3 エレベーター




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東京タワーだとか、スカイツリーだとか、全面ガラス張りになっていて、高所を行くようなエレベーターに乗ったのなら、「すごい」と声を上げることもありうる。垂直の、ほとんど足元の、眼下に豆粒のような人や車がうごめいている、そんな恐怖をともなう単純な高所感や、街の遠くの方まで見渡せて、ビル群が青く小さく地平線に消えていく風景、夜景がダイヤモンドをぶちまけたように、赤、青、白、色とりどりに輝いている、そういうエレベーターなら分かる。大人であっても、思わず「おぉ、すごい」と言ってしまうかもしれない。
しかし、沖縄におりたった柔原めいなが乗っているエレベーターは、2階から地上に向かうエレベーターだった。彼女の背後は、足元から天井までガラス張りではあるが、すごいものが見られるわけでもない。柔原めいなは、エレベーターの四隅のうちの一隅に、背中で寄りかかって、身体をあずけている。その時、やや肩をすくめるようにしながら、首はななめ右下に向かってかしぎ、「おぉ・・・すごい・・・」、と言ったのだ。彼女の顔は、何となく、涎が垂れそうに半開きに思える。声には後ろ暗いような、低くこもるような響きがある。おそらく、足のうらに重力の変動を感じるような感覚をすごいと言ったのだろう。それは、ジェットコースターやバンジージャンプのような強烈なものではない。エレベーターに乗った時に、密室のじりじりした感じを味わいながら、胃の浮き上がるような不安の、漠然とせりあがってくるようななかで、階層の黄色いランプが移動していくのを眺めることはある。感動はしないような、リアクションを取るほどではないような、すごさと言えるだろう。
しかし、柔原めいなはきっちりと、身体の姿勢で、声の調子で、言葉ですごさを伝えてきた。私のほうにまで、その不安定な感覚が伝わってくるようだった。彼女の身体はドアの方に、読者の方に向いていたが、顔は真正面を向いていなかった。後ろをふりむいて外を眺めているわけでもなく、エレベーターの側面に位置する、下のほうを見ていた。確認はできないが、彼女の背後と同じように、側面もガラス張りであるなら、そこには建物の内側の壁が見えていたかもしれない。壁紙もはられずにペンキも塗られないような、緑がかった灰色の壁が見えていたのかもしれない。あるいは何か、普通なら露出しない、建物の内部にうがたれた穴のような、人間でいうならそこにおさまる内臓のような、機械が見えていたのかもしれない。それとも、彼女の視線はだいぶ下のほうを見ていたので、壁を見ているわけではなく、壁とエレベーターにはわずかな隙間があって、そこに暗闇をみながら、降下とともに、吸い込まれるように、暗黒のなかに沈んでいくように感じていたのかもしれない。
そういう視覚的な要素も考えられるが、彼女の、身体を固定させて、首から上だけを動かす感じには、重力を体感している感覚があった。「おぉ・・・すごい・・・」の言い方には、「おぉ…耳の穴にめんぼうが入っていく…」のようなニュアンスがあって、おそるおそる、しかし、怖がっているわけではなく、心もち快の、静かに背筋をなでていくような、面白さを刺激する感覚があったようだ。
それは、時間にして数秒の出来事だ。余韻にしても、彼女がエレベーターを出てから数秒を待たずに消えていっただろう。始まる前にも、終わった後にも、彼女がエレベーターに特別な何かを期待したり、未練を残すような要素はない。彼女の「おぉ・・・すごい・・・」の反応からは、前述の「横断歩道みたいなのがある」と同じく、子供らしさ、感覚の新鮮さがうかがえる。最初、空港に向かう車中の彼女は、ひどく無関心、無感動にみえたので、全体をとおしてそのような感性の子供なのではないかと思ったのだ。それは、その時そういう気分だっただけか、車での移動が日常的に行われているので、飽きているだけかもしれない。
エレベーターが地上に着くと、柔原めいなは少しゆるんだ表情であたりを見回した。一瞬だが、べつの次元を体感していた心が、その次元をおおっているからをむかれて、新しい世界に接触したようだった。冷たくひびく「ドアが開きます」の機械的な女性の声は、柔原めいなの「おぉ・・・すごい・・・」にこめられた、おさえ気味の、やや低い、人間的な声の気分を残すエレベーター内に、痛烈な角度でさしこまれた刃物のように感じられた。夢は覚めたのだ。人はどんなに短い瞬間にも、想念や夢の世界を、さしはさむようにして感じているのかもしれないが、いつまでもそれに意識を割いている暇はない。すぐに次の場面がはじまり、次の感情がはじまる。そうして、新しい夢があらわれ、古い夢を上書きして、気分という一つの持続的な流れに変化をあたえていく。