18 誕生日




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 ここで、時間は突然半年前に戻る。冬の寒さがつよくなりはじめた時期、柔原めいなは11歳の誕生日をむかえていた。まだ沖縄旅行はおこなわれておらず、誰のあたまにも、予定すら、発想すらうかんでないように思われた。ボードにたてかけられたバースデーカードには、ウィンクをしていないほうの異常に巨大な片目が、脳とあごを圧するかたちでかまきりの頭部にはりつき、からだを省略されうきあがった頭部から烏賊のあしのようにながい髪が垂れおちた、マジックインキで乱雑にえがかれた絵がみえていた。そのへたくそな女の子の絵は、最初、柔原めいなの絵のように思われたが、よくみれば友達らしき人物の名前が「オメデト(はぁと)山藤りるこより」と、下部にたれさがった吹き出しのなかにかかれていた。そして、赤いマジックでえがかれた、これもまた乱雑なハートマークが、配置計算もなにもなく、ただ白い部分を埋めるように、大量に、みえるかぎりで14個もえがかれていた。おなじマジックで、カードの外側をふちどるように、コイル状の針金をむりにまっすぐ引き伸ばしたために、ねじれ、多数のひっかかりができてしまったようなかたちのふち飾りがえがかれていた。それは、本来ならきれいに回転しながら直線をえがくはずのふち飾りだが、手先を回転させる速度よりも手首を直線的に移動させる速度がはやすぎるために、均一性をかき、ところどころが死にかけの微弱な心電図のように中途半端な山と谷になっていた。そのバースデーカードに記されているメッセージはこのようなものである。「メイナちゃんへ(はぁと)おたんじょう日オメデト いつも仲良くしてくれてが これからもヨロシク!!!メイナ(C) 本気メイナちゃん好きだよん!! メールしようね」
 視線をカードからはなし、実物の柔原めいなに目をやれば、彼女の外見には、すべての足をもがれた、出来損ないの、不具のかまきりの要素は一切なかった。彼女は、ハードの進化によって内容とは無関係にグラフィックが進化していき、髪の毛、まつ毛、目のしたのくま、肌のわずかなくすみにいたるまで、異常にディティールにこだわった、もはや実写としかみられないゲームのCGキャラクターのような完璧な外貌をもって、すこしこわばったほほえみを浮かべていた。その実在感は、どのような批評眼をもつ大人をも沈黙させ、どのような堅物の判事にも承認の判子をおさせるようなもので、年齢的な幼さもまったく問題にならないほどに、すでに人間としての普遍的な特徴をそなえているのだった。おそらく、バースデーカードをかいた「山藤りるこ」なる人物の本体も、えがいた不具の肖像画とは無関係に、(美的には柔原めいなにだいぶ劣るように想像されるが)、過剰な実在性をそなえた肉体をもっているのだろう。そして、本人のアバウトな意識とは無関係に、どのようにうごきまわっていても、どのようにうねり狂っていても、その肉体がこの世界の空間上にしめる容積は、完璧に数学的に分析できるほど厳密なもので、カードの絵にみられた「ねじれ」「ゆがみ」のようなものは、たんに個体のもつ肉体的な差異、個性と呼ばれるものの範囲内におさまっているのだろう。しかし、この場(どこかの店内を借りた誕生日会場)にもし、透明の黒板にチョークでえがいたような、空中に浮遊した、頭部のみの、平面の、人類と烏賊と多次元宇宙生命体の混血児のような「山藤りるこ」があらわれれて、柔原めいなに「オメデト(はぁと)」をいってくれたのなら、私はどんなに救われた気持ちになるだろうと思ったのだ。私の目はあまりにも、「誰もがそうみえる」「誰もがそう感じる」という表面的な感覚にとどまっているために、写実性と実在性をかいしてものをみれば、感覚の大半はそこに集中してしまって、そのために、本当の現実へとわけいっていくことができないように感じているからだ。
