。
「と言っても、お前の歳では、おそらく想像することも難しいと思うが」
「だから止めろ、と?」
「いや、違う」
 言葉を区切る。
「脅しているのだ」
 そう言った。
「王になろうと思うということは、それを目指す過程の犠牲、そして、なった後の犠牲もどうしても意識しなくてはならない。そういうものだと、わしは思う」
 続く言葉。
「想像もできないことに関して、覚悟も何もないと思うが、それでもしなければならないことなのだ」
 一つの間。
「それらを踏まえて、今一度問わせてほしい」
 そう言うと、姿勢を改めて正した。
「勿論、考える時間はある。すぐに答えなくてもいい」
 そして、口を開いた。

「王になりたいか?」
 ボルドーが言った。

 ボルドーが何が言いたいかは、おおよそ分かる。分かると思う。自分が、想像できないこともあるということも、何となく分かる。
 それは、あの日ドライの町で覚悟したことと、それほど誤差はないのだ。ないはずだ。

「……はい」
 シエラは言った。

「そうか」
 静かな声で、ボルドーは言う。
 そして、座ったまま、ゆっくりと前に両手をつく。そこに、額をつけた。
 気付くと、後ろの二人も同じ姿勢だった。
「では、我々はこれより、貴方様が王座につく道筋に尽力をするために、貴方様の配下としていただく、お許しをいただきたく願います」
 ボルドーが言った。

 シエラは、一瞬呆気にとられた。
 しかし、すぐに意味が分かる。
 自分一人で、どうこうできるものではない。誰にも、無関係でいられることでもない。
 これも、覚悟の一端だろう。

 少しして。
 シエラは頷いた。















 その夜。シエラが眠ったのを確認してから、三人は隣の部屋の、机の上の小さな燭台の前に、向かい合って座った。
「ちょっと、あの子には可哀想な気もするけどね」
 グレイの言葉に、他の二人の視線が集まる。
「ずっと目上にいたはずの人が、いきなり敬語で頭を下げてきたら、ちょっと気持ちが滅入っちゃうんじゃないかなあ。特に、あの子の性格じゃ」
「ボルドーさんの言ってることも分かるけど、逃げ場をなくしてしまうような追い込み方は、やっぱりしんどいと思うけど」
 グラシアの言葉に、ボルドーは口を開いた。
「オリーブで、お前が言っていたことだ、グラシア。逃げ道があると始めから分かっていては、持てる覚悟も持てなくなってしまう」
「まあ……ねえ」
「それに……これは、お前達だから言っておくが、シエラが本当に何もかもを投げ出し、逃げ出したくなった時は、その時は我々がシエラを逃がしてやろう」
 二人が、少し驚く顔をする。
「ボルドーさんだから、簡単に言ってるんじゃないんだろうけど……そんなに簡単じゃないんじゃない?」
「それも、我々の覚悟次第だろう」
 うなり声。
「二人とも、改めて聞くが、本当にいいんだな?」
 ボルドーが、二人を見ながら言った。
 グレイが笑う。
「元々三年前も、私は主戦派だったっての。あの時の鬱憤を晴らせるっていうんだったら、寧ろ嬉しいね」
「グラシアは、抱えたものが大きすぎるのではないのか?」
「オリーブのことを言ってるんだったら、もうとっくに私の手から離れていってたわ。あんな大きなもの抱えたくもないし」
 そう言った。

 どこまでが本音か分からないが、二人とも歴戦の戦士である。やると言っているのだから、あまりしつこく問うべきではないだろう。
「分かった。では、これからの戦略の話をしようか。ただ、その前に」
 ボルドーは、天井の方を見た。
「おい、いるんだろ。ダーク」
「えっ?」
 二人も、上を見る。
 少しの沈黙。
「何だ? 鉄血」
 やがて、声が聞こえた。
「びっくりした。どこにいるんだよ」
「うっすらと人の気配を感じた。そんな所にいるのは、お前しかいないだろう」
 ボルドーが言った。
「ダーク、何故ここにいる? 何故シエラについている?」
 返答はない。
 ボルドーは、息を吐いた。
「ダーク、先ほどの話は聞いていただろう。お前が協力してくれるのか、どうかを聞いておきたい。これだけは答えろ」

 少しの間。
「しない、と言ったら?」
「ここで、お前の息の根を止めておかねばならんな」
 その言葉に、場の空気が少し緊張した。
 再びの間。
「なかなかに、魅力的な言葉だな」
 そう声。
「だが、まあ今は違うな」
「……どういうことだ?」
「俺が面白いと思えば、あんたらの指示にも従ってやるさ。ただ、小娘の手下になるつもりはない」
「分かった。それでいい」
 少しして、気配が消える。

「あいつ、一体何がしたいの?」
「さあな。ああいう利己主義者の思考など、考えないほうがいいのかもな」
 ボルドーが、再び息を吐いて言った。





「さて、話を戻そう」
 ボルドーが言う。
「シエラを王にするために最も分かりやすく、容易いように感じる方法は、王宮に乗り込んで、二人の王子を抹殺という方法だろう。それで、正当な王位継承者はシエラだけになる」
 グレイが、吹き出した。
「それはまた……分かりやすいっていうか大胆だねえ」
「はっきり言って、これは出来なくはないと、わしは思う。わし達三人と、ある程度の手練れが五十人ほどいれば、生還を考えないという条件をつければ成功する可能性はあるだろう。あと、王子の護衛に、元十傑の誰かがいないという条件もつくが」
 グレイが苦笑いをしている。
「しかし、この方法は最後の手段にしたい」
「最後?」
「二人の王子を暗殺すれば、それで済むというようにはならないと、わしは思うのだ。そんなことをした後、シエラが王宮に入っても、後ろ盾が何もないので周りが敵だらけだ。王座を維持するための政争に明け暮れるしかない状態になる可能性が高い。無論、王子を暗殺したという負い目もある。民衆の指示も受けにくいだろう。そんなことは、シエラが目指す変革でもなければ、我々が目指そうとしたことでもないはずだ」
「王子とあわせて、その敵も同時に駆逐するのは?」
 グラシアの発言。
「そういう人間の見分けが難しいし、具体的な数も分からない。それは、現実的ではないだろう」
「そっか……」
「そして、暗殺は行わずに、王の娘だと名乗って、中央に正面から入っても同じ事になるだろう。ドライで手に入れた、一連の品があったとしてもだ。いや、二人の王子が生きているので、もっと凄惨なものになるかもしれん」
「そういえば、そのドライで手に入れたっていうのは、今ボルドーさんが持っているの?」
 ボルドーは、頷く。
「理想を言えば」
 と前置き。
「正規の軍同士の戦いをし、堂々と倒す。それができれば民衆にも分かりやすいし、現重臣を問答無用に一掃できるので、その後の政事もやりやすくなるだろう」
 二人の唸り声。
「それはつまり、内戦だね……」
「そうだな。カラトが避けようとしていた内戦を、我々が起こすのも皮肉な話だが。だが、あの時とは国内事情や、他国との状況も違っている。短期間で終わらせることができれば、最小限の傷で済ませることができると思う」
 再び唸り声。
「この場合、まずすべき事は、スクレイのどこかに拠点を作り、大々的にシエラのことを喧伝し、人を集める。正面から国軍と戦うのなら、せめて始めは、最低でも……三百人はほしいところだな」
「たった三百?」
「少ないように感じるかもしれないが、それだけいれば軍の態はなせるし、局地戦で勝ちを拾っていければ、人数も増やしていけると思うのだ。だから、まず拠点を作るところから始める。それから、人を集める。そうだな……十日ほどで、三百人以上集めれば、今言った方法でいく。三百人集まらなければ、拠点を放棄して、先に言った最後の手段を検討する、というものが、わしの考えだが」
 ボルドーは、二人を見比べた。
「ここまでで異論はないか? わしばかりが話してしまっているが、遠慮せずに意見を出してほしいのだが」
「いや、感心して聞いちゃってたよ。一戦を退いて何年も経っているのに、流石は鉄血将軍だなって思った」
 グレイが言った。
「私も、特に違うと思ったところはないね。まあ、勢力を作る手間と労力も、ボルドーさんだったら、分かって言っているだろうし」
 続けて、グラシアが言う。
「よし、では決まりだな」
「あ、でもシエラを加えて話した方がいいんじゃない?」
「当然、ここで出した結論は、明日シエラに最終の判断はしてもらう。あくまでも現実的に考えて、無理に議論に参加させる必要はないと思っただけだ」
「うーん」
 グレイが唸る。
「まあ、先は長いんだから。細かい話まで耳に入れる必要はないってことでしょう」
「そっか」
「それから二人とも、少なくとも人がいる場では、言葉遣いには気をつけろよ」

