Neetel Inside 文芸新都
表紙

永遠の向こうにある果て【完結】
終幕の神話は孤独より(仮)

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 無限に続く時間すら流れない世界に、一人だけ残された男が居ました。
 今となっては、なぜ、永遠など追い求めていたのか。そんな事さえも忘れてしまうほどの時間が経ってしまいました。もしかしたら、そんな理由など、忘れてしまいたかったのかも知れません。
 何度も何度も繰り返し咀嚼した男の思い出は、いつしか、もう復元不可能なほどに細分化し、そして、もともとの形など、もう一向に分からないものになってしまいました。
 男は、何かしらを考える事をやめ、静かに物思いに更けりました。
 そのまま、また人間が知覚できないほどの時間が流れて行きました。
 その中で、男がひとつだけ、強く強く決意した事がありました。

 不意に、男の前に一人の男が現れました。
 はるか古、まだ男がこの場所に来たばかりのころ、自らを「永遠」と名乗り、そして、丁々発止に男との会話を行った最後の男です。
 「当たり前だけれども、何も変わらないねぇ。」
 永遠は、男に向かって歩いてきます。
 「でも、なぜか不思議な事があるんだ。君は、一体どうして、この状況に至っても、涙の一つも見せないのか。それが、どうしても気になってねぇ。それで、こうして、久々・・・時間軸に直せば6億年ぶりに、会いに来たという訳だよ。」
 永遠は、男に触れるばかりの近さまで近づいてきました。
 「懐かしいですね。確か、あなたは永遠。」
 「そうですよ。それで、この6億年の間に、僕の問いただした問いの答えは見つかったのかい。」
 「もちろん。」
 「じゃあ、それを、聞かせていただけるのかな?」
 男は、少しだけ呼吸を整え、永遠の耳元に口を寄せつぶやきました。

 「悪意さ。」

 急に、永遠はその場に倒れました。
 体からは、止めどない血液が流れ、そして、男の手には、ずっと姿を変えないままの小さなボンナイフ。
 それは、はるか古に、この男がダルマ死体を作るために使ったボンナイフでした。
 「初めの5000年で、自分の人生に目処をつけてから、残りの数億年間は、次にあなたが目の前に現れたら殺そう。と、そればかりを考えて、すごしました。ふふふ・・・そうしたら、現れたあなたは、まるで『殺してください』と言わんばかりに、フラフラと私のところにやってくるじゃあありませんか。そりゃあ殺しますよ。もう、迷いもなく殺します。」
 その言葉は、もう永遠の耳元に届くはずもありませんでした。

 はるか昔。
 現段階から数えるに、最後となる世界の終末に、ひとつの事件がありました。
 メフィスト・フェレスなる悪魔が、全世界に向けて強い悪意を解き放ったのです。
 メフィスト・フェレスは、悲しみ、苦痛、絶望を人類から抜き去り、そして、そこに悪意だけを植え付けていきました。その結果、人類は、物事に対して、悲しく思う事、ましてや、涙など流す事など叶わない、不完全な生き物となってしまったのでした。
 本来なら、誰もが海となるはずの止めどない涙を流す状況において、男が、何億年もの間、一滴の涙も流さずに、ただ淡々と悪意だけを心の中で増殖させていった理由も、実はそこにあったのです。

 そして、今。
 朽ちる事を許されなかった永遠は呆気なく朽ち、その体からは、止めどない血液が、涙の代わりにいつまでもいつまでも流れ出ました。
 止めどなく。
 止めどなく。
 やがて、これまでに何度も世界が形成されてきたように、海が出来上がりました。
 ただし、その海は、紅かったのです。
 深紅のバラのようなその海は、生命を育むことが出来ず、世界は、ただ、紅い海に包まれるだけの死の世界となってしまいました。

 男は、そんな世界において、一人静かに、深紅の海を眺め、佇んでいました。
 砂浜には、かつて、生きていた少女が書いて埋めたであろう、薄濁ったガラスの瓶は埋まっていましたが、それでも、この世界にもはや、生きるものは存在していませんでした。

 深紅の海。
 流れ始めた時間。
 寄せては返す、波。
 そして、その音。
 男は、自分の体内の時間もまた、少しずつ動き始める事を感じていました。
 今、この星に生きる生命が、この男しかいない以上、この世界の全てを見届ける事が出来るのは、この男だけであり、そして、この5000年が終わるとき、男はついに、安らかに朽ちる事が出来るのでしょう。
 何億年と言う時間を生きてきた男にとって、5000年は、本当に、短い時間でした。
 その短い時間の中、男は、かつて、世界に生命が満ち溢れていたころの事を延々と考えてました。
 世界一きれいな歌声を持つ全聾の男の事、深海で女王になった手首に傷のある少女の事、究極の愛のために自分の肉体を調理して愛する人に食べさせた女の事、幼女しか愛せずそれを咎められて人を殺してしまった男の事、人間になりたかった木の事、寝てご飯を食べるだけの人生を立派に全うしたカメの事など。
 そして、最後に、母親の事、朽ちていく事、骨の事を。
 何億年と言う時間を過ごしてきた男にとって、全ては遠い記憶の彼方の一瞬の出来事であり、そして、とても小さな、しかし愛すべき出来事のように感じました。

 その瞬間。
 男は不意に、全てを理解しました。
 何億年と言う時間が流れた今、それでも、そんな小さな出来事さえもなくなる事無く、この世界に存在していたのです。
 「『永遠』は、求めるものじゃあなかった・・・瞬間瞬間を『永遠』にする事が出来る力を命は持っていたのだ。脈々と命は生まれ続ける。それは終わらないもの。永遠は、初めから存在していた・・・。」

 その時、男の目に流れるはずのない涙が溢れていたのか。
 周りにはもう誰もいないので、それを知るものは誰もいません。

 その世界が終焉を迎え、ついに生命体がなくなったその星は、誰かの意思をはずれ、そして、その誰かは地球という星にまた新しい世界を創造しました。
 地球に存在する生命体は、もう深紅の海が枯れあがってしまい、全てが赤く色づいてしまったその星を火星と名付け、その星の出来事を今も永遠に受け継ごうとしています。

       

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