Neetel Inside ニートノベル
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今その瞬間を全力で
第四話 野球部その壱 《副部長は今日も胃が痛い》

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「いやいや、だから今日はこっちが使う日でしょうに」
「使う使うって言ってても結局使ってねえじゃねえか。そんなら俺らが活用するっての」

 放課後のグラウンドで二人の男女が何やら言い合いをしていた。
 太腿を覆うスパッツの上から短パンを履き、上は学校指定の夏用体育着。膝にはサポーターを装着している日焼け少女がショートカットの髪を掻き上げて、
「だーから、これから部員をジャンルごとに振り分けてどこで誰が練習するか決めるのよー。アンタ、短距離走やってるど真ん中で砲丸投げさせて惨劇引き起こさせたいの?」
「大体陸上部なんてそんなグラウンド使うことねえだろ、学校の外周走ってればいいじゃねえか。俺らはここでしか練習できないんだぞ」
 対して、所々に土の跡を付けた白いユニフォーム姿の少年が片手に持ったミットを指先で弄りながら文句を重ねる。少女はうんざりしたように肩を竦める。
「決めたことに文句言わない。前の部長集会とかいうのでこういう感じに話纏まったでしょ?今日は陸上部が半分自由に使えるんだから、どう使おうが勝手勝手」
 しっしっと片手で追い払う陸上部少女にまたも少年が何か言おうと口を開いた時、同じユニフォームを着た別の少年が割り込んできた。
祢津ねつ、やめなって。さわの言ってることが正しい。俺達はこっち半分で練習だよ、ほら戻ろう」
 坊主と呼ぶよりかはやや長めの、ツンツンに立った頭髪の上からキャップを被った少年の柔らかい物腰と口調に、祢津と呼ばれた少年は続けて言い掛けた文句をぐっと飲み込む。
「…わかったよ、副部長」
 自分の所属する部の領域へ駆け足で戻る祢津の背中を眺めながら、陸上少女は真夏の夕焼けに目を細めながらも割り込んできた少年に注意する。
「ちゃんと説明しとかないと、またこうなりますよ?野球部副部長殿」
「ああ、ごめんね。部活が終わった時に皆集めて話通しておくよ。面倒を掛けたね、自称陸上部副部長さん」
 互いにふふっと微笑んで、少女は踵を返し陸上部の部員達のいる場所へ向かって行った。

『ハールせーんぱーい!あーそびーましょーう♪』
『はいはい、これ今日のメニュー表な。てかどこ行ってたんだサエ、ちょっと捜したぞ』

「…ふう」
 これから始まるらしき陸上部の集団から離れて、野球部の副部長である二年生の少年は足早に陸上部の対面にある野球部の練習風景に混じっていく。

「祢津貴ッ様ーー!!何を勝手に独断行動している愚か者め!こちらとあちらは既にグラウンドを半々で使うことで話はついていたというのに!!」
「すみませんキャプテン!良かれと思って!」
「良かれも何もイチャモン付けに行っただけだろうがぁ!!」

 怒号に顔を向けてみれば、野球部の練習風景の一角で、先程陸上部と小競り合いを起こしていた同級生の祢津が大柄な男に怒鳴られ項垂れていた。怒り心頭といった様子の野球部部長は、未だ説教を止める気配を見せない。
「…はあ」
 もう一度溜息を吐いて、副部長藤沢ふじさわたけるは野球部の部長であり一つ上の実兄でもある藤沢拓斗たくとの鎮静化に当たる。



