Neetel Inside ニートノベル
表紙

見開き   最大化      

 外からテントに戻った俺は天井からぶら下げていた電柱のライトを消して、いつの間にか疲れて眠ってしまっていた。

 昨晩、女の子と一緒に夜を過ごすという大イベントがあったのだが相手が妹の月子となればそれはもうどうしようもないノーカウントである。

 俺が目を覚ますと隣に月子の姿は無く、テントのジッパーを引くと目の前に置かれたプラスティックの机を挟んで椅子に座った親父と母ちゃんが俺にぎこちなくおはようと言った。

 その場に顔を洗いに行ったという月子が戻ってくると俺ら家族は親父が沸かしたお湯でインスタントコーヒーを飲んだ。辺りに生えた木々が擦れて揺れ、ホーホーホゥとキジバトが鳴いている。

「いや、なんだ。木漏れ日の中で飲むコーヒーも格別じゃねぇか」

「ふーん、そう?いつもと同じ味だと思うけど?」

 明るい声で笑う親父に水を差すように月子が冷たい態度で紙コップをテーブルに当て置いた。それを見て母ちゃんが優しい笑顔を見せて首をかしげた。

「あら、月子ちゃん。なんだか不機嫌じゃない?昨日一晩一緒に過ごしてお兄ちゃんと仲良くなれた?」

「お、おい花陽」

「…そんな訳ないでしょ」

 何気に大胆発言をした母ちゃんを諭すように声を掛けた父ちゃんの肩に手を置いて立ち上がると月子は怒気をはらんだ声で2人にこう言い捨てた。

「昨日はお楽しみでしたね」

「!?」「お、おい月子!?」

 月子はゴム靴を引っさげてその場からずんずんと歩き去ってしまった。「全部バレてたのね。恥ずかしい」「…やっぱり教育上良くなかったのか」母ちゃんがはにかんで親父が顎ヒゲを撫でるのを見て俺は呆れてその場を立ち上がった。そして俺はしばらく我慢していたその言葉を両親に吐き捨てた。

「久しぶりに母ちゃんが帰ってきたから嬉しいのは分かるけどさ、親父あんたもうこんな大きな子供居て恥ずかしいと思わねぇのかよ。わざわざキャンプ場まで来て青姦とかさ、ちょっと頭おかしいんじゃねぇの?」

 俺が睨みつけると親父は黙ってその場で俯いた。「何も言い返せねぇのかよ。情けねぇ」俺が怒りを押し殺して椅子から立ち上がると母ちゃんがテーブルに肘をついたまま俺を呼び止めた。

「ねぇ、ダイちゃん。昨日は月子とは何にもなかったの?」

「ある訳ねぇだろ。馬鹿じゃねぇの?」

 俺が月子を探しにその場から歩こうとすると母ちゃんが妖しい視線で俺の心臓を掴むような起伏の無いトーンで俺に言った。

「そのうち貴方に彼女が出来てセックスしたら私に言いなさい。どんな相手で何処でどんな風に愛し合ったか全部知って置きたいの。貴方を産んだ母親としてね」

 俺は母ちゃんの言葉を無視するように二人に背中を向けて落ち葉を踏みしめて歩き始めた。生死を左右するような大手術、長期にわたる病院生活で母ちゃんはすっかり人が変わってしまった。

 行きの車でも今までに無いようなきわどい下ネタを子供の前でしてみたり、ウチの母ちゃんは死を直前にした経験から性に固執するようになってしまっていた。


 俺は歩きながら月子が行きそうな所を探す。母ちゃんが家に戻ってきてからどうも様子がおかしい。キャンプ場から外れる細い路地を抜けると人気の無い小さな川のほとりが目の前に広がった。

 その中央の砂利場にスカートを抱くようにして月子が板の上に爪先を載せて器用に体育座りをしながらきらめく清流を眺めていた。物憂げで茶色い大きなその瞳は兄である俺から見ても美しいと思えた。

 俺は口ごもりながら月子に掛ける言葉を探す。ぱりっ、と足元の小枝が割れて月子が俺の姿に気がつく。月子がゆっくり立ち上がると俺は兄としての立場で妹に声を掛けた。

「父ちゃんと母ちゃんが心配してるよ。戻ろう」

「嘘ばっかり…なんでそんな心にもないような事いうの?」

 キツめの返しにぐっと唾を呑んで俺は月子に向き直る。割れる水面の景色を眺めながら月子が自嘲気味に呟いた。

「あの2人にとって私達は邪魔なんだ。だからもっとここに居た方がいい」

「おい、月子、どうしたんだよ。最近なんかおかしいぞお前」

 俺が苛立ちを堪えて諭すように言うと月子が俺に近づきながら声を張り上げた。

「あの人が来てからウチの男達がなんかヘン!」

「え?え?」月子が言うあの人が母ちゃんだという事を理解すると月子が壊れたスピーカーのように俺に溜め込んでいた言葉をぶつけ始めた。

「昨日の夜、何で何もしなかったのよ!?ありえない!抱けよ!犯せよ!あたしをずっとめちゃくちゃにしたいと思ってたんだろ!?しろよ!早く!」

「お、おい月子!」

「ほら、出せ!」

 月子が俺のカーゴパンツのジッパーに手を掛けて俺は慌ててその場を飛びのいた。次の瞬間、足元の薄板を踏みついてバランスを崩した俺の上に月子の体が乗っかった。

「あっ」

 じゃっぱーん!と大きい破裂音が頭の上で鳴り、耳の奥に水が入り込んでくる。俺は深度の浅い水の中で妹の月子と目があった。今にも泣きそうに真っ赤に腫らした目の中に何をやってもイケテなくて必死こいてもがいている俺が居た。

 そうだ、俺今まで色んな事やってきた。けど何も変われなかったんだな。でも、

「仕方ねぇじゃんそういうの」

 水の中で足を着いて起き上がるとその場で目の前で溺れている月子の腕を引っ張り上げた。月子は驚いたように目を見開いたがしばらくして恥ずかしくなったように俺から目を逸らしてスカートの裾を握り締めた。俺はそんな月子をいとおしく思って言う。

「お前が俺の事をどう思ってるのかずっと分かってた。でも、俺は月子の恋人や友達の様にはなれないよ。俺は月子、お前のお兄ちゃんだから」

「…何カッコつけてんのよ。キモいし」

「おーい月子ー大丈夫かー?」「月子ちゃーん。そろそろ帰りましょー」

 誰も居なかった小川の近くに月子を探す父ちゃんと母ちゃんの声が響く。「な、俺の言ったとおり心配してただろ?」うつろな目で頬を膨らます妹を見て俺は茶化すようにして聞いてみた。

「あのまま俺がジッパー下ろされて誰も来なかったらお前、俺の事どうしてたの?」

「…うっさい、馬鹿兄!」

 父ちゃんと母ちゃんが月子の姿を見つけて駆け寄ってくる中、俺は月子の回し蹴りにより再び身体を小川の中へ放り出された。結論から言えば楽しかった。月子が俺をそういう目で見てたの気付いちゃったし。


 来年もまた、沈みたいと思います。ブクブク


       

表紙
Tweet

Neetsha