 それは極端に先鋭化した例でいうと、映画鑑賞、音楽鑑賞の趣味をもつ人物が、内容をたのしむよりも、画質や音質ばかりにこだわるようになってしまい、「これが当座の最上である」という安心感をえるために、多量の金を機材にそそぎこみつづける、そのときに刺激される不毛な抹消神経のあらわれであった。柔原めいなの笑顔がこわばっているせいか、彼女の目がおおきく、四角くみひらかれて、まっすぐにこちらをみつめているせいか、はっきりした室内照明のした、白目と黒目の境目が、前髪のほそい線が、うしろにおいてある、青い雑誌の物質性が浮かびあがりきわだってみえ、私には、現実の明瞭さ、不動さばかりが意識されるのだった。感じられるものは、彼女の年齢や、性別や、顔立ちであり、そこからひきだされるものは、平均的な経験の色のついた、他者と容易に共有しうる連想ばかりだった。このような現実感覚は、私のなかだけで育まれたものではなく、人々によってつくられ、結託して強固にぬりかためられていったものではあるが、同時に、個人にとっては、脳内に存在する常識のくさびを、ちいさな肉こぶを破壊するだけで容易にくだけてしまうもろいものでもあった。また、ここが微妙なパワーバランスなのだが、そのちいさなものが「くだけないかぎりは」、誰にとっても、現実がもろいものであるとはしんじきれず、多数決の現実であっても、それが外側に、確立して、実在しているように感じつづけるのだった。
 柔原めいなの誕生日にかんしては、私は断片的なことしかおぼえていない。半年前の記憶は、それ専用にチューニングされた沖縄旅行の記憶よりもずっと断片的である。他人のプライベートをのぞくのだから、制限はつねにうけなければならない。柔原めいなの背後、雑誌ののった机のうえには、すでに、ちいさな、真っ白なクリスマスツリーが三脚でたてられていた。なぜ、彼女の頭頂部には、一昔前の女性のファッションのようなヘアバンドが装着され、室内だというのにスーツ型のピンクの上着をきているのか。なぜ、彼女の姿勢は椅子のうえでまっすぐにかたまり、ぶらさげられた子猫のように肩にわずかなちからがはいって、目も表情も不自然に、むりにほほえんでいるようにみえるのか。それは、周囲をうごきまわっている大人の人影が、あまりしたしくない親戚たちだからだろう。私には、このような面白みのないあつまりの詳細を描写するつもりは最初からなかったが、ただ、ケーキは立派なもので、沖縄旅行の行きの車中で柔原めいながいっていた、「富士山が好き」という特徴が、たくさんのフルーツをならべた四角い城壁のまんなかに雪をかぶってそびえているのだった。子供があえて宣言する「なになにが好き」は、個性的なものに密着していないかぎり、根拠にとぼしく、気分の公認のようなものなので、富士山博士のようにあつかわれ、豆知識の披露をもとめられたときには「噴火する」としかこたえられなかった彼女が、いつまでも富士山を好きでいつづけるとも思えず、逆に、まわりの親戚たちはいつまでも「めいなちゃんは富士山が好き」であることを記憶しつづけるように思えた。それにしても、なんて豪華なフルーツなんだろう!この小説では意識的に、エクスクラメーションマークを本文にもちいることはほとんどない。四角いケーキのうえに、ケーキのまわりのボール紙の台座に、しきつめられらたフルーツの種類は、苺、メロン、桃、キウイ、パイナップル、さくらんぼ、あるいは、色彩のゆたかさからもっとおおくの果物がならべられているようにも思われた。はりめぐらされた蝋燭はほそく、背がたかく、紙縒りのようで、城壁の前門にあたるうすいピンクの二本だけが、背のちいさい普通の蝋燭だった。チョコレートでメッセージをかかれた砂糖菓子はハートマークをしており、炎が蛾を吸いよせるように、彼女のまわりにはピンクとハートマークが吸いよせられていることがあらためてわかるのだった。幸福な人は幸福を呼びよせ、不幸な人は不幸を呼びよせ、柔原めいなは可愛いものを呼びよせ、こうして人生は不思議と、誰の目にもいつもおなじ様相をしめしているようにみえるのだろう。
