「おい、おまえ飛んでみろ」
オレは起き上がってその場でジャンプを2度、繰り返した。ズボンの中の小銭がちゃりんちゃりんと音を立てる。
「そうじゃねぇよ」不良たちがオレを見てせせら笑う。背中を冷や汗が伝う。こいつら
「だいじょぶだって。4階だから死なねぇって」笑みを浮かべるキングに取り巻き達も同調する。「下落ちんだよ90度」「ほら、あくしろよ」
連中がおそらく覚えたばかりの淫夢語でオレを煽る。隣に立っているイケメン君と目線がすれ違う。そしてオレは奴らの言うとおり左側に立てられた腰の上ぐらいの手すりに向かって歩を進めた。
「おい、おまえ!何やって...!」
「おー、あいつ飛ぶ気だぜー!」「ゆーきゃんふらーい!」
「本当に飛ぶつもりなのか...」「ちょ、動画、はやくしろよ!」
口々に様々な言葉を受けオレは処刑台へ向かう。オレが飛べばこの騒動が終わる。そうすればもう誰も殴られない。「へぇ、結構頭いいんだ」手すりを越えて振り返るとオレはキングを睨み返した。
「チャリ置き場の屋根があるだろ?」オレは視線を下に落とした。そこに落ちればなんとか腕の一本ぐらいで負傷は済ませられるかもしれない。風が強くなり握った丸棒は湿り気を増していく。
「頭から落ちるなよ」なけなしのアドバイスを受けオレは奥歯をかみ締めた。
「待ってください!」
入り口の方から聞こえた甲高い声を受けてオレは振り返った。階段を息切らして駆け上がってきたであろう声の主は膝の上に手を置いて正面を向き直った。
「僕の名前は
「なんだコイツー!!」不良共が彼のオタッキーな風貌を見てあざけ笑う。
「オメーの幼馴染かよ」ヤンキーに言われて俺は彼を見つめた。丸めがねをかけ両手でカバンのベルトをガッチリ掴み、左ポケットからはガラケーのストラップ(アニメ缶バッチ)が顔を出していた。彼はこの騒動を止めるために精いっぱいの勇気を振り絞ったのだろう。オレは感謝と同時に申し訳ない気持ちに陥った。
「あ、あなた達!ボクの先輩ですよね!?」丸メガくんが不良共に声を出した。
「さっき階段で聞きました!そこの人を飛ばせようなんて!...なんでそんなことさせるんですか!?」それを聞いて不良たちが下卑た声を這いずらせた。
「あ?なんでだって?」「おもしれからに決まってんじゃん」
「許せない...!」丸メガ君がぎゅっと両手を握って彼らの前に出た。
「おい、お前」「これお願い」イケメンに上着を預けると彼は独特の構えをとって奴らに見栄を切った。
「オイオイこいつやる気だぜ!」「馬鹿じゃね?」「ヒーローアニメの観過ぎだろ」
「待てよ」げらげら笑う馬鹿共の前に大柄のヤンキーが姿を現した。
「いいぜ。俺が相手になってやる」影が顔を覆うと彼は丸眼鏡をはずして尻ポケットにそれを押し入れた。なに、キミ。本当にやる気なの?オレはこっそり手すりを乗り越えて事のいきさつを見守ることにした。
「おまえの勇気に免じて、一瞬で眠らせてやるよ!」
「あれは!」「出た!山田北の掌打!」
不良共の声を受け大ヤンキーが右手を振り下ろす。
「こっちまで衝撃が来たぁ!」ものすごい風圧に陰キャ共数人がその場から吹き飛ぶ。「あんな弱そうな奴にフルパンなんて、まじか!」思わず額の汗を拭っていた。
「はい、ワンパンKO」「体格差考えろよ!」
パン、と手を叩くキングを見てイケメンが声を張る。しかし大ヤンが辺りを見渡している。「くそ、あのチビどこ行きやがった!」その声を受けてみんなが視線を向ける。少年が忽然と姿を消した。「...こっちだ」「っ!?」
キングが立ち上がると声も出さずに大ヤンの巨身がその場に崩れ落ちた。
「またこっちまで衝撃が来たぁ!」そして再び陰キャ共の体が飛び跳ねた。
「だ、だいじょうぶか!」「ぐおおお!」
敗れ去った巨人を見てヤンキーのひとりが汗だらで話し始めた。
「山田北は見た目なんかは他のやつらとほとんど変わらねぇがあえて目立たねぇ様に自己主張しねぇ分食事とトレーニングで筋肉量を増加させて殴るより圧力で相手を失神させることを目的とした玄人好みの扱いにくすぎる掌打。使いこなせねぇと普通のパンチより弱い。ただの見掛け倒しみてぇなもん。ぐおおお!その山田北を倒すなんて何だあのガキは?」
「長々と解説ごくろーさーん♪」「...ぐは」
「ありゃりゃー。さすがに背後から一発は卑怯やったかな?」
「なごっチーーー!!」見覚えのあるツンツン髪を見て俺は歓声をあげた。
「逃げたわけやないで!助けにきたんや!」血の付いたスコップ片手にチビスケがオレに向かって親指を立てる。
「てめぇ!」「面倒だ!まとめてやっちまぇ!!」
「下がって!」丸メガ君がオレらに指示をだすと彼はものすごい速さで奴らに立ち向かっていった。その姿を見て陰キャのひとりが声をあげる。
「アイツのアンダーシャツ、
