Neetel Inside ニートノベル
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第一話 ピンク・レター

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 扉のチャイムが鳴った。
 結衣奈とセックスをしまくった翌日のことである。
「水沢さーん、いらっしゃいますかー」
 訪問者は扉を叩いている。呼びかける声は女で、年増のものだった。俺は40を過ぎた女の声を、細かく判別することができない。どれも、喉に引っかかってしゃがれた汚物だ。それ以上の認識は必要ない。だから、部屋を訪れた人物が誰かはわからない。わからないのだが、俺は大家に違いないと踏んだ。
 そもそも俺に、女の知り合いは数が少ない。まして、年を食った女は意図的に避けている。心当たりと言えば、母親と結衣奈と大家くらいだ。扉を叩いている人物は俺のことを『水沢さん』と苗字で呼んでいるので、母親と結衣奈の線は消える。ならば答えは一つだ。大家だ。ついに俺にも牙を剥いたかあのババア。
 一体なぜ、俺がこんな不幸を被らなくちゃいけないんだ。怒りと悲しみが胸を覆う。渡辺はどうなったというんだ。ヤツが家賃を払うまで、俺は安泰のはずなのに。もしかして渡辺は家賃を払ったのか。いや、ありえない。俺は知っているぞ、ヤツは四六時中、部屋に引きこもっている。家から出ずに金を稼ぐ甲斐性など、あの男にあろうはずもない。だとすればもしや、部屋を追い出されたのか。ありえる話だ。渡辺はこの頃、家賃支払いを巡る戦いで憔悴していた気もする。俺は恐る恐る、隣室と隔たる壁に耳を近づけた。……豪快な屁の音がした。渡辺いるじゃねぇか。
 こうなると、ますます不審である。俺は途端に、訪問者の正体が気になり始めた。しゃがれた声をした幼女という可能性もある。部屋に人間がいると決して気づかれぬよう、抜き足で扉の前まで行く。のぞき窓に目を寄せて、正面にある顔を確かめた。
 果たして女の正体は、見知らぬババアだった。
「いませんかー、水沢さーん」
 女は皺だらけのブルドッグみたいな顔をして、呼びかけ続けている。俺は興味を失った。多分、宗教か新聞の勧誘だろう。面識もない人間の相手をするほど、俺は暇じゃない。……いや、暇だが。とにかく、応対するだけ時間の無駄だ。
 そうして、扉に背を向けて引き返したとき、女が思わぬ言葉を発した。
「あの、わたくし石嶺省吾の母の公代と申しますー。省吾のことでお話がありますー」
 『石嶺省吾』の名を聞いて、俺は固まった。とめどない思考が溢れ、気付いたときには扉の錠を外していた。
「省吾がどうかしたんですか」
「あら水沢さん、いらしてたんですね」
 皺だらけの女が、胸元のあたりから見上げる。
「寝てました。で、省吾がなにか」
「あらまあ、こんな時間まで寝てらしたんですか。ご病気か何か? お仕事の時間とか大丈夫なのかしら。あ、私ったらやだ、またお節介みたいなことを。ごめんなさいねー、この歳になると他人様のことばっかり気になっちゃって。たくさん寝たい日もあるわよね。この陽気だもの。あ、陽気といえばこのあいだね、聞いて下さいよ――」
「本題に入れや」
 アイアンクロー。

       

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