Neetel Inside 文芸新都
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 「レイ=プレイ症候群」が本格的に発症してしまえば、もうきっと自分ひとりの世界が全てになってしまう。感覚的にそれを理解していた姫子にとって、この紙切れに書かれている言葉一つ一つが、何だかとても近しいものに思えて仕方なかったのでした。そうして、誰とも分かち合う事の出来ないこの悲しみを、かつて同じように背負っていた誰かが、同じようにこの海のこの浜辺に座り込み、この言葉を書いたのだとすれば、それだけで、姫子は少しだけ救われた気持ちになれたのかも知れません。
 あふれ出る涙は、絶望し、しかし、失望できず、誰にもその悲しみを打ち明ける事の出来ないままに海にやってきた姫子が始めて感じた、一種の安堵からのものだったのです。

 姫子は、この誰とも分からぬ相手に(文脈から考えるに同性である事を理解したうえで)もうどうしたって止めることの出来ない深い愛情が芽生え始めていた事に気がつきました。
 それが、「レイ=プレイ症候群」によるものなのか、それとも、姫子自身が抱く深い恋愛感情なのか、姫子には、判別できかねましたが、それでも、この誰とも分からぬ相手に胸をときめかせずには居られないのでした。
 「レイ=プレイ症候群」は発症から、1年ほどでほぼ99%の少女たちが死に至ります。
 筋肉の極端な減少により骨が歪曲し、発症後しばらくすると人間の形を保てなくなります。その上、脳は縮小を続け、コミュニケーションをとる事はおろか、外界で何が起こっているのかを理解できないまま、それでも、自慰行為だけはやめる事無く、逝き狂ったように、発狂しながら死んでいくのです。多くの少女たちはそうやって無残に死んでいきました。
 手紙の状態から想像するに、仮にこの誰とも分からない相手が「レイ=プレイ症候群」を発症していれば、間違いなく死んでいる事でしょう。
 姫子はこの芽生え始めた愛情を、結局、向ける相手など居やしないまま、いつまでも持ち続け、そして、姫子自身も同じように無残に死んでいくのです。
 それは、もう逃れられない運命なのでした。

 しかし、ココに来て、姫子はひとつだけ違和感を抱えました。
 「えい・・・えん・・・?」
 ココまで、ひどくリアリティーに満ち満ちていたこの紙切れに書かれた言葉に唐突に表れた「永遠」と言う表現に、姫子は少しだけ違和感を覚えたました。

 先ほど姫子自身がつぶやいた「これは、ほとんどあたしだ。」と言う言葉に込められた違和感の正体はこの「永遠」だったのです。だから、姫子は「これは、あたしだ。」とは言わずに「これは、ほとんどあたしだ。」と表現したのでした。
 だからと言って、姫子のこの誰とも分からない相手への愛情が冷めるはずもなく、それどころか姫子は「永遠」と言う言葉にさえ、ひどく関心を持ち始めました。

 永遠。
 永遠。
 永遠。
 永遠。
 永遠。
 永遠。
 永遠。
 永遠・・・

 「この世の中がもしも、この子の言うとおり自分の思うままに動くのなら・・・あたしは、永遠と言うものを求めてみたい。永遠の中なら、きっともう誰も失う事はなくて、そうなれば、誰とも分からないこの子だって、まだ元気に、外でひも縄跳びをビュンビュンと飛んでいるかも知れない。永遠を求めてみたい。永遠を。」
 姫子は、立ち上がりました。
 「明日は安息の休日。いつものように教会に行こう。あの、真面目な女の子に何だか優しい神父様に、少しだけでもお伺いを立てれば、こんな病気になっちゃって何だか穢れたあたしだって少しは許されて、そうしたら、少しだけ聞いてみみよう。主の語る『永遠』について。」
 紙切れを元のビンに入れ、そうして、穴の中に静かに戻すと、何もなかったかのように穴を埋め、静かにその場所を立ち去ったのでした。

 世界中の悲しみで涙を流した人間の涙の総量が海となるのです。
 この夜は満ち潮の夜。
 きっと、多くの人が涙にくれ、そうして、いつもより多くの海の水が、じりじりと溢れてくるような夜でした。
 姫子と同じように、その浜辺にやってきた少女がまた一人。
 姫子と同じ場所に座り込むと、不意に足元の砂を針金で作られたかのようにか細い手でかき始めました。
 そして、この紙切れを見つけ、同じように「永遠」を求めるようになるのです。
 この手紙を書いた人が誰なのか、それがはっきりするのは、実は、時間的にはまだ随分と先の話となるのですが、その時には、もうどうしたって取り返しの付かない状況になっている事を、今はまだ、誰も知る余地もないのでした。
 そして、今日もまた一人、悲しみを抱えた少女が、海へとやってきます。
 そして明日もまた・・・

       

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