Neetel Inside 文芸新都
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 永遠についての見解は、十人十色、千差万別。わずかな研究時間でも、すぐに、良死朗の研究室の壁は「永遠収集冊子」の本棚で埋め尽くされていました。
 その過程において良死朗の興味を引く人物も何人か存在しました。
 例えば、彼がそうです。
 彼は、名前さえも教えてくれず、ただ「名前が無くては、これから関係を築いていく上で、どうしたって不都合があるかも知れないが、別に関係を築こうと言う訳でもないのだよ。」とだけ言い、そのたるんだ体を震わせながら笑いました。
 良死朗は少し怪訝そうな顔をしながら語りかけます。
 「永遠について研究しております。」
 「永遠とは、また何ともニッチな感覚を持ち出してきたものだね。とは言え、かつて、私が出会った人の中になかなか愉快な人がいてねぇ。彼は、永遠について面白い話を私に聞かせてくれたよ。」
 「永遠についての面白い話?」
 良死朗は、少し身を乗り出して、この男の話に耳を傾けました。
 「彼はね、今の世の中を随分と嘆いていた。そう。『永遠の意味さえも理解できずに、安易に使っているものだから、そんな奴には、永遠の向こうにある果てを垣間見せてあげたい。』とね。こうも言ったよ。『永遠に君を愛すると言うロマンチストがもし存在するのであれば、永遠に人を愛する事の真実を教えて差し上げないといけないじゃあないかい。』とね。」
 「永遠の向こうにある果て?」
 「今しがた、一瞬だけ想像して見れば良い。終わらないから永遠なのだとすれば、終わらない先にある終わりとは、一体どんなものなのだろうかねぇ。」
 「永遠に終わりがあるのですかね?」
 「それを考えるのが研究じゃあないのかい?倒錯法と言うものを知らないのかね君は。この世の物事はね、全て終わりから考えなくちゃあいけないんだよ。君のご両親は、そのことを実に深く理解していた。良死朗。実に良い名前じゃあないか。まさに、倒錯法だよ。良い死に方をする為に生きる。この世の条理は結局の所全て同じなんじゃあないのかい?」
 そう言って、男はまたたるんだ体を震わせながら笑いました。
 良死郎がその人物の名前をせがむように聞くと男は少し不機嫌そうに「ああ・・・確か、マイクと名乗っていたねぇ。」とだけ、最後に付け加え、何処かへと歩いていきました。
 
 また一人。良死朗の興味を引く人物がいました。
 彼は、しがない検視官で、数多くの死体を見てきたと言う経験以外には、何のことはない取り留めのない人生を送って来た男でした。しかし、その中の一つの経験が、どうにも良死朗を捕らえて離さないのです。
 「今際先生はダルマ死体なるものをご覧になった事がおありですか?」
 「ダルマ死体?いいや。今、初めて耳にしましたが。」
 「いやね。元々は、単なる監禁事件だったんですよ。その事件で死んでしまった、それはそれは若い・・・まだ17歳の娘さんがね。何とも、凄惨に殺されましてね。・・・いえいえ。レイプなんてとんでもない。その殺され方が、ダルマ死体なるものだったんですよ。ええ。ええ。」
 そういうと、しがない検視官は、ポケットに入っていた小さなメモ帳に簡単に人間の身体のイメージを書き上げ、続けました。
 「人間の身体とは、なんともまぁ不可思議なもので、どこをどう考えても沢山の突起物があるわけですね。そして、幸か不幸か、その突起物ほど傷みを感じやすい。ご経験がおありでしょう。指先を怪我した時の、あのえも言われぬ痛みですよね。さてさて、その一つ一つを切り取っていくとした時、実は、それは、歴史上最も残虐な王と言われた『ファラオ』ですら凌駕する残酷な拷問になりえてしまうわけですよ。突起物を一つ一つ切除していくとね、人間はだんだん丸くなっていくんですよ。」
 「つまり・・・ダルマ?」
 「ご明察。」
 「それで、そのお話が、一体私の聞きたかった、永遠とどのように関係してしまうわけなんでしょうか。」
 「不思議な事です。その娘さんのことなんですけどね。いつまで経ってもダルマにならなかったんですよ。一つ突起物を切除すると、そのために次の突起物が出てきてしまう。どんどんと破片は細かくなっていき、そうあっても、永遠に終わることがないのです。アキレスとカメのパラドックスはご存知ですね?アレをね。人間でやっちゃったわけですよ。切り刻みながらね。うしゃしゃしゃしゃしゃしゃしゃ・・・」
 「だけれども、アキレスとカメのパラドックスは、最終極限値として1になってしまう。はたして、そのダルマ死体はどうなってしまったのですかね?」
 「消えてしまいました・・・いくつかの、破片だけを残してね。」
 「消えてしまった?」
 「ココから先は、今際先生の分野であるので、あくまでも事実だけを述べてしまいましょう。ダルマ死体を作る為、突起物を削除し始めると、それは、永遠に終わることはなく、そうして、最後には、全てなくなってしまうのですよ。」
 「質量的に考えて、なくなってしまうはずはないじゃあありませんか。細かくなって、それはもう目に見える大きさではなくなってしまった。とは・・・?」
 「いいえ。消えてしまうわけですよ。また機会がありましたら、ぜひ、一度お試し下さい。全てを失ってもよろしいのでしたらね。うしゃしゃしゃしゃしゃしゃ・・・」
 そう言って、しがない検視官は、今しがた出した小さなメモ帳を内ポケットにしまい、もう一度だけ「うしゃしゃしゃしゃ」と笑いました。

       

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