 それにしても、メルヘンとは無縁の私には、まるで世界中のピンクとハートが、彼女を中心にあつまっているために、資源の欠乏がおこっているのではないかと思われるほどだった。しかし、私がたてつづけに鼻をかみ、よごれたティッシュの山のなかに埋もれてみても、世界のティッシュの総量にはほぼ影響をおよぼさないように、資源には際限というものがないのだろうとも思われた。むろん、そのようなことはなく、いま(現在)から八年と半年前のこの誕生日の瞬間、地球上に存在したティッシュの総枚数も、ピンクの総面積も、ハートマークの総数も有限だったのだろう。しかし、かぎりある有限なものであっても、把握できないほどの分量があれば、一人の人間にとっては無限とおなじ意味をもつように思われる。それは、瞬間的にとらえられたフルーツの色彩であっても、半年前の局所的な柔原めいなの生活ぶりであっても、ちいさな意識の容量にたいして、あまりにも過剰な咲き乱れかたをしている現実はすべて無限のようにとらえられるのだった。おそらく、「無限」ときけば、人は宇宙のようなおおげさなものを思い浮かべるかもしれないが、それはたんに、人間の貧弱な把握能力をすこしうわまわっているだけでも十分に思えるのである。
 ともかく、柔原めいなは11歳をむかえた。この小説では「事実」という言葉がくりかえされてきたように思い出されるが、正直にいうと、私の妄想のように思わないでもない。どちらでもいいようにも思われてきたのである。題材の事実性が表現になにかの保証をあたえてくれるということはない。また、現実の事実性が人生になにかの保証をあたえてくれることもない。そして、正確な経過日数はわからないが、誕生日の近似値と思われる場面に記憶の視点は飛ぶ。柔原めいなは、赤いセーターのうえに、まるっこい普段着の印象のピンクの上着をきて、木造のながい廊下の手前にたっていた。なぜか、その表情は沖縄旅行のときよりもかしこそうにみえた。この場面にかぎらず、半年分幼くなったはずなのに、逆に、全体にかしこい表情をしているようにも感じられるのだ。もし、子供が成長の段階で、停滞や後退なしに、右肩あがりのグラフのようにかしこくなっていくなら、とんでもなくかしこい人間が出来上がってしまうようにも思えるが、おそらく、ある部分では成長し、ある部分では退化し、差し引きに大差がないから、年代が変わっても、精神的にはおなじような地平をはいずりまわっているようにみえるのだろう。それは、単純にからだがおおきくなることや、社会的な認知が変化することほどわかりやすいことではないのだ。「今日は、合宿二日目です。とぉー、寒いですけどぉ、これから小説がんばりたいと思います。外はまだ、暗いです。」と、柔原めいなはいった。まだ早朝のために周囲に配慮してなのか、彼女の声はちいさくおさえられていた。「小説がんばりたい」という言いかたが気になったが、この小説がメタ小説の体裁をとっているわけではなく、ただ、なにかほかの言葉を、私の無意識が恣意的にききまちがえたようにも思えた。例えば、「合宿」とか「朝練」という言葉を。そして、姉の棒読みとはちがって、対外的な発言であっても、ところどころに感情をこめることを忘れておらず、それは特に「寒いですけどぉ」と「暗い、です」にあらわれていた。私には、真っ黒な窓の色と、閑散とした学校の廊下のような場所がすこしこわく、さみしく感じられた。こういう場所と時間帯にあっては、寝起きの布団のがさがさいう音や、戸をあけしめする音もおおきくきこえるように思われた。私は「合宿」ときいて、キャンプの宿泊施設の早朝のような、やけに清浄な、他人行儀な、神経が緊張しながらもどこか気だるい空気を思い出したのだろう。柔原めいなは、不安な様子もなく、寝起きでだらけた様子もなく、へんにテンションをあげた様子もなく、誕生日のような、こわばった、肩が所在なくまえにずれこむ感じもなく、落ちついて堂々としていた。ポニー、ツイン、ポニーの沖縄旅行ではみることのなかった、前髪をきれいにきりそろえた、胸のしたまで伸びるまっすぐな髪型が日本人形のようだった。天井の蛍光灯の間隔がひろく、一般家庭のようにすみずみまであかるく照らすことができないために、廊下は明るい部分と暗い部分を交互にくりかえし、柔原めいなはちょうど影になる部分にたっているために、こちらをむいたからだの前面の色調は暗かった。
