20 ピンクの妖精




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 合宿編はひとまず終了し、時間は昨年(沖縄旅行を基準に)の十二月から、翌年(昨年を基準に)の二月へと移動する。徐々に、だが確実に、小説は沖縄旅行の六月に舞いもどろうとしているのだった。「ど・こ・に・い・る・か・なぁ~」というパパさんの低音の声がひびき、彼の視線は、背後に屋外スケート場のアイスリンクをながれるような音楽のきこえる、白い、きれいな店内をさまよった。そこは、おおきな窓枠のような透明なドアのむこうに道路のみえる場所で、テーブルのうえにいくつものパンフレットがならべて置いてあり、古文書のように黄色っぽくくすんだ、写真つきのメニュー表にもみえる、画家のキャンバスのような看板がたてかけてあった。沖縄旅行でいうなら、案内書回しをおこなった「空港の待合室」と、直接目にしてはいないが「想像上のホテルのロビー」と、「ステーキ屋の店内」の印象を混ぜあわせ、ちいさく縮小し、柔原めいなが、うしろをいく姉によばれて普通にはふりかえらず、すこし気色のわるいバッグブリッジ挙動をみせた「歩道のある道路」を外付けしたようなところだった。その正体は、私にはもうわかっているのだが、推測の第一段階としてあえて、記憶のなかの印象をパーツにわけ、うごかし、パッチワークのようにはりあわせてみると、現実的な視点を保持するかたいっぽうで、せまめの店内はさらにせまく、ちいさく感じられ、ブロックや模型遊びで家や庭や街をつくる子供の視点にはいりこんだような錯覚をおぼえるのだった。ひっぱる必要もないのでさっさといってしまうが、私がすでに知っている三段階目のこたえとは「カラオケ」で、推測の第二段階として考えられることは、ここは雑居ビルの一階ということである。
 映画「ジュマンジ」のロビン・ウィリアムスのように、からだが育ちすぎてしまったために、口調の幼さにたいして「どこにいるかなぁ~」の「ぁ~」の低音のひびきがとくに気持ち悪くきこえる声のあと、パパさんは、人ごみのなかのバルタン星人のような、ほとんどきこえないちいさな声で「ふっふっふ」と笑った。空港の待合室、ホテルのロビーにくらべて、これほどせまい店内で半径2、3メートル以内には着実にいる娘を見失うとは思えず、これは茶番なのだろうと私には思われた。パパさんの視線は、ガラスの外を「とぅー、とぅー、とぅー」というリズムで交互にとおりすぎる三台の車をとらえ、ドアわきの観葉植物をとらえ、急速旋回しながら、冒頭とはちがって、大航海時代をもした遊びで新大陸を発見した勉強のできる少年のように明瞭な発音で「ん?発見!」といって、視線からのがれるように小走りするピンクの背中をとらえたのだった。それこそが、この小説のヒロインである「ピンクの動きまわるもの」であり、人里をはなれた谷に生息し、人前にでることをきらうために、目にするすがたはいつも「走りさるうしろすがた」の、高速なピンクの妖精だったのだ。これはおふざけではなく、最初、私にはたしかにそのように、柔原めいなが「動きのぶれた濃いピンクのかたまり」であるように感じられたのだった。この印象はおそらく、ロールプレイングゲームのなかの、経験値のたかいレアモンスターに源流をはっしており、目にするすがたがいつも逃げさるすがたであるために、例え、それが凡庸なスライムの色違いにすぎずとも、たかが電子データにすぎずとも、得られるものもせいぜいが内部データ書き込み的な架空の経験値にすぎずとも、惰性でボタン連射をおこなうだけの怠惰なプレイヤーの脳にも、強烈な「希少感」をすりこみ、遭遇の一瞬だけは気分の高揚をひきおこさせる、そのように相対的な人間の価値判断能力とつながっているように思われた。その証拠に、柔原めいながきているカーディガンのように優雅なセーターはうすいピンク色であるのに、逃げさる彼女の背中をおう私の脳には、古いゲームのグラフィック的な「濃い」ピンクのイメージが、平面的に横切るように、よぎっていったのである。また、その希少感と同時に、もっと神秘なものがとおく、私の内的世界の射程距離をだっして、ちいさく無の地平線上に消えていくようでもあった。
