Neetel Inside 文芸新都
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 「究極の愛とは何か・・・私、エリ悪の場合はですが、それは、ひとつとなる事でした。方法は、無限の通りあります。その中で私、エリ悪が選んだものは、いわゆるカニバリズム。その愛した人を食べつくす事により、自らの血肉にする。そうして、ひとつになる方法でした。・・・ただ、雑食性の生き物の肉は臭くて食べられやしないのです。それは愛した人だとしても同じでした。そこで、私、エリ悪は、知恵を持った人間らしく、とあるひとつの工夫を致しました。どうしたのか。実に単純な事です。つまり、その愛する人を自分の部屋に監禁し、首輪をつけ、桃の実だけを与え続けたのです。毎日毎日毎日毎日毎日毎日・・・それは、人間の細胞が全て新しく入れ替わるであろう1年をはるかに超え、3年と126日の間続きました。そうすると、細胞を作るための養分が全て桃だけになるものですから、その愛する人は体臭をはじめ、体液も、体を構成するありとあらゆるものが桃の様相を呈していくのです。それは、さだめし美味しかった。桃の香りを嗜みながら、じっくりと時間をかけ、解体、腑分けを行い、最後には、真っ白いテーブルクロスの上で、まるで、五つ星レストランの高級フレンチでも貪るかのように、その肉を食していきました。もちろん、ナイフとフォークを使ってですよ。その愛する人の名前は桃子と言いました。ただ、残念な事に、私、エリ悪は、あまり料理がうまくは無かった。苦労いたしましたよ。魚を捌いた事も無かったものですから、人間の解体など、そう易々と行えるものではありませんでした。もちろん、傷だらけ。中には、一生残るような深い傷だってあったはず。それがこれ。苦労の後です。」
 エリ悪は、そうつぶやきながら、木に自らの手を見えるように差し出しました。
 「そんな思い出の詰まった手のひらを眺めるたびに、私、エリ悪は強く思ったわけです。つまり、その他大勢の方の思い出が詰まった手のひらもまた眺めて見たいと・・・ですがね、もう、それも止める時がきたのです。桃子を食べたその日は、うたた寝を永遠に続けたくなるような春の日でした。そして、あれから23年度目の春が過ぎ去りました。桃子を食べた事を後悔などしてはおりませんが、桃子とひとつになってから、23回も自分の体が一新してしまったと考えると、22年前に自殺するべきだったと言うばかり、今になれば思うわけです。ただ思うのは、この死に切れなかった老体が果たして、朽ちるべきなのか、生きるべきなのか。そんなことばかりなのでございます。」
 木には、さまざまな鳥が巣を作って暮らしていました。
 実は、その日、カケスの子どもが巣立ちの時を迎えていました。
 木は、エリ悪の話に耳を傾けながらも、カケスの巣立ちにもひどく心を奪われていました。
 その事に、エリ悪自身も少しだけ気が付いたのでしょう。そう話した後、ストンと木の根元に腰掛、それ以上何も話さずに、ウトウトとし始めました。

 数日の時間が経ちました。

 木は、静かに考えていました。なぜこのエリ悪なる男がココにやって来たか。
 少し前にエリ悪は、木にどこかで買ってきたはけの酷い荒縄を何重にも巻きつけ、それを自分の首にあてがってぶら下がるように死にました。
 この場所には、実に多種多様な生物が存在しています。それぞれの命は、それぞれの事情で懸命に今日をそして、死ぬまで止め処なくやってくる明日を生きています。
 木にとって、それは当たり前でした。
 この世界に、生命を受けた以上、それは、当然の摂理だったのです。
 そうであっても、木はこの日初めてその摂理を拒絶した生き物を見ました。それが、エリ悪だったのです。

       

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