 ボルドーは立ち上がった。
「では、さっそく準備に取り掛かろうとしようか」
 二人も立ち上がる。




     

 西に向かった。


 途方もないことをやろうとしていることは分かっていた。しかし、血が燃えるような思いがあるのも事実だった。

「五十年ぐらい前に、王城の予備基地として建設された小城があるの。今は、小隊が駐留してるだけで、ほとんど機能を果たしてないわ。だけど、補修すれば、まだまだ使えると思う。それに、国家を覆す出発点としては、なんともお誂え向きでしょ」
 最後の言葉はともかく、グラシアの意見を採用して、その小城に向かった。

 場所は、スクレイ西南部。都よりも、海が近いという場所だ。管轄軍も、それほど規模がなく、流通が盛んな町が近くに多い。
 確かに、いい場所だと思った。
 ちなみに、少し北西にはラベンダーの村がある。
 随分北に行ったと思っていたが、もうここまで戻ってきていたのか、とボルドーは思っていた。

 その小城は、湿地帯の中にあった。周りに民家はなく、木々の合間にある城だった。規模は、ウッドよりも一回り小さいといったところだ。
 グラシアが、すでに何か策を弄していたようで、小城の兵に咎められることなく、一度城内に入った。
「まあ、その内追い出すことになるんでしょうけど、それまで敵対することもないでしょう。今の内に、こっちの準備をしておきましょう」
 すでに、グラシアの情報網を使って、話の流布を始めていた。まずは、知己の人間を中心に広める。
 その間に、ボルドーは小城を見て回った。確かに、所々痛んではいるが、補修すれば十分に機能するだろうと思った。
「ここで決まりだな」

 近くの町に、確保してある拠点に戻った。
「グラシア、お前の所の人間は、どれだけ使える?」
「こっちに合流できるという意味で聞いてるのなら、衛視の子が三十人ぐらいかな。どうしても着いてくるってきかなくてね。裏向きの協力をしてくれる人なら、全国に結構いるけど」
「シエラの護衛と、身の回りの世話をする部隊がいる。それは、女性だけの部隊にしたほうがいいと思ってな。その三十人の中に、それを纏める適任者はいるか?」
「それなら、いい子がいるよ。さっそく呼び寄せよう」
「うむ。それから、グラシア。コバルトが何処にいるのかは分からないのか?」
「そうなんだよ、御免。あの後、一度顔を見せたんだけど、それから町を出てったっきり。こっちでも捜させてはいるんだけど」
「そうか……」
「そうそう、軍にいる元十傑の奴らはどうする? あからさまに勧誘してもいいのかな。あいつらの立場が悪くなるかもしれないけど」
「悪いが、それも仕方があるまい。味方にならぬのなら、寧ろ立場が悪くなってもらった方がいい。奴らが、我々にとっての一番の驚異だからな」

 それから数日、点々と人が現れ始めた。
 この段階で現れる者は、ある程度信用してもいいと思った。元、十傑の軍にいた者達や、グラシアやグレイの知人が多いからだ。
 ただ今後、組織が大きくなると、一人一人会って、仲間に入れるかを決めるというのも難しいだろう。興味本位な者や、物乞いなども混じってくる可能性があるが仕方がない。

 五日経ち、総数が五十人になった。
 まず、小城を騙し討ちにして乗っ取った。近くで、偽装の騒ぎを起こすなどをして、兵士がほとんど出払ったところを襲撃したのだ。
 残った兵達は、どうすればいいか分からずに、東の軍営に向かった。
 緊急時の指示系統を、きちんと決めていなかったようだ。平和呆けと言えばそこまでだが、今はありがたいのも事実だった。
 五十人で、小城の補修を始める。

 それが一区切りつくと、大々的にシエラのことの喧伝を始めた。
 当然、王宮にも話は伝わるだろう。どこの段階で、二人の王子が本腰を入れ始めるかが、一つの勝負所だった。
 その喧伝には、自分たちの名前も入っている。
 協定を破ることに躊躇いがないことはないが、自分達の名が、ある程度の力になるというのなら、使わない手はなかった。
 王子達が、カラトの暗殺をしようとしていたことが事実だったのだとしたら、先にあちらが破ったことになるが、確証が何も無い。
 果たして、何人集まるのだろうか。

 城壁の上に立って、ボルドーは思いを馳せた。










 七日が経過しても、集まった人数は、百人弱といった所だった。

 この程度か……。
 ボルドーは、心の中で嘆息した。

 王女といっても、突如現れたのでは、本物かどうかを疑うのが当然だろう。それに、今やスクレイの王族というものが、人々の心を動かさなくなっているのかもしれない。
 今、小城にいるのは、三人の内ではボルドーだけだった。
 グラシアは、兵站の準備のために、各町を回っている。グレイは自ら、話を伝えるために、近くにいる知己の人間を尋ね回っている。
 二人ともに、あまり切迫感が無い様子だった。だからなのか、自分だけが、焦っているように感じられた。

 八日目に知らせが届いた。サップが、こちらに向かっているようだ。
 ボルドーが、執務をするために使っている部屋にいると、担当の者に案内された、サップが入ってきた。
「よく来てくれた」
 ボルドーが言うと、サップは軽く会釈をした。
「約定通りに推参しました」
「ああ。ただ、思ったよりも人が集まらなくてな……今後、どうなるかは分からないのだが」
「ボルドー様」
 サップが言う。
「何だ?」
「私と共に来てくれた同志を、見ていただきたいのですが」
「うむ。だが、お前が連れてきた者だ。通常行っている面接は、しなくてもいいだろう。まずは、休ませてやるがいい」
「いえ、できれば今すぐに」
 サップが言った。
「どういうことだ?」
「見てもらえれば、分かります」
 首を傾げたくなるような言い方だったが、ボルドーは腰を上げた。

 外に出てボルドーは、一瞬目を疑った。
 小城の正門前に、数百もの人間が集まっていたのだ。
 ボルドーの姿を見て、声を上げる者もいた。
 ボルドーは、立ち尽くしていた。
「皆、ボルドー様の戦いを、見ていた者たちです」
「お前が連れてきた者達か」

 さらに、残り二日で、一気に続々と人がやって来た。
 十日目に、グラシアとグレイが戻ってきた。
「私達は、始めから分かっていたけどね」
 グラシアが言う。
「ボルドーさんだけじゃない。十傑という名前だって、スクレイの人々の心に残っている。三年前、皆が皆、王族達を指示していたわけじゃないんだよ」
「そうか」