 これはたんなる私の妄想にすぎず、この場面の現実的空気感とはまったく関係ないのだが、ただ、なんとなく、このときの柔原めいなは、照れるような笑顔で、父親の視線をさけているようにみえるのだった。つかのまみせた妖精の背中から、彼女はすぐに立ちどまり、ふりかえり、横書きで「←お会計」とかいてあるこまごました商品棚を背景に、顔にやわらかい内圧をうけたような「はちきれそうな笑顔」をして、カウンターの「受付→」の文字にしたがって、横すべりするように、(足元にスケート靴をはいているために完全にはとまれないように)、まだ父親の視界のまわりを歩きつづけていた。この瞬間の情景は、ロンドのような、一人称視点で背景だけが高速でいきすぎる二人のりコーヒーカップの相席をみるようなものである。柔原めいなをみつけた父親は、私がレアモンスターとの遭遇と考えたようにエンカウントの効果音のつもりなのか、「でっででっでんでん」と、「でっで・でっでん・でん」で段階的に音階が上昇していくように、舌先と鼻に液状の含み笑いをスポイトで注入したような声でいった。この場面のパパさんをみていると、女性が男性を揶揄して「おおきな子供」と呼ぶことがあるのだが、それが妥当であることのようにも思えてくるのだった。女性がこのようなおふざけをおこなうときには、もっと子供の年齢的な目線に背丈をあわせた、包容力のある保育士的な意図と声色でおこなうか、年長者が年少者をみるときに特有の、悪意はないが、嘲笑のいりまじった態度でおこなうように思えるのだ。
 後者の嘲笑のいりまじりは、合宿中の、パイプ椅子にしっかりと腰かけずに、まえにもうしろにもすすまない積み木の馬にのっているような柔原めいなに、母親の一人が制裁をくわえるときにもみられた。「なにめいちゃん、なにやってんの、もっとちゃんと座ってぇ」と彼女の母親がいった。柔原めいなは、椅子をかたむけることもなくただゆっくりと回転させているだけなので、私には、「アルプスの少女ハイジ」の、ハイジとペーターがまずしい食卓で黒パンをかじりながら、目をあわせ、意味もなくちいさくわらい声をもらすような、微笑ましい光景にみえたのだが、そのとき、ためらいも、いたずらっぽささえも、まるで表情なくのばされた(おそらく、別の母親の)一本の腕が、柔原めいなの椅子の足をつかみ、ひっぱり、彼女を床のうえにひきずりおとしたのだった。それで、いたいたしい場面が展開されるということはなく、柔原めいなは、たおれるというよりかは斜めにくずれるように床のうえに伏し、つづいて、数人の母親の断続的なさざなみのような笑い声がきこえた。おとなげないとは思うが、私にはそのような場面は不快でしかなく、「もし私の大事な柔原めいなが怪我でもしたら」と、いまも怒りをおさえながら書いているために、この場面は合宿中の描写にはくわえず、この記述も必要最低限の描写ですませているのだ。そして、「えっひひひ、えぇひひぃ・・・」とわらいながら、うつぶせの、ほふく前進のような体勢の、内股で腰をすこしねじっているせいか、ジーンズのお尻が強調されているようにみえる、「いったぁ~いぃぃ」という柔原めいなの背中のうえに、青いパイプ椅子をかぶせ「はい、亀仙人」という、先ほど椅子の足をひっぱった青いセーターの母親の発言も、なにもかもが面白くなく、不快に感じられるのだった。救いといえば、柔原めいながわりとたのしそうにみえることだけで、もし彼女が、「これは他愛ないお遊び」という場の空気にあわせて、むりに若干ひきつった笑いをみせる中高生のいじめられっ子のような様子をみせていたのなら、私は現実を無視し、神の怒りがごとき万能の作者のちからをはじめて行使して、青いセーターの母親をこの世から抹殺していたことだろう。ただ椅子をひっぱるという行為だけで、その腕にあらわれた表情だけで、「はい、亀仙人」という、当人だけは笑いもせず吐きだされたワンフレーズだけで、ながらく推察をきたえられてきた私には、その母親の人間的ないやなものがはっきりと感じとられるように思うのだった。周囲は笑っているが、もし母親間に立場的な面倒さのからんだ問題がおこったとしたら、例えば、子供同士のトラブルにすぎないのだが、微妙に他所の母親の行動がからんでいるために、気分的にすっきりいかず、しかし面とむかって他所の母親に文句をいうだけの正当な道理もないという、誰かの母親がそのような事態に直面することになったなら、そのとき頭にうかんでいる「問題の人物」は、この青いセーターの母親の顔でもあるように思えたのだった。火のないところに煙はたたないというが、なぜ、人がそのような問題性をにおわせる人物と、「問題がおこるまでは」仲良くつきあっていこうと思うのか、そして、問題がおこってはじめて、ようやく相手の本性を知ったように深刻に悩みだすのか、私にはわからなかった。