 いつものように、服装や髪型や表情についてかきすすめていったとしても、彼女の内面を理解することにはつながらないのだろう。私は、経験からそう思った。柔原めいなの、綿のはいったピンクの上着のひじの部分に、赤い星がちりばめられていることがなんだろう。左胸には、牡丹の花ともにじんだ丸とも判別のつかないものが三つえがかれている。それがなんだろう。どこかの衣料品メーカーがデザインし、どこかの工場で裁縫されたものにはちがいないが、彼女でなくとも、いろいろな場所で誰かがおなじ型の製品を身につけているのだろう。洋服にかぎらず、髪型も、表情も、おそろしいほどにどこかでみたことのある、年代に、性別に、時代に、特徴的なものではあった。柔原めいなをみてそう思ったというよりかは、彼女以外の少女をみて、柔原めいなのなかに見出したものを見出し、また、柔原めいなに戻ってくると、別の少女に見出したものをふたたび見出すといった具合である。みるたびに表情がちがってみえる、どのように解釈して良いのかわからない、そういう側面もあるにはあるが、それは、執拗に観察すれば誰のなかにも発見できるもののようにも思えた。私にとってではなく、もっと俯瞰的な意味だが、柔原めいなが死んだとしても、この世界に、いくらでも似たような代わりはみつかるようにも思われる。代わりになる人間は、柔原めいなに似てはいるが、決しておなじではない。決しておなじではないが、やはり似ているのだった。彼女の名前、「柔原めいな」にしても、私がすこし凝った変名を考えたために、同姓同名はいないようだったが、彼女が固有な存在であることをさししめすわけではなく、たんに私のネーミングセンスをいくらかあらわすだけである。寒々しい廊下が目にはいるせいか、私はやはり、すこしさみしかった。
 例え、柔原めいなの身近な人々であっても、父親であっても、母親であっても、姉であっても、彼女のことを理解することはできず、まわりを飛びまわっているだけのように思われるのだった。柔原家は比較的、仲の良い家族にみえたが、数十年間をともに生活しても、離婚してしまえばまるで他人のようになる夫婦や、誕生から成長までをともにすごしていても、まるで通じあえない親と子、兄弟、姉妹、そういったものは珍しくない。例え内面的な結びつきがよわかったとしても、利害の一致しているうちは関係性をたもとうとするために、余計に酷薄さを感じさせるのだが、人と人との関係は、そもそも、そういうものであるようにも感じられた。「仲が良い」といえば、なにかが通じあっているようにも思えるが、それがどのような相互理解を保証してくれるのだろう、と思うのである。仲が良いということは、おおくの場合、お互いの性格、立場、状況のバランスがうまくかみ合っているだけの状態にも思われ、仲が悪いよりも、仲が良いほうがお互いを理解しあっているとは、一概にいえないように思われるのだ。たんに仲が良いということなら、気楽な飲み仲間のような関係は、十分に仲が良いといえるのだろうし、いわゆる、仲の良い家族というものも、おなじような気楽さ、気安さの特質をもっているように思えるのである。私は、「人は自分のことしか考えられない」というような、人間のエゴイスティックな側面を強調したいわけではない。「人は絶対的に孤独である」といいたいわけでもない。そのような、宇宙の真空にばらばらに浮かべられた個人用カプセルの人間たちのようなイメージを思い浮かべているわけではなく、ヤマアラシのジレンマのような感傷的なイメージを思い浮かべているわけでもない。そのようなイメージを成り立たせる前提には、「人は自分のことなら考えられる」「人は自分となら一体となれる」という考えがあるようにも思われ、私にとっては、むしろ喜ばしいことでもあった。しかし、私には、自らの大部分が他人のように、理解もできず、所有もできない、よそよそしいものにも感じられており、同時に、漠然と予感される柔原めいなの内面生活が、とらえきれない私自身の一部にふくまれているようにも感じられるのだった。