 実は、三百人はほしいとは言ったが、本当は五百人は必要だろうと、ボルドーは思っていた。しかし、そこまで集まるとは、微塵も思っていなかったので、少なく言っていたのだ。
 最終的に、九百もの人が集まることになった。
 自分たちがやってきたことは、自分たちが思っていた以上に、人の心に何かを刻みつけるものだったのかもしれない。ボルドーは、そう思った。

 これで、ついに国との戦いが始まる。
 これからが、本当の戦いだ。




     

 部隊の編成に取り掛かった。


 しかし、軍と呼べるほどになるには、まだまだだった。

 戦に使えそうな者は、とにかく練兵である。それ以外の者は、後方支援に回ることになる。

 ボルドーは、執務の部屋にサップを呼んだ。
「お呼びですか」
 ボルドーは、入ってきたサップと目を合わせる。
「サップ……お前に諜報の部隊を指揮してもらいたい」
「諜報ですか」
「本隊から離れて、都の周辺に張り付いて、情報を集める部隊だ」
 ボルドーが言う。
「分かりました」
 あっさりと、サップが言った。
「本当に、分かったのか?」
「ええ」
「その部隊は、戦には加わらない。裏の任務だけをこなす部隊だ。当然、表向きに評価をされることはなく、名が残らずに死んでしまう可能性もあるのだぞ」
「わざわざ脅すのですか?」
 サップが、苦笑混じりに言う。
「いや、本当に分かっているのかと思ってな。やけにあっさり承諾したので」
「私は、ボルドー様の戦を見てきました。ボルドー様が、いかに情報に重きを置いているのかも理解しているつもりです。むしろ、その任務を私に指名していただいたことを、嬉しく思います」
「そうか……」
 息を一つ。
「では、任せる」
「はっ」
 サップが、声を上げた。
「すまないな。だが、お前以外に頼める者がいない。戦の裏側まで理解しているのは、今はお前だけなのだ」
「はい」
「では、部隊に入れたい者は、お前自身が選んで連れて行け。一ヶ月以内に、部隊が機能するようにするのだ。こっちに伝える情報はお前が選別しろ。後は定期的に、わしに連絡を回すようにするのだ。現場での判断は、わしの命令が無い限り、お前に任せる」
「謀略や、その類のことはしなくてもいいのですか?」
「今はいい。組織が大きくなってから、諜略に特化した部隊を新たに編成するつもりだ」
「分かりました」
 サップが、一歩下がる。
「では、行って参ります」
 頭を下げて、部屋を出ていった。

 それを見送って、しばらくしてから、ボルドーは腰を上げた。





 ボルドーは、練兵を見て回っていた。
 まずは、一人一人の力量を見定める。それから、それぞれに合った訓練をしたほうがいい。
 グレイもグラシアも、個人の武力は群を抜いているとはいえ、軍事に携わった経験が、ほとんどないのだ。練兵など、ほとんど分からないだろう。自分が、やるしかないと思っている。
 とにかく、部隊を指揮できる人間が、ある程度欲しかった。今は、十傑の軍にいた者を何人か小隊長のようなものをやらせてはいる。しかし、これはと思うような力量の者は、出てこない。
 装備も、続々と揃いつつあった。これも、グラシアの資金に頼りっぱなしだが、後数日で、一通りが揃うだろう。

 練兵の様子を眺めていると、門兵の担当の者が走ってきた。
「ボルドー殿。一人の男が、ボルドー殿に会いたいと言っているのですが」
 ボルドーは、首を傾げた。
「何故わざわざ報告する? 通常の登用手順に回せばよかろう」
「いえ、それが、ボルドー殿と知り合いだと言っているので……」
「どんな者だ?」
「若い男で、青い髪色をしています」
 ああ、とボルドーは思った。
「構わん。ここに通せ」

 少しして、広場の端を歩いて、こちらに向かってくる人影があった。
 恐縮するように、背中を曲げながら歩き、辺りを見回している。やがて、こちらに気づいて近づいてきた。
「あの……」
「遅かったな、ペイル」
「え?」
 ボルドーが言うと、ペイルは目を見広げた。
「遅かった? それって、どういう……」
「言ってみただけだ」
 ペイルが唖然としている。
「何の用だ?」
 その言葉に、ペイルの表情が硬くなった。
「あの……すいません。はっきり言って、混乱してるんですけど……俺の知った話の、どこまでが本当なのか分からなくて」
「ふむ」
「その……ボルドーさんは、シエラちゃんの後押しをやろうとしているんですか?」
「まあ、そういうことだな」
「北では、反対していたのではないのですか?」
「ああ。確かに、優柔不断だと言われても仕方がないな。だが、今は協力したいと思っている」
「シエラちゃんは、本気なんですか? こんな大事になって、あの子は大丈夫なんですか?」
 ボルドーは、ペイルの顔を見た。
「心の奥の奥の話をしているのなら、それは、はっきり言って分かるはずもない。あの子がやりたいと言った、そして、わしもやりたいと思った。今は、それで十分だと思っている」
 ペイルは、少し目線を下げて、黙った。
「お前は、どうする? ペイル」
 少しの間の後、ペイルは顔を上げた。
「俺も、加えて貰ってもいいでしょうか? あまり役には立てないかもしれません。それでも、俺もシエラちゃんの協力をしたいです。それに、今の国を変えたいと俺も思っているんです」
「そうか。言っておくが、知り合いだからといっても容赦はせんぞ。一兵士として、最前線で戦ってもらうことになるかもしれん。その覚悟はあるのだな?」
「はい」
「よし」
 ボルドーは言った。

「ただ、言葉遣いには気をつけろよ」










「シエラは……殿下は、どうしてるの?」
 グレイが言った。
「部屋に籠もって、ずっと書物を読んでるよ」
「あの、グラシアが大量に持ち込んだやつ?」
「殿下に、欲しいって頼まれたからね。歴史、政治に兵法とかいろいろ」
「ふうん。根を詰めすぎるのも、どうかとは思うけど」
「まあ、無意味にはならないことだから、いいんじゃない」
「グラシア。はっきり言って、兵糧はどれほど持つ?」
 ボルドーが言った。
「今いる人数なら、二年ってとこかな」
 思わず、ボルドーは笑った。予想を遙かに越えていた。
「随分と貯めこんでいたのだな」
「本当、貴重な貯蓄だったのに、分かってる?」
「助かるぞ」
「じいさん……」
 グラシアが、苦笑いをした。
「だけども当然これから、人が増えるかもしれないし、市場の値が上がるだろうし、貯蓄に頼るだけじゃ駄目でしょ。私も、後ろの仕事が増えすぎると、前線の指揮ができなくなるよ」
「ふむ」
「新たな資金を調達できる方法も考えないと」
「そうだな……」
 ボルドーは腕を組んだ。
「屯田でも、やってみる?」
「いや、それほど長くここにいるつもりはない。かえって、ここから離れられなくなる危険性があるので、それは無理だろう」
「制圧地の民から、徴収するって……できないの?」
「甘いと言われるかもしれんが、できればそれもしたくない。すすんで提供をしたいという物なら受け取ってもいいが、無理に徴収をすれば、無用な反発を招くことになる。今は、できるだけ民からは好感を持たれておきたいからな」
「じゃあ、軍から奪うか」
「それは、できるだけ試みよう。元を辿れば民の税だが、反発は受けんからな」
「資金調達はどうする?」
 グラシアが、話を戻した。
「北の方は、モウブさんが協力してくれることになってるから、手を伸ばすとしたら南がいいんじゃない? 南の方の商人に、顔が利く人とか知らないの?」
 グラシアの言葉に、ボルドーは、ふと思った。

