25 ネコカフェ(2周目)




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 2月は終わった。6月になった。私が目をはなしているあいだに記憶の改ざんがおこなわれて、沖縄旅行がサイパン旅行に変わっていたのなら、それはそれで面白いと思ったが、とくに変わったところはなかった。なにせ、これからたのしい沖縄旅行がはじまるのだ。一体、どのような出来事が待ちかまえているのやら、柔原めいなにも、私にも、まったく予測がつかなかった。もちろん、水着姿になって海で泳ぐ彼女のすがたもみれるのだろう。6月の沖縄がどれだけ暖かいのかはわからないが、人の話では、シーズンオフの真冬でも、関東にくらべればそれなりに暖かいという話である。私は、こまっしゃくれすぎたようにも思う文体をすこし崩し、ピンクの、あるいはブルーの色彩の、旅行会社の煽り文字のおどった光沢のあるパンフレットを、柔原めいなとともにひらく思いなのだった。
 それとは関係のない疑問だが、沖縄滞在時の夕食は、一日目はステーキ、二日目は焼肉を選択した柔原めいなである。あらためて考えてみると、彼女のように可愛らしい生き物が、好んで動物の肉を食うという事実は、メルヘンの「本当は怖い残酷な妖精」像のような、ミスマッチを惹きおこすようにも思えたのだが、その辺りのギャップは当人にとって「あり」なのだろうか。いかついシーサーをピンクに塗り、カラオケでは大塚愛を歌う、過激な一神教の信者のように、趣味嗜好を、生きる指針のすべてを「可愛い」で埋めつくそうとする彼女ではあるが、例外的に、食欲や眠気を前にすれば、ただの動物になってしまうようでもあった。2月におこなわれた「柔原めいなへの五つの質問」という、合コンののりのような女子会で、彼女がいっていた得意な料理は「玉子焼き」で、しばらくあとにレストランで食事をしていたときに食べていたものは、デミグラスソースのかかった「オムライス」だった。本当に動物性たんぱく質ばかりを摂取しているように思うのである。それらの場面の記述は、「山上の垂訓を夢みてやぶれさった重要病の私」という小冊子にまとめられている。
 ところで、柔原めいなという少女は何者であろうか。すくない予備知識を参照してみれば、11歳の小学生ということにはなっている。彼女は、実在した人物なのだろうか。半年前の出来事、というそれらしい記述についても、車内で首を窓際にかしげて眠る彼女のみた夢なのではないかと思われるのだった。どうも、色々とつじつまのあわないことがあるのだ。例えば、なぜ、学校のようで学校ではない宿泊施設で、目的不明の合宿などをおこなっていたのだろう。なぜ、親戚のあつまる誕生日の会場に、その場にいない友達のメッセージカードが飾られていたのだろう。というような、いくつかの疑問がのこっているのである。
 今みえている、この(小説はすでに羽田空港にむかう行きの車内にはいりこんでいる。)「プラ板焼き」に、頭をくっつけて逆向きに寝る親子のように、青いおおきなハートと、逆さまの青いちいさなハートをとじこめた髪留めは、見覚えがあるようで、はじめてみるようでもあった。柔原めいなという名の少女は、首をかしげて、頭を左肩にくっつけながら眠っていて、顔はよくみえないが、ほおの辺りがぽっこりふくらんでみえていた。車は首都高速をはしり、東京にはいった。車内には日がさしはじめ、「今とったじゃぁん・・・」「今いれたかもしれないよ」という、ぼそぼそした女性二人の声がきこえた。まわりくどい言い方をやめると、ようは姉と母親の声である。姉は相変わらず、柔原めいなに質問をはっするときには完全な棒読みなのだが、普段の声の調子はごく普通のくだけたものだった。なぜ、柔原めいなや父親のように自然体でしゃべらないのか、客観的にみて、棒読みをおこなうことによって、なんらかの利益が、姉に、柔原家に、この地球の自然環境にあるというのか、決して馬鹿には思えないだけに、どう考えているのかを一度きいてみたかった。また、母親の声は、女性にしてはやけに低く、太く、態度は落ちついていた。なんとなくだが、蚊にさされた程度ではびくともしない面の皮をもって、座席にふんぞりかえって、腕組みをしながらあごを軽くしゃくっている仕草が想像されるのだった。母親の声の調子は、いつもこのようなわけではなくて、すくない機会だが、柔原めいなにむけられるときには、世間一般のそれなりにやさしそうな母親の声に変わる。もしかすると、姉とはもう話がつうじるために、対等とはいかないまでも、素の自分を出しているのかもしれず、柔原めいなの場合は、完全にお子様あつかいしているのかもしれなかった。