したがって、他人との関係性だけを特別にとりだし、本質的に酷薄なものだといっているのではなく、自分にとっての自分も、自分にとっての他人も、浅いつきあいかたしかできないという意味では大差がなく、大差がないからこそ、他人を理解できないことは自分を理解できないことと同等のようにも思われ、どちらにしても、世界の、他人の、自分の、表面に浮いたうわずみを舐めることしかできないように、私には思われている、人間の宿命が悲しいのだった。それは、脳のわずかな隙間にはいりこんだ、矮小な寄生虫のみる夢のような生き様に思えるのだ。
 記憶の針をすすめると、窓の外のすっかり明るくなった教室の場面へと変わった。柔原めいなは、青森林檎の公式イメージガールのような表情で笑っていた。「青森林檎」にふくまれる要素はいくつかあるが、いまが冬であること、彼女が厚着をしていること、彼女のきているトレーナーが林檎のように真っ赤であること、彼女の肌が白く、林檎のようなまるい頬はわずかに赤く、光沢のある、真っ黒なながい髪は頭のかたちどおりにぺったりとしていて、「どさんこ」と「東北美人」を足してすりおろしたジュースのような笑顔がこぼれていることがあげられる。彼女には夏も似合ったが、冬も似合うようだった。おそらく春も、秋も、なんでも似合うようにも思われたので、なにが似合うということをことさらいうことは馬鹿らしくも感じられた。体表を変化させ、なにごとにも都合の良い解釈を引き出させるカメレオンのようでもあった。そのようにこずるさの混じったイメージでとらえだすと、彼女のいまの笑顔はじつに策謀的に、いたずらをすませて共謀者と一緒に反応をまちかまえているようにもみえるのだった。トレーナーの胸元には、おおきな面積で「BLUECROSS 91GIRLS」の文字が二段に主張しており、もりあがった襟元と、内側にきたつめえり学生服のカラーのような白い服のせいで、彼女の首はほとんど消失したようにもみえた。また、私の右耳には、スピーカーのハウリングのような、不気味な音叉のような音が、平板に、持続的にきこえていたが、それは耳障りなほどかんだかい音ではなく、ストーブのタンクにゆっくりながしこむ灯油のような、なめらかさと嗅覚占有的な匂いをともなっていた。この音の不自然さは、まだそのタイミングではないために、このあとにきこえることになる音楽を上書き処理しているようにも思えた。
 柔原めいなは、こちらの視線をうけながすように、音のする方向にからだをかたむけて、「とぉー、いま、この音楽を聴いているところです!」といった。発言の内容に比して、なぜ彼女がそんなに、したあごの高さを固定したまま、うわあごをひらいて、おおげさに声に抑揚をつけながら笑い、リズムをとるように肩までゆするのかわからなかった。声の調子は、利発な少年部の劇団員のようでもあり、健康的に芝居がかっていると同時に、あふれるように本当にたのしそうでもあった。彼女が「いま」と、おおきく口をひらいた瞬間に、なにかの愉しげな霊魂がはいりこんだようでもあった。半年前の柔原めいなは、たんにかしこくみえるだけではなく、演技力までもちあわせているのだろうか、と私は思った。こうなってくると、目の前の林檎の柔原めいなは出来のいい妹で、ミザザビデの頃の演技力皆無な柔原めいなは、ふがいない姉のようにも思われてきた。一見して、半年間で見た目の変化はほとんどないようにも思われたが、先入観のせいか、首と肩のラインをかくすふくらんだトレーナーのせいか、どちらが妹に感じられるかといえば、それは半年前の彼女なのだった。この教室の場面で最初に彼女がいった「お昼前に終わったので、(予定より)はやかったので、いま、しゃべってます」という筋道のとおった発言も、私が仮の最終回としてかいた沖縄旅行三日目の空港の、柔原めいなの意味不明、奇天烈、お花畑の発言とはおおちがいだった。よりによって未来の柔原めいなは、最後をしめくくる重要な局面で、めずらしくもったいぶり、那覇から羽田まで話をひっぱったにもかかわらず、すべてをぶん投げたまま、バレリーナ風にくるくると回転しながら(比ゆではない)、空港内の廊下を去っていってしまったのであった。そのような苛立ちが、この小説を突然に半年前にひきもどした一因ではあったのだが、いまは、前髪のことも、日焼けどめのことも、しばらくは空きビンにつめて海のむこうに浮かんでいてほしいのだった。