「まじかよ!?プロの格闘家集団を遊び感覚でワンパンKOしたっつー動画あげてるあのブリュチューの卒業生かよ!?」
「はは、こりゃーすげー助っ人が来たってもんだ」オレは勝利を確信してポケットから携帯を取り出した。他のヤツもオレと同じように彼の美技をその筐体に収めようとカメラを向けた。
「こんのチビ!」「もっと、伸ばすわ三頭筋」「ぐはっ!」
「調子のんな!...うしろ!?」「砕いて肩甲骨」「ぶべらっ!」
「まとめてかかれ!おらぁ!!」「パンチを避けて投げ、キック」
「なんて奴だ...」隣に立つイケメンくんの頬を汗が伝う。
「あいつ『アップルパイプリンセス』の替え歌のリズムで敵を蹴散らしてやがる...」「でっかいぱいぱいおしりぷりぷりぷりんせす?」「耳鼻科へ行け...」
「さぁ、残りはあんたひとりだ!」
オレがキングを指差すと彼は丸メガくんを見てニィと笑うと目に追えるギリギリの速度で飛び蹴りを繰り出した。
「なんて速さだ!」「超スピード!?」
バトルは空中戦になり、オレ達は空に響く衝撃波の残像を目で追うしかなかった。えーと、これ何小説だったけ?しばらくして空で声が響いた。
「そろそろやめにしませんか?」
シャツとズボンが破けた丸メガ君が地に足をついた。しばらくしてキングがそれに同調してたん、と右足をついた。彼もまたいたるところを負傷していた。
「あなたはイイ人だ。これ以上僕はあなたと戦いたくない」
その声を受けてキングがふっと笑いこっちへ視線を向けた。そして細く息を吐くと丸メガ君に小さく言葉を切った。
「もう日暮れだ。場所と日を改めてもっかい
「ほらどけ」「ひ、ヒィっ!」陰キャ共を押しのけるとヤンキー集団が屋上の入り口に向かって歩き始めた。闘いは終わった。オレ達はふぅ、と息を吐いた。
「あの!」丸メガ君がキングを足止めた。
「もう、こんなことをしないって約束してもらえますかっ」
その声を受けて「おう、考えてやるよ」とやまなんとかがクッソむかつく言いまわしで代返した。
「ありがとう。本当に助かったよ」「い、いやぁそんな」オレが手を差し伸べると丸メガくんが超スピードで手を振った。「いやいや」オレは彼の手を握って言った。
「キミは今回のMVPだ!どっかの見掛け倒しと裏切り小僧とは格が違うよ。格が」
「な、なんだとっ!」「ち、違うで!オレはコイツを連れてきた...」
「とりあえずメルアド交換しようぜ!」「えっ!?いいの?」
オレとよつ君は携帯を取り出して番号を交換した。それを覗き込むスメラギとなごッチ。
「なんだオマエ。LINEやっていないのか?」「そんなんやってたらクソ忌々しい中学時代のヤツと繋がっちまうだろ!ほら!キャリアどこ?」
オレがふたりに尋ねるとやつらは顔を見合わせた。
「まぁ番号だけやったら」「夜中に変な画像とか送ってくるなよ」「それは約束できない」「約束しろよっ!」「ははっ」「お前らおもろいやんけ!」
そんなこんなで今日、オレに3人も友達が出来ました。どうだった妹よ。夕飯後にこの話をしたら月子はオレを見てこんなことを言いやがった。
「え?あんたもしかしてソッチ系なの?」「んなわけねーだろっ!話聞いとけよっ!」
頬に手のひらをくっつけた月子の腕を下げ、鎖骨にあたりをぽん、と叩いた。すると月子が両手を目に当てて後ろを振り返って猫なで声を出した。
「えーん、おにいちゃんにおっぱい触られたー」「なにィ!?」
ナイター中継を見ていたオヤジが立ち上がった。親父はレスリングで国体入賞経験があって娘の月子をめっさ可愛がっていて俺が妹にちょっかいを出すたびにことごとく殴られていた。
「ち、ちがうよ、おっぱいの上叩いただけだって!」
「てめぇ、ダイスケ...脇を食いしばれぇ!」「わ、わきぃーーー!?」
突っ込み切る暇もなくオレは裸足のミドルキックを右腕に受け、18号に蹴られたべジータのように壁に叩き付けられた。「うっさいんじゃ!ボケ一家!」壁の向こう側のババアが怒鳴り声をあげ、隣室にすむモンペア一家による壁ドン(正しい使い方)により跳ね返されてオレの体はソファに座る月子の膝の上に頭をもたれる形になった。妹が小声でオレの髪を撫でた。
「がんばったね。お兄ちゃん」「...う、うん」
オレが照れていると月子の指が側頭部を指でつー、となぞっていって、そこに飛び出ていたかさぶたを指で摘み、それを一気にベリリ!顔から剥がしやがった。
「痛ッツァアアッーーーー」噴水みたいに血を流すオレを見て月子は立ち上がり居間のドアに手をかけた。「調子のんな馬鹿兄」「くっそ、妹!今夜こそ犯してやる!」「クォラ!ダイスケぇ!!」
妹を追うオレ。そしてオレを追うオヤジ。つまり...挟み撃ちの形になるな。ドグシャっ!!その後描写できない残酷なシーンが団地の一角で繰り広げられたのだった...
あ、おわりです。おわりですってば。気が向いたときにでも続きを書こうと思ってます。セックス!!