Neetel Inside 文芸新都
表紙

少女は英雄を知る
決戦2

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 馬上にいた。


 昨日の夜に行われた軍議で、昨日の撤退命令に不満を漏らす者が何人かいた。ゴールデンが討たれたとはいえ、攻撃を続けていれば勝てていたという意見だ。
 フーカーズは、そうは思わなかった。肝心要の王女のすぐ近くには、カラトがいたのだ。
 ただ、そこまで説明しようとは思わなかった。どのみち、あの男の強さは言葉で説明しても分かるものではない。

 それよりも、カラトが生きていたということに驚きだった。
 今まで、どこで何をしていたというのか。
 フーカーズは、一度目を閉じた。
 考えても仕方のないことだ。今考えるべきことではない。ならば、もう考えない。
 意識を、現状に戻す。目を開いた。

 こちらの配置は、歩兵が二つに分かれているのは昨日と同じだった。
 同じ戦術を何度も使うのは愚策なのだが、余計な奇策はとりたくなかった。
 相手がどのような対策をしてこようと、自分の部隊ならば、どうとでも対応することができる自信がある。

 やがて、ゆっくりと両軍が近づき始める。
 相手の配置に目を凝らした。
 全体的に、歩兵が二つに割れているのか。こちらの歩兵に対する構えに見えた。歩兵同士のぶつかり合いを膠着させ、騎馬戦で勝敗をつけようということなのか。
 だが、昨日いたはずの、歩兵の前にいた騎馬隊が見えない。
 何かが妙だ。

 さらに近づく。
 ようやく発見した。騎馬は、かなり分散している。歩兵の中や外に、少しずつ配置していることが分かった。
 騎馬戦をする気がないということなのか。しかし、それでは昨日何度も見せた自分の戦法を妨害することができないのではないのか。
 何か、まだあるのか。

 敵は、相変わらず前進を続けている。
 その歩兵の先頭、中央辺りに、目がいった。
 そうか。
 そこで敵の戦法が、ようやく分かった。





 敵軍の中央。歩兵の一番前に、並んで歩いているのが見れた。
 右にはダーク。左にはコバルト。背後には、騎馬のグラシアも見えた。
 そして、真ん中にはカラトがいる。
 歩兵の陣形の中に入っているのではない。明らかに、異質な配置だった。
 まず間違いなく、自分の部隊に、あの四人で対する作戦なのだろうと、フーカーズは思った。
 部隊戦闘では、勝負ができないと見切りをつけての作戦なのだろう。普通ならば無謀なのだが、あの四人ならば、無謀でも何でもない。
 どこか、十傑がクロス軍の本体と戦った、あの時に似ていると思った。
 おもしろい。どう戦ってくるのか、興味が引かれた。

 フーカーズは、剣を抜いた。そして、頭上に掲げる。
 麾下の騎馬隊が一斉に疾駆を始めた。
 自軍の、右翼から飛び出す。
 いきなり矢が飛んできた。騎馬隊の先頭付近にいた者が、落馬した。
 事前に、グラシアの矢には注意するようにと言ってはいるが、簡単に対応できるものではない。
 敵歩兵に目を向けるが、あの四人がどこにいるか分からなかった。
 さらに近づく。敵に突撃をかけようと思った瞬間に、敵歩兵の中から、カラトが飛び出してきた。
 圧倒的心気がぶつかった。騎馬隊の勢いが挫かれた。
 続けて、ダークとコバルトが出てくる。さすがに、二人も峻烈な攻撃をかけてくる。
 足を止めての乱戦になると不利だ。フーカーズは、すぐに馬首を回した。
 味方歩兵の中に戻る。そして、進みながら敵歩兵に目を凝らした。
 やはり、あの四人だけが、こちらの動きに合わせて、味方歩兵の中を移動しているのだ。少ない人数である向こうの方が、それは容易いはずだ。
 今度は、左翼から飛び出す。
 騎馬である分、こちらの方が、あの四人より少しだけ速い。敵の歩兵の端を削ると、すぐに外側に離脱した。
 程なくして、カラト達が歩兵の中から現れる。
 その後、同じような遣り取りが続いた。フーカーズが、敵の歩兵に攻撃しようとすると、カラト達が現れる。敵に深く食い込むことができなかったが、こちらも、それほど大きな打撃は受けない。
 成る程、敵の戦法が分かった。
 しかし、これはあくまでも、自分の部隊を抑えることまでしかできないはずだ。あの四人で、この部隊を壊滅させることなど絶対にできない。
 歩兵同士のぶつかりあいで勝敗を決しようということなのか。

