永遠の向こうにある果て【完結】
Don't 永眠ファラオの章
「地球なんか大きなゴミ箱みたいだ。」
そう言いながら、この世のありとあらゆる全ての場所にゴミを投げ捨て続けたファラオが死にました。
彼は、その(当時の平均的な身長が実はとても小さい事にも関わらず)一般的に見て小さな体に不釣合いな大きなピラミッドに埋葬されました。
それは、本当に大きな大きなピラミッドで、ファラオの父上が生前建造したもうひとつのピラミッドとは比べものにならない程に大きいものでした。それで居て隅々まで整然と組み立てられているものですから、雲間から流れ出る太陽の光を連想させるには、十分な美しさを持っていました。
人々は、ドロっと濁った瞳でそれを眺め、口々に
「ファラオは、世界をゴミだらけにはしてしまったが、相反するように美しいピラミッドを作り上げたものだ」
と一頻り感嘆したものです。
それは、今も語り継がれる、星の数よりも多くの神話が、まだ言の葉として、木々になるよりもはるかに古の事実。
しかし、その古にも、太陽は今と同じく、地平線の向こうから少しずつ煌々とのぼり、赤い幻想として静かに沈む日々を繰り返しています。生命規模では知覚できないほどの時間繰り返さてきたこの事象が、(命の感覚としての古などまるで意味が無いかのように)わずかの時間で変わることなどありはしませんでした。
ファラオは、生まれてから死ぬまでのわずかな時間の中で、決して多くの人々を幸せには出来ませんでした。むしろ、悲しみの数を増やす場合の方が多かったでしょう。
ある時は、どうしても命令に従わなかった一人の従者の生皮を生きたまま剥ぎ取り、真っ赤な肉達磨にした後、針のついた車輪で骨まで轢き砕いて殺すような事もありました。
彼には、自分がファラオであると言う確固たる自負がありましたから、自分の存在が全てであり、世界であり、ファラオに反するものは、世界に生きる資格のない命であると考えていました。
気が付けば、奪った命の数は実に数億にものぼり、その全てを彼は「地球なんか大きなゴミ箱みたいだ」と言いながら、この世のありとあらゆる場所に投げ捨て続けました。
いつしか、人々は命のなくなった亡骸に対して「もう生前のあの人は居ない。つまりは、ただのゴミなんだ。」と、そう考えるようになっていきました。亡骸は放置しておくと、淀み、腐っていきます。そうして、硬く硬く固まった頃には、何だか分からないものになってしまうのでした。誰もが知る当然の成り行きですが、それを老若男女、自我の芽生える前の子どもまでもが明確に理解できるほど、世界中には、数多くの亡骸が「ゴミ」として、無作為に捨てられていきました。
世界は、どんどんと穢れていったのです。
ただ、悲しくも、当時の世界には、それを非難する事も、悲しむ事も許されていませんでした。そんなシステムが、少しでも形を成すのは、かなり先の話なのです。
そうして、数十年。「死」は悲しむものではなく、「ゴミ」の増えるただの事象であるように捉えられはじめました。
そんな中でファラオは死にました。
数え切れない命を、当たり前のようにもてあそび続けたファラオではありましたが、事が自分に及ぶ時になると「死」ぬ事を異常なほどに恐れました。
「死は、永遠の孤独だ。今死ぬ事で、彼とも、アイツとも、お前とも、あの方とも、もう二度と会う事も出来ず、そればかりか、話をする事なんてもっての他になる。死は恐ろしい。私は死にたくない。」
そう叫ぶと、今度はブルブルと震えるばかりでした。
そんなファラオの様子を見た人々は、改めて「死」とは、実は、生前、自分の人生に影響を与えた何かしらとの永遠の惜別である事を思い出していきました。
ただ、ファラオが今際の際になる頃、人々の間では、まことしやかにひとつのうわさがささやかれ始めました。
「嘘か真か知らねども、あれほどの力を持ち、かつ、あれほどに死を拒否したファラオにして、ただ死ぬことは有り得ない。ファラオは再び蘇る。」と。
そう言いながら、この世のありとあらゆる全ての場所にゴミを投げ捨て続けたファラオが死にました。
彼は、その(当時の平均的な身長が実はとても小さい事にも関わらず)一般的に見て小さな体に不釣合いな大きなピラミッドに埋葬されました。
