1 ネコカフェ




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「沖縄についたら行きたい場所は?」と姉に問われて、水族館と答えるまでに、柔原めいなは長いこと迷った。これは、「沖縄に行ったらどこに行くか」という想像を事前にめぐらしていなかったことを意味する。しかし、トンネル内を走るうす暗い車内で放心しているうちに、沖縄には水族館があるというイメージがようやく浮かんできた。そして、水族館と口にすると同時に、同時連想的に、「ネコカフェ」という言葉が出てきた。
出発前に、あらかじめ沖縄の本か、パンフレットか、そういう類のもので、最低限の知識は仕入れてあったのかもしれない。それを見ている時に、「ネコカフェ?あっ行きたい」、くらいの発言はあったのかもしれない。しかし、ネコカフェという言葉を何度も使い、使い慣れるほどに思い入れはなかったのだろう。ここでは最初、「ネコカフェだっけ?」と、いまだ定着の度合いの低い言葉として使っている。
水族館は、海が美しく多様な海洋生物のいる、沖縄にふさわしい観光名所だ。彼女が、まず水族館と言ったのは、妥当な判断と言えるのだろう。だが、それにも増して、(少女らしく可愛いものが好きで、イエネコと戯れることに快感を見出す柔原めいなの)、興味を惹いたのはネコカフェだった。柔原めいなが、「水族館、ネコカフェ」、と言い出す手前には、しばしの沈黙があった。それは、車内での長い移動時間によって、沈思黙祷した状態の持続である。人生の隙間風とも言える。そんな状態で、おそらくドライブスルーか何かで買ったのではないかと思われる、ストローつきのジュースを飲みながら、姉の質問にもろくな反応を見せずにいる、彼女の内部には、過去もなく、未来もなく、ただ移り変わる景色のみがあったのではないだろうか。その時、彼女は考えることも、意識を働かせることも放棄しているようにみえた。しかし、水族館、つづいて誘発されたキーワード、ネコカフェから奔出したイメージのもたらす感興が、彼女を、目的をもった主体的なものに、生き生きとした人間性の宿ったものに変えたように思われる。そのような表情の変化が見られたのだ。


sage