コツン。
何かが指に当たりました。
「しまった。この時間だったら、もう寝てしまっているだろうカニさんに当たってしまった。もし、このカニさんが、どうしようもないような怒り症で、しかも大きなハサミなんて持ってやいたら、あたしのこの細苦しい指なんか途端になくなってしまう。」
急いで、手を離した姫子でしたが、穴は再びの静寂です。
姫子は、恐る恐るもう一度、その穴の中に手を入れてみました。
コツン。
確かに、何かに当たるのです。
そっと、その何かをつまんでみました。
「ビン?」
穴から出てきたのは、(暗くてはっきりとは見えなかったのですが)少しだけ緑に薄濁ったガラスのビンのようでした。姫子の大好きだった炭酸飲料のビンと大体同じくらいの大きさです。
「中に何かが入っている。」
ビンをさかさまにして、振って見ると、コトンと何かが落ちてきました。
それは、随分と長い時間砂の中にあったのでしょう。砂の水分で少し重くなり、そうして、ふちはポロポロと崩れ落ちる一枚の古臭い紙切れでした。紙切れと言っても、メモ用紙くらいには大きく、何だか少しばかりの文字も書いてあるのでした。
運良く油性の何かで書かれたのでしょうその文字は、水分を吸って少し重くなった紙切れとは言え、明るい昼間なら十二分に読み解く事が出来ました。
「きっと、これは同じように何だかの悲しみを携えて、この海の、この浜辺の、この場所に座り込んだ誰かが、同じように、砂をかいていって、そして、その穴の中に埋め込んだ手紙。きっとそうなの。だから、同じように今ココに座っているあたしに読んでもらいたかったに違いない。それだけは、分かるんだからね。」
姫子は、(もしかしたら、一片の罪悪感などを併せ持っていたからかも知れませんが)つぶやきながら携帯電話をズボンのポケットから出すと、そのライトをメモ用紙に照らしあてました。
紙切れには、こんな事が書かれていました。
「ある日を境に唐突に分かりました。
誰もあたしの事など必要としていないと言う事です。
ある日を境に唐突にわからなくなりました。
なぜあたしが今日を生きているのかと言う事です。
誰かに聞こうと思いました。
でも、そんな相手なんていないのです。
一人で、孤独で、それで良いと思っていました。
いつの間にやら、そうなっていました。
この世は、あたしの思うままになるのです。
そして、あたしは一人ぼっち。」
誰に宛てたわけでもなければ、きっと、何か目的があったわけでもなかったのでしょう。
ただ、この紙切れに書かれた内容には、少しだけの悲しみと戸惑いが混在していました。
姫子は、急激に心を揺さぶられる事を感じました。
「これは、ほとんどあたしだ。つまりは、あたしと同じ悲しみを持った誰かが、書き残した言の葉なんだ。そしてそれは、とても大切なことのような気がする。」
目からは、涙がとめどなくあふれ始めていました。
なぜ、とめどない涙があふれてきているのか、姫子自身にもはっきりとした理由など分かりやしませんでしたが、それは、感情を物質の形にして、とめどなくあふれ続けています。
姫子は、とめどない涙で(元から漆黒の砂浜ですので、はっきりとなど見えてなどいなかったのですが)よく見えない視界のまま、すぐ横の砂を針金で作られたかのようにか細い手でかき始めました。
コツン。
同じほどの時間でまた指先に何かが当たりました。
姫子は、それを手に取りました。今度は、もう、恐る恐るではありません。確信めいたものすら感じながら、手に取りました。
今度は、薄く青みかったビンでした。
居ても立ってもいられないように、姫子はそのビンを逆さにし、一頻りにふりました。
コトン。
また何かが落ちます。
それは、さっきと同じ砂の水分で少し重くなり、そうして、ふちはポロポロと崩れ落ちる一枚の古臭い紙切れ。
姫子は、その紙切れを宝物のように大切に胸に抱き、そうして、静かに開きました。
次の紙切れには、こんな事が書かれていました。
「ある日を境に誰も居なくなりました。
あなたはもうあたしの横にはいないのですね。
ある日を境に急に孤独を感じるようになりました。
このまま一人で一生涯を終えてしまうような恐怖です。
助けを請おうと思いました。
でも、そんな相手など居ないのです。
一人で、孤独で、時間だけが過ぎていきます。
狂うように・・・気違うように・・・
『永遠』と言う言葉にばかり取り付かれていたあの人はいなくなってしまいました。」