それは、本当に大きな大きなピラミッドで、ファラオの父上が生前建造したもうひとつのピラミッドとは比べものにならない程に大きいものでした。それで居て隅々まで整然と組み立てられているものですから、雲間から流れ出る太陽の光を連想させるには、十分な美しさを持っていました。
人々は、ドロっと濁った瞳でそれを眺め、口々に
「ファラオは、世界をゴミだらけにはしてしまったが、相反するように美しいピラミッドを作り上げたものだ」
と一頻り感嘆したものです。
それは、今も語り継がれる、星の数よりも多くの神話が、まだ言の葉として、木々になるよりもはるかに古の事実。
しかし、その古にも、太陽は今と同じく、地平線の向こうから少しずつ煌々とのぼり、赤い幻想として静かに沈む日々を繰り返しています。生命規模では知覚できないほどの時間繰り返さてきたこの事象が、(命の感覚としての古などまるで意味が無いかのように)わずかの時間で変わることなどありはしませんでした。
ファラオは、生まれてから死ぬまでのわずかな時間の中で、決して多くの人々を幸せには出来ませんでした。むしろ、悲しみの数を増やす場合の方が多かったでしょう。
ある時は、どうしても命令に従わなかった一人の従者の生皮を生きたまま剥ぎ取り、真っ赤な肉達磨にした後、針のついた車輪で骨まで轢き砕いて殺すような事もありました。
彼には、自分がファラオであると言う確固たる自負がありましたから、自分の存在が全てであり、世界であり、ファラオに反するものは、世界に生きる資格のない命であると考えていました。
気が付けば、奪った命の数は実に数億にものぼり、その全てを彼は「地球なんか大きなゴミ箱みたいだ」と言いながら、この世のありとあらゆる場所に投げ捨て続けました。
いつしか、人々は命のなくなった亡骸に対して「もう生前のあの人は居ない。つまりは、ただのゴミなんだ。」と、そう考えるようになっていきました。亡骸は放置しておくと、淀み、腐っていきます。そうして、硬く硬く固まった頃には、何だか分からないものになってしまうのでした。誰もが知る当然の成り行きですが、それを老若男女、自我の芽生える前の子どもまでもが明確に理解できるほど、世界中には、数多くの亡骸が「ゴミ」として、無作為に捨てられていきました。
世界は、どんどんと穢れていったのです。
ただ、悲しくも、当時の世界には、それを非難する事も、悲しむ事も許されていませんでした。そんなシステムが、少しでも形を成すのは、かなり先の話なのです。
そうして、数十年。「死」は悲しむものではなく、「ゴミ」の増えるただの事象であるように捉えられはじめました。
そんな中でファラオは死にました。
数え切れない命を、当たり前のようにもてあそび続けたファラオではありましたが、事が自分に及ぶ時になると「死」ぬ事を異常なほどに恐れました。
「死は、永遠の孤独だ。今死ぬ事で、彼とも、アイツとも、お前とも、あの方とも、もう二度と会う事も出来ず、そればかりか、話をする事なんてもっての他になる。死は恐ろしい。私は死にたくない。」
そう叫ぶと、今度はブルブルと震えるばかりでした。
そんなファラオの様子を見た人々は、改めて「死」とは、実は、生前、自分の人生に影響を与えた何かしらとの永遠の惜別である事を思い出していきました。
ただ、ファラオが今際の際になる頃、人々の間では、まことしやかにひとつのうわさがささやかれ始めました。
「嘘か真か知らねども、あれほどの力を持ち、かつ、あれほどに死を拒否したファラオにして、ただ死ぬことは有り得ない。ファラオは再び蘇る。」と。
「死」とは、永遠の惜別であります。
人はいずれ死にゆきます。
そして、死者は永遠に死者のままなのです。
例えそれがファラオであったとしても。
そうして、この噂も、いつの日か落ちた花びらが静かに消えてなくなるように、人々の記憶から忘れ去られていくはずでした。
ファラオの体は、慣例通りミイラにする為、臓物を取り払われ、特殊な薬に漬け込まれたあと、何日もの間、放置され、そうして、さらに小さくなったファラオは、不釣合いな大きなピラミッドに埋葬されました。
しかし、それから3度月が満ち欠けを繰り返した後、ファラオは静かに起き上がりました。
その(当時の平均的な身長が実はとても小さい事にも関わらず)一般的に見て小さな体に不釣合いな大きなピラミッドの中の、さらに不釣合いな大きな玄室の中で、静かに目を開いたのです。
確かに、ファラオは死にました。