「あの男に頼んでみるか」




     

 城壁の上に立っていた。


 セピアは、内心苛立っていた。

 南で、賊の反乱だという中央からの情報が入った。
 だが、その報告が入る前に、ある噂も広がっていた。
 王の子供が、もう一人いて、王座に登るために立ち上がったのだという。
 そして、その王の子の名がシエラだ。
 あの、シエラなのだろうか。
 さらに、元スクレイの十傑の三人が、それを支持して協力するのだという。三人共、当然知っている名前だが、本物なのだろうか。
 本物のような気がする。シエラも、三人もだ。
 もしも、本当にシエラが王女なのだとしたら、当然驚くべきことだが、どこか納得してしまう自分がいた。
 ただ、それが本物だからといって、自分にはどうすることもできない。

 すでに管轄の地方軍が、二度ほど討伐に出動していたらしいが、二度とも失敗をしていた。詳細は分からないが、戦いは始まっているようだ。

 本当は、すぐにでも駆けつけたかった。しかし、一兵士の身である。そして、家族が軍の人間なのだ。自分が勝手に動いては、彼らに迷惑をかけてしまうことになる。
 そんなことは、できるはずもない。

 そうこう考えていると、カーマインが近づいてくるのが見えた。
「セピア様」
 カーマインが、顔を寄せてくる。内々の話ということか。
「実は、非公式にブライト様とウォーム様が来ております」
「えっ?」
 セピアは、一瞬耳を疑った。
「ウッドにですか?」
「はい。今は、客室のほうにいらっしゃいます」
「どういうことですか? お二人とも、軍の指揮官ですよね。そんな、非公式に動くなどあるのですか?」
「私には、具体的な事は分かりません。お会いになられてはいかがでしょうか」
 セピアは、戸惑うしかなかった。





「失礼します」
 セピアは、恐る恐る客室の扉を開いた。

 さすがに緊張した。兄妹とはいえ、会うのは本当に久し振りなのだ。あまり、話をした記憶もない。それに、今は兵の中の地位も違いすぎる。
 扉を開ききった。
 広い客室の中には、大きな机があり、その周りには多数の椅子がある。
 椅子に座った二人の男がいた。

「おお!」
 一人の男が、声を上げて立ち上がった。
「いやあ、ははは。久しぶりだなあ、懐かしい」
 そう言って、近づいてきた男は、そのままセピアに抱きついた。
 思わず、悲鳴を上げそうになった。
 いや、少し上げたかもしれない。
「おっと」
 言うと、男はセピアから離れた。
「いや、すまんすまん。つい嬉しくてな。しかし、そんなに嫌がることもないだろう」
「あ、すいません、兄さん。嫌がったわけでは……」
 歳は三十ほどで、短い茶色の髪。肌は、随分と日焼けをしている。長男のブライトだ。もしかすると、顔が分からないのではないかと心配していたが、顔を見ると、すぐに分かった。
「しかし、まあ年頃の女の子だからな。無理もないか」
 もう一人は、椅子に座ったまま、目だけをこちらに向けている。少し長めの茶色の髪が流れている。次男のウォームだ。
「久しぶりだな」
 ウォームが、静かに言った。
「あ、はい。お久しぶりです」
 一つ、頷く。

「あの、お二人は、どうしてここに?」
「ああ、まあ、父上に会いに来たのだが、会えなくてなあ」
「会えない?」
「うむ。カーマイン殿が言うには、自室に籠もっているそうだ。誰も近づけないようにと言い渡されたらしい」
「籠もっている?」
 セピアは驚いた。そのようなこと、今まで知らない。
「しかし、兄さん達が来られたことを報告すれば、きっと父上もお出でになられるのでは?」
「カーマイン殿も同じ事を言っていたのだがな……父上が、誰も近づけるなと言ったということは、かなり重大なことなのだろう。まあ、邪魔はすまいよ」
「あの……不束な質問になってしまうかもしれませんが……お二人とも、軍務の方は大丈夫なのですか?」
「ああ、まあ大丈夫だろうさ」
 軽い調子のまま言った。
 どういうことなのだろう。相変わらず、二人の意図が見えない。
「その……繰り返しになってしまいますが、お二人がここに来られた理由を聞いても宜しいでしょうか? 非公式だと聞いたのですが、何故そうしたのですか?」
「まあ、待て。もうすぐ、ライトも来るはずだから、それから話そう」
「ライト兄さんも、来るのですか!?」
 思わず、声が大きくなった。
「さてと……果たして、どうなるのかな」
 ブライトが、少し笑って言った。










 ルモグラフは、自室の椅子に座っていた。手前の机の上で、両手を組んでいる。
 もう、かれこれ半日は、そうしていた。
 いくら考えても、何もならないことは分かっていた。
 しかし、考えずにはいられなかった。

 自らの手の者を使って、南での反乱のことを調べた。間違いなく、本物のボルドーが加わっている。
 つまり、現体制の転覆を本気で図ろうとしているのだろう。
 それは、自分自身が待ち望んでいたことではないのか。
 もう、組織の内部から変革することが、不可能だということは、薄々感づいてはいた。しかし、だからといって、軍を抜けて何かをしようという動機は、湧き上がってはこなかった。
 何より、軍の中で役職に就いている息子達に、迷惑をかけたくないという思いが、どうしても心を過ってしまうのだ。
 今も、そうだった。
 いくら考えても、結局その考えに行き着いてしまうのだった。
 無為な時間だと分かっていながらも、こうして思い悩んでしまう。

 日が傾きかけていることに気がついた。
 そろそろ出て行かないと、カーマインに仕事の負担がかかりすぎるだろう。
 そう思い、部屋を出たところで、足が止まった。
「父上、お久しぶりです」
 部屋の前の通路で、立っている四人がいた。あまりにも突然のことで、言葉が何も出てこなかった。
「考え事は、もう宜しいのですか?」
 言ったのは、ブライトだ。前に見たときよりも、随分と日に焼けている。確か、最南の部隊にいたのだということを思い出していた。
「お前達……」
「父上、お話できる時間を頂きたいのですが」
「話?」
「はい。我々五人だけで」
 話しているのは、ブライトだけだった。他の三人は、立ったままである。セピアだけが、緊張をしたような顔をしている。
「カーマイン殿の許可は、貰っています。父上の裁可が必要な用件も、今は無いとのことです」
「何の話だ?」
「それも、落ち着いた所で」
 ブライトが言っている。

 他にも、いろいろと聞きたいことが当然あるが、黙っていた。彼らは、自分の判断で動いているのだ。何から何まで、自分が把握しなくてはならないわけではない。
「入れ」
 ルモグラフは言った。





「よろしいですか?」
 ブライトが、座ってもいいかを確認している。
 ルモグラフは、手で許可をした。
 全員が座る。

「さて、父上。まずは、改めて挨拶をさせてもらいます。お久しぶりですね。御健勝そうで、何よりです」
「ああ」
 ウォームも、会釈をした。
「しかし、こうして家族が揃うことなど、何年ぶりでしょうか。懐かしいですね」
 ブライトが、目線を上げる。
「たしか、いつ以来でしたか……」
「ブライト、本題を話せ」
「まあ、そうですね。昔から父上は、無駄話がお嫌いでしたから」
 そう言うと、居住まいを正した。