 移動しながら、全体の状況にも目を向けていた。大きく二つに分かれている歩兵同士のぶつかりあいだ。
 右翼のパステルの軍が、押している。
 押している?
 一つ違和感が起こる。
 こちらの二つの歩兵は、ほぼ均等の力配分をしていたので、相手も同じようにしてきていると、勝手に思ってしまっていた。
 次の瞬間、左翼のインディゴの歩兵に、いつの間にか纏まっていた敵騎馬が突っ込んでいた。





 ルモグラフは、敵左翼の前方、つまり味方の右翼の歩兵の中にいた。
 左翼には、あまり戦力を配分していない。あくまでも、粘ることを主目的に置いた組み合わせだ。左翼が崩れる前に、こちらがインディゴの歩兵を崩す。それが、作戦だった。
 ルモグラフは、ずっと機を伺っていた。そして、その機を感じ始めると、ばらけていた騎馬を、自分の周りに集め始めた。

「よし、行くぞ!」
 叫んで、剣を振る。
 前方の歩兵が、一斉に道を開ける。そこを、五百の騎馬隊で突っ込んだ。
 敵歩兵を薙ぎ倒す。手応えがあった。敵陣の中央付近まで突き進むと、敵の中核と思われる部隊とぶつかった。
「押せ!」
 一気に押した。
 インディゴの顔が見えた。真っ直ぐに、こちらを見据えている。

「インディゴ将軍」
 ルモグラフは叫んだ。
「投降なされよ。貴女は十分に戦われた。あなたを侮辱できる者など、絶対にいない」
 しばらく黙った後、インディゴは息を吐いていた。それから、槍を地面に突き立てた。
「降参しよう」
 インディゴが、はっきりとした口調で言っていた。
「貴女と、周りの者は一時的に拘束させていただきます」
「仕方がないね」
 ルモグラフは、すぐに部下に指示をだした。それから、追いついてきた歩兵に、その場を任せて、もう一度騎馬隊を整える。すぐに、敵右翼に向かうのだ。

「ルモグラフ殿」
 声がした。インディゴの声だった。
「頼みが一つあります。こちらの右翼を指揮しているパステルという男は、実直で能力がある男です。ただ、一つのことにのめり込んだら、それしか見えなくなってしまう。ここで死なせるには惜しい男です。どうか、できることなら、生かしてやってほしい」
 わざわざそう言うほどなのだから、よほどの男なのだろう。
「善処します」
 そう言って、騎馬隊を動かした。





 フーカーズは、歩兵の横に動いた。中央に近づこうとすると、すぐにカラト達が現れるのだ。
 戦況は、劣勢だった。インディゴの部隊は、完全に崩れている。パステルの部隊にも、先ほど敵の騎馬隊が側面から突っ込んでいた。
 パステルが、何とか踏ん張ろうとしていることが、遠目にも分かった。
 しかし、この状況では、踏ん張れば踏ん張るほど犠牲が増えるだけだ。
 ここまでか。

 フーカーズは、騎馬隊を停止させた。
「全軍退却だ。合図を出せ」
 部下に指示をした。
 それから、敵軍に目を向ける。
 五十歩ほどの距離に、四人がいるのが見えた。先頭にいるカラトと目が合った。
 その片目が、真っ直ぐにこちらを見ている。
 睨んでいるのではない。ただ、こちらを見ている。

 フーカーズは、視線を外すと、馬首を回した。










 戦闘が終わり、一旦全軍を集結させた。
 敵が退却を始めて、追撃戦になると思われたが、敵軍のしんがりでフーカーズ軍が、縦横無尽に奮戦した。なので、それほど敵に大打撃を与えることができなかったのだ。
 ただ、敵将であるインディゴが投降し、パステルは捕縛したとのことだ。敵の戦力の低下は、計り知れないだろう。フーカーズ軍も、かなり削ったという。
 戦後の処理が終わると、再び隊長格を召集した。

