7 歯にぬっちゃう?




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彼女の表情、身体の姿勢、喋りかた、声の調子、それらは空港や車内でみた姿とかなり異なっていた。当たり前のことだが、家族の前でみせる姿と、家族以外の他人がまわりにいる環境でみせるすがたは異なっている。空港でもまわりに他人のすがたはあったはずだが、それは雑踏であって、彼女にとっては通りすぎるだけの場所だった。
この沖縄の民族芸術体験工房は、店員にとってはホームであり、柔原めいなにとってはアウェイである。シーサーの作りものへの彩色も、店員の言うとおりに、店のルールに従わなければならない。そのせいか、柔原めいなの態度が以前とは変わって、外行きになっているように思えるのだ。彼女はここにくるまえにすでに、念願の昼食をすませていて、腹もふくれていたので、若干、民度もあがったのかもしれない。背筋はのびているし、表情はかるくひきしまったようにもみえる。声の調子も、断続的に飛行機を揺らしていた、調子はずれの乱気流から、上空をすーっと流れる薄い雲のようなものに変わっている。流麗に、少しだけ大人びたようにみえる。髪型や服装も異なっているのではないだろうか?もしかすると、昼食を食べ終わったあと、というのは私の勘違いで、この場面においては、日にちがずれているのかもしれない。それとも、読者を意識してお色直ししたのだろうか。彼女が、そこまで気を使っているようにも思えないのだが、作中のいい加減な態度とはうらはらに、そういうところは抑えようとしているのかもしれない。
彼女は真っ白なシーサーの焼き物に着色をこころみる。色の選択は自由なようだ。まず、薄いピンクという色に反応した。なぜ、ピンクが女の子らしい色と感じられるのか、それは未使用の乳首や、膣の色と同じだからだろうか。安直にすぎるといえばそうだが、案外ありうることである。ピンク以外の色では、赤が女性らしい色と考えられることがある。赤は顔面の擬似性器といわれる唇の色と同じだ。同時に、血液の色であったり、情熱の色と見なされることもある。男の子が好んでもおかしくはない色でもある。それに比べれば、ピンクという色の純粋な女の子らしさは比類のないものだろう。柔原めいなが、「未使用の乳首や、膣の色だから」という理由で、シーサーをピンクに染め上げようとしたのか、そのように蜜蜂をひきつける開いた花弁のようなシーサーを作ろうとしていたのか、分からないのだが、このようなフロイト的な分析は、分析するものの性的な連想を押しつけすぎるという危険をはらんでいる。しかし、この場合に正しさは重要ではなく、重要なことは、柔原めいながピンクを選んだ理由を、他に解釈できなかったということだ。
柔原めいなの行動は、平凡であって、普通の小説中にみられるような個性、奇異な要素は少ない。私が人生において、出来るだけ「真摯に」ものを見ようとつとめる時、期待するのはもっと直接的な新奇さなのだが、直面するのはいつもそういった平凡さ、想定の範囲内という感覚だ。
今、見てくれだけはお嬢さまらしくみえる、柔原めいなが彩色作業に没頭している。手先の感覚に集中するあまり、周りが見えなくなってきているようだ。姿はみえないが、向かい側には、姉か、母親のどちらかがいるように思える。そのどちらかに向かって、柔原めいなは瞬間、顔をあげて、「全部ぬっちゃえばいいんだよね?」と聞いた。やはり、声のトーンが高く、かすれかかったような、よそ行きの声に聞こえる。これがよそ行きの声なのだとしたら、彼女はまだ、うまくよそ行きの声を作れない、作りなれていないのではないか。しかし、後の場面での、ホテルで受付のお姉さんの物真似をしている声の調子は、これともまた違っているように思える。私が最初、彼女の眠気を無関心と勘違いしたように、明らかになっていない理由があるのかもしれない。彼女が向きあう机は、図工のテーブルのように黒くなめらかなものに感じられるのだが、見えない位置で、彼女が座っている椅子も、理科室や美術室にあるような、木材を組み立てた背もたれのない椅子なのだろう。この場面では、何か全体に、絵の具の、込み入った画材の、上皿の匂いがしてくるように思う。それは直接的に匂っているというより、もっと奥まった、倉庫や準備室に押しこまれた画材のたばの匂いのようだ。
ここで、柔原めいなは、色塗りに没頭して視野を狭くするあまりに、ミスを犯してしまった。真っ白なシーサーに色を塗るさいには、眼球の白目の部分と、顔面の下半分で大きくむかれた歯の部分を塗り残すか、そこは白の絵の具で塗るのが普通だと思うのだが、間違えて、歯の部分をピンクの絵の具で塗ってしまったのだ。しかし、間違っていることに気づいて、向かいの席へと顔をあげて「歯にぬっちゃった、歯にぬっちゃう?」と言った。「歯にぬっちゃった」は冒頭に「あっ、」とつけくわえるようなニュアンスで、「歯にぬっちゃう?」は若干、消えいりそうな小声になっている。その声の響きと、彼女の身体を揺するようなリズムは、それまでの、首だけをななめに倒して、微動だにしない集中状態と対比されて、ピンポン玉がこきざみにはねるような感じをうけた。見えないのだが、彼女の膝頭もまた、揺すられたように感じられた。その間にも、彼女の不安な声色とは無関係に、父親と思われる男性が、読者の前に闖入して、すでにぬりあがったシーサーを見せつけていたりするのだが、それは、「やるじゃん、パパ」と言いたくなるような出来栄えだった。
一方、ミスってしまった柔原めいなが、小声でつけくわえた「歯にぬっちゃう?」の意味は、向かいの席にいる姉か母親に対して「そっちは歯に色ぬる?」と聞いたように思われたのだが、同時に、「間違えてぬっちゃったから、もう歯に色ぬっちゃおうか?」と聞いているようにも思える。それは姉や母親の知ったことではなく、柔原めいなが勝手に判断すればいいようなことなので、彼女も小さな声で消え入るように言ったのだろう。旅行先でお遊びでぬっている、シーサーの色塗りは、失敗してもたいしたことではなく、柔原めいなもそれはわかっている。ただ、彼女は、ちょっとの瞬間だけ、不安に、孤立してしまったように感じたので、誰かの意見を聞きたかっただけだ。もし、ここで店員さんがきて、不思議そうな顔をして「あれ、歯ぬっちゃったんですか?」と言い、家族も、「何で歯ぬっちゃったの?」などと言えば、責められているわけではないにしても、柔原めいなは居心地の悪い思いをしたことだろう。その時は、手の上にある「ぬっちゃったシーサー」を、どこかに捨ててしまいたいと、と思ったのではないだろうか。


sage