「父上、南の反乱のことは、御存知ですよね?」
 当然ルモグラフは、彼らの目的が何なのかを考えながら聞いていた。
「報告は入っている」
「どう思いましたか?」
 ブライトが言った。
 少しの間。
「反乱に加わっている十傑の人間が仮に本物だとすれば、その反乱は、そう簡単に鎮圧できるものではないだろうな」
「それだけですか?」
「私の部隊の管轄からは遠い。まさか、ここに討伐要請が来ることはないだろう」
「他には?」
 ブライトの言葉に、ルモグラフは、少し口を閉じた。
「何か聞きたいことがあるのなら、始めから言え」
 ブライトは、少し口角を上げる。
「仮に、討伐の要請が届いたのなら、どうしますか?」
「成る程、それが用件ということか……」
 ルモグラフは、ブライトの顔を見た。
 真剣というほどの表情ではない。だが、元々この男は昔から、どこか抜けているのである。本人は、真剣な表情をしているつもりなのかもしれない。
 他の三人の顔も見た。
 ウォームは、少し俯いている。彼は、昔から表情が読み取りづらい。ライトは、いつも通り飄々としているし、セピアは相変わらず緊張した顔をしていた。
 どうしたものか、と思う。

「父上は、国とは何だと思いますか?」
 急に、ブライトが言った。
「国?」
「父上は、王に忠誠を誓っているのか、それとも国に忠誠を誓っているのですか?」
 少し、眉が動く。
「同じことではないのか」
「つまり父上は、国と王は同じだと」
 言われて、ルモグラフは考えた。
 同じと言えば同じだが、違うと言えば違う、といったところか。王がいないという国も、どこか遠くにあるという話も聞いたことがある。何より、今この国には、その王がいない。
 ならば、忠誠の対象は王族になるのか。それも、正解ではあるだろう。
 だが、王族と国を同等に並べられると、違う気がする。

「同じ、ではないな。ただ、比べるものでもない」
「では、質問の答えは?」
「両方だ」
 ブライトは、微笑んだ。
「成る程、実に父上らしい」
「兄さん、どうにも回りくどくないかなあ」
 ライトの声が割って入った。
「ちゃんと、着地点を考えて話してる?」
「馬鹿、当たり前だ」
 ブライトが、咳払いをする。

「私はですね、父上。国とは、民だと思うのです」
 何を言おうとしているかが、まったく分からなくなってきていた。
「そして、その民は長年、理不尽の中で生きてきました。私には、それが許せないのです。民があっての国家なのに、権力者は、それをまったく顧みようとしていません」
 話が、思わぬ方向に向かっていることに気がついた。
 ブライトは、少し鋭い視線で、こちらを見据えていた。
「……なので、私はそういう国を変えるべきだと思ったのです」
 そう言った。
「実は、独自で叛乱を起こそうと、いろいろ準備をしてはいたのですが、成功する見込みがあるほどのものはできそうにもなかったのです」
 続く。
「そんな時に、南での叛乱です。これには、成功できる可能性があると私には思えます。私は、あれに加わりたいのです」
 一つ間。

「どうしますか? 父上」
「何がだ?」
「私を捕らえますか?」
「何故?」
「叛乱を謀ろうとしています」
 話が、いきなりすぎて、思考がうまく働いていないことに気がつく。
「本気なのか? 南の叛乱に加わりたいというのは」
「本気です」
「お前達もか?」
 三人に目を移す。三人が、頷いた。
 ルモグラフは、呆気にとられた。
 なんということだ。自分が、一人で悩んでいたことは、独りよがりだったのではないのか。息子達は、それぞれ自分の意志を持って、行動を起こそうとしていたのだ。
 それなのに、自分は……。
 しばらくの沈黙。

 ルモグラフは、立ち上がった。
「お前等、管轄の部隊は、どうなっているのだ?」
「別の者に引き渡しました。我々は事実上、すでに退役したのと同じというわけです」
 思わず、ルモグラフは笑った。
「私も、決心がついた」
 四人の目。
「私も、南の叛乱に加わろう」
 言った。四人が、それぞれの視線を交わす。
 少しして、ブライトが大きく息を吐いた。
「いやあ、ははは。さすがは、父上だ。きっと、そう言ってくれると思っていましたよ」
「私が、賛成しなかったら、どうするつもりだったのだ?」
「実は、最悪の場合、父上を縛り上げて、どこかに移そうと思っていたのですよ。父上とは戦いたくはないので。とはいえ、さすがに緊張しましたが」
「私も、お前達が中央から命じられて、私の素行を探りに来たのかと思っていたのだがな」
「成る程、どっちとも緊張していたというわけですか」
 もう一度、声を上げて笑った。










 ウッドが、慌ただしい空気になった。
 ルモグラフが、南の叛乱に加わる決心をした。それを、ウッドの兵に伝えたのだ。
 数人の兵が、ルモグラフに着いていきたいと申し出たらしい。その中から、何人かを連れて行くようだ。
 ルモグラフは、どこか、すっきりとした顔をしているとセピアは思った。

 兄達には、事前に話は聞いていた。驚く反面、嬉しい気持ちもあった。兄達も、正義の心をしっかりと持っていたのだ。
 ただ、父が受け入れるかどうかは、分からなかった。その場合の、行動を聞いたときは、さすがに驚いたが、それしかないとも思えた。
 結果は、一番いい形になった。

 セピアは、自分の準備が終わって、本塔の前で慌ただしく動いている、兵達の手伝いをしていた。
 カーマインが、張り切って兵や物資の編成をしている。そこに、ルモグラフが近づいていった。
「カーマイン」
 呼びかけに、カーマインが反応する。
「将軍、まもなく編成は終わります」
「お前は、ここに残るのだ」
「えっ!?」
 カーマインが、目を見開く。
「ウッドを任せられるのは、お前しかいない」
「そんな、私も加えて下さい!」
「私もお前もいなくなってしまっては、ここが機能しなくなる危険性がある」
「宜しいではありませんか! 元より、国を倒すために立ち上がるのですから、その国のために、ここを守る必要など」
「倒すのではなく、入れ替えるのだ。そして、ここも当然、新しくなっても国の一部であることには変わらない。我々の行動が、成功するかどうかも分からないしな」
「しかし!」
「頼む」
 ルモグラフが、少し頭を下げた。それを、カーマインは驚いた様子で見る。
 カーマインは、唇を噛みしめて俯いた。
「ここは緊急時には、スクレイ北西部軍の本陣になる。直接攻められる可能性は低いといっても、油断ができる所ではないのだ」
 続けて言う。
「それに、お前がここにいるということが、いつか我々にとって重要になってくるはずだ」
 俯いたままの姿勢で、カーマインは肩を振るわせた。
「……分かりました」
 それで、話が終わった。ルモグラフが、離れていく。
 俯いたままのカーマインの側に、ライトが近づいていくのが見えた。何か言葉を、小声で交わしている。

 そして翌日、ウッドの正門前に、騎馬が並んだ。四十騎ほどだ。
「セピア、シエラ王女殿下とは、どういった方なのだ?」
 いつの間にか、ブライトが近くにいた。
 セピアは、思わず笑む。
「真っ直ぐな方です。きっと兄さん達も、すぐに好感を持たれると思います」
「そうか、お会いするのが楽しみだな」
 ブライトが、快活に笑った。




     