世の中には、死んだと思われつつも息を吹き返した事例が幾つもあります。
ただ、このファラオの復活は、そのどの事例と照らし合わせようと、似ても似つかぬものでした。
死んだのです。
確実に死んだのです。
そうして、一度死んだファラオの、もう永遠に開く事の無い目が、静かに開いたのです。
ファラオは、ひたひたと石で出来た冷たい廊下を歩き始めました。しばらく使わなかったために筋肉が凝り固まってしまった体を不自由そうに動かしながら歩き始めました。
もと生きていた街を目指して。
ピラミッドは、街から少し外れた所に作る慣例がありました。元の町に戻るだけとはいえ、それは何とも長い旅路となる事でしょう。
外には焼け付くような暑さ。乾き。そして、寒さがありました。
一日を歩き通すと、夜には、どうしようもないほどに体が疲労し、もうただただ眠るほかありません。
不思議な事に、そんな状況にあっても、ファラオは眠る事が出来ませんでした。体を横にし、昼間には焼け付くように暑かった砂の冷え切った冷たさを背中で感じながらも、瞳を閉じる事が出来なかったのです。
それでも、とにかく街に戻るより他にありませんので、朝になるとまた歩き始めます。
数日後。
ファラオは、もと生きていた街にたどり着きました。その頃になって、ファラオにはもうひとつ気がついた事がありました。それは、ピラミッドを後にしてより、数日間、食べ物はおろか、水一滴すらも体に入れていなかったと言う事です。体は、死後すぐには、ミイラと化していました。その体は、水気を含まないのは当然のことです。しかし、それどころか、体を動かす上での熱量、食べ物も水も何も必要ないまま、ここまで歩いてきたのです。
街に着くと、ファラオはまっすぐに王宮を目指しました。
王宮では、すでにファラオの弟が、次のファラオとして、幾ばくかの従者を従えて暮らしておりました。
しかし、その弟もファラオの姿を見るなり、ただ、足元にひれ伏し、ファラオの位を譲る約束をしました。
人はいずれ死にゆきます。
そして、死者は永遠に死者のままなのです。
例えそれがファラオであったとしても。
そうして、この噂も、いつの日か落ちた花びらが静かに消えてなくなるように、人々の記憶から忘れ去られていくはずでした。
ファラオの体は、慣例通りミイラにする為、臓物を取り払われ、特殊な薬に漬け込まれたあと、何日もの間、放置され、そうして、さらに小さくなったファラオは、不釣合いな大きなピラミッドに埋葬されました。
しかし、それから3度月が満ち欠けを繰り返した後、ファラオは静かに起き上がりました。
その(当時の平均的な身長が実はとても小さい事にも関わらず)一般的に見て小さな体に不釣合いな大きなピラミッドの中の、さらに不釣合いな大きな玄室の中で、静かに目を開いたのです。
確かに、ファラオは死にました。
世の中には、死んだと思われつつも息を吹き返した事例が幾つもあります。
ただ、このファラオの復活は、そのどの事例と照らし合わせようと、似ても似つかぬものでした。
死んだのです。
確実に死んだのです。
そうして、一度死んだファラオの、もう永遠に開く事の無い目が、静かに開いたのです。
ファラオは、ひたひたと石で出来た冷たい廊下を歩き始めました。しばらく使わなかったために筋肉が凝り固まってしまった体を不自由そうに動かしながら歩き始めました。
もと生きていた街を目指して。
ピラミッドは、街から少し外れた所に作る慣例がありました。元の町に戻るだけとはいえ、それは何とも長い旅路となる事でしょう。
外には焼け付くような暑さ。乾き。そして、寒さがありました。
一日を歩き通すと、夜には、どうしようもないほどに体が疲労し、もうただただ眠るほかありません。
不思議な事に、そんな状況にあっても、ファラオは眠る事が出来ませんでした。体を横にし、昼間には焼け付くように暑かった砂の冷え切った冷たさを背中で感じながらも、瞳を閉じる事が出来なかったのです。
それでも、とにかく街に戻るより他にありませんので、朝になるとまた歩き始めます。
数日後。
ファラオは、もと生きていた街にたどり着きました。その頃になって、ファラオにはもうひとつ気がついた事がありました。それは、ピラミッドを後にしてより、数日間、食べ物はおろか、水一滴すらも体に入れていなかったと言う事です。体は、死後すぐには、ミイラと化していました。その体は、水気を含まないのは当然のことです。しかし、それどころか、体を動かす上での熱量、食べ物も水も何も必要ないまま、ここまで歩いてきたのです。
