Neetel Inside ニートノベル
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藤崎くんにはスキがない
第一話「お弁当、居眠り、告白」

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 藤崎くんはスキがない人です。
「あー……弁当持ってくるの忘れた」
 表情ひとつ変えずに、鞄の中をまさぐっています。しかし今日は弁当を忘れたようです。これは大変。このままでは午後を空腹のまま迎えなくてはいけません。
「財布も持ってきてないし、参ったな」
 さらには財布も忘れた様子。これは一大事です。購買でお昼を買うこともできません。スキがない緒方くんでも、このピンチを切り抜けるのは厳しいかも。
 どうする藤崎くん!
「あ、予備の弁当が入ってた。これでいいか」
 大丈夫だったー! 
 弁当、入ってました! 予備の!
 なに予備の弁当って! いつのための、予備!
 しかし予備の弁当を入れていたおかげで、無事に苦難を乗り越えられそうな藤崎くん。これでどうにか、今日の午後を無事に……
「でも箸がない」
 箸がなかった! そうは問屋が卸さないと言わんばかりに、箸がない事件が発生! さすがに箸がなければ弁当は食べられない! どうする藤崎くん!?
「あ、予備の弁当おにぎりだった」
 手づかみできる弁当だったー!
 スキがない! さすが藤崎くんスキがない!
「こうして藤崎くんは、今日もスキがない一日を送るのでした……」
「何ブツブツ言ってんの、小町」
「ん? いや、予備って大事だなあって」
「あー。確かに、私もシャーペンの予備ないと困るな」
「すずちゃんっていつも芯じゃなくて本体折るよね」

     ○

 無事にご飯を食べ、藤崎くんは午後の授業に励……
「…………」
 まない。完全に寝息を立てています。その寝息の音たるや、あまりにも無防備で地理の向田先生は怒り心頭のようです。ツルツルの頭がゆでダコのようになっています。これでは叩き起こされるのは時間の問題。
「コラ! まーた寝とるのか藤崎は!」
 言わんこっちゃない! 向田先生が授業を中断してどかどかと藤崎くんの前に立ちます。ちなみに藤崎くんの席は一番前の中央。どうして眠ることができるのかはよく分かりません。多分どこかに時差があるんだと思います。
「…………」
 そして起きません。向田先生の四角いメガネがカタカタ震えます。
「藤崎!! 起きろこのバカが!!」
 いきなり発せられた怒号に、左右の席の人が驚きます。当の藤崎くんはようやく何かを察知したのか、むくりと体を起こします。
 藤崎くんは背が高いので、きちんとすると後ろの人が黒板を見づらくなります。私のような低身長はちょっと困ります。
 でも、いつも寝てるので困りません。スキがない。
「……? 何怒ってるんですか先生」
「お前が寝てるからだろうが!!」
 フーッフーッと向田先生は鼻息荒く怒ります。
 ちなみに向田先生の鼻息は臭く、ぼろ雑巾を牛乳に浸けて納豆をまぶしたような激臭がする、とすずちゃんがイライラしていました。
 なので正確に言うと、鼻息臭く怒る、という感じでしょうか。
「藤崎。気持よ~く眠っていたお前に、特別問題を出してやろう」
「はあ……」
 これは大変。向田先生、藤崎くんが寝ている間にやっていた範囲から問題を出すつもりです。答えられるはずがありません。どうする、藤崎くん。
「九州で見られる、火山噴出物の台地の名前は何だ!」
「シラス……」
 おおっ、と歓声が上がります。
 正解はもちろんシラス台地です。これには先生もぐぬぬと困り顔。
「なっ、ならば二番目にシラス台地が占める面積が多いのはどこだ!」
「宮崎か……」
「その占有率は!」
「16あたりがいいかもしれないな」
 またも歓声。なんとこれも正解です。宮崎県が占めるシラス台地の割合は16%ほど。藤崎くん、予習してきたのでしょうか。やっぱりスキがない。
「くっ……わ、分かっとるならいいんだ」
 向田先生はとても悔しそうです。せんせー早く進めてくださーいと声が上がったことで、向田先生渋々授業を再開しました。
 しかし、藤崎くんはどうして答えがわかったのでしょう。予習にしては的確すぎる気もします。ちょっと耳を澄ませてみましょう。
「……よし!」
 小さくガッツポーズ。
「16日はシラス丼食いに行こう」
 どうやら宮崎でシラス丼を食べる夢を見ていたようです。
 夢のなかでもスキがない。
「小町」
「どうしたのすずちゃん」
「……シャーペン貸して」
「予備持ってきてなかったの?」

     ○

 ……ついにこの時がやって来ました。
 放課後、私は校門にいます。ある人を待っているのです。
 それはもちろん、藤崎くん!
 バレているかもしれませんが、私は藤崎くんのことが好きです。ラブです。色々理由はありますが、藤崎くんのことを考えられずにはいられません。そのことをすずちゃんに話したら「そんなことよりシャーペン貸して」と褒められました。五分後くらいに折れてました。
 そして私は今日、藤崎くんに告白をします!
 背が高くて、勉強もできて(?)、女子の人気も高そうな藤崎くん。もう彼女がいるかもしれませんが、いわゆる当たって砕けろ! ってやつです。一年の頃から気になっていましたが、今日、ついに私は告白します!
「あー、疲れた疲れた」
 聞き覚えのある声! 私はすかさず校門から飛び出します!
「ふっ、藤崎くん!」
「ん?」
 目の前で立ち止まる藤崎くん。不思議そうな表情をしています。
 こっ、ここまできたら言うしかありません! この時のために機会をうかがってきたのです! 勇気を出せ、茜屋小町!
「あっ、あのっ、藤崎くんわたしっ」
「あ、ああ……」
「ふ、藤崎くんのことが……」
 いっ、言います! 言いますよ!
「好き、なんです!」



 ここで、藤崎くんについての豆知識を、もうひとつ。

「………………スキ、って何だ?」
 そう。
「スキ、スキ……分かった! 天ぷらにすると美味しいよなよな! おれもスキだ!」
「う、うん! わたしも好き!」
「あっ、でもおれ今度シラス丼食うんだった。茜屋も行くか?」
「うん! 行くよ! 藤崎くんが行くのならどこまでも!」
 藤崎くんには、恋愛感情というものがありませんでした。
 さすが藤崎くん、スキがない。



 第一話「お弁当、居眠り、告白」

       

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