 立って待っていた。


 拠点である小城から、少し北に行った所だった。

 日が、真上に達した頃に、数十の騎馬が、ゆっくりと駆けてくるのが見えた。
「よく来てくれた」
 ボルドーが声を上げると、集団の先頭にいた者が、下馬をした。それに倣ってか、続いていた者達も下馬をする。
「この度は、我々を受け入れていただき、感謝します」
 ルモグラフが、力強い声を上げた。
 ボルドーは、思わず笑った。
「感謝するのは、こちらの方だ。お陰で、ずっと悩んでいた心配事が一つ解消されることになった」
「ほう、あのボルドー殿が心配事ですか?」
「お前と戦うことだ」
 ルモグラフが声を上げて笑った。
「それは、身に余る誉め言葉ですな」

 少ししてから、ボルドーは、ルモグラフの後ろにいた三人の男に目を移した。
「これが、息子達か」
「はい」
 ルモグラフが振り向くと、一人が一歩前に出る。茶色の髪で、肌は日に焼けている。がっしりとした体型は、親父とそっくりだった。
「お目にかかれて光栄です。自分は、ルモグラフの長子でブライトという者です」
 これも、力強い声だ。
 その後、あとの二人の紹介もされた。ウォームとライトというらしい。この二人は、線が細く、あまり親父と似ている印象がなかった。

 それから、もう一人が目に入っていた。
「久しぶりだな」
 そう言うと、その一人は、慌てるように頭を下げた。
「お久しぶりです、ボルドー殿」
「お前も、よく来てくれた、セピア」
「は、はい!」

 その後、立ち話を切り上げ、乗馬して小城に向かうことにした。
「とにかく、これから国軍と戦うにあたって、詳しい内部の情報が欲しいと思っていたところだったのだ。頼りにしているぞ、ルモグラフ」
「それならば、私よりライトの方が詳しいでしょう」
「ほう?」
 ボルドーは、後ろのライトを見た。ライトは、軽く会釈をする。
「私も先日知ったのですが、どうやら息子達は、叛乱を起こすために、いろいろと画策をしていたようですので。まあ、把握できていなかった父親としては情けない話なのですが」
「叛乱だと」
「私などよりも、行動力があるようですよ、息子達は」
 ルモグラフが笑う。
「成る程、では頼りにさせてもらおうか」
 ライトを見て言った。
「お前の息子達は、部隊の指揮をできる力はどれほどある?」
「それは、直接見て計って下さい。当然、私も含めてですが」
 ボルドーは、また思わず笑ってしまう。
「では、そうしよう」
 それから、ルモグラフと話をしながら進んでいた。

 少しして、会話に間が出来た時に、セピアが馬を寄せてきた。
「あの、ボルドー殿。その、シエラは……殿下は、お元気でしょうか?」
 そう言う。
「御健勝であられる」
「そうですか……」
 セピアは、少し俯いた。
「ボルドー殿がいらっしゃるので、私などが心配することではないとは思うのですが、殿下の心情が、どうしても気になるのです。その……大丈夫なのかと」
 ボルドーは、思わず笑った。
「ペイルと、同じ事を言うのだな」
「ペイル殿?」
「あいつも、同じ事を心配していた」
 セピアが、ボルドーを見る。
「まあ、以前のように話すことは難しいが……お前が顔を見せるだけでも、まったく違うとは思うぞ」
「そう、ですか」
「ペイルにも、会ってみるといい」
「あの、もしかすると、ペイル殿も軍指揮を?」
「まさか。あいつは歩兵だ」





 さっそくルモグラフと息子達には、練兵の指揮をさせてみることにした。
 分かり切っていたことなのだが、ルモグラフの軍指揮能力は申し分がなかった。それに、ブライトも、かなりの力量を持っている。
 ウォームとライトは、一通りの技術を持っているようだが、上の二人と比べると物足りないと感じる力量だった。しかし、二人ともどうやら別の長所を持っているようだ。
 取り敢えず、練兵は任せておいても良さそうだった。

 翌日に、グレイとグラシアが戻ってきた。
 さっそく、四人に引き合わせた。グレイとライトが、顔見知りだったようだ。
 夜に、グレイ、グラシア、ルモグラフと息子三人とで、卓を囲んだ。
「では、聞こうか」
 ボルドーが言うと、ライトが一つ頷く。
「現在都は、二人の王子の政争によって、機構が二つになってしまっているといった状態ですね。例えば、宰相が二人いますし、軍の頂点である元帥も二人います」
「どういうこと?」
 グレイが言った。
「二人とも、自分の指名した者が正当な官職だと、言い張っているんです。ようは、正当性の主張のしあいのようなものでしょうか」
「あほらし」
「つまり、都の権力が二分しているということか」
 ボルドーが言った。
「しかし、それでは武力衝突が起こっても、おかしくなさそうなものだがな。軍も二分しているのだろう?」
「その辺りは、なんというか複雑ですね。どちらの王子も、慎重なんですよ。あからさまな独占姿勢みたいなものを、お互い見せないようにしているんです。なので、軍の実質的な部分は、特にどっちかに傾倒しているというわけではありません。だから、元帥といっても、二人ともにお飾りですので、大して実力はありませんし」
「ふううん」
 グレイが、変な声を出した。
「ちなみに、二人の王子の、人物の印象としてはどうだ? 直接見たことはあるのか?」
「二人とも、遠目ですが見たことはあります。一部では、二人とも取り巻きに担ぎ上げられただけの、無能だという声があるんですが、僕は二人ともに、ある程度の能力があると思います。特に、年長であるグラデ王子は、年下のシアン王子に比べると、あまり取り巻きがいないんですよね。それに、血統もシアン王子に比べると前王に近くはないんです。それなのに、あの権力闘争を勝ち抜いたところを察するに、本人もなかなかに切れる男だと思います」
「そういえば、どちらの王子も、王を名乗ってはいないのだな」
「ええ、そうなんですよ。在り来たりな権力欲者ならば、すぐに名乗ってもおかしくないと私も思うんですが。やはり、その辺りが慎重だと思います。ただ、言うまでもなく、二人ともに政事を良くしようということには、あまり関心がないようですが……」
「成る程」
 どちらの王子も、ボルドーは見たことが無い。
「確か、前の戦争の時に、急遽即位した王は、二年前に崩御したのだったな」
「ええ。病死だそうですが、本当かどうかは疑わしいですね」
 ボルドーは、少し間を作った。
「軍人で、厄介そうなのは誰だ?」
「まずは、なんと言っても、フーカーズ将軍とデルフト将軍でしょう。やはり、この二人の部隊は、実力が桁違いですね」
「そのお二方は、こちら側に来ることはないのでしょうか?」
 ブライトが言った。
「誘ってはいる。が、期待はしないほうがいいだろう」
 話を先へと促した。

「上級の将軍達は、これも元帥と同じで大した者はいません。ただ、下級の将軍辺りになると、能力の高いと思われる者がいます」
「一応、名を聞いておこうか」
「自分が気になった者でいえば、まずは中央の将軍、パステルとインディゴ」
「ああ、インディゴは知っているな。確かに、厄介な相手だな」
「それから中央遊軍を率いているゴールデン、オーカー……」
「オーカー?」
 ボルドーは思わず声を上げた。
「知っているのですか?」
「ああ。昔、わしがタスカンにいたころの部下だ。本人かどうかは分からないが」
「もし、本人ならば、こちらに引き抜けるかもしれませんな」
 ブライトが言った。

 そういえば、サップの話に、オーカーの名が一度も出なかったことを、ボルドーは思い出した。どういう経緯で中央の将軍になったのかは分からないが、確かに本人ならば、接触してみる意味はあるかもしれない。

