Neetel Inside 文芸新都
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 それは、いつも聞こえる虫の音がほとんど聞こえない静かな夏の夜でした。
 夕方に降り注いだ夕立のために、何だか蒸し返すような、息苦しい夜。
 静かに、「永遠収集冊子」をめくりながら、良死朗は静かに物思いにふけっていました。
 良死朗がこれまで、どうしたって追い求めずにはおられなかった「永遠」には、果てがあり、その向こう側が存在する。と言う事実を確かめる術が何ともないものか。そんな事ばかり、いつまでもいつまでも考えていました。
 人は、良死朗の事を狂気と呼ぶかもしれません。でも、その狂気と理想を結びつける方法にどれほど頭を回転させたとしても、その先にある答えは犯罪と言う凡庸なものだったのです。
 不意に知った事実ではあるのですが、しがない検視官の言うダルマ死体を作り上げようとした男は、実は「永遠の向こうにある果て」について清々嬉々と語り明かしたマイクなる男と、どうやら同一人物だったらしいのです。
 犯罪と言う狂気の果てに、マイクが「永遠」を知り、その「果て」も、あまつさえ「向こう側」についてまでも知る事が出来たのであれば、同じ道を通る以外に方法があるのか。それは、きっとありはしないのでした。
 部屋に散らばった安売り広告の裏には、アキレスとカメのパラドックスを解き明かし、極限値である「1」を導き出す数式が、長々と書き連ねられていました。しかし、それは、永遠ではなかったのです。
 なぜ、ダルマ死体を作ろうとした時に、最後、全てがなくなってしまうのか。答えは、どうしたって導き出せるものではありませんでした。それはおおよそ、条理、不条理に関係なくこの世に存在する、何がしかのルールに則る限りにおいて、絶対的に有り得ない事象。つまり、陳腐な表現をするのであれば、「神」による何かでもない限り起こるはずのないものでした。
 いつもより、なぜか時計の音が大きく聞こえる夜でした。
 「夜の時間に歩き始めよう。闇は、全てを隠してくれる。これから行う行為も、そして、その最中の誰彼に見せられたものではない醜いであろう顔までも・・・」
 意を決した風でもなく、それはまるで小さな虫が、夏の花火に飛び込んで焼け死ぬかのように自然と良死朗は立ち上がりました。
 親にもらった「良死朗の名前」の通り、良い死に方は出来ないだろうな。と、少しだけ自嘲を浮かべ、静かに部屋を出て行きました。
 
 この世に、死ぬるべき人間が果たして存在するのか。ラスコリーニコフと同じ葛藤を心の中に抱えながら、殺すべく考えたのは、近所に住むファンダメンタリストの少女でした。
 敬虔に信仰を守り、何よりもひとつの本を崇拝するファンダメンタリスト。
 彼女を選んだ理由の一つには、どうしたって、あり得ない事象を実現させる(と、無意識に良死朗が考えていた)「神」と言う存在を連想する何かがあったのでしょう。
 もう一つには、マイクが行ったダルマ殺人で殺された少女が、敬虔なファンダメンタリストだったという事実もまた、そこにはありました。
 良死朗は計画と呼ぶには、ひどくお粗末な計画を考えました。
 彼女が、毎週日曜日に教会へと赴く事を知っていた良死朗は、その道中でただ、彼女を連れ去る事が出来れば、それで全てが万事OKだと考えていたのです。それは本当にお粗末な計画でした。その後、ダルマ死体を作る場所だって、考えてやおりませんでした。
 おりしも、その夜は新月の土曜日。
 安息の休日を、明日に控えていました。
 部屋を早くにあとにしたのは、もし、朝になり、いつも通りの瞬間を経験すれば、人となりにこの気持ちを夜に書く手紙の如く、ただの恥辱としてしまう事を恐れたからでした。
 つまりは、決意表明。
 ガソリンの少なくなった蒸し暑い車の中で、エンジンも切ってその瞬間を待ちました。
 流れる汗。
 恐怖などありませんでした。あったのは、今、手にある肉切り包丁が果たして、永遠に続くダルマ死体を作る過程の一体どこまで持つのか・・・と言う心配だけでした。
 良死朗は、「まずは、左手の薬指から切り取ろう」とだけつぶやきました。
 月明かりもない夜は静かに過ぎ、この瞬間の良死朗を誰も見ることなど叶わないまま、夜は明けようとしていたのでした。

       

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