「次戦場は多分、橋の手前だろう」
 グラシアが言った。
「橋?」
 シエラが聞く。
「国軍が、大河を渡るために設けた船橋のことです。ちょっと前に、王子達が、西に来る時に設置したようで、その後、国軍の移動通路として使われているようです」
「大河って、すごく大きいのだろう?」
「そうです。ですから、船も多いのですよ」
 よく分からなかった。ただ、想像もできないことがあることなど、今更不思議でも何でもない。
「おそらくフーカーズは、橋の手前で陣を敷くはずです。なぜなら、あそこならば、兵数差があまり意味を成さないからです。それに、それを無視して別のところから大河を渡ると、挟み撃ちをされてしまう。だから、絶対に無視することができない」
 そう言った。
 その後、戦力の分析が始まる。

「敵の二将がいなくなったとはいえ、まだフーカーズは健在だ。フーカーズが守ることに主眼をおいた指揮をしてくるとなると、また苦戦することになるだろうな」
 ほぼ全員が頷いていた。それから、どう進むかの話し合いが始まった。

 少しして、騎馬が一騎、大急ぎでこちらに駆けてきた。そちらに視線が集まる。
「報告」
 乗っていた者が、馬から飛び降りた。
「斥候からの報告です。敵の全軍が、橋を渡り東に向かったとのことです」
「渡った?」
 グラシアが言った。
 さらに第二報、第三報と続いた。全員同じ内容だった。
「どういうことだろう?」
「とにかく、実情を把握するまで、この場で待機ということで」
 それで、その場は散会になった。

 しばらく幕舎内で、グラシア達と話をしていると、グラシアが外から呼ばれていた。幕舎のすぐ前で、男が一人立っているのが見えた。シエラは、知らない顔だった。
「ライトから、何か報告が?」
 グラシアが言った。
「はい」
 男が、片膝を地につけていた。
「国軍は、都の近辺に向かっているようです。どうやら、王子が全軍を呼び戻したようです」
「間違いないのね」
「おそらく」
 男が下がっていった。その場にいる者達で、向かい合って立った。
「王子は判断を誤ったな」
 グレイが言った。
「船橋の前で陣を組まれると、突破するのに、結構時間がかかったと思う。だけど、都まで下がったのなら、そこまで一気に進むことができる。都まで進めたのなら、今や兵数が勝っているこちらの方が、断然有利だ」
「いくらフーカーズでも、都の近くでは戦い辛いだろう。いや、もしかすると、指揮権を剥奪されるかもしれないし」
 コバルトが、息を吐きながら、腰に手を当てた。
「結局、最後の最後まで、前線の足を引っ張るんだな、王子ってやつは……」
 しばらく、その場に沈黙ができた。

「報告」
 また一人が、駆けてきた。
「敵影を、橋の手前で確認しました」
「敵影?」
「全軍東に向かったんじゃないの」
「そう思っていたのですが、まだ残っていたようです。ただ、数が二百前後なのです」
「じゃあ、もしかしたら、こちらに投降しようって集団なのかも」
「いえ、それが橋の手前で、西に向かって陣を敷いているのです」
「陣」
 数人が、何かに気付いた顔をした。
 斥候が、続けて言った。

「指揮をしているのは、おそらくフーカーズです」




     

 大河を見た。


 向こう岸が、ほとんど視認できないほど遠かった。北から南に、緩やかに水が流れているように見える。底は見えない。
 よく考えると、これは、とんでもない水量なのではないのか。こんなものが、絶え間なく、どこから出現するというのか。北の山々から、大河が始まっていると言うが、想像ができなかった。
 海を見たことがあるが、それとはまた違う驚きだった。
 誰も、不思議そうな顔をしていない。自分だけが、おかしいのか。
 思って横を見ると、目を丸くしたセピアと目が合った。
 ちょっと、安心した。

 大河を右手に見ながら北に進むと、川幅が少しずつ狭くなっていることが分かった。
 丘を一つ越えると、遠くに、河を横切った何かが見えた。
 あれが船橋か。
 木製であろう塊が、いくつも横に並んでいるようだ。あの一つ一つが、船なのだろう。
 そして、その橋の手前の陸地に、集団が固まっているのが見える。全員、こちらに向いている。
 数は、二百ほどか。全員が騎馬だ。
 まず間違いなく、フーカーズ軍だろう。
 王女軍は、進軍を停止した。

「フーカーズからすれば、きっと負けないための最善の方法が、あそこで戦うことなのだろう。無条件に河を渡られてしまうと、戦闘に適した場所が、もう無いからね」
 すぐ近くにいたカラトが、独り言のように呟いた。
「それは分かったけど……じゃあ、その方法がとれないことになって、何故フーカーズはここにいるのだ?」
 シエラが言うと、カラトがこちらに向く。
「ここで戦わないことは、フーカーズにとっては負けと同じなんです」
「どういうことだ?」
「彼の信条なんだ」
「信条……」