姉の「今とったじゃぁん・・・」は、やるべきことをやらなかったために責められた、その弁解のような、不安と不満のいりまじったものにも感じられた。なので、正義と悪魔の二面性をもったハイブリッド超人のように、顔の左半分にだけ日の光をあびて、我なにもかんせずの表情で、のほほんとパックのジュースを飲んでいる柔原めいなをみると、どうも、姉はしっかり者のために、損な役回りばかりを引きうけているように思えて、それが心配だった。沖縄旅行ははじまったばかりだが、ある程度は事情を察している私は、無理をして素知らぬふり(序盤の不自然な描写)をしてみても、もう最初のようには、未知の土地を夢想するようには、推測をはたらかすことはできなかった。例え、それがせまい意味での現実的な方向にかたむいていても、それもまた「知る」ということの一つのかたちではある。
 無言の姉の視線に気づいた、柔原めいなという、今あたらしく生まれたばかりの少女は、左腕をまっすぐにあげて、左手を頭のうしろにまわすようにして「あぁ、寝ちゃった」といって笑った。時系列の錯誤から、配置が後ろにずれこんでしまった「背面のトラック」では、朝一番のテンションを継続して元気だった彼女なのだが、寝起きの今の動作は緩慢だった。あらためてみると、柔原めいなは本当に美しい少女で、わずかにのぼりはじめた朝日が稜線をふちどるように、鼻筋にほそく白い日の光のラインをいれた横顔は、ぼんやりした表情とは無関係に、洗練された高級な空気を感じさせた。一つの芳香剤が、部屋全体になんらかの香りを充満させるように、彼女の顔面の造形美が、車内の空間にただよう粒子の質を変えているように感じられるのだった。膝には変わらず、ピンクの膝掛けがかけられていて、あぐらをかいているのか、ドアに突きささるマッターホルンのように、横向きにとがっていた。「もうすこしで、空港に、・・・つくぅ?」と、柔原めいなにむかって、途中まで棒読みで言葉を区切っていた姉が、めずらしく演技を放棄して、前部座席にむかってきいた。この段階では明瞭な発声、発音をこころがけて、棒読みなりのキレをみせている姉だが、帰りの空港の場面では、疲れてしまったのか、面倒になってしまったのか、ゆるんでしまったのか、「発声が悪い、かつ舌が悪い、早口」の三拍子そろった、寝起きの父親のようにかなり気持ちの悪い声をだしていた。それでも最後まで棒読みの姿勢を崩さなかったのは、姉なりのこだわりか、たんに狭量さなのだろう。姉は素の状態であれば、背筋のとおった、さばさばした、なかなか素敵な女性であるように、私は思うのだが。寝起きの柔原めいなはといえば、まぶしそうに目をしばたかせて、右手でお菓子を口にほおばって、場面の進行役の姉の発言におうじるつもりはないようだった。笑顔で口をひらきかけても、口のなかのお菓子をモゴモゴいわせるだけである。なので、柔原めいなの心理については、この段階ではとくにいうべきことが思いあたらない。冒頭でいったように、彼女は、食欲と眠気がかかわれば動物になってしまい、眠気からさめたばかりの、食欲をみたしている最中の今は、さながらナマケモノのようになっているのである。
 車はトンネルにはいった。「沖縄ではどこにいきたいですか」の質問をうけて、柔原めいなは前をみたまま、しばらく黙っていた。車内は暗くなって、彼女の表情ははっきりとはみえない。反響する走行音とともに、顔の上をまだら模様の影がすばやくはしっていた。眠気からさめたばかりで、お菓子で小腹もみたし、今の精神活動がゆっくりしていることもあるのだろうが、活発な状態であっても彼女の思考は空転していて、単純なことをいうだけでも時間をついやして要領をえないことばかりをいう。例えば、「五つの質問」の答えの一つ、「玉子焼き」のような単純な言葉が、どうしても出てこないのである。そのときは「空転」をあらわすように、彼女の手のジェスチャーだけがぐるぐると卵を巻きつづけて、女友達が「玉子焼き?」ときくと、その言葉の意味さえ飲みこめずに「たまご・・・」と呆けた反応をみせていた。おくれて意味がつなぎあわされたように、「玉子焼き!!!」と、やや高揚した35度から突然100度に沸騰した湯のように、場の人々もおどろく瞬時のハイテンションで答えたのだった。こう書くと、まるで痴呆がはじまっているようでもあるが、問題になるのは、「彼女がいおうとしたのは、本当に単純なことだったのか?」ということである。