 例えば、きわだった特質のない、いわゆる「良い人」どまりの人物が、状況しだいでは酷薄な、利己的なふるまいをみせることがあったとすれば、世間ではうらぎられたように思うのかもしれないが、私には、そこまで意外性のあることとは思えないのだった。なぜなら、その人物には、状況をくつがえすほどの根底的な意志、思いやりのようなものはもともとなく、同様に、平和な状況をおしきって、おもてにあらわれてくるほどの主張のつよい悪いものもなく、柔原めいなが「成長の白いキャンバス」であるなら、その人物は「状態の白いキャンバス」であって、一般的な社会的配慮と道徳観をみにつけており、それを平和に行使できる場面であったなら、つねに「良い人」でありつづけるように思うからである。そして、そのような人物に、ひとなみの酷薄さ、利己的な部分が存在していることも、ながい時間のルーレットをまわしつづければ、いずれはその面にいきあたることも、当然であるように思うからだった。私は、そのような人物を「好感はもてるが、それ以上でも以下でもない人物」として考えて、もちろん全幅的な信頼はできないのだが、だからこそ、平常の状況では安定して信頼をおくことのできる、多少の書き損じであるならきれいに消せる新品のMONO消しゴムのようにとらえているので、その人物が浮気をしたとか、子供を見捨てたとか、世話になった会社の金を横領したとか、軽犯罪をおかしていたとか、たんに行為以上の、申しひらきのできない狼狽した自分本位なみっともない態度を周囲にみせることになったとしても、普通いわれるような「本性をあらわした」という、非難めいたとらえかたはする気になれないのだった。逆に、きわだった人物というのは、状況にながされないつよい部分をもっているために、平常の状態での汎用性にかんしては、肩のこる、あるいは歯に衣をきせぬ、あるいは鈍感にさえみえる、もっと融通のきかない側面をもっているようにも思えるのである。そのような人物は、平常にあっては、うとましくも感じられるために、おおくの人はもっと気楽な、無難な意味での「良い人」を選択するように思うのだが、自分の選択にもかかわらず、その人物に、つねに全方位的な対応力をもとめるのは無理のあることに思えるのだった。人が状況を、損得をのりこえて「良い人」になるためには、平凡であっては無理なはなしで、根底に「特別なもの」をもっていることが必要なように思え、また、結果論では「良い」と判断のなされるきわだった人物がいたとしても、あらわれかたではない、その根底的な特性のおおもとが、はたして「善」であるのかといえば、それはあやしいようにも思われるのだった。「善」という呼び名は、ときには、原始的な畏敬をかいた、表も裏もないきれいなパッケージングのような蔑称になりさえするので、きわだった、異質な人物の根底にうずまく、不可解で偉大なちからにその呼び名を冠することはまちがっているようにも思え、前述のたんに「良い人」どまりの人物にこそ、安全な、「善良」の呼び名にふさわしいものを感じるのだった。
 このような話は、離婚裁判的なイメージを意識しており、また、道徳の授業のような側面もあるが、柔原めいなのまわりの母親たちからは、そのような話を周囲の中空にうかせた不毛な側面ばかりが見出されるのだった。それにくらべれば、カラオケ屋のパパさんの言動は、子供にうとまれるか、逆に嘲笑されるだけの、他愛ない、お茶目なものであって、実際、柔原めいなにはそのようにあつかわれていることが多いのだった。それから、この段落のしたに挿入されていた「全体に白っぽいピンクと黄色がかった店内のあわい色調について」の描写は、あまりにも感覚的すぎたために、感覚がしなだれかかるための理知的な骨格が欠如し、霧のように拡散してしまったので、削除することになった。そのときの様子は(心象的なイメージだが)まるで、あとさき考えずにつっこんだ「感覚」が、負傷兵となって、堅実な戦友の「理知」に肩をだかれて、戦場からひきさがっていくようにほほえましいものだった。その光景は、非常に長編化した連載作品のなかで、ながらく親のかたきのように泥沼のいがみあいをみせていた二人が、すこしずつ距離をつめていき、そして、いつの間にか、和解しあっていたことをしめす、象徴的な、ふかい感動をひめたシーンだった。二人の関係性は地道なアリ(理知)と気分屋のキリギリス(感覚)のようなもので、また、驚異的な瞬発力をみせるが、すぐに息切れする短距離走者(感覚)と、足はおそいが驚異的なねばりをみせる長距離走者(理知)の関係性でもあった。しかし、なぜ、この文章をかいている私が涙ぐんだのか、理解できる人はすくないだろう。場面はふたたび冒頭の雑居ビルへともどる。
