Neetel Inside 文芸新都
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 今宵も暑い。
そして今宵もうちにエアコンは無い。
今宵というか今年もないし、きっと来年も無い。
部屋の四方八方どこを見渡しても、あの白い長方形は確かになく、在るように見えたとすればそれは熱に視覚野をやられて幻覚を見ているだけだろう。
受験生の息子が、受験の天王山と言われる夏のこの時期を、砂漠を彷徨う旅人の精神状態で過ごしているとも知らずに、親は今宵も低俗なお笑い番組で白雉のような笑い声をあげている。
涼を取り込むつもりで窓を開けた。
予想した通り、外の空気は日中の暑苦しさをまだまだ残しており、流れ込む空気は生温く、
時おり吹く風はその身に涼しいが、その風量も部屋の熱気を和らげてくれるほどには心もとなく、肌の冷えは束の間ことでしかない。
家から目と鼻の先にある田んぼから聞こえてくるのは蛙たちの鳴き声で、
この温暖な気候のせいか、もはや風情のかけらも無いほど嫌に生き生きとしていて煩く、一刻も早く中断すべき生命の狂乱だ。
断ち切りたい生命の輪廻だ。

 昨夜の食事中、テーブルを挟んで親と相対し、エアコン導入を直談判してみたが、くちゃくちゃカレーを食いながら親に「そんな金、無い。」と一蹴にふされた。
空かさず俺が「受験勉強に集中できない。」と真っ当な理由を引っ提げ食い下がってみると
「甘えるな。バイトして自分で稼げ。」などと多忙極まる受験生には酷なことを言われ、「頑張ろうとする子供を応援する気持ちはこの親には無いのか。」と思った。
果てには「あんたは"温室育ち"の坊ちゃんなんだから、エアコンなくてもいいじゃん。」などとからかわれた時には、口に運んでいた、ただでさえ薄いカレーの味が、全く感じられないほどに頭に来て
この先割れスプーンでその脳天を突き刺しそのまま家を飛び出てやろうかと思った。
しかし俺は高校生3年の身分であり、高校3年生相応あるいはそれ以下の社会的能力しかないという自己過信的になりがちな年頃にしては我ながら謙虚な自覚があり、
ゆえに自活は難しいと知っていたし、何より俺には壮大な計画、東京の名門大学への合格を決めて、不愉快な理由を上げれば枚挙に暇がないこの家での生活と、そしてカエルの跋扈する、この文明以前よろしくの村落を脱出するという目論見があるのだ。
場合によってはキャンパスライフでの色恋沙汰も厭わない、というかむしろ甘んじて歓迎するより他ない、むしろそれがあれば他は何もいらない。
だからこそ、だからこそ、ここで一時の感情により軽率な行動に及んで、一地方紙の片隅を少し賑わすに過ぎない家庭内事件を起こすだけの悲しい人生に終えてしまうわけにはいかない。
死んでも死にきれない。
昨今では少年犯罪にも司法は厳しいと我が耳にも聞き読んでいる。
「・・・カレーなのに、なんで先割れのスプーンで食わすんだよ。」
自分を抑え、怒りの矛先を親の非合理性に向けた。
冷静かつ客観的な批判精神、未来の学問の徒としては必須不可欠の要素だ。
「ほら、サラダも同時に食える。」
カレールーのへばりついたスプーンで躊躇いなくトマトを突き刺す親を見て、「このスマートでない感じ、これが嫌なのだ・・・。」と思ったのが昨夜のことである。
 
 冷水でも浴びた方が幾らか涼しいだろう。
早々に窓を閉めようとしたその時、路上の奥から煌々とした光が現れ近づいてきた。
ライトを焚いた自転車がゆっくりと向かってくる。
家の真下に当たりに近づき、電柱の明かりで分かったのが、乗っているのは女性、それも女子高生、それも制服からして自分と同じ学校に通う女子高生、しかもなんと、自分が密かに想いを・・・密かというのは教室で遠巻きから相手に気付かれぬよう瞬間的に視界に彼女を捉え、気付かれぬ内にさっと戻すというやり口において密かにという意味で、
想いを寄せている相月カナエその人であり、その瞬間的に得た彼女の脳内イメージを用いて、あるいは願望のままに加工し、青春の滾る欲望をぶつける淫夜を過ごさない日はほとんど無い。

 彼女が電柱の元で自転車を止め、スマートフォンをいじり始める。
このように彼女を上から見下ろすことは、教室という平面世界では中々出来ないことだ。
こうして別角度から見る彼女の造形は新鮮だ。
自転車にまたがるため両足はいやらしい角度で少し開かれ、太ももは健康的に日に焼けていてる。
その脚と脚の間、スカートの中から立ち上っているであろう青春のツンとした臭気が、夜風に乗ってこの二階の窓まで立ち上っているかもしれないと思うと、鼻孔は嫌がおうにも開く。
明かりに灯された彼女の黒髪は流れるように艶やかだが、汗のせいか少し湿潤していそう。
その黒髪は首筋から汗で濡れたシャツの内側へと流れ、その毛先は秘密の胸元に優しく触れている。
シャツの隙間からのぞき見えるのは、淡いピンクのブラジャー。
そしてひとたび風でも吹けば、流れ込む空気にブラジャーが浮き上がり、全貌が露わになりそうな幼さを残す肌色の小さな胸。
乳首の様子を想像してしまう。
風神よ、風をおこしたもう。

 
 動悸が高まる。 
俺は、先ほどまで夏の暑さにうなされていたことなど諸々の不満をすっかり忘れ、むしろその暑苦しさが手伝ってか欲望が湧き上がり、鼻息荒くジャージの中に手を入れ、股間をまさぐりはじめた。
上から見ているため、彼女の端正な顔立ち、あの大きすぎない目と、程よく丸みを帯びた頬、親しみを感じるがどこか神秘的な
彼女の容貌など、はっきりとは見えないが、今までに幾度となく盗み見たイメージでそれは補完できる。
自分の性器を彼女の張った胸に押し当てこすり付ける。
亀頭の先端で彼女の乳首をいじくる。
胸元から放たれる蒸れた湿気が性器にまとわりつく。
そんなイメージを頭の中で巡らせながら、手で上下運動を繰り返す。
胸元を見、太ももを見、首筋、果ては頭のつむじを見ながら、最終的には恍惚の中で、彼女の顔のイメージにとめどなく放精し、果てた。

 すると一台の黒いワゴンが彼女のそばにゆっくり止まった。
俺は余韻に浸りたく、特に意に留めなかったが、中から男が2人出てきて、彼女を引き込み、そして彼女がどうやら必死の抵抗を見せている様子を知って、解脱感は失せ消え、切迫する事態に俺は叫んだ。
「おい!何やってる!」
俺は車のナンバーだけでもまず覚えようとしたがナンバーが見当たらない。
やはり普通の車では無い。
携帯で110にかけながら、階段を駆け下りた。
汚れたジャージは履いたままだった。



 




       

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