 場面にはクラシック音楽がながれだした。私はこの曲を知っているが、曲名はわからない。ダウナー系の揺りかごのようで、銀の射線がしたたりおちてくるようで、きいていると胸のおくの悲哀を刺激されるヴァイオリン曲だった。それは、1時12分前をさしている、スピーカーと一体のアナログ時計の右側からきこえているようだった。ある意味では、この小説の本編中にはじめて直接的にあらわれた芸術的な要素だったが、場面の空間にひびく音楽と、「給食の放送が、ながれてまーす」という柔原めいなの声のとりあわせは、すこし違和感のあるものにも思えた。私には、芸術的な感情にひたる彼女は想像できなかったし、それが偏見にすぎなかったとしても、不思議と、彼女は偏見からはみだすことなくうごいてくれるように思えた。ほかのことでは、予測に確信がもてないことがおおいのに、そこだけはうまくはまってくれるように思えたのだ。私には、柔原めいなにかぎらず、精神性や哲学性に興味をもつ子供というのは不自然なものに感じられており、作家の幼い頃のように、早熟な、鋭敏な感受性をもっていたり、それとはベクトルがことなっているが、父親は音楽家、母親は画家のような芸術一家にうまれ、その影響から幼くして高尚な芸術に理解の態度をしめす子供というのは、人工的な、ずれたものに感じられていた。むろん、個人差のあることで、鋭敏な子供時代をすごした人には心外きわまりないのかもしれないが、なぜだろう、私はまちがっても、内面的なことがらに関心をもって、鋭いものの見方をする少年少女を想像する気にはなれなかった。根拠はわからないのだが、それは臓腑のように私のなかに染みこんでいて、あらためることはむずかしかった。柔原めいなが、無形の純真さという意味ではなく、個の世界の存在を感じさせるような、するどい非凡な感性を発揮することがあったとしても、それが嬉しいのか、嬉しくないのか、それを望んでいるのか、望んでいないのか、それすらもよくわからないことに思えるのだった。
 ただ、一ついえることは、感受性のするどい人間同士には、人間同士の、気質の似たもの同士には、似たもの同士の、独特の相互不理解と不干渉の掟があるように思えることだ。内面に独自の世界をつくりあげたものたちは、それぞれが別種の神を信仰しており、その教えに忠実であるために、例え、はた目には教理が似かよっているようにみえても、信仰の姿勢が苛烈であるほど、わずかなスタンスのちがいを致命的な決裂の原因としてしまうように思うのである。その点では、きびしい精神性をもつもの同士の結びつきほど苛烈で困難なものはなく、強烈なシンパシーはかえって反目の原動力となり、根本的なところではタイプのことなる同士、あるいは、タイプは似ているが量的にはおおきな差のある同士のほうが、安定した結びつきをもちやすいように思うのであった。私もまた、柔原めいなのようなタイプのほうが、安心して、興味ぶかく眺めていられることも事実である。既知の、半端な「感受性」、「考えるちから」、「個性」などは、すぐに私の偏狭な批判の餌食となってしまうのだろう。私は、一般的な意味での感受性や個性をもち、それを自認し、標榜する人間などは、SFを「すこし、ふしぎ」と読ませるニュアンスのように大嫌いであり、未発達で異様に無防備な子供か、でなければ、行きすぎた感性と意識のために病人で狂人であるか、そのように二極化したタイプしか認められないようにも思えるのだ。それはまったく、0か1かの極端な姿勢で、食後の副交感神経でねむったようなおおくの偉大な賢人たちが、じつにやさしく、凪いだ海のような態度でなだめるところではあるが、「やりすぎた常識」という言葉が矛盾して感じられるように、「やりすぎない真実」という言葉もまた、矛盾しているように思うのである。