 「子供の目線にあわせた」つもりなのか、パパさんの視線が、彼の精神年齢とおなじように思いのほかひくく、ほとんど床を(正四角形のヘリポートのような、未来の私の視点の発着場となる床の模様を視野にいれて)みていたために、最初は柔原めいなの背中のあたりが、彼女がふりかえる際にみえた、小走りの余韻をのこした、ひじをひいた「左手」が視野の中心にとらえられ、一瞬のひらめきにもかかわらず、私の感覚を妙に刺激した。ほぼ同時にポニーテールがひるがえり、「でっで、でっで、でん」の効果音とともにパパさんの視界が上昇していくと、ようやく、正体不明の、逃げさる飛行物体の、柔原めいなの表情がとらえられたのだった。そのとき、背後のカウンターのうえの浮世絵風のピンクのディスプレイが花咲き、真正面からのパパさんの視線にぐっとおしこまれながらも、同等にちかいちからではじくような彼女の、上唇で歯茎をかみおさえたような、白い逆かまぼこ型の笑顔とともに、(店内の、淡くピンクがかった)「色調」が場面にひろがったのだった。最初は漠然と、パパさんの視界のまわりをまわってみられることから逃れようとしているようにみえた柔原めいなだったが、あらためて思いえがくと、ふりかえった直後の段階ですでに、パパさんの視線をさけるように、右肩をすくめるように、「からだをすこし後ろにかたむけていた」のだった。この場の空気の全体の印象をいえば、うえから多量のボールをのせられて、球状の面に多角的な圧をうけているために、いまにもはじきだされて、転がっていきそうなボールのように、柔原めいなの様子はとらえられた。パパさんが、「今日はどこにきたんですか?」ときいた。彼女の顔色は、唇の色がいつもよりうすくみえ、つめたいプールにながいことつかったような印象もあったので、一度は「水死体」という言葉まで浮かぶほどだったが、生気がないというのとは全然ちがっていて、むしろ、いつも以上にかなりつよい笑顔を浮かべているのだった。うわまぶたをひらいたままにまぶしがる人のように、目のしたの筋肉をしっかりと押しあげているために、それが隈のようにもみえ、目のかたちはたんに半円の笑い目ではなく、切れ長の勾玉のようにもみえていた。また、やや半身になって、まえにだした右肩をすくめ、からだを後ろにかたむけて、つよくあごをひいているために、下あごの肉がすこし圧迫されてふくらんでみえた。つまり、からだは後方にたおし、顔はあごをひいて前方にたおし、それぞれが角度のことなる逃げかたをしているようで、必然的にちからの方向性は首へと集中しているのだった。くぼ地状になった古代の石焼釜のように、虫眼鏡のレンズのように、視線の光を首へとあつめすぎたために、熱く、かゆくなってしまったのか、彼女は、逃避の緊張に参加していないあまった左腕をもちあげて、首の後ろ(からだの前面が虫眼鏡のレンズなら、首の後ろにちいさな日光の焦点があたる)をなでさすりながら、やわらかい、ちいさな声で「カラオケです」とこたえたのだった。
 その様子は、当人は乗り気ではないのに、ステージ上で華々しい紹介のされ方をしてしまったために、仕方なく体裁をつくってしゃべりだす人のようでもあった。パパさんは、柔原めいなの反応をみてたのしんでいるように、あるいは、まったく空気を読まずに自分勝手にたのしんでいるように、「カァラオゲですか、へ~」と、にやつきを中央によせたために、とがった上唇のうえに鉛筆でも乗りそうな、ほとんど「唐揚げ」ともきこえる印象の声でいった。すでに店のなかまで来ているこの状況で、「カラオケをしにきた」ことを彼が知らないはずもなく、これも茶番なのであるが、パパさんの「へ~」の声は、きくだけでも、ちいさく首を揺らしてうなずいているのが目に浮かぶようだった。おなじ態度を柔原めいながみせれば、私は、若干げんなりするかもしれないが、人柄のせいなのか、パパさんの場合には不快感は感じられなかった。彼の発揮するユーモアは人を嘲笑するものではなく、また、ミザザビデの柔原めいなのように、演技を意識して顔の皮膚や鼻先がつっぱってひくつくようなものでもなく、自分と観客の区別もつかない鷹揚なピエロの一人芝居のようなものだった。