 昨日、捕虜になったインディゴとパステルに面会したことを思い出す。
 後ろ手に縛られたパステルが、シエラを見るなり大声を上げた。
「王女殿下、お願い申し上げます!」
 そう言って、額を地面にぶつける。
「どうか、フーカーズを……彼を御助命下さい」
 それから顔を上げて、必死の形相でシエラを睨む。
「あの男は一代の英傑だ! こんな所で死んでいい男ではない! どうか、お願いします。この首で、何とかなるとは思いませんが、どうか」
 その後二人は、拘束されたまま、後方の陣に移された。
 それを思い出して、フーカーズのことを考える。

「フーカーズは、何か王子に従わなければならない理由があるのか? 十傑の解散の後、軍に残った理由があるのか?」
「それについては、カラトの責任だ」
 いきなり声がした。カラトとは反対側の背後に、いつの間にかダークがいた。
 ダークが、こちらを見ずに言う。
「王族は十傑を恐れていた。その力も、影響力もな。それは、軍を抜けたからといって、簡単に無くなるものではない。だからこそ、カラトが協定という、交換条件をつけることで、王族達が簡単に手を出せないようにしたんだ。カラトは、十傑の十人だけを守ればいいと考えたが、そうじゃなかった。王族は、十傑の軍にいた、能力の高い兵達も恐れていたんだ。その者達は協定の加護の下にはいない。どこにいても、王族達に狙われる恐れがあった。だから、フーカーズは、そういう奴らを纏めて一つの部隊にしたんだ。自分の指揮下に置いてな。それで、王族達が簡単に手を出せないようにしたってことだ」
 カラトは俯いていた。
「つまり、その者達を守るために戦っているということなのか。しかし、ここで戦ってしまえば、その者達を傷つけてしまうではないか」
 思わず、声が大きくなる。
「馬鹿げているとは思わないのか」
 シエラが言うと、ダークは肩を上げた。
「さあな。奴に聞いてこいよ」
 シエラは、目線を前方に向けた。
 そのまま、乗っていた馬を駆けさせた。
「殿下!」
 背後から声がするが、無視して駆けた。
 そのまま、両軍が構えている間に走る。自軍の方から、どよめきが起こっていた。
 フーカーズ軍に、声が届くと思われる所まで行って、馬を止めた。
「将軍! フーカーズ将軍!」
 腹から、声を上げた。
「お願いします! どうか、出てきて下さい!」
 正面の部隊は、誰一人動かない。
「将軍!」
 もう一度叫んだ。

 すると、何かが動いているのが見えた。しばらくして、ゆっくりとした足取りで、三騎の騎馬が進んで来る。
 先頭は、間違いなくフーカーズだった。
「関心しませんね、王女殿下。御大将が、このような所に出てこられるのは」
 二十歩ほどの距離で止まって言った。
 それから、少し口元を綻ばせながら、首を振る。
「いや、無用な危惧というものだったようですね。その二人がいるのなら、この国で、これ以上のない護衛だ」
 その言葉を聞いて振り向くと、いつの間にか、騎馬のカラトとダークが背後にいた。
 シエラは、もう一度フーカーズに向く。

「将軍、どうか投降して下さい。いや、投降じゃなくてもいい。私は貴方を最大限に重用をする。これ以上の戦いは無意味です。貴方や、貴方の部下の人達には、絶対に危害が及ぶことがないと保証します」
 フーカーズは、無表情でシエラを見ている。
「貴方は、部下の方達を守るために、軍に残られたのでしょう。このように戦うことに、何の意味があるというのです」
「殿下は私を買い被られておられる。私は、それほどの男ではありませんよ。軍に残ったのも、私には、軍こそが自分の居場所だと思っているからです。そして、今ここにいることも同じことです」
 続けて言う。
「確かに、始めはそのような気持ちがあったことも否定しません。しかし、今はこの部隊を手放したくはないという思いの方が強いのです。こいつらと共に、戦いきるだけ戦いたい。それができなくなるのであれば、もう私に意味はない」
「それなら、王子のもとでなくてもいいでしょう?」
「王子のもとではなく、国のもとです。私たちが軍人として選んだ道です、殿下。その矜持は、最後まで消えることはありません」
 力強く答えた。
 シエラは、言葉を探した。
「……パステル将軍にも、頼まれています」
「あの男を使ってやって下さい、殿下。私などより、よっぽど未来のある男です」
 シエラは、言葉が無くなり、俯くしかなかった。

