Neetel Inside ニートノベル
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――横山は40年前、鹿児島のとある小さな町に生まれた。横山の祖母、キヨヱさん。84歳。彼女に横山の少年時代を尋ねてみた。

《いやぁね、あの子はもう、子供の頃からほんっとどうしようもない助平でね。いまでもはっきり憶えてる。夏祭りがあるんだ。
毎年夏休みになるとあの子が祭りに来たムゼたお嬢さん目がけてふらふら歩いてってね、人ごみん中、すれ違い様にお嬢さんの胸に頭を擦り付けて歩いて行くんだ。連れの男が私を見ておい、なんていうから私がナイシチョット、て聞いだらあの子がチョッシモタ、って顔してそそくさ歩いて行くのを見てね。
『ああこれは亜希子と私の育て方が悪かったんだね』って町内会の皆に頭を下げて歩いたの憶えてる》

 その後、何度注意しても、横山は母の亜希子さんとキヨヱさんの言葉に耳を貸さなかったという。

《あの子も亜希子が学生の時に出来た子供だがらね。すぐに種元の父親が消えて、母も遊びたい盛りだったから私の家で面倒見ていたつもりだったんだけど、寂しかったんだろうね。
あの子は変に頭が良いところがあって、『ばぁちゃん、女の人は浴衣の下に何も着ないんだぜ』って言い出したり、捨ててあったテレビを拾ってきて部屋で修理してさ。深夜にほら、やってたでしょ、助平な番組。それを夜な夜なこそこそ見ていたもんだからね。
コラー、って言っておばあちゃん、何度も注意してたけど、結局言うこと聞かなくてあの子はどこかガンタレたまま大人になってしまったね》

 共に過ごした時間を懐かしむように遠くを見つめる白髪の老婆。祖母の想いはいまだ、孫には届いていないのだろうか。


――竹ノ塚駅から歩いて10分弱、家賃4万5千円の安マンションが横山の城だ。

 部屋の戸数は8。主に身寄りの無い老人や生活保護者など、社会的に弱者と呼ばれる住居者がほとんどである。6畳一間の中心に腰を下ろすと横山は胡坐をかいてスタッフに向けて笑顔を見せた。

「ひどいもんでしょ。折角の主役だってのに、こりゃねぇだろって顔してるよ、みんな。こないだ上の階に住むほとんど寝たきりのじいさんが居るんだけど夜中にドーン!って建物中に響くような大きな音が上から聞こえてきてさ。
びっくりして飛び起きたけど、ありゃあ、寝返りなんてもんじゃなかったよな。みんな色々抱えてるんだ。大変だ」

 大変だ、大変だと口癖のように横山は繰り返す。横山が大学を卒業した時期はちょうど就職氷河期。それでも一度は定職に就いたものの、長続きすることなく職を転々とし、今に至る。先の見えない、しかし確実に音を立てて忍び寄る破滅への不安。しかし、横山の表情は明るい。

「俺ぐらいの年になると普通の男はさ、やれ今年は俸給いくら貰っただの、新しくクルマを買ったとか、子供が小学校に上がったとかそういう話が出るでしょ。でも俺無いから。それ全部無いから!
でもね、俺全然悔しくない。うん、焦りもないよ。だってもう今更どうしようもないじゃん。自分に出来る範囲で、大変だけど生きていくしかないでしょ」

 悲壮感漂う言葉とは逆に横山の声は自虐性を孕んで弾む。その明るさは根源はどこにあるのか。

「仕事以外に居場所があるのが大きいんだと思う」


コォォォン..『チラ見ではなく、ガン見』


――貧困に苦しむ人々の生活に詳しい森永琢朗氏。彼に番組スタッフが撮影した横山の改札口前での行動を見てもらった。

《ほほー、これは凄い…これ何時撮ったの?》

《ちょうど一週間前です》

《いや、これ凄いですよ。女性の方は全然気付いていない訳でしょ》

 森永は興奮気味にポータルプレーヤーの巻き戻しボタンをタップする。拡大した画面には横山の横顔が映っている。

《…ここ!普通の人だったら見ちゃうよね。おっぱい。だってこんなに揺れてるもの!…でもここで見ちゃうのは普通のおっぱいチラ見スト。ここからが凄いんだ。通り過ぎる瞬間、女性の注意が緩んだここよ、突然の開眼。
まるでアメ横のスリを見ているみたいな(笑い)。ここまで待てるのは凄いよね。普通のおっぱいチラ見ストとは違う。彼の動作はまさに、チラ見ストを超えたおっぱいチラ見スタと呼ぶに相応しい》


 人並み外れた横山の技術、その凄さはどこにあるのか。スローVTRで見てみよう。

 30メートル先の女性にターゲットを絞った横山が近づいたのは、改札に向かうサラリーマン。やや前を歩くその男性の背をスクリーン(壁)にし、気付かれずにターゲットに近づく。

 視線は常に前。堂々と胸を張って歩く。すれ違い様、上下に触れる胸を見つめるのはその一瞬。ターゲットの女性が瞬きをしたコンマ数秒。それだけあれば横山の仕事にとっては十分だった。

 更に別の女性とのすれ違いを見てみよう。胸元の開いた服を着た女性に近づいた横山の視線はやや右斜めを向いている。しかし、その方向には何も無い。

 これが森永も舌を巻いた横山固有の技術テクニック

 『フェイクオブジェクト(仮想の物体)』

 さっきとは逆に気配を存分に発揮した横山が眺めているのは女性の後方に創り出した有りもしない空想のオブジェクト。目を開き、少し驚いたように口を縦に広げる。

 別カメラから撮った映像。まるで横山の目には初めて見る奇想天外な形状のオブジェが建っているような、日常の空間に驚きと感動が混じった雰囲気をかもし出している。その熱意に女性の意識が思わず後方に向かう。

 その刹那、チラ見ではなく、ガン見。特上の果実に舌鼓を打つように女性の胸を眺め回して通り過ぎる横山の姿。女性が正面に意識を戻した時、彼女の視線からは綺麗さっぱり、横山は消えていた。

「辛い時、苦しい時、大変な時。この感覚を思い出して気持ちを奮い立たせるんですよ。仕事が出来ねぇ、とかお前なんか要らねぇよ、とか言われた時に、俺にはこの技術があるんだって!」

 横山を支え続ける自尊心の源、類まれなるそのスキル。横山の“仕事”に立ち止まり振り返る反省の二文字は、無い。


       

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