例えば、アメリカンヴィレッジで、「一言感想をどうぞ、アメリカで~すって、欧米か!って、欧米か!って、アメリカだ、ふっ」と彼がいったときにも、柔原めいなは、そのほつれた髪の毛にわずかな微風さえ感じなかったような完全無視の反応をみせて、それをパパさんは気にせず、柔原めいなも気にせず、それがこの家族の自然体のようなのだった。「カラオケです」のあとの、雑居ビルの柔原めいなをみると、ポニーテールの髪型の、しっかりととのえられて耳をみせた右側とはことなって、意図的なのか、偶然なのか、左側は髪の毛がほつれていて、前髪のわきの辺りから頬のしたの辺りまで、ゆるくカーブした毛の束が垂れ落ちていることに気づくのだった。そして、彼女は、首のうしろをおさえた、ひたいをひきあげたような上目づかいの笑顔の表情から、あごの緊張をゆるめるとともに、表情の全体をゆるめ、「ねぇ待って待って、ちょっと待って、んふっ」とあわただしくいいながら、パパさんのわきにまわりこむかたちで、ふたたび視野外に消えてしまったのだった。私は、この時点になっても、なぜ彼女が、冒頭から人の視線をいやがるような態度をみせているのか、推測すらできていなかった。彼女の髪のほつれに言及したのは、ここに来るまでに強風であおられるかどうかして、髪型のみだれを意識しているために、(店内のトイレかどこかで)セットしなおすまでは間近でみられたくなかったのではないか、という推測が頭をかすめたからなのだが、つづく、カラオケボックスのなかの場面でも、カラオケを終えて、吹きぬけの二階から手すりに音符の模様のついた階段をおりていく場面でも、ととのえるひまはいくらでもあったはずなのに、彼女の左側の髪はみだれたままなのだった。
 この場面の「なぜ、柔原めいなは視線をさけていたのか?」という問題について、私が真っ先に連想したのは、思春期にみられる、明確な理由はないが親の視線をさけたがる子供のすがただった。親の視線が、同時に、親が視界にはいることが、うとましく不愉快に感じられ、そこにたいした理由も見出せないので拒絶にはいたらず、非常に後ろむきな受容をともなう逃避となってあらわれる、そのような心理状態である。しかし、柔原めいなは、なんの変哲もない大学ノートを黒歴史へと変え、性的欲求不満を抑圧のない現実ばなれした性的妄想へと変える気むずかしい年頃にはまだはやく、この場面にみられる彼女の態度からも、「倦怠」「不愉快」「不完全燃焼」「気取り」などは、かげもかたちも見出されなかった。どちらかといえば、この例えのイメージキャラクターはぜひ柔原めいなでお願いしたいのだが、自宅で一人で練習をくりかえし、家族は何度もそのすがたを横目にとらえていた、彼女のペン回しのようにまだあやしい手つきの手品を、たねをしこむ準備ができていないにもかかわらず、披露をもとめられたときの、気分は高揚しているのだが、トイレがちかいようにあわただしい「ねぇ待って待って、ちょっと待って」の笑顔のようだったのだ。そしてまた、「トイレ」という、ふとこぼれだしたキーワードに意外な解答がかくされているような気もした。柔原めいなが妖精の小走りで、視線の捕虫網から逃げまわっていたのは、「トイレを我慢していたからである」というのは、「ネコカフェ」で彼女が無感動にみえたのは「眠かったから」という事実ほどに味も素っ気もなく、だからこそかえって現実的な考えであるようにも思われるのだった。しかし、その答えはじつに「ありそう」に思われながらも、それだけでは彼女の挙動を、表情を説明しきれない、感覚的な引っかかりを残すようにも感じられるのだった。かりに、これが推理小説における読者(この場合は、私)のミスリードをさそう、作者(この場合は、柔原めいなの現実)によって用意された初歩的なトラップだったとしても、私が「柔原めいなにかんしては、下世話なことはなるべく考えたくない」という考えかたをもっているために、それは、女神の加護をうけた黄金の聖騎士のまえにあらわれた死霊系モンスターのように、無力な罠であるようにも思われた。