 騎馬のカラトが、シエラの横に進んで並んだ。
「フーカーズ」
 カラトが言った。
「生きていたのだな、カラト」
「うん……」
「お前がいるのならば、もう何も問題は無かろう。このまま、お前の夢に向けて突き進むがいい」
 カラトが、また少しうなだれる。
「すまない、フーカーズ」
「やめろ、カラト。私は、お前と出会わなければ、ここまでの地位には立てなかっただろう。それは即ち、自分の思い通りの戦ができないままだったということだ。もし、そうであれば私は、これほど生き甲斐のある人生にはならなかったと思う」
 そう言った。
「感謝することはあれど、謝られるようなことはない」
 しばらく間。

「スカーレットには、悪いことをしてしまったな。私が焚きつけたようなものだからな」
 フーカーズが呟いた。
「スカーレット?」
「いや……」
 また、しばらく沈黙。もう何も言えなかった。

 フーカーズが、少し手綱を動かした。
「殿下、最後にお願いが一つあります」
 フーカーズが言う。シエラは顔を上げた。
「戦いが終わった後、もし投降をする部下がいれば、どうか受け入れてやってほしいのです」
 だったら、何故今、そうしないのだ。
 シエラは、その言葉を飲み込んだ。

「……分かりました」
「感謝します」

 そう言うと、馬首を回し、駆け去っていった。





 しばらく、動かなかった。
 船橋の前にはフーカーズ軍。それを正面に見据えて、王女軍が構えている。その状況で、制止していた。
 端から見れば、おかしな光景だろう。フーカーズ軍は、約二百。王女軍は、六千を越える軍勢なのだ。そのまま進めば、簡単に踏みつぶすことができる兵力差なのだが、王女軍は、動いていない。
 シエラの、攻撃合図を待っているのだ。
 シエラは、その合図を出すことを躊躇っていた。

「殿下、いつまでもここにいるわけにはいきません。変に足踏みをしてしまうと、世間の評価が変わってしまうかもしれません。都まで戻った敵の士気も、回復させてしまう恐れもあります」
 近くにいたグレイが言った。
 歯噛みをする。
 このまま、フーカーズを死なせてもいいのか。
「どうにか、生け捕りにすることはできないのか」
「おそらく……無理でしょう」
 シエラは、しばらく顔を俯けた。

 それから、顔を上げる。
 シエラは、手を挙げた。
 少しの間。
「前進!」
 ルモグラフの大きな声が聞こえた。
 軍の、前の方に構えていた部隊が前進を始めた。
 今シエラが出した合図は、十傑が率いる部隊以外の部隊を動かせという合図だった。フーカーズを攻撃することに、十傑の者達を使いたくはなかった。
 それでも、二百対四千なのだ。

 どんどん自軍の前衛とフーカーズ軍との距離が縮まってくる。フーカーズ軍は、まったく動く気配がなかった。
 まさか、このまま無抵抗にやられる気なのか。
 思ったとき、剣が見えた。
 上に掲げられた剣。
 次の瞬間、二百の部隊が、凄まじい速さで動いた。王女軍の前衛に、そのまま突っ込んできた。
 そして、縦横無尽に駆け回る。
 ルモグラフが、重囲しようと歩兵を動かすが、まったく捕まえることができない。
 大軍であるはずのこちらが、どうにもできなかった。
 あの二百は無敵なのではないのか。そう思ってしまいそうになった。

「殿下、無駄な犠牲は避けるべきです」
 グレイの声。つまり、瀬踏みするような攻撃は止めろと言っているのだろう。
 シエラは、もう一度手を挙げた。
 今度は、残っていた部隊が動き始めた。十傑の部隊も動く。
 カラト、ダーク、コバルトの部隊が一気に進むのが見えた。ずっと動いていたフーカーズ軍が動けなくなっていた。
 そうなると、もう抗いようがなかった。歩兵の大軍に、飲み込まれていく。
 あれほど凄まじかったフーカーズ軍が軍勢の中に消えていく。

 土煙で、視界が霞んだ。

 その時。

 光が反射した。

 剣が、上に掲げられた。


 それが、土煙の中に消えていった。








       

表紙

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Neetsha