街に着くと、ファラオはまっすぐに王宮を目指しました。
王宮では、すでにファラオの弟が、次のファラオとして、幾ばくかの従者を従えて暮らしておりました。
しかし、その弟もファラオの姿を見るなり、ただ、足元にひれ伏し、ファラオの位を譲る約束をしました。
「一人。永遠に眠る事はこれからの長い時間において誰とも言えず悲しみに包まれる事だ。私は眠らない。私は死なない。だが私はこれから生きることもない」
ファラオは、復活宣言として、この言の葉を、人々に伝えました。
人々は、そのファラオの姿を見るにつけて、ただただ、恐れおののきました。ファラオは、一目見れば、目玉だけが凡庸にグルグルと動くミイラであり、人々はその体が動くと言う事実を、これまで生きてきた上での既成概念が邪魔をして到底理解できないのでした。
ファラオが、眠る事もなく、瞳を閉じる事さえないと言う事実もまた、人々に更なる恐怖心を植え付ける結果となりました。
何も食べない。何も飲まない。眠る事は無い。死ぬ事も無い。そして、生きる事も無い。
それが、今のファラオでした。
それからの時間、ファラオは相も変わらず、悲しみばかりを増やして過ごしていきました。自分と同じ生活を誰かに強いるだけでも、もう、その人間は衰弱し、死んでいくのですから、むしろ、ファラオ自身の残虐性は以前とは比べものにならない程に増して行きました。
恐怖による支配は、人々に影を落とし続け、そうやって、少しずつ、しかし確実にファラオの世界は衰退していきました。
「ゴミ」は世界を覆いつくし、それでも太陽は、地平線の向こうから少しずつ煌々とのぼり、赤い幻想として静かに沈む毎日を繰り返しています。
やがて、生命規模では知覚できないほどの時間が流れました。
しかし、ファラオは、まだ起きていました。
永遠に眠る事を拒否したファラオは、永遠に起きることを余儀なくされたのです。
ファラオの世界がなくなり、新しい生態系が何度も構築され、そして、何度も滅び続ける様をファラオは眼に焼付け続け、はたと、気が付いた時ファラオは永遠の向こうにある果てを歩いていました。
それはファラオにとって少しでも予測できた世界なのか。
永遠の向こうにある果て。
ファラオはそれでもまだ眠る事は許されません。
でもそれは彼が選んだ道なのです。
ファラオは、復活宣言として、この言の葉を、人々に伝えました。
人々は、そのファラオの姿を見るにつけて、ただただ、恐れおののきました。ファラオは、一目見れば、目玉だけが凡庸にグルグルと動くミイラであり、人々はその体が動くと言う事実を、これまで生きてきた上での既成概念が邪魔をして到底理解できないのでした。
ファラオが、眠る事もなく、瞳を閉じる事さえないと言う事実もまた、人々に更なる恐怖心を植え付ける結果となりました。
何も食べない。何も飲まない。眠る事は無い。死ぬ事も無い。そして、生きる事も無い。
それが、今のファラオでした。
それからの時間、ファラオは相も変わらず、悲しみばかりを増やして過ごしていきました。自分と同じ生活を誰かに強いるだけでも、もう、その人間は衰弱し、死んでいくのですから、むしろ、ファラオ自身の残虐性は以前とは比べものにならない程に増して行きました。
恐怖による支配は、人々に影を落とし続け、そうやって、少しずつ、しかし確実にファラオの世界は衰退していきました。
「ゴミ」は世界を覆いつくし、それでも太陽は、地平線の向こうから少しずつ煌々とのぼり、赤い幻想として静かに沈む毎日を繰り返しています。
やがて、生命規模では知覚できないほどの時間が流れました。
しかし、ファラオは、まだ起きていました。
永遠に眠る事を拒否したファラオは、永遠に起きることを余儀なくされたのです。
ファラオの世界がなくなり、新しい生態系が何度も構築され、そして、何度も滅び続ける様をファラオは眼に焼付け続け、はたと、気が付いた時ファラオは永遠の向こうにある果てを歩いていました。
それはファラオにとって少しでも予測できた世界なのか。
永遠の向こうにある果て。
ファラオはそれでもまだ眠る事は許されません。
でもそれは彼が選んだ道なのです。