そして、偉大な賢人なる架空の人物が、なにをもって「すぎる」といっているのか、彼の内面性の暗い玉座に耳をすませてみれば、そこには平均性の幻想が鎮座しているだけであって、不如意の現実の針がうっかり尻につきささったなら、彼もあわてて走り出すように思えた。その目のまわる脱兎のごときスピードには、私の極端さなどは到底およばず、逆に、ぽかんと口をあけてあきれてしまうようにも思えるのだった。なぜなら、私の行使しているものは、問題のないところに問題を見出す洞察力であり、偉大な賢人の行使しているものは、目の前の問題を解決する適応力であるからだった。
 視覚的なものに話をもどす。私はいま、柔原めいなの視点をジャックすることで、壁にとりつけられた時計兼スピーカーを確認することができたのだが、壁は廊下でみたのとおなじに木造で、すこしのあいだ黙りこくった彼女の視点は、たよりなくぶれて、音楽にあわせて首が左右に揺れたようだった。また、時計のしたに貼りだされたおおきな紙には、漢字が妙におおきく、四角っぽく、それに比較してひらがなとかたかなのちいさい、へたくそとまではいわないが、男の子らしい筆跡で、右から、「糸 糸 使 使っ 元の 個 ボビ」という文字の頭がみえていた。この合宿の目的とするところも、早朝から昼までワープした場面間で、柔原めいなが、どこでなにをしていたのかもまだわからないのだが、周囲の光景と彼女の発言から察するに、ここは学校でまちがいなく、いまいる部屋は家庭科室のようだった。姉が不在のために、いま、柔原めいなは因果のちからによって一人で勝手にしゃべることになっている。それゆえの敬語であり、演技なのだろう。また、一人きりで学校に泊まっているとは思えないので、どこかに同年代の友達があつまっているようにも思われる。書きわすれていたが、早朝の場面の時点で、おそらく教室のなかから、かすかなざわめき声がもれきこえていたのだった。というよりも、私はすでに記憶の先をのぞいてしまっているために、柔原めいなの友達のすがたも、保護者の歓談する声も、しっかりと、みて、きいており、木造のわりにきれいなこの学校が一種のイベント施設のようであることも、彼女のかよっている学校ではないことも、大体の事情の把握はすませているのだった。だから、ゾンビゲームの演出で体力低下時にぼやけたエフェクトがかかるような、視野を限定された曖昧な推察のようなものは、未来の柔原めいなのうすらさむい演技とおなじに嘘八百である。
 私はきわめて率直なたちなので、推理小説にみられるような、とうに犯人を知っている作者が延々とくりひろげる素知らぬふりのような態度をとることができず、創作行為につねについてまわる「もう先はわかっているが、わかっていない演技をする。」という分裂した態度をとりつづけるだけの、器用さと忍耐が足りてないようだった。私は、物語にでてくる「驚き役」のような役割も、それをいかにも自然に巧妙にやってのけることに練達した作者の手腕も、愛するとともに、腹の底では大嫌いなのである。また、その潮流に追随し、その手腕の練達のみを問題にし、競いあっているように思える、画質主義者、音質主義者のような冷めた批評眼と、衝動買いをする消費者のような単純な熱しやすさをあわせもつ表現者たちも、つよい共感をおぼえるとともに、腹の底では殺したいほどに憎いと思っている。まるでそれは、沖縄旅行のホテルの部屋で、柔原めいなが、フロントの女性の没個性的な案内口調を、彼女の本来的なにおいとひっかかりをはいして演じるほどに、上手に物真似できていると満足する意識から、ほほえましい可愛げの要素をすべてとりさったもののようにも感じられるのだ。しかし、冷静に考えてみれば、それは人間らしい、普遍的な、自然なすがたでもあるのだろう。私はルソーのように、「人間は成長とともに堕落していく」と言いきれるほどの、立派なかつらも甲斐性もなく、「本来的な(原初的な)善のすがた」を無邪気に空想するモラリストでもない。モラルとストーリーほどこの小説に欠如しているものはなく、ただ、一貫して、嘘と欺瞞だけは徹底的にはいしたいと思っているのだ。