 そもそも、パパさんは、柔原めいながちかくにいることを知っていたはずなのに、なぜ茶番を演じていたのだろうか、と思うのである。フロアの中央辺りから、ドアの方向をみていたパパさんが、視点を右方向に回転させながら「ん?発見!」といったときには、彼女はすでにわきをすりぬけるように至近距離をはしっており、例えばドアから、例えばトイレから、例えば建物の死角から、例えば階段から、ひょっこりあらわれた瞬間のすがたをとらえられたわけではなかったのだ。その距離がちかすぎたために、最初から、柔原めいなはちかくにいて、パパさんも当然それを知っていたように思うのである。そして、私は、彼女は場面がはじまるまえから逃げまわっていたのではないか、と考え、例えば、移動中の車内のような、私には知ることのできないもっと手前の場面で、彼女にそのような態度をとらせることになった、あっけないほどに簡単な理由が、明瞭なかたちで説明されているのではないかとも考えていたのだった。そもそも、彼女はどこからあらわれたのだろうか。背中を捕捉されるまえの、彼女の「出どころ」に思いをめぐらしてると、まるで中空のポイントから出現するポップ式モンスターのようにも思われてくるが、時間を先にすすめると、このカラオケの場面では、彼女は黒いブーツをはいていることに思いいたったのだった。そして、冒頭の「どこにいるかなぁ~」で、パパさんがドアのほうへと視線をうつしたときに、右側のかべのちかくに、黒っぽいブーツの足先が、どこかからあらわれたというよりかは、ただそこに立っていたというふうに、みえていたように思いだされたのだった。また、いくら彼女が子供っぽい性格だからといって、普段なら、まわりに人の(確認できるだけでも、四人)いる店内を、小走りでかけていくようなことはしないようにも思われたのである。
 結論からいえば、上記の材料から私はすでに「解答」を得てしまっているのだが、それが思いのほか、彼女の表情、挙動、場面の雰囲気、すべてにぴたりと一致する得心のいくものだったために、序盤から「わかるはずがない」と半ばあきらめていて、形式的に、様式美的に、推論だけをならべるつもりでいた私は、爽快な「アハ体験」を感じてしまったほどだった。しかし、よろこびは徐々にしぼみ、代わりに「これ以上の推測の余地はない」という残念な気持ちにもかわり、下手くそな推理小説の解答編のようになってしまった最後の記述は、憶測ばかりで構成されるこの小説にはふさわしくないものにも思え、削除することにしたのだった。これは、どうでもいいことには執拗に数十ページをついやすのに、小説の展開にかかわる重要な出来事は素っ気なく一行ですませてしまう長大な印象小説のような逆転した心理でもあるが、おそらく、私は、柔原めいなの死をとりあうかうにしても、この小説中で多用される「柔原めいなはいった。」という簡素な記述とまったくおなじように、「柔原めいなは死んだ。」と書かなければ、なにかに嘘をついた気持ちになるのではないかとも思うのである。なぜなら、「死んだ」ということは誰にとっても大事であり、心をうつことであり、私にとっても、感傷で過度に飾りたてずにはいられない出来事であるからこそ、警戒心をもたなければいけないように思うのである。それと同時に、ただ文字だけのことであっても、彼女が死んだなどと書くことは非常に胸のいたむことであって、精神のバランスをとるために、ここに、「柔原めいなは生きた。」という文字を、よりつよい調子で書きくわずにはいられず、同時に、死んだ、という暗鬱な言葉にたいして、生きた、という言葉がいかに輝かしくみえるかという、単純な生理をあらためて感じるのだった。また、この小説は、推理小説でも懸賞雑誌のクロスワードパズルでもないのだが、私のわずかばかりの良心から推測に必要な材料はそろえてあるので、ひまで死にかけている読者がいたら「なぜ、柔原めいなは視線をさけていたのか?」を推測してみてほしい。「削除」ばかりを強調してしまうようだが、この回の、「東京をはしっていたつもりが、いつの間にか「世界の車窓から」にみられるスイスの渓谷をはしっていた山の手線の列車のよう」と表現された脱線のなかに書かれていた、「柔原めいなの心理、気分を理解するために分析にたよることは不完全な方法であるが、感覚にたよってみても、自らの心象風景にはいりこんでいくばかりで、それにくらべれば、理知的な判断のほうがいくらか役立つことに気づいた」の記述のとおり、無理な推測をかさねていくことによって、柔原めいなをより身近に感じ、彼女の世界に「没入」していけるという効用を私はみつけたのだった。したがって、環境描写、挙動描写、表情描写のような感覚的な印象を犠牲にするわけではないが、最近は印象にかたむきすぎた方向性を、心理の推測へとふりもどすつもりではある。