13 疲れました




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さて、シーサーも無事出来上がったようだ。もはや想像上の半実体と化した私は、柔原めいなとともに店を出た。彼女のシーサーは、全顔ピンクの状態で完成だったわけではなく、そのあとにたてがみにあたる部分や髭にあたる部分、耳のふちなどを別の色で塗ることでようやく完成した。そのような作業を目にしているあいだに、私は禁をやぶってうっかり姉のすがたを目にしてしまった。とはいっても、きびしい因果の法則によって縛られているために顔は見えず、全身をとらえただけであったのだが、その印象は細身のスケート選手のようにすらりとしたものだった。今、私の目の前には、貝殻のような模様の描かれたのれんをくぐって、柔原めいなが出てきたところだ。やはりピンク色のキャップをかぶり、エプロン風のキャミソールの上に白いひらひらした半そでのシャツを羽織っている。さきほどは結構くだけた調子で会話していたようだったが、またいつものように質問マシーンに戻った姉が、「今の気分は?」と柔原めいなに質問をした。どうも、この棒読みっぽいしゃべり方は読者を意識してつくられたものだったようである。しかし、これ以上の追求はなにかおそろしいものを突付くようでもあるので、やめておこう。私は、柔原めいなに対しては、見えている部分にも見えていない部分にも追及の手を休めるつもりは決してないが、彼女の家族にかんしては、私にとって距離のある他人であって、断片的な情報から想像をたくましくすることはむしろ楽しんでいるのだが、あまり近くに、すがたをみるようなことになっては、逆に引いてしまうのである。したがって、比較的好感度のあがってきた父親であっても、できれば私の半径数メートル以内には近づかないでほしいと思っている。最初はまったく他人のようであった柔原めいなだが、もうずいぶん長いこと彼女を見てきたように錯覚されるので、私には一方的に友達のように思われているのだ。こんなとき、彼女ならどう言うか。こんな場合、彼女はどう反応するか。友達同士ならよくある、「あいつなら言いそう。」そういうフィーリングが、少しずつ、不完全な後だしジャンケンではあるが、身についてきたように思われるのである。しかし、友達の家族ともなれば話はややこしくなってきて、うっかり見てしまった姉のすらりとした手足、スパッツのようなからだにぴったりフィットした服を着て、腰に手をあてている、そのような声の弱々しさのイメージとはことなる姉のすがたは、草食動物とあなどっていたものが突然するどい牙や俊敏な動きをみせたように、卑怯な、一方的な観察者の私には、おそろしいものに思われたのだ。それはまるで、いつも身内同士の会話のなかでは好き勝手な批評の対象となっていた、例えば、「電話の中継者としてしか登場しない友達の姉」、あるいは、テレビの芸能人のようなものでもいいが、それらイメージだけの人物が、現実の存在として目の前にあらわれたとたんに、対等どころか、自分よりもつよく大きな存在に変わってしまい、今までに叩いてきた軽口、批評などはまったく身の程しらずの無責任な発言にすぎなかった、そう思い知るようなのである。さて、そのようにイメージの殻を一段階やぶって不如意をみせつけた姉の「今の気分は?」の質問であったが、その時、柔原めいな(あぁ、なんとほっとする名前だろう)は、両腕をおおきくひらいて伸びをしているところだった。しかしその伸びは、とりあえず形だけつくってみた程度のものにすぎず、オームの群れを前にしたナウシカの真似をさりげなくしているかもしれないが、あくまでそれは気分のながれの一つを構成するものにすぎない、程度のものだった。ただ、私はここで久しぶりに彼女の内面的な心理状態を感じとったのだが、それはさきほどまで彼女は「集中していた」ということであり、その集中が終わり、完成品として得たシーサーのはいった袋を手にもち、店の外に出てみれば外界の空気が感じられる、そんな状態なのだった。たしかに、両腕をじょじょにひろげていくとき、彼女は妙につくられた賢者のような顔をしているようでもあった。ただ、そのあとにそんな顔をしていた自分に少し笑ったようにもみえたので、やはりナウシカの真似をしていたというのは、近からず遠からずということかもしれなかった。また、両腕をおおきくひらいた彼女のひじは、柔軟性のたかいものにおこる典型的な、ひじが少しだけ逆にまがる状態をみせていた。そして柔原めいなは「今の気分は・・・疲れました。」そのように言ったのだが、その声はか細くちいさくほとんど聞きとれないくらいであった。かといって疲れ果ててるといった感じはまったくなく、「疲れた・・・」いや、疲れているのだが、もっと充実したつかれ、山登りの果てに頂上からの景色を眺めているような表情をしているのだ。帽子からはみでた髪は幾分みだれ、目は若干シーサーのようにこわばって見開かれ、かたまった笑顔から体内の息を「ふぅーー・・・」と吐き出すような表情をみせたあと、腹のなかからしぼりだすように「・・・最高です!」と言って右腕をまっすぐ伸ばしたまま徐々にもちあげて、親指をぐっと立てて笑ってみせた。そしてやや高いイントネーションで「最高です!」と言ったあとに姉のほうに小走りでかけていったかと思うと、そのまま敷地内の野外簡易食堂のようなところをふらふらと進んでいったのだ。


sage