 例えば、ある人物が「なぜ、そんな単純なことがわからないんだ?」「なぜ、その程度のことでくよくよするんだ?」と、自分基準で、もしくは一般基準で誰かを責めることがあったとする。責められた人物が「でも・・・」と口をひらきかけるのは、意識では単純なこと、つまらないことのように思っていても、心の奥底ではそう思っていないからである。このような行き違いがおこるときには、二人の人物のあいだでは、同一の対象を、別々の尺度ではかっているという相互不理解がおこっている。例えば、片方の人物は「アメリカ」を、世界地図のなかの北米大陸をしめる大国としてとらえていて、片方の人物は、自由の女神やハリウッド映画のような、断片的なイメージの総合としてとらえているといった相違である。にもかかわらず、片方が強圧的な態度をとって、片方が、感情の半分では従わなければならないように感じ、もう半分では釈然としない思いを残しているのは、「パワハラ」のように、立場の力関係の上下があり、なおかつ、押しつける側のほうが一般的なとらえかたをしているからである。この例は、局所的なものであって、すべてがそうというわけではない。この例からひきだしたいことは、「いや、「玉子焼き」はすぐ出てくるだろう?」と私が簡単な思考できめつけて、柔原めいなを痴呆認定することは、いっていることが一般的で、おおくの人の協調をえられると思うために、より一方的な押しつけのように思えるということだ。柔原めいなは、どんなに時間をかけてひっぱっても、決して複雑なことはいわない。そのために、なぜ時間をかけたのかわからないのだが、彼女は、内面的に混沌としたとらえかたはしていても、混沌そのままに、いいあらわす引き出しはもっていないようなのだった。そして、「理解する」「あらわす」ということには、ほとんど執着がないようだった。
 「沖縄ではどこにいきたいか」の質問をうけて、黙ったまま、前をみて、口元にすこし笑みをうかべていた柔原めいなだった。彼女は、姉のほうをみて「んっひ」と笑って「沖縄ぁ?」といった。これは、あらかじめ「沖縄にいったらどこに行きたいか」を考えていなかった、わけではないと思う。きっと出発前には、はっきりとした形ではないまでも、いろいろな想像が断片的に頭をよぎったのだろう。ただ、彼女が、父親をデコイのようにタコ殴りにしながら宣言した「きれい好き」の性質とは真逆に、頭のなかの大半を未整理のままにしているだけなのだ。彼女が即答できることはいくつか決まっていて、「料理が好き」「女優になりたい」「家庭科が好き、社会は苦手」のような概略的なことばかりである。それらの事柄にすこしでもつっこんだのなら、また、卵を巻くようなたのしい空転がはじまるのだろう。
 人は、柔原めいなには「考え」がなさすぎるように思うかもしれない。かといって、一般的にいわれる「考えをもつこと」のおおくは、面接の場面で、丸暗記した志望動機をすらすらと話す、模範的な面接態度に似ているようにも思えるのである。人のなかに考えがつくられると、それは意識の上で固定されるために、内面的な変化や、気分の変化に左右されづらくなる。また、些細な状況の変化におうじて、あたらしい発見をするだけの柔軟性にかけてしまうこともある。極端にいえば、ボタンを押せばおなじ文句を再生する録音機械のように、おなじ考えを、おなじ言い方でくりかえして、そのために必要な「労」はといえば、ボタンを押す行為だけなのである。ボタンを押す人物は、そのボタンを押せば、適切な考えが自動的にながれでてくるように感じて、相応しい局面がくるたびに、よろこばしく、何度もそのボタンを押すのだ。また、固定された考えであっても、変わっていくことはあるのだが、些細な気分の変化、あるいは、段階的におこる内面の変化、それとおなじようにおこる状況の変化のような、わかりづらいものにはしばらく取りのこされてしまう。それは、上司の悪口をいいあって盛りあがっている場面で、問題の上司が部屋にはいってきたために、まわりがだまったなかで、一人だけ気づかずに得々として上司の悪口をいいつづけている人物の、場の空気から孤立した意識のようでもある。
 そのような「考え」を、「持たなければいけないもの」とは、なぜか、まだ、まったく感じていない柔原めいなは、さきほどの質問には答えないままに、平然とジュースを飲んでいた。その様子は、「鳴かぬなら、鳴くまでまとうホトトギス」というふうでもあった。その余裕を、歴史上の偉人や高僧に見出したのなら、泰然自若のかまえ、のような大げさなものを感じるところだが、彼女の場合は本当になにも考えていないのである。心象的なイメージでいえば、彼女は頭のなかで、釣り糸をたらしながらあたりがくるのをぼんやりと待っていた。ほかの活発な場面でみせるように、いくつかのイメージが錯綜して混乱しているような素振りはみせていなかった。