   『第四話 野球部その壱 《副部長は今日も胃が痛い》』



「大体お前はな祢津!手も口もすぐ出すのが悪いクセだ、悪癖だ!そんなクセは捨てろ!お前に必要なのは投球のコントロールだけだ!」
「はい、キャプテン!」
「ねえ部長」
「球威は申し分ない。ただお前は安定性に欠けるッ。十投げれば八は安定球を投げれるようになれ!」
「はいキャプテン!」
「おーい部長」
 部活がそろそろ終わり際になった頃になっても未だ話続ける部長に、尊は何度か呼び掛けるも耳に入ってはいないようだ。既に周囲は自発的に片付けを開始していた。
 普段の指導の賜物か、手際よく練習道具の撤収とグラウンドの整備を終えた部員達が部長の下へ集まる。
「部長!片付けと整備終わりました!」
「そうか、よし並べ!祢津もわかったな!」
「わかりました!!」
「ちょっとぉー?」
 怒られたというのに何故かさっぱりした表情で大きく返事をした祢津が、他の部員と共に部長の前で整列する。副部長の声は見事にスルーされた。
 部長である拓斗が、その高校生にしては大柄な図体を押し出して声を張り上げる。
「いいかお前ら!常日頃から言っていることだが、オレ達の部活は人数が多い!だが数があれば偉いわけじゃない!多勢に物を言わせ我がもの面でグラウンドを占領することなど言語同断!!先の集会で取り決めは成された!お前達もそれに思うことはあれど文句を挟むことは部長であるオレが許さん!いいかぁっ!!」
『はい!!』
 部長の声に負けじと、部員が声を一纏めにして大きな返事をする。満足したように拓斗が頷き、部活終了時に行われる恒例のやり取りを始める。
 再度大きく息を吸い、
「投げるからには」
『全力入魂!』
「打つからにはっ」
『一打必的っ』
「走るからには!」
『全身全霊!』
「仕合うからには!!」
『全戦全勝!!』
「おおおし!今日も一日!お疲れさぁぁぁあああああああんッ!!!」
『ぁああっしたぁああああああ!!!』
 ビリビリと空気が震えるほどの絶叫が夕暮れの空に響き渡る。
 周囲の家々にまで届くこの野球部恒例の終了挨拶は既にほとんどの人間にとって馴染み深いものとなっていて、この絶叫が聞こえると『夕飯の買い物に行かなきゃ』と主婦が家を出て、『お、もうこんな時間か』と大工が仕事上がりを察する合図とされていたりするほどだった。
 そうして、野球部は本日もつつがなく士気高揚とした締め括りをもって解散する。



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「今日はすまなかったな尊!陸上部との間に無駄な諍いを起こさず済んだのはお前のおかげだ」
 拓斗が自室で腕立て伏せをしながらベッドに腰掛けていた弟へ礼を述べる。
「いや、大したことはしてないから。陸上部はそこら辺、寛容だしね」
 額から汗を一筋垂らしながら、全身をプルプルとさせた尊が体と同様に震えた声で応じる。
 背筋を伸ばしてお行儀良くベッドに座っていると思われていた尊だが、実際のところ尻はベッドに触れていない。ギリギリのところで腰を浮かし体幹トレーニングを実施していたのだ。
 兄弟揃って仲良く帰宅した二人は、夕飯までの短い時間を使って拓斗の部屋で個々に自身を鍛えていた。
「確かに、はるはのほほんとしているからな。だが日和っているように見えて、ヤツは努力家なんだぞ!もしかしたらまだ学校に居残って練習しているかもしれん!」
「へ、えー」
 プルプルからガクガクに変わり始めた体を押さえ付け、もう十数秒だけ堪えろと自身を心中で叱咤激励する。
 今日は特に話がこじれることもなく済んだので良かった。野球部は部長を始めとして血気盛んな輩が多く、その対処と収束に追われる尊は日々身体的な疲労より精神的な疲弊でぐったりすることが多かった。
「部もだいぶ安定してきた。このままお前達二年生が引っ張っていくに充分な戦力も維持できている。次期部長も、お前なら安心して任せられる」
「…ぷはぁっ」
 足腰が限界に達し、一気に脱力してベットにぼふっと腰掛ける。両足が微痙攣していた。
 尊が空気椅子を始めるより前に腕立て伏せを開始していた拓斗は未だ速度を落とすことなく両腕で全身を上下させていた。
 夏休みも開けて、部長である拓斗はもう自らの引退とその後のことを考えて行動していた。部員の士気は言うに及ばず、体調管理、精神状態から全てを把握していた拓斗は、今すぐ自分が抜けたとしても問題が無いと思えるレベルに部が達していると確信していた。
「これでっ、心残りはただ一つ!」
 だから、彼は最後の仕事に全力を賭す。前々から企んでいたその内容を、副部長である尊も当然知っていた。知っているからこそ、尊は表情を苦くして首を軽く振るう。
「まだ諦めてなかったんだ…」
「当然だ!」
 そこで回数をこなし終えたのか、腕立て伏せを終了させて立ち上がった拓斗が二の腕をさすりながら、
「明日、再度アタックを仕掛ける!今度こそヤツに首を縦に振らせてやるぞ…!」
 難儀している問題だというのに、まるでそれを愉しんでいるかのように口の端を僅かに吊り上げた拓斗は、窓から見える夕暮れの風景を眺める。
「……はぁ」
 そんな兄の背中を、ベッドに座る尊はなんとも言えない気持ちで見上げていた。知らず、開いた口から小さな溜息が零れる。
(こりゃ、明日も一波乱ありそうだなあ)
 容易に想像できる騒動のことを思い、額の汗を拭いつつも片手で軽く頭を抱える、野球部唯一の良心こと藤沢尊であった。

       

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