 その他の将軍の名は、誰も分からなかった。やはり、時代が変わったのだということを感じる。
「その中で、現状の国を憂い、変革の思想を持っている者はいないのか? 要は、此方に引き抜けそうな者ということだが」
「彼らは、良くも悪くも根っからの軍人ですね。おそらく、国を裏切るようなことはできないと思います」
 ライトが言った。
「そうか」
「まあ、とはいえ、呼び掛け続けるべきでしょうが」

「スカーレットっていう名前は聞いたことはない?」
 グラシアが、ライトに訊いた。
「スカーレット。確か、十傑の一人だった方ですよね。いえ、都の組織周辺では聞いたことがないです」
「そっか」
 グラシアが、少し首を傾げた。
「じゃあ、シーは?」
「シー? いえ、すいません、分かりません」
 そう言った。

 その後、さらに細かい情報の分析をした。やはり強力な軍は、都周辺と国境にだけあるようだ。
「中央は、こちらを、どのくらい重要視しているか分かるか?」
「すいません。それは、分からないです」
「ボルドー殿。これから、どう戦っていく御算段なのか、聞かせては貰えないでしょうか」
 ブライトが言う。
「とりあえず、向こうの強力な軍が出てくるまで、今のままでいこうと思っている。出てきたら、その時々に応じて対応をするしかないな」
「ということは、当分は、地方管轄の軍が相手ですか」
「相手が動かなければな」
「そういえば、すでに二度ほど地方軍を撃退したと聞きましたが」
「大したことはない。相手もあまり戦意が無かったからな。ちょっと、突っかけただけで、浮き足立っていたぐらいだ」
 その後、部隊の編成の話を一通りしてから、集会は解散となった。

 グレイと、グラシアがその場に残った。
「実は、シーの故郷を見に行かせてた人からの報告が入ったの」
 グラシアの言葉に、視線が集まる。
「もう、村はなくなってたってさ」
「えっ?」
「もう、二年ぐらい前になくなったそうだよ。近くの町の人に聞いたんだって。結局、村の運営はうまくいかなかったみたいで、残った人たちは、それぞれ散っていったんだって」
 少しの沈黙ができた。
「シーの手がかりも、何もなし」
「どういうことだろう? シーは、村を助けるために軍に残ったんじゃないの? カラトのことだって、根本にはそれがあるからだと……」
 グラシアが、両手を横に上げて、軽く笑む。
「分かんね」
 三人が、再び黙った。

「故郷といえばさ」
 グラシアが言う。
「カラトの出身ってどこなんだろう? 実は、ずっと気になってたんだよね。聞いたことある人いる?」
 その言葉に、三人が見合った。
「わしは、ないな」
「私も」
「確か、この中で一番付き合いが古いのは、グレイだよね」
「そう、商団の砂漠越えの途中に知り合ったのが最初。砂漠を舐めているとしか思えないような軽装備だったの。それで、死にかけていたところを拾ったのよ」
「なんで、そんな所にいたの?」
「確か、道に迷ったって言ってたっけ」
「どんな迷い方だ」
 グラシアが苦笑する。
「で、そのままスクレイ国内に連れてきて、そこで別れたんだ。それから、再会したのが前の戦争の途中ってわけだね」
「ふうん。じゃあ、カラトの故郷は、スクレイの東の方なのかな」
 二人の話を、ボルドーは、ぼんやりと聞いていた。

 確かに、いろいろと不思議な男なのだ。あれほどの実力と変革思想を持っていながら、あの戦争まで、まったく世に表立つことがなかった。それが、やはり不思議でならない。
 ダークなら、何か知っているのかもしれないと、少し考えたが、気配が感じられなかった。

「もしかしたらさ」
 グラシアが呟く。
「いや、そんなはずはないとは思うよ。馬鹿な発想だとは思うけど……カラトが、どれだけこの国のために命を削ってきたか見てきているし。でも……」
「何さ?」
 グレイが、怪訝な顔をする。
「わしも今、同じことを考えたと思う」
 ボルドーが言った。

「カラトが、スクレイ人ではない、かもしれないということだろ」




     

 書物が積まれていた。


 小城の中の一室だった。
 グラシアに、出来る限り集めて欲しいと言うと、見たこともないほどの量が、すぐにシエラの部屋に積まれることになったのだ。
 少しずつ、読み進めてはいるものの、まったく進んでいる気がしなかった。
 それに、いまいち実感できるような知識になっている感じがなかった。しかし、今の自分には、これしかできないだろうと思うのだ。
 自分が、まったく役に立たないだろうことは分かっていた。だから、ボルドー達の作戦には、あまり口出しをしないでおこうと思ったのだ。
 しかし、当然このままでいようとは思わなかったので、安易ではあるが、出来る限り知識を得ようと考えた。何をするにも、まずはそれからだと思う。
 そして、今に至る。

 シエラは、書物から目を離し、息を吐いた。
 人が、集まってきている。不思議な気持ちだった。そして、緊張もする。ただ、その中に、自分に期待をして集まった者は、いったいどれほどいるのだろうか。
 一度だけ、隊長格の集いに、顔を出したことがあった。といっても、特に何も話さず、すぐに退出するもので、顔を見せる意味合いの機会だったのだろう。そんな王女に、落胆する者もいたのかもしれない。
 その中で、シエラは、ずっと頭から離れない事柄があった。
 ペイルとセピアがいたのだ。居並ぶ人たちの、後ろの方にいるのを、ちらりと確認したのだ。
 単純に、嬉しい気持ちがあった。
 本当は、会って話がしたい。しかし、王女という立場で、それが難しいことは分かっている。
 分かっているのだ。

「殿下、ボルドー様がいらしました」
 部屋の扉の外に立っているであろう、マゼンタの声がした。
 マゼンタは、オリーブの町で会ったことのある衛視の女の人だ。シエラの護衛部隊を指揮する者として、グラシアが連れてきたようだ。久しぶりに会ったマゼンタは、すぐにシエラの前でひざまずいた。
 それからは、ほとんどの時間、シエラの側にいる。

「入れていい」
 シエラが言う。ボルドーが入ってくると、恭しい仕草で頭を下げた。
「殿下、先日から言っておりました、南での資金調達を担当する者が決まりました。当分、南での仕事となりますので、今の内に殿下に謁見させておきたいと思い連れてきたのですが、宜しいですか?」
「いい」
 ボルドーが振り向く。少しして、中年の男が入ってきた。背は、低い方だ。
 男が、ゆっくりと頭を下げる。
「ドーブという者です」
 ボルドーが言った。
「そうか。では、よろしく頼む、ドーブ」
 シエラが言うと、ドーブは、もう一度頭を下げる。
「一言だけ、宜しいでしょうか?」
 少しして、ドーブが顔を伏せたまま言った。
「構わない」
 シエラが言うと、ドーブが顔を上げる。
「御礼を申し上げます、殿下。もう無いと思っていましたが、生涯で、再び命を燃やす機会を頂きました。必ずや、役に立ってみせます」
 目に、強い輝きが見えた。
「無学なので、無礼になる言い方だったかもしれません。御容赦下さい」
 そう言うと、再び頭を下げて、それから退出していった。
 ボルドーだけが残る。

「あの人も、カラトの昔の仲間?」
「ええ。その前は、コバルトの山賊仲間だった者です。まあしかし、商才に関しては能力のある者ですので、ご心配なく」
「そう……」
 ボルドーが、こちらを見る。
「少し、お疲れの御様子ですな」
 シエラは、黙った。
「殿下、勉学も宜しいですが、部屋に籠もってばかりですと、気が塞がってしまいます。たまには、練兵などを御覧になるのはいかがでしょうか。ルモグラフなどは、なかなかに見応えのある練兵をしますぞ」
「考えておく」