沖縄のイメージはまだ、文字通り「水面下」にあるようなのだ。柔原めいなは、(意識的な志向から大分おくれて)水面が徐々ににじんで色彩を変えたのをみたように、「水族館とか・・・」といった。間をあけず、アンテナのたった無線機のように、ストローのたった片手のジュースを目の前にかかげて、「あっ、あれだ!ぬンだっけ??にこ、ねコカフェだっけ??」という発言を走りださせた。この台詞の文字表記は、半分は印象的なものなのだが、「ぬ」または、「に」のような曖昧な発音が、まず「ね」に、そしてより正確な「ネ」に変わっていくまでの過程が感じられたのだ。彼女は当然「ねこ」という言葉は日常的につかいなれているのだろう。しかし、「ネコカフェ」という言葉はつかいなれていないようで、「ネコカフェ」という言葉を、「ネコ+カフェ」という単純な加算でとらえているわけでもないようだった。それは既出の「ねこ」と「カフェ」の応用問題ではない、あたらしい感覚なのである。もはや、ネコカフェをみてしまった私には、カフェの名とは程遠い、自治会の集会所の2階のような場所に、やる気のない猫の数匹がばらけて寝そべっているイメージしかうかばないのだが、彼女の場合はまだそうではなかった。柔原めいなは、「お花畑」とも「電波」ともちがっているので、執事やメイドの格好をした人間型の猫が、給仕をするような想像はしていないだろう。しかし、ねこも、カフェも、コーヒーカップも、いりみだれたままに放置されていて、それを「ネコカフェ」という言葉に統合することが困難なようでもあった。柔原めいなは、「にこっ、にコカフェだっけ?」といいながら、車の揺れとともに、からだを後ろにそらしていた。そして、からだを前にかたむけて「ネコカフェとかにもいきたいです」といった。その声の調子は、可愛らしさと、意思の表明を意識したものに変わっていた。最初からこの答えがいえず、沈黙と言いよどみをさしはさんだところが、彼女らしさなのだ。
 私はもっと、良い意味で自然体な少女(詳細は不明だが、柔原めいなの先輩か、未来の同級生。破壊的な番外編のヒロインではもちろんない。)を知っている。ここで、その人物と柔原めいなを比較させてもらいたい。以前に、その人物が、言いよどむことも、押しつけることもなく、やさしい関西弁で自分の趣味について語っているのをきいたときには、私は居心地の良さを感じたものだ。話ぶりには余裕があって、リズムがなめらかで、視点は、現実的すぎることも、夢想的すぎることもなかった。それは、偏狭な私にとっても、おおくの人にとっても、「付き合いやすい人物」であることを保証するものだ。その場しのぎ的な、八方美人的な意味ではなく、本当にそれが自然体なのである。皮肉なしに、その人物は、どこにいってもある程度はうまくやっていけるようにも思えた。それにくらべてしまえば、柔原めいなは、まるで気のきかない、不器用な、「付き合いにくい人物」でもある。明るく単純な柔原めいなが、だれかに嫌われることは、いうほどおおくはないだろう。しかし、「ネコカフェ」一つとっても、簡単には答えられない、そのあいだの空気の沈滞を気にしない、マイペースな性格ではあった。それでも、もし、あらためて、この小説のヒロインをえらびなおす機会があたえられたのなら、私は、柔原めいなをえらび、関西弁の人物は決してえらばないだろう。その人物はたしかに、話をきいていて居心地がよく、「意識的な型にはまっている」という反発も感じさせないのだが、いうことに「引っかかり」がないのである。柔原めいなの発言は、記憶のなかで何度もくりかえし、ゲシュタルト崩壊までおこしかけた私だが、その素敵な人物の発言は、一度目はたのしくきけても、二度くりかえせばもうあくびがでてしまうのだった。例えば、「初恋は幼稚園で、そのときに男の子に告白したら、「僕はポケモンのブラッキーと結婚するんだ」といわれた。ブラッキーに、負けた。」というような話である。それを、歳のわりに客観的に、自然に、やさしくいうのである。このような話をきけば、誰の口元にも微笑がうかんでしまうだろう。そして、ディズニーランドの帰りの車内の、「本当はぁ、あのー、帽子みたいのがほしかったんだけど、だけどぉ、なかったから、・・・んー、ぁー、んーと、なくてぇ、・・・なかったからぁ・・・、なかったからぁ、・・・・・・なかったです!」という、柔原めいなのスローモーションな話を最後まできいたのなら、微笑みは、ちゃぶ台をひっくりかえす動作に変わってしまうだろう。この小説が書かれるまでに、叩きわられたちゃぶ台の数は結構おおいのだ。久しぶりのタイトルコールだが、「柔原めいなの沖縄旅行」のヒロイン、「柔原めいな」とはそういう人物である。