 しばらくの間を置いてから、シエラは口を開いた。
「……ボルドー。王とは、どういう人がなるのだろう。人の上に立つ人間には、どういう能力が必要なんだと思う?」
 言うと、ボルドーはこちらを見た。
「それは、後天的な意味で、でしょうか?」
 シエラは頷く。
 ボルドーは、手を顎につけた。

「……そうですな。人それぞれに考え方がある事柄でしょうが、私の考えは……人を見る目、でしょうな」
「人を見る目」
「そう……上に立つ者が、何でもできる必要はないと思うのです。部下が、何が得意で何が不得意か。また、何をしたい、何を考えているなど適材適所を見極める、そういう目です。私は、それがあるだけで、名君の素質があると思います」
「それは、どうすれば身につけられる?」
「経験、しかないと私は思います」
 思わず、シエラは溜め息をついた。
「それは、今の私には一番難しい」
 ボルドーが、笑む。
「だからこそ、気長に考えるべきだと思います。ところで、乗馬の訓練は進んでおりますか?」
「ある程度、できるようになっているとは思う」
「それは、何より。そのように、できることからするべきだと思います」
 そう言って、ボルドーは出て行った。

 しばらく、沈思していた。
 今日は、外に出て行こうか。
 シエラは、そう思った。










 石畳で整備されている道を歩いていた。
 都の一角である。驚くほどに人が溢れている都だが、王宮から軍事府に続くこの道は、いつも閑散としている。
 都で、ここだけが気に入っていた。
 フーカーズは、自らの部隊と共に、都に待機するようにと命令が下っていた。もう一ヶ月になる。今日も、任地に戻りたいという申請をしてきた帰りだったが、受諾される期待は、あまりしていなかった。
 理由も分かってはいる。

「おおい」
 背後から声がした。
 フーカーズは、振り返って、声の主が来るのを待った。
 小走りで、具足をつけた男が、こちらに向かってきていた。藍色の髪色をしていて、背が高い。歳はフーカーズよりも、三つか四つ高いぐらいだったか。
 将軍のパステルだ。

「悪い、フーカーズ」
 パステルは、フーカーズの前で、立ち止まった。
「今、時間はあるか?」
「寧ろ、暇を持て余しているよ。早く、任地に戻りたいのだがな」
「それは、当分無理だろう」
「そうだな」
 フーカーズは、苦笑した。
「何の用だ?」
 言うと、パステルは少し表情を引き締めた。

「フーカーズ、会議に参加するんだ」
 予想通りの話のようだ。
「上の連中の中には、君が例の一派と繋がっていると疑っている者もいる。君が直接会議の場で、潔白を主張するべきだ」
「私が言ったところで効果があるか疑問だな」
「当然あるさ」
 パステルが言う。
「それに……上の連中の中には、君の部隊を取り上げようと考えている者もいる」
「それだけは、絶対にさせん」
「当然だ。私も、させたくはない。だからこそ、君が会議に出なければならないのだ」
 フーカーズは、パステルの顔を見た。

 パステルは、今までも、独断専行で問題になる自分を庇ってくれることが何度もあった。スクレイ軍の中でも、数少ない好感が持てる男の一人だ。申し訳ない思いも当然ある。
「分かった、出るよ」
 言うと、パステルが頷いた。
「デルフトも、来て欲しいのだが」
「あいつに関しては、私にはどうしようもないな」

 その後、パステルと並んで、軍事府に向かって歩いた。
「西の謀反だがな、ボルドーという者が加わっているらしい。まさか、あのボルドー将軍なのだろうか?」
「さあ」
 パステルは、意外そうな顔をする。
「君なら、分かるんじゃないのか?」
「いや、そこまで親しいわけではないのでな」
「そうなのか?」
 パステルは、視線を前に戻す。
「他にも、十傑の名前が入っているんだ」
 パステルの表情が歪んだ。
「仮に本物だとすれば、一体何を考えているのだ。今は、国を一つに纏めなければならない時だろう。こんなことをすれば、また外国に足下を掬われてしまうぞ」
 フーカーズは、黙っていた。
「こんなこと知れば、カラト将軍は、さぞ嘆かれるであろう」
 続く。
「カラト将軍は、一体どこに行ってしまわれたのだろうか……」
 フーカーズは、パステルの顔を横目で見た。
 本当に、疑問に思っているように見えた。カラト暗殺のことは、知らないように思える。とはいえ、パステルが関わっているとは始めから思っていなかったが。

「上は、西の叛乱に対しては、どういう方針なのだ?」
 フーカーズは、パステルに問うた。
「それが、よく分からない。問題視していないはずはないのだが、本格的な討伐に乗り出す構えが、まだ見えないのだ」
 軍事府の前で、パステルとは別れた。

 フーカーズは、イエローの町であったことを思い出していた。
 パウダーという男の部屋から出る際に、子供を見た。その子供の首に、カラトの首飾りが掛かっていたのだ。
 その時、おおよその合点がいった。
 その前に聞いたボルドーの話には、どこか違和感が感じられた。何かが抜けているような違和感だ。ただ、ボルドーが話さなかったので聞かなかったが。
 そこに、あの子供を填めると、ある程度の合点がいく。
 そして、西の叛乱で王女として担ぎ上げられている者は、シエラのいう名の女らしい。それも、年端もいかない娘だそうだ。
 おそらく、あの時の娘だろうと思っている。

 軍事府の、フーカーズに与えられている部屋に入った。
「将軍、来客が待っているのですが」
 待っていた部下が言った。
 都にいると、自分に対して何かしら交誼をとろうという輩が、よく訪ねてくる。何か意味があるのかと言いたくなるが、自分の名は、ある程度の効果があるらしい。
 追い返せ、と言おうと思ったが、少し考えた。
「何という名の者だ?」
「コバルト、と名乗る男ですが」
 意外な名だった。
「ここに通せ」
「はっ」
 フーカーズは、自分の椅子に座った。

 おそらくコバルトも、ボルドーの一派の仲間だろう。ということは、自分を直接説得するために、出向いてきたということか。
 随分、思い切ったことをするものだ。国に対して、謀反を起こしたということは、都は、いわば敵の本拠だ。自信があってのことなのか、それにしても、大胆な行動になる。

 フーカーズは、椅子に深く座り、目を閉じていた。
「失礼します」
 声がしたので、目を開く。目の前に立っている具足姿の男がいた。
 しばらく、黙っていた。
「誰だ、お前は?」
 フーカーズが言った。
 知らない男が立っていた。
 男が、少し笑む。
「初めまして、フーカーズ将軍。お目にかかれて光栄です。この度、新たに将軍に就任することになりました、コバルトという者です。以後、お見知り置きを」
 男が、ゆっくりと頭を下げた。
「……何の用だ」
「特に、何も。ただ、将軍に私のことを知っておいていただこうと思いまして。この先、いろいろとありそうなので」
「そのために、わざわざコバルトの名を使ったということか」
「いいえ」
 男が言う。
「コバルトは、私です」
 そう言った。

 何を言っているのか、と思った。不快であることには、変わりない。今までも、こういう手合いはいたが、今までの輩とは、違うところがあった。
 心気が使えることが、見て分かったのだ。それも、かなりの手練れのようだ。
 何者なのか。
「では、これにて失礼します」
 男が振り返った。呼び止めたい衝動が起きたが、堪える。

 男が去ってから、フーカーズは